第24話 掲げるべき意志
英雄になってほしいと、そう彼女は静かに告げた。
唐突な提案はドンワーズをしばし混乱させ、思わず瞬きを数度繰り返す。突拍子もない言葉を受け、彼は無意識にそれを聞き返していた。
「え、英雄・・・ですか・・・?」
「そうだ。これは、先ほど謁長から賜った依頼だ。詳しい話は中でするとしよう」
表にセルムグドを待機させ、再びカフェの中に入りテーブル席に腰かけた二人は向い合い、神妙な面持ちで作戦会議を始める。二人しかいない店内は、まるで廃業したかのように静まり返り、店に彩りを添えていたBGMも今は沈黙を貫いている。
「現在の状況だが、主戦場で、「騎士」———正式名称はディミュタと言うそうだが、まぁ「騎士」のままでいいだろう。奴と交戦中の戦闘員の数は一千前後、そして以前よりそれぞれの軍団をまとめ上げていたそれぞれの軍団長は既に落命した。「騎士」側もそれなりに消耗しているようだが、未だ勝ち筋は見えていない」
「それは・・・かなり危機的状況なのでは?」
「あぁ・・・こんな状況は緊張地の有史以降初めてだろう。たった一つの兵器で、緊張地の戦力の九割が消えた。それも半日もかからず・・・」
「それで、その状態で英雄になる、というのは・・・?」
「そう、その話だ。謁長が提案したことで私も思い出したのだが、君の緊張地における経歴を利用すると」
「経歴というと・・・」
身に覚えがないといった様子で視線を虚空に彷徨わせ、思い当たる節が無いか思案する。
「まぁ、ほとんど言及しなかったから忘れているかもしれないが、ドンワーズというよりは「テルガ・モニャ」の戦歴のことだ」
「あ・・・」
思い出した。ラーザが勝手に設定した、緊張地アカウントに紐づけて捏造した戦歴の数々と、全く関与していない多数の架空のプロフィール。
「現在、主戦場では「騎士」に対して各々が無秩序に特攻を仕掛け命を散らしている。今こうしている中でも常に死者は出ているだろう。だから、いま一度統率を図る。「騎士」を確実に仕留める作戦のために。そしてこれ以上無謀な特攻をさせないように」
「まさか・・・」
「君の、「テルガ・モニャ」の経歴は確かに架空だが、この混沌とした状況の中でその詳細を精査する者などいないだろう。だから、君自らがネットワーク上でその戦歴を以て数年ぶりに舞い戻った「英雄」として名乗りを挙げ、再び双方の軍を統率してもらいたい。これは、現状君にしか出来ないことだ」
「ですが、この状況でそのような大役はいくらなんでも・・・」
「無理難題を押し付けているのは百も承知だ。だが、他に手立てもないんだ。我々謁者ではそのような使命を果たすことは難しいが、君ならば・・・。奇跡的に結束している現在の両軍を取りまとめ、作戦指示を正確に示すことが可能な立場を得ているのは君だけなんだ」
「し、しかし・・・・・」
思い悩む。いちいち悩む時間すら惜しい状況だが、矢継ぎ早に耳へと流れる彼女の言葉はドンワーズを混乱させる。
昨日やって来たばかりの門外漢が、でっち上げた架空の戦歴だけでその場しのぎのリーダーになれと?どう考えても尋常ではない。
「・・・その前に、「騎士」の弱点はどうなったんですか? 私をその立場に置くのは、その弱点ありきの話なんでしょう?」
「・・・あぁ、そうだ。先にそれについて話すべきだったな、すまない。「騎士」の弱点とは、端的に言えば奴の活動エネルギー源である酸素供給を断つことにある」
「酸素を・・・」
「まず大前提として、この地にそう都合よく無酸素空間を作り出せる装置も機械もない。それ故、明確に弱点部分を突ける機会は非常に限られている」
「その、勝算はあるんですか?」
「確実性はともかく、現状計画されているのは主戦場にある神殿の地下空間を利用したものだ。既に神殿は崩れ去ってしまったが、地下までは被害が及んでいないはずだ」
「つまり、そこに閉じ込めて酸素を消耗させると?」
「そうだ。あの場所ならば内部を放火するなどして低酸素空間を実現できる可能性は高い」
「そうだとしても、どうやってそこまで・・・?主戦場エリアを横断するのは危険すぎるのでは」
「それに関しては案ずるな。都市郊外より神殿地下に通じる地下通路がある。「態謁群」や組合がスムーズに双方を移動できるようにするためのな」
「それなら比較的安全に移動できるか・・・。それで、どうやって「騎士」をその場所に追い込むんですか?」
「そう、話は戻るが、そこで君を英雄にする話に繋がるんだ」
「そうか・・・統率した軍団を指揮して「騎士」を・・・」
「そういうことだ」
「・・・・・・・」
ようやく作戦の全貌が見えてきた。しかし、この作戦はつまり・・・
「つまり、戦っている彼らを犠牲にして「騎士」をそこまで追い詰めるということですよね・・・英雄に仕立て上げた、私の指示のもとで」
「・・・そうだ」
「・・・・・」
「君が負担に思う必要はない。今戦っている彼らは、自らの意思で命を賭している。ただ、そこに一つ方向性を定める役割を担って欲しいんだ」
ドンワーズは僅かに俯き、眼を細めた。ここに来て、こんなことになるなど誰が予想できただろうか。
この世界の、ましてや緊張地に住まう人間でもないのに、この危局に際して偽った身分で彼らを従えよと。それも、彼らの犠牲を了承した上で。
「・・・・・私は、調査局の人間です。人々の暮らしを守る為に、長年この職務を全うしてきました」
「・・・警察的組織だと言っていたな。確かに、それが君の責務なのだろう」
「人命を守ること、それが調査局の存在意義でもあります。そして、私はその調査局のいち長でもあります」
「・・・・・」
「だから、それを引き受ける以上は・・・最小の犠牲で済むように、最善を尽くします」
「・・・引き受けて、くれるのか?」
「他に手立てがないのなら、尽力するつもりです。ただ、英雄という言葉は私には重い・・・」
「そうか・・・。しかし、英雄という肩書に貴賤は無いと思っている。私も幼い頃に、その英雄と形容すべき人物に、命を救われた身だ。つい最近知ったことだが、その英雄はパホニのとある治安維持部隊の隊長を勤めているそうだ」
「え・・・?」
「君があの時通話をしていた、エヴズヴァという方さ」
「・・・・!? た、隊長が・・・?」
「細かい話は省くが、まぁ・・・そういう縁もあるということだ」
「今にして思えば、私を信頼するのがやけに早かったような気がしましたが、それも要因の一つなんですか?」
「違うと言えば嘘になるな・・・。君の事を調べた時、彼の情報も付随して上がってきた。何となくその経歴を調べてみたら、これが大当たりだ。夢でも見ているようだったよ。それに・・・君は、どことなく当時の彼に似ている気がするんだ。謁者でありながら、そんな理由で警戒心が緩んだのは本来許されないことかもしれないがな・・・」
彼女は自嘲気味に息を吐き、僅かに目を伏せた。
突然の告白であっけにとられるが、この状況でこんなことを口ずさむのは、きっと、ロロンもドンワーズにこれをずっと打ち明けたかったのかもしれない。
「・・・すまないな、突然こんなことを言って。今話すようなことではなかったかもしれない」
「いえ・・・むしろ、それを知れてよかったです。英雄に貴賤はない・・・そうですね、何をしたか———その結果こそが、価値を決めるのだと・・・。そう思います」
「・・・英雄という存在を私なりに定義するなら、それは危機を恐れず矢面に立ち、人々を導く存在だと思っている。そして、君には君の英雄像というものがあるだろう」
「私の、英雄像・・・」
彼の中で英雄と呼ぶべき人物は誰か。思い浮かぶのは、少し小柄で白髪が似合う、自分の人生を変えるきっかけを作ってくれた人。志半ばで息絶えてしまったが、最後までその信念を貫いた人。
「・・・いえ、根本は同じだと思います。どちらにせよ、誰かを救ったことが英雄たる所以です。・・・やりましょう、ロロンさん。緊張地を救うために—————」
◆
『・・・終わったか』
店の壁にもたれかかり、ネットワークを介して状況を精査していたセルムグドは、店の玄関ドアを開け中から姿を現わした二人を見て体を起こした。
『もう行くのか?』
「あぁ、時間もない。直ぐに車を出す。具体的な作戦は向かう途中で説明しよう」
————もはや乗り慣れた彼女の車に再び体を預け、目的地である神殿地下へと向かう。
その間、セルムグドがドンワーズの緊張地アカウントを代わりに運用し、「テルガ・モニャ」の架空の戦歴を用いて台頭する旨の投稿をおこなった。
「本当に、こんなことで皆の注目を得られるんでしょうか・・・」
「まぁ、これが平時なら見向きもされないだろうが、今の状況なら必ず食いつくさ。『西軍の拠点奇襲』、『監視網突破』、『西側都市のインフラ破壊』だったか?別にあり得ない戦果ではないが、それを成し遂げるのは当然容易ではない」
「だとしても、これの信憑性は・・・」
「一般的に、個人が立てた功績は所属する軍団の長がそれを承認することで、ネットワーク上においてそれを喧伝することができるんだ。だから、それをアピールできるということは過去に長に認められたことを意味する。だから、すぐに疑うということはしない」
「なるほど・・・一応公認的な概念はあるんですね」
「そういうことだ・・・。それでどうだ、セル、反応はあったか?」
『あぁ、既に数百を超える反応がある。懐疑的な反応もあるが、概ね好印象と言っていいだろう。現在、崩壊した神殿付近で様子を見ている人員たちを起点に拡散している』
セルムグドの機械脳の中で展開されているその様子を視覚的に見ることはできないが、どうやらつつがなく進行しているようだった。
「一応、予定通りだな。あとは地下を通って、崩壊した神殿から皆の前に姿を現わせば完璧だ」
「そんな演出家みたいなこと・・・」
「あぁ、私は謁者になる前・・・演出家ではないが、テシャンデームのとある劇団に所属していた役者だった」
「え、じゃあガイドの演技もその経歴を活かして?」
「そうだ。謁者になるに当たって、活かせそうな技能としては申し分ないと謁長にも認められてな」
「それなら、確かに納得です・・・」
「・・・そうだ、これから神殿の地下に行くに当たって、あの時話せなかったことを伝えよう。これからそれを伝える余裕もなくなるだろうしな」
「・・・それは、その神の能力の真相、でしたっけ・・・」
「あぁ・・・地下には、基本的には「態謁群」以外の人間はほぼ足を踏み入ることは出来ない。そこには、その神にまつわる情報が隠されているからな。その能力のことも含めて」
車は再び郊外に出た、今度は主戦場に向けて。フロントガラス越しに見える、都市部と主戦場を分かつ、高くそびえる山脈を、ロロンの言葉を耳に入れながら茫然と見つめていた。
そこから少し進むと、ロロンは車を一時停止し、右手をハンドルから離すとおもむろに携帯端末を取り出した。何か素早く操作すると、なんの変哲もない地面の一部がスライドするように大きく開かれ、地下へと続く道が出現した。
まるで大型の搬入路のようでもあり、長い間使われていたと思しきその地下通路はまばらに光が灯る、どこまでも続くトンネルである。
「こんな場所に隠し通路が・・・」
「「態謁群」が大昔に作ったトンネルだ。改修しようにも、これが露呈してはいけないからと業者を入れることも出来なくてな。まるで坑道のような有様だが、何百年経とうとも立派に使命を全うしてくれている」
傾斜にそって、車体を中に滑らせる。エンジン音が反響し、薄暗いその中で煌々と行く先を照らすヘッドライトだけが唯一の希望のようだった。
「さて、なるべく飛ばすが、ここからまだ少しかかる。続きを話そう」
「・・・はい、お願いします」
「結論から言えば、その神・・・異界人が有していた力の正体は、彼らが住む世界に存在していたという、奇病によるものだ」
「びょ、病気・・・?? それで、炎や雷を操れると・・・?」
ロロンがそれを知った時、反応に困った。というようなことを言っていた気がするが、まさに同じような心境だった。病気でそのような現象を起こせるものなのか。
「あぁ、二人は自身が有する力の由来を晩年記録として残していた。「身体超変症」というらしい」
「それはまた・・・それらしい名前ですね」
「翻訳によるところもあるがな。実際はまた違う名前なのかもしれないが・・・まぁそんなことはいい。以前、これに付随する問題があるという話をしただろう?」
「えぇ、覚えています。それが秘匿される理由・・・ですよね?」
「そうだ。奴ら・・・ターヴォルの軍事研究所は以前から人間を兵器化するという目標を掲げていてな。俗に「人体兵器化計画」と揶揄されるものだ。この話自体はそれほど秘匿されているわけでもなく、大衆向けのメディアでも触れられるものだ。しかし、その話の半分は眉唾というか、ある種都市伝説の域を出ないものだとも言われている。だから、大半の人間はそれに対して真剣に取り合おうとはしない」
「もしかして・・・その異界人の病気というのを、それに・・・?」
そこまで聞いて、ドンワーズの中で何かピースがハマったかのように合点がいった。
「・・・そういうことだ。あの神の超常的な力の正体が病気に由来していると判明すれば、その計画に用いられる可能性は非常に高い。厳密に言えば、その症状のメカニズムを解明して、それを人工的に再現することでな」
「・・・・・でも、その症状の内容など判明しようがないのでは?」
「いや、歴史調査隊が介入した際に、あの神たちが残した自伝・・・それが漏洩した可能性も捨てきれない。異界人に関する歴史資料はこれから行く地下に多く残されているが、当時の歴史調査ではそこに踏み入れられたという話もある」
「つまり、その時に・・・?」
「あくまでも可能性の話だがな・・・。だが、この可能性を裏付けるような話も一部では出回っている。コードネーム、『アルタ・レネヴェ』。聞いたことはあるか?」
「いえ、聞いたことは・・・そのコードネームは一体何なんですか?」
「詳しい事は私も分からないが・・・恐らく、この「身体超変症」という異能をもたらす症例を元に立ち上げた「人体兵器化計画」の一環のことなのではないかと、まことしやかに囁かれている」
「それが本当なら、既にその計画は進行していて、今回の緊張地の一件がまるで総仕上げのような意味になるのでは・・・?」
「まったく同感だ。それに、当初想定していた侵攻と全く違う緊張地の兵士を軒並み殺処分するかのような強引な「騎士」の行動。その計画の段階を速めたのだとしたら些か辻褄が合う」
「でも、緊張地を制圧することと、その計画を進めることに何の因果関係が・・・?」
「昔に行われた歴史調査・・・。思うに、あれだけでは不備だったのだろう。本格的にその計画を進める為にはさらに情報が必要だった。しかし、あれ以来「態謁群」によるガードが固くなり、思うように調査を行えなくなった。そこで、時間はあいたが、今こうして強攻策を取るに至った・・・あくまで推測だが、筋道を立てるならこういうことなのではないかと思う」
「緊張地で障害になる要素を全て消した上で、ゆっくりと調査をしようということですか・・・」
「恐らくな。だが、そんなことをしたら国際的非難は免れない。あの国は、今まで『クヴェルア』という世界で守られてきた不文律を現在進行形で破壊しているんだ」
「・・・でも、どうしてそこまで人体を兵器化することに拘るんでしょうか?」
「さぁ・・・単純に兵器コストの問題なのか、さらに裏に何か事情があるのか・・・。どちらにせよ、ロクな理由じゃないだろう」
「それが本当なら、新たな火種になるのは明らかですね・・・」
「そうだ。だから、これ以上核心的なことに触れさせない為にも「騎士」を確実に倒さなければならない」
「作戦は・・・上手く、いくでしょうか・・・」
「上手くいくようにやるしかない。どの道チャンスは一度きりだ。もし失敗しそうなら、君は途中で離脱して、この道を引き返して脱出するんだ」
「・・・失敗した時のことを考えるのはやめましょう。結局緊張地から離れることは未だ出来ないんですから」
「・・・そうだったな、すまない。くだらない事を言った」
「いえ、気遣ってくれての発言だということは分かっています。ロロンさんこそ、危なくなったら離れてくださいよ」
「ふん・・・言われずともそのつもりだ。だが、一人で逃げる気はない」
◆
時速およそ百キロで走行する車両の目の前に、少し違う雰囲気の壁が現れた。肌色の、四角の石材を規則正しく並べたような壁面を見たロロンは速度を緩め、到着の合図をする。
「もう少しで着く。ここから少し進んだところで停車して、そこからは歩いて神殿の地下部へと入っていく」
「分かりました。それで、セルさん・・・あのアカウントの方はどうなったんですか?」
ロロンと会話している最中、ずっと沈黙していた機械男はドンワーズに尋ねられ、伏せていた顔を僅かに上げた。
『あぁ、こちらは問題ない。「テルガ・モニャ」を、現状における双方の人員にとって最高指導者であると確約し、既に残された東西両軍をまとめ上げた合同軍を指揮する立場へと昇格させた。皆は「テルガ・モニャ」を仰ぐべき指揮者だと信じて疑わないだろう』
「・・・!?」
二人が話し込んでいる間、セルムグドの卓越した機械知能を駆使して双方を懐柔するあらゆる策を演算し、今までに収集した緊張地における事由を具体例として提示し、「テルガ・モニャ」がその肩書だけではなく名実ともに信頼に値する人物であるとネットワーク上で名乗りを挙げた。
もはやこの地において彼は歴戦の戦士というにとどまらず、緊張地の雌雄を決する人物となったのだ。
「それはいい、キャラクター設定は完璧だ」
「ちょ、そんな・・・いくらなんでも盛りすぎじゃないですか・・・?」
「それくらいの人物でなければ、この現状で群衆はついてこないさ。大丈夫だ、彼らをまとめ上げる口上は既に考えてある。後は、君が彼らの前に立ち、私がインカムを通して伝えるセリフをそのまま復唱すればいい。流石に全て君丸投げしようなんて思ってはいないさ」
「・・・・・わ、わかりました」
「セル、上の状況はどうなった?」
『現在「騎士」は消耗した体力を回復するように大きく後退している。具体的には裂け目を越えた西側の神殿付近だ。それに合わせて、東西双方の戦闘中の残存部隊を「テルガ・モニャ」の指示で、まとめて移動させる形で東側神殿方面への退却指示を行った。予定では、この後ドンワーズが退却した残存部隊と合流し、本格的に作戦へと移行する』
「分かった。それで、謁長の動きは?」
『謁長は「騎士」が後退したのを合図に再び主戦場エリアの高台へと移動している。腕に戦闘用義手を取り付け、ある程度戦闘には参加できるとのことだ。しかしあくまでも後方から指示を出すに留め、ドンワーズが地上に出てきたタイミングで一度合流したいと』
「そうだな。ドンワーズと謁長の顔合わせくらいはしておくべきだ。それで、残存勢力の部隊分けは?」
『正確な数字は不明だが、現時点においてネットワーク上で確認可能な残存数は八九二人。その中に準部隊長に相当する人物も複数人いることから、「テルガ・モニャ」を最高指導者として、あとの細かい現場指示は彼らに任せてもよいと判断した。具体的な隊分けはまだだが、今行うか?』
「時間がない、頼む」
『了解した。・・・大まかに遊撃部隊、追撃部隊、遠距離支援の三つに分け、それぞれ人員を分配しよう。作戦概要的にも遊撃部隊が最も人員を必要とするため、約九百人いる人員の半分をこちらに回す。残りは神殿までおびき寄せた「騎士」攪乱するための補助だ。複雑な指令は避け、「騎士」を誘導することだけに念頭に置いて動いてもらうようにする』
「そうだな、作戦の最終目標は「騎士」を神殿地下に閉じ込めることだ。煩雑な指令は必要ない。他の謁者は合流するのか?」
『現状バイタルサインを確認出来る謁者はロロンを抜いて五名だ。しかし、それぞれムダーガフォンやテシャンデームに残り、組合と連携して動いている。おおかた一般人の避難は完了しているはずだが、未だ街は混乱しているからな』
「そうなると、主戦場で動く謁者は私だけか・・・」
ドンワーズが二人のやり取りを頭に入れるように黙して聞いていると、やがて車両が完全に停車した。
薄暗い中で降車し、まるでターミナルかのような周囲の光景に思わず声が漏れる。
商業施設の地下駐車場のようなその場所。しかしコンクリートではなく巨大な石材で全体を構成している。
「ドンワーズ、こっちだ」
「あっ、はい・・・!」
まるで非常口のかような木製の扉を開けると、その先の通路には明かりが灯る。古代遺跡の発掘調査している最中かのような、ケーブルがむき出しの照明が肌色の壁面のあちこちのかけられていた。
「ドンワーズ、これを渡しておく」
不意にロロンから手渡された物を受け取る。その手の中にはドンワーズも良く知る、耳に装着する小型機器が収まっていた。
「これは・・・インカムですか」
「さっきも説明したが、君が彼らの矢面に立ってから口にするセリフを私が考え、それを君だ代弁する形で状況を進行させる。今後、君はドンワーズ・ハウではなく「テルガ・モニャ」として振る舞うんだ。既にネットワーク上で確立したそのキャラ性を崩さない為にも、私が徹底してそのサポートをしよう」
「そう・・・でしたね。分かりました、芝居なんてしたことないですけど・・・」
「そう不安がるな。セリフ云々よりも、堂々としていることが一番の芝居さ」
石段をあがる。地下空間のメインとなる部分はドンワーズが想像していたよりもずっと広く、ここだけで数百人規模の人間が暮らせそうなほどだった。
様々な部屋に繋がる迷路のような通路を抜け、一般的な体育館ほどの広さの広間の前にやって来る。
「このスペースは・・・?やけに広いですが」
「謁見の間という。「態謁群」に所属する際に来る、まぁ通過儀礼的な一連の儀式を行う場所だ。そして・・・「騎士」を追い込む場所でもある」
陰鬱としたその空間は暗闇を讃えているようであり、その広さ故にブラックホールが目の前に佇んでいるのかと錯覚するほどだった。
「ここに・・・「騎士」を・・・」
「この地点は地上からだいたい十メートルほどの距離だ。火薬を使い上部の足場を崩落させ、奴をここに落とす算段だ」
「なるほど・・・」
謁見の間を抜け、さらに石段をあがる。徐々に明かりが見え、地上が近づいていることを知らせてくれていた。
「おっと・・・これは—————」
しかし、一行の間に立ちふさがったのは神殿を構成していた石材の山。本来の出口はそれ影響で塞がってしまっていた。その瓦礫の隙間からは僅かに外の光が漏れている。瓦礫のサイズ的に人力で退かせないことはなさそうだが、下手に動かせば生き埋めになるかもしれない。
「そうか、既に出口が・・・」
ここまで順調に進んできて、神殿が崩壊によって出口が塞がれている可能性を失念していた。しかし、ロロンは顔色を変えず、顎に手をやると少し考える様子を見せると何か思いついたようにドンワーズの方を振り返った。
「なに、これは演出を強化するための材料になってくれるさ」
「・・・え?」
「セル、残存兵は今どこまで後退した?」
『・・・東神殿からおよそ五十メートル程の距離だ。・・・何をするつもりだ?』
「せっかくだ。謁長に活躍してもらおう」
そう言うと、ロロンは端末を取り出し、どこかへ連絡を始める。
「謁長、今よろしいですか?・・・えぇ。はい、東神殿の出口付近です。瓦礫が・・・そう、そこです。義手の方は?・・・分かりました。はい、お願いします」
『・・・謁長に何を要求したんだ?』
「彼が付けた義手は武装内蔵式だと言ったな。それを今一度確認したんだ。聞いたところによると、小型の榴弾を発射できるらしい」
『なるほど・・・しかし、無茶をさせるな』
「・・・分かりました。ではカウントを・・・。ドンワーズ、セル、下がれ。榴弾が来る」
「・・・っ!」
慌てて後退すると、その直後、甲高い破裂音と共に目の前に積み上がっていた瓦礫の山が崩れ、小さな隙間が現れた。
「よし、穴が開いているうちに、早く行け!」
「は、はい・・・!」
ロロンとセルムグドは内部に残り、インカムを付けたドンワーズは転がるように外へ飛び出していく。
既に日没間近。薄暗い神殿周辺には篝火がいくつも立てられ、爆発音を聞きつけた人々がその周囲に集まっていた。
従って、崩れた神殿から姿を現わしたドンワーズは当然注目の的となる。
丁度そのタイミングで到着した退却してきた残存兵らも、その姿を見て動揺を露わにする。
「ほ、本当だ!来たぞ!!あれが、テルガ・モニャ司令だ!!」
誰かが声を挙げた。それが契機となり、辺りはたちまち歓声に包まれる。競技観戦場にでもいるかのような熱狂的な声の波。
それはドンワーズを思わず後ずさりさせる程で、眼前に詰めかけた群衆を見て自然と冷や汗が噴き出て顔が引きつる。
『準備はいいか、ドンワーズ。これが始まりとなる』
「っ・・・は、はい・・・」
震える声でそう返事をして、目の前に向き直る。続けて、インカムからはロロンが考えたセリフが流れてきた。
覚悟を決め、一度大きく息を吸い、そして吐く。
もう後には引けない。これから、偽りであろうとも彼らを率いる立場になるのだ。
最初の一言。群衆を引き付ける最高の宣告。それをロロンの言葉を受け、揚々と言い放った。
「ふぅ———・・・皆、待たせたな・・・!!これより、共に「騎士」討つぞ!!!」
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