第25話 決戦の夜

 突如、公然と姿を現わした男、「テルガ・モニャ」。彼から放たれたその宣告に、群衆は沸き立ち、大気を裂かんばかりの歓声を轟かせた。


「うおおおおお——ッ!! 本当に来た!! 救世主テルガ・モニャ!」


「緊張地を救ってくれ!!」


「おい、お前信じてなかっただろ!」


 それぞれが思い思いに言葉を放ち、辺りは騒然とする。彼らは大なり小なり、皆一様に傷を持ち、身に付けている装備の損傷はこれまでの攻防の熾烈さを見せつけるようだった。


 矢継ぎ早に流れる彼らの言葉を前に、それから続けて言葉を発するタイミングを見失ったドンワーズは思わず視線を泳がせた。その時、ふと群衆以外の、今いる地点周辺の様子を見渡した。

 巨大な神殿のひざ元。元来ここは、主戦場で戦闘に身を捧げる者たちの拠点であり、主戦場における都市のようなものだったはずだ。


 だが、見渡せどもそれらしい面影はなく、今では瓦礫と、何か建物があったであろう痕跡だけが寂しそうに残っているに過ぎない。

 それらは薄暗くなった空間の中で、あちらこちらに設置された光源に淡く照らされながら、僅かに存在感を放っている。


 そんな様子を見ていると、詰めかけた群衆の中から三人の男性が人波を掻き分け、神妙な面持ちでドンワーズの目の前に姿を現わした。


「あなたたちは…———」


『ドンワーズ、彼らは現状において残存兵を暫定的に指揮していた隊長格だ。まずは彼らの話を聞くんだ。それと〝あなたたち〟なんて呼び方はするな。違和感を持たれる』


「…了解」ロロンのアドバイスを受け、小さく返事を返す。


「…アンタが、テルガ・モニャか…?」


 ドンワーズの前に並んだ三人。それぞれ煤けたカーキ色の戦闘服を纏っており、そのどれもが傷と汚れにまみれている。


 最初に言葉を発したのは、短髪で朱色の髪が目立つ男。顔半分に包帯を巻き、その包帯は深紅に染まっている。その様子を見るに、片耳を欠損しているのだと分かる。


「…そうだ。…ゴホン、お前たちは、現状の部隊長たちだな?」


「あぁ、元々各部隊の指揮を執っていた奴らは全員死んだ。だから、なし崩し的に、今は俺たち三人が指示を出してんだ」


「そうか…頑張ってくれたな」


「……はっきり言わせてもらう。他の連中がどう思おうが勝手だが、俺はアンタのことを完全には信用できねぇ。長年ここで生活してきたが、テルガ・モニャなんて名前は聞いたことがねぇし、顔も知らん」


「…………」


「この状況において、どこからともなくふらっと現れてリーダーヅラされんのも癪に障る」


 軽蔑か失望か、暗がりでよく見えない彼のドンワーズを見る瞳は複雑な模様をしていた。


「私では、ふさわしくないと…?」


「……そうは言ってねぇ。今更、この状況で誰がふさわしいふさわしくないを論じても意味がない。俺個人が単に気に食わねぇってだけの話だ。…だが、本当に…ククゲラに書いた通りに事態をどうにか出来る策があるなら……」


 そこまで言って、彼は後ろで騒ぎ立てる残存兵を憂うような瞳で見てから、再び口を開いた。


「…………アイツらを……俺たちを、責任もって……勝たせてくれッ…!」


 歯を食いしばるような、呻き声にも似た声で、彼は自分たちを少し高い位置から見下ろすドンワーズに対して跪き、そう口にした。

 その彼の行動に続き、後の二人も同様に頭を垂れた。彼らの突然の行動に、騒いでいた後ろの集団の声は雨が上がるように収まり、そこには静寂が訪れる。


 篝火のパチパチと火花が爆ぜる音だけが乾いた空間に漂う。その様子に気圧されるようにドンワーズの呼吸は些か荒くなり、口内から湧き出る生唾を懸命に飲み込んだ。


 息がつまりそうだった。自分は代理人———その事実を改めて突きつけられたようで、先ほどの威勢の良い宣告は、幼子の戯言に過ぎないのかもしれないと、そう現実が冷たくも熱せられたナイフを心臓に突き立ててくるようだった。


 あの時、ロロンの前で自分は何と言ったか…?『最善を尽くす』?

思い上がりではないか? 今の自分は所詮「テルガ・モニャ」の器で、その重責に耐えられるのか?

 九百人弱の人員の生命を肩に乗せ、彼らを紛いなりにも指揮する資格と覚悟があるのか?

 その声を出す覚悟はあるのか? 彼らを死なせる覚悟は本当にあるのか?


「………———————」


 時間が静止したかのようだった。跪いた彼らは動かない。後ろで詰めかけるたくさんの戦闘員たちも、時代の変革を目の当たりにしたかのように身体を固まらせて、一人一人が精巧に作られた彫刻作品のように微動だにしない。


「っ………!」


 目を強く瞑り、体全体から空気を排出するように強く息を吐いた。

そして、力を込め、瞼を開ける。僅かな光が網膜に触れた。その頭上では、暗くなった空が「華幕」によってオーロラに彩られたような幻想的な光景が広がっている。

 こんな危機迫った状況だというのに、人工的に作られた天蓋はこの地の人々をあざ笑うかのようで、彼らの覚悟も、決意もそれで覆い隠してしまう。


 そんな光景を視界に収めながら、早まる心臓の鼓動を抑えるように、もう一度生唾を飲み込んだ。


 ————もう迷ったりはしない、迷うことなど許されない。


「………勝たせる…あぁ、その為に、ここに戻って来たんだ、テルガ・モニャは。どれだけ犠牲を払うことになろうとも、どれだけ地獄を見ようと………私は、お前たちを勝たせる……!」


その言葉に、朱色の彼は傷だらけの顔を僅かに上げ、ドンワーズを直視した。


「………信じて、いいんだな?」


「あぁ……私に、お前たちを指揮させてくれ」


「っ……——頼む」


 彼は大きく息を吐くと立ち上がり、後ろを振り向いた。その視界には、先ほどまで自分が紛いなりにも指揮していた彼らの姿がある。無傷の者はおらず、傷と損傷に彩られた彼らの姿が。


「……皆、よく聞け! 臨時指揮を務めていた俺たちは、今正式に、このテルガ・モニャに指揮権を譲渡した!これより彼が、部隊全体の指揮を執る!…異議のある者はいるか…!!?」


 力と覚悟に満ちた声が周囲に木霊した。彼らは互いの顔を見合わせ、異議があるかどうかを確認するかのようにざわざわとした声の波がゆっくりと広がっていく。

 そしてその波はやがて収まり、彼らの視線はおのずとドンワーズに、テルガ・モニャに集まってゆく。


 それ以上の言葉は無かった。しかしそれでも、彼らにとって異存がないということだけはドンワーズにも伝わっていた。


「………これが総意だ。…………俺たちを頼んだ、テルガ・モニャ、指揮官———」


「っ…——。…………分かった。引き受けよう」


 再び込み上げた生唾を喉奥に押し込め、静かに彼らに告げた。



『ドンワーズ、彼らと作戦と詰める前に、先に謁長と合流してくれないか』


 その後、一度その場に集っていた残存兵たちは、それぞれ神殿周辺のあちこちに散らばり、最後の戦いに備え、崩れた拠点を立て直す為に各々が行動を開始していた。

 そんな中、彼らと改めて作戦を確認しようとしていたドンワーズの耳元に、ロロンからそんな指令が舞い込む。今までの流れで忘れていたが、直前にセルムグドがそのようなことを言っていたのをふと思い出した。


「分かりました、その…謁長はどこに——————」


 ロロンにそう聞き返す途中で、不意にドンワーズの肩に衝撃が走る。

衝撃といっても軽く叩かれるくらいのもの。驚いて振り返ると、そこには残存兵に紛れるような形で、一人の男性が立っていた。

 その右腕は銀色が鈍く光を反射する義手、見るからに他の人員よりも高齢そうな人相。顔には細かいしわ、短く生え揃った銀髪。くすんだ灰色の瞳は幾つもの修羅場を見てきたかのようで、周囲の残存兵とは似て非なる雰囲気を纏っていた。


「…………っ!?」


 音もなく近づいてきた彼に飛びのくように後退すると、その慌てぶりを見てその男は堪えきれないといった様子でにわかに笑い始めた。


「はははっ、そう驚くことないだろう、テルガ・モニャさんよ」


「あなっ…、お前は…?」


 動揺するドンワーズを他所に、彼は首元のチョーカーを押さえながら誰かと通話をしていた。そして、その中で聞き馴染みのある名前が混ざる。


「あー、ロロン大丈夫だ、今合流した。………ごほん、初めまして、だな」


「………もしかして、あなたが…?」


 ドンワーズが追及しようとすると、彼は左手の人差し指を顔の前で立て、唇の間から息を吐いた。


「ここじゃ人が多い。少し向こうに移動しよう——」


 男に連れられた先は、先ほどまで居た位置とは反対側。群衆が集う場所から死角になる場所。

 そこまで無言で男の後ろについて歩くと、もう一人、暗がりの中に別の人物がいることに気づく。


「………メイド、さん…?」


 この場に似つかわしくない、レース姿の女性は明らかに浮いている。

彼女はドンワーズをここまで連れてきた男性を見ると安堵したように胸をなでおろした。


『ご主人様、戻られましたか。それで、そちらの方が…?』


「あぁ、無事に合流できた。さて、時間もない、簡潔に自己紹介しよう。……俺が「態謁群リビュラウズ」現謁長、ラグヴェア・リードバンだ」


『私は、ラグヴェア様の従者、レファ・シムルカースです。ドンワーズ・ハウ様、お会いできて光栄です————』


「………っ、えぇ、あぁ…こちらこそ、改めてよろしくお願いします。ドンワーズ・ハウ、です。ロロンさんからは色々と伺っています」


 飄々としているラグヴェアと、その横で頭を深く下げるレファの姿に戸惑いながらも彼女と同じように咄嗟に頭を下げた。


「そうかしこまらなくていい。それで、お前さんにこれからのことで色々と伝えることがあってな」


「は、はい……「騎士」の事、ですよね?」


「そうだ。弱点云々の話は聞いたかもしれないが、それ以外に伝えきれていないことが多数あってな」


「わ、分かりました…。それというのは?」


 「騎士」を追い詰めるという話だけをロロンから重点的に聞いていたが、それ以外の情報についてはあまり知らない。確かに、一度に説明できる情報には限度があるし、ロロンも限られた時間でそれを取捨選択しながら説明してくれていたのだろう。


「一旦情報を整理しよう。現時点でお前さんに伝えられた作戦に関する情報というのは「騎士」の弱点と、それをどうやって実現させるかどうか、これで合ってるな?」


「はい、酸素を断つために神殿の地下におびき寄せるという計画ですよね? しかし、先ほど神殿から出てきた時に気づきましたが、あの崩壊した状況でどうやって「騎士」を内部に入れるのかと疑問に思いまして…」


 確かに、その計画自体に特別疑問は無かったが、実際に崩落した神殿の様子を目の当たりにすると作戦の実行に難があるのではと思わざるを得ない。


「そう…そのことについても伝えようと思っていた。切羽詰まっていた状況故、半ば見切り発車的に作戦を伝えてしまったが、一応それについても策は立ててある。そして、それを成功させるために、責を担ってくれたお前さんに奴の正体について伝えなきゃならん」


「正体…?」


「ターヴォルに潜入している謁者が掴んだ情報によると、あれを動かしているのはターヴォル統制庁、機関情報部の中でも特殊な位置にいる人間だそうだ。そして、その人間は数年前にパホニで諜報活動をしていたようでな」


「パホニで……?」


「そうだ。それで、お前さんがこっちに来ると知った時に、その過程でパホニの治安維持部隊のことを調べていた時のことが偶然思い当たったんだ。「騎士」を動かしている人間が、パホニに居た時に所属していた組織がまさに、第三治安維持部隊だってことに。だから、同じ部隊から来ているお前さんなら知っているかもしれないと思ってな。ギルバルト・スーリンって奴だ」


「その名前……!」


 情報部門に加入した時に聞かされた、かつて情報部門に所属していたスパイの名前。まさかその名前がここで出てくるとは予想外で、思わず声が漏れる。


「知ってるのか?」


「あ、いえ、知ってるというよりは聞いたことあるくらいです。詳しいことは特に…。私がそこに所属する少し前に、去っていたようですから」

 

「そうか、それなら個人的なことまでは分からないか」


「個人的なことというと……」


 彼について知っていることを脳内で振り返る。確かギルバルトは同部門内のラーザと恋仲にあったはずだ。思い出したそれを、それとなく彼に報告すると、彼は何か腑に落ちたように短く息を吐いた。


「そうか、なら報告通りだな。そのギルバルトという男は、そこで知り合った女性に未練を抱いている。だから、これを使わない手はない」


「……? あの、話が見えてこないのですが……?」


 それと今回の作戦がどう繋がるのかいまいちピンと来ず、思わず首を傾げる。


「なに、奴に揺さぶりをかけるカードの一つとして、手の内に入れておくだけだ。お前さんがパホニの古巣から来ていると知れば、そしてその女性の名前を出せば、もしかしたら個人的な理由で対応を変える可能性もある。まぁ使うかどうかは今後の状況次第だが…」


「そういうことですか……。あまり気乗りはしませんが、選り好みをしていられる状況でもないですしね…。分かりました、万が一タイミングが巡ってきたら持ち掛けてみます」


「頼んだ。そして、問題の「騎士」を内部に入れる算段だが、これに関しては我々がどうこうする必要はないと考えている」


「……と、言うと?」


「これまでの動きから推測するしかないが……現在は休憩かのように活動を止めているが、奴は今主戦場にいる残存兵を最終的に全て葬るまで動きを止めないだろう。だから、余計なことをせずとも彼ら残存兵たちを地下に移動させることで、否が応でも奴を地下に誘導できるはずだ。瓦礫で塞がっていようとも、強引に侵入するだろう」


「それはつまり、彼らを犠牲にして…奴を地下に誘導するということですか?」


「……そうなる。しかし、見殺しにしたりはしない。中層の謁見の間に誘導を完了した時点で、撤退可能な人員から地下通路を使って彼らを都市方面に逃がす計画だ。流石に、奴も地下構造を完璧に熟知はしていないだろうから、中層から地下通路までの道を直ぐに看破できないはずだ」


「…ひとまず、分かりました。私は、これら計画を彼らに伝えればいいんですね?」


「そうだ。後の細かい、各部隊の動きはロロンやセルと協議しつつ、人員を見て再度調整すればいい」


「謁長はその間何を……?」


「俺は「騎士」を地下空間に誘き寄せた後の仕上げ担当だ。地下に誘い込めたとしても、それで終わりじゃ意味がないからな。詳しい計画はまた後でロロンに連絡させる」


「……分かりました。では、これで———」


「あぁ…。責を押し付けた俺が言うのもなんだが…彼らをまとめ上げる事、無事に成してくれ………」


『私からも、このような不躾な要請に応えて下さり、誠に感謝申し上げます。彼らを、どうか…よろしくお願い致します……』


「………はい。最善を、尽くします—————」


 二人はドンワーズの決意に敬意を表すかのように深く頭を垂れ、去るドンワーズを見送った。



 その後、拠点に戻ったドンワーズは再び彼らと合流し、セルムグドが既にククゲラに投稿していた、「騎士」を最終的に神殿地下に追い込む作戦をより綿密に詰めていく。


 急ごしらえで建てられた仮設キャンプ。今にも破れそうな布で仕切ったそこに設置された大机。その上に広げられた緊張地の地図を、臨時指揮を務めていた三人と共にドンワーズは見降ろしていた。

 その他の大多数の人員は、仮拠点の再建設に精を出す者や、負傷者の救護や治療に専念する者、武器の調整や分配に勤しむ者と、大まかに分かれて神殿周辺を再び立ち直す動きを続けている。


 まるで工事現場とも形容出来そうな賑やかさと騒がしさの中で、四人の男はしかめ面で卓を囲む。「騎士」についての情報は、現状臨時指揮を務めていたこの三人、ヘシキアン、リロック、ゼッテに共有されることとなった。


「………なるほど。やることは分かったが、具体的にどうやって奴を神殿内部に入れるつもりだ?」


 朱色の髪の男、ヘルシキアンは作戦概要を脳内でなぞりながら不可解そうにそう呟いた。

 彼の疑問は至極真っ当だった。振り返っても、そこに見えるのはかつての栄光で、今ではどこが入り口だったのかも不明な崩れた歴史的建造物だけだ。


「「騎士」の全長は三メートル以上。そんな巨体を、どうやって崩れた神殿の中に入れる?」


 重要な情報の出所についてはドンワーズもどう説明したらよいか分からず、それを尋ねられた時は思わず口ごもったが、会話を聞いていたロロンがインカムを通して『「態謁群」からの情報提供だと素直に言えばいい』と指示を出したため彼女に従い、彼らにはそう伝えた。


 すると、何か合点がいったように見た腑に落ちたようで、それ以上彼らからの追及は無かった。ロロンの補足曰く、日夜主戦場を駆ける彼ら戦闘員にとっても「態謁群」の存在は軽視できるものではないようだった。

 深くは知らない者でも、緊張地の深部で常に動いている秘密組織であるという認識は持っている。

 普段はその存在を隠すが、有事の際は間接的に姿を現わし、確定的な情報を共有し、同時並行的に問題に当たる存在。

 このタイミングで「態謁群」からの情報提供を受けたという自体、彼らからすれば待っていた情報が転がり込んできたようなもので、疑う余地のないことだという。


 加えて、突如現れた「テルガ・モニャ」という人物が「態謁群」とコネクションを持っているという事実が、より事態の切迫感を伝えていた。皆口には出さないが、「テルガ・モニャ」という男は自分たちが思っていたより重大な人物なのかもしれないということを。

 もしかしたら彼が「態謁群」のメンバーなのかもしれないと三人も心の内では疑っていたが、ククゲラに彼の顔写真が掲載されていたことで、その線は薄いという判断に至っていた。本当に「態謁群」ならば自ら顔が割れるような真似はしないはずだからだ。


 それで余計な不和を生まないかドンワーズも心配していたが杞憂だったようで、内心胸をなでおろした。


 当然、「騎士」の弱点について彼らも思考を巡らせたが、それについて明確に打開策を見いだせず、全員、その地下に追い込み低酸素空間を実現し、最終的にそこで「騎士」を倒すという現状の案について異議を申し立てる者はいなかった。

いくら緊張地に様々な武器武装があろうと、流石に酸素をピンポイントで消失させるような物はないと、各々が口ずさんだ。


 そこで、では「騎士」をどう地下に入れるのか、という問題に当たる。

いくら「騎士」をここまで誘導できたとしても、入れる場所が無ければそこからどうすることも出来ない。

 各々が口ごもる中、ドンワーズは先ほどラグヴェアから伝えられた一連の情報を共有する。こちらが策を弄せずとも、奴は必ず釣れるということを。


 しかし、その作戦は暗に彼らの身を更なる危険に晒すという事だ。ドンワーズはそれを伝えたあと短く息を吐き、彼ら三人の表情を観察するように見渡した。だが、彼らはその計画を聞いてなお顔色を変えず、同意するように頷きあった。


「なるほど、理にかなっているな。それなら、奴を引き寄せてきた隊がそのまま地下に流れ込めばいい」


「簡単に言うが、本当にそんな都合よくいくものか? 確かに、奴は俺たちを全て滅ぼす気で動いているというのは同意だが」


 ヘルシキアンが納得する中、スキンヘッドが特徴的な彼、ゼッテは些か懐疑的に口を開いた。とはいえ、彼も基本的に異論はないようだった。


「どの道真正面から撃ちあって勝てる相手じゃない。地下という潜り込める場所を「態謁群」が解放してくれるなら利用しない手はない。………しかし、神殿の地下か……本当に存在していたとはな」


 言いながら、肩にかかる程の金髪を揺らしリロックが机に腕を立て呟く。彼らからすれば、神殿自体が信仰の具現。その内部に立ち入ること自体禁忌とされてきた。しかしその内部に関する事柄は不透明ながらもまことしやかに囁かれていた。


 この緊急事態においてその秘奥が解放されるというのは、彼らにとってある種天啓かのように感じられる。


「………とにかく、そのことに関しては承知した。人員の配分と作戦の具体的な流れを決めよう」


 彼ら四人と、遠隔でロロンが適宜指示をする。その中で「騎士」を着実に討つための作戦内容が積み重ねられていった。



 ————まず大きな問題として、これから一層夜の闇が深まる中で作戦に移行しても問題ないのかということがあった。

 これに関しては「騎士」の———内部に人間がおり、彼もまた長時間に及ぶ戦闘により疲弊しているという現状を鑑みた上で、慎重な判断がなされた。

 確かにこちらも限界ではあるが、夜明けまで待機して「騎士」に回復の猶予を与えるよりは、こちら側が無理をしてでも追撃をかけて「騎士」を追い込む方が良いと判断され、作戦は夜間決行が決まった。


 隊分けは以前セルムグドが示した通り、「遊撃部隊」、「追撃部隊」そして「遠距離支援部隊」の三部隊に人員を分ける。


 その中でも、本作戦において最もウェイトを占める「遊撃部隊」に計六百名余りの人員を投入。そしてその中から三つに班分けし、これまで臨時指揮を行っていた三人を班長として、ヘルシキアン班、ゼッテ班、リロック班に細分化しそれぞれ約二百名ずつ人員を割り振る。


 現在「騎士」がいる地点は西側神殿付近。その地点を「遊撃部隊」のうち二班が主戦場外周に沿うような形で移動を開始。

 中央部分は裂け目の影響でスムーズな移動に支障が生じるためだ。その後、二班が両サイドから挟み込むようにして「騎士」に接近。


そして、彼ら「遊撃部隊」の二班進行する後方、数百メートル以上の距離を開けて携行ミサイルやロケットランチャーなどを装備した「遠距離支援部隊」が追従する。


「最後の接触からまだそう時間は経っていない。「騎士」は依然として疲弊しているはずだ。まずは「遊撃部隊」二班、リロック班とゼッテ班が第一段階として二方向から十分距離を取った上で、挑発するような形で暗闇を利用し攻撃を仕掛ける」


「了解した」


「「騎士」が反応を見せたら、様子を伺いつつさらに距離を離せ。奴の夜間性能がどれほどのものなのかは未知数だ。もしかしたら遠距離武装の精度が多少落ちるかもしれないが、リスクは最小限に抑えたい」


「分かった。その後は中央の裂け目を越えた辺りまで一気に後退するんだな?」


「そうだ。とにかく「騎士」に本格的に応戦させるのは避ける。少しずつちょっかいを出すような形で東側神殿まで誘導するんだ。現時点で我々を皆殺しにするためにここまで追ってきていないのを鑑みても、奴の体力が限界に差し掛かっているのは明白だ」


「………奴に回復の隙を与えず、こちらから小さな攻撃を延々と繰り返すわけか。地味だが、確実だな」


「あぁ。それにこの作戦を実行できるのは、ここまで勇気ある特攻を繰り返してくれた彼らの犠牲があったからこそだ。絶対に無駄には出来ない………」


「アイツらの犠牲が無駄じゃないってことが分かれば十分だ、それで、その動きを繰り返して最終的に神殿前に連れてくるんだろう? 万が一、その予定通りにならず、奴が本気を出して、また滅茶苦茶な攻撃を始めたらどうするんだ」


「………その時はその時だ。もしそうなったらもはや打つ手はないだろう。だから、現時点で対策できるのは極力距離を開けてやり取りすることだけだ。あるいは、「騎士」の主力武装である光学兵装から少しでも身を護る為に鏡を張り付けた防具を纏うとか………」


「…………そうだな、確かに、今は奴が動かないのを祈るしかないか…。鏡なら多くはないが多少用意できるだろう」


 続いて第二段階。「騎士」を中央部を越えて誘導することに成功した場合、同じように適度に「遠距離支援部隊」による攻撃を交えながら東神殿との距離を縮めていく。


 「騎士」が中央から三分の一以上を進んだ段階で、中央部付近に潜伏させていた「追撃部隊」が「騎士」を追い立てるような形で一斉に背後から攻撃を仕掛ける。

 「追撃部隊」と「遠距離支援部隊」の指揮を担う「テルガ・モニャ」、つまりドンワーズが前後の状況を双方から聞きながら前進後退の指示を適宜行うのだ。


「俺の班、ヘルシキアン班はいつ突入するんだ?リロック、ゼッテ班だけじゃ危ういだろう」


「現状ではリロック班、ゼッテ班の二班が可能な限り「騎士」を相手取ってもらう予定だ。ヘルシキアン班は、言わば最後の砦………。二班の総合損失が一定数を上回った段階で突入してもらおうと思っている」


「なるほど……了解した」


「……ひとまず、これくらいか。まだ何か不明な点はあるか?」


「概ね理解したが……奴が地下に入った後の動きはどうするんだ?」


「その後は…」


『ドンワーズ、その後の動きは、私とセル、そして謁長らが主となり内部で「騎士」を孤立させる。今その為に工作をしている最中だが、彼らには、「騎士」を地下誘導した後、内部に突入した部隊は「態謁群」が用意した地下通路を通って戦線離脱させる算段だと伝えておいてくれ』


「っ……了解」


「…………?どうした」


「いや、何でもない……。地下には都市部へと抜ける通路が存在している。だからその後は、突入した部隊をそこに逃がす方針でいく。最終的に地下空間に「騎士」が孤立する状況を作り出せればいい」


「……? ……あぁ、分かった。しかしその、なんだ……地下通路か? それが奴に見つかる可能性は? そこから奴も逃げ出したら本末転倒だろう」


『内部は想像より複雑。かなりの重量の石材で組まれたあの空間から力任せに抜け出すのは「騎士」でも不可能だと断言するわ。だから、その他の隊員は抜け道からこっそり出ていけばいいと伝えて』


「……あの内部は相当複雑だ。私も内部から出てきたから分かるが、いくら「騎士」でも一度入り込めば力任せに内部を破って出ることなど不可能に近いはずだ。ましてや、人間がこっそり出入りするポイントを見破るなんて、余程高性能なスキャン装置がなければ不可能だろう」


「……そうか、分かった。信じよう」


「ありがとう。その他の細かい指示は、作戦中に適宜行うようにする。……最後まで諦めずに、戦い抜こう—————」



 「騎士」と一時的に休戦状態となってから一時間が経過する。未だ「騎士」の動きはなく、周囲には緊張が張り詰める。まるでいつ来るか分からない大災害に備えているかのようで、心が休まる時など存在しない。


 彼ら四人は話した内容を再び整理しつつ、周辺に散らばった残存兵たちを呼びよせ、それぞれの隊に分ける。


 無秩序な集団から、れっきとした作戦を元に組まれた隊列へ。皆以前として疲弊の色は拭えないが、諸々を説明され終えた彼らの表情は一様に闘志に満ちていた。

 作戦を決行するタイミングとしては申し分ない。


 急遽組まれた演説台のような高台に、ドンワーズと彼ら三人は並び立った。

眼下には戦意を滾らせた民くさたちがそれぞれ得物を携え、それを誇りのように掲げる。


 今日まで生きてきて、このような光景を眼にするとは思いもしなかった。

彼らを前にして、もう及び腰になることはない。一瞥し、一度深呼吸をする。

 ヘルシキアン、ゼッテ、リロックと顔を見合わせた。その表情には深い覚悟が刻みこまれ、篝火の灯りを受け煌々と輝きを放つその瞳は、黎明を告げる恒星のようだった。


そして、「テルガ・モニャ」が満を持して、皆に最後の宣告を行った。


「皆、この時までよく耐えてくれた。僅か半日足らずで、この地を壊滅状態に追いやった「騎士」は確かに強敵だ。しかし、尊い犠牲のもとで奴は確実に疲弊し、衰弱している。もはや夜明けを待つ必要はない! 奴に朝日を拝ませる必要はない!! 朝日を眼に焼き付けるのは我々だ!!」


「そうだ!!」 「「騎士」に朝日は必要ない!!」 「今こそ奴を下せ!!」


 同調はより苛烈さを増す。誰もが「テルガ・モニャ」の言葉に乗り、魂を鼓舞させる。


「なんだ、意外とアドリブでも戦えるじゃないか——」インカム越しにその様子を聞いていたロロンは満足げに別の場所から呟いた。


「———そうだ! ここに集う者の手で、犠牲となった彼らの為にも、かの敵を討つ!! これより、『「騎士」討滅作戦』を、開始する—————!!」



うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ——————————ッ!!!!!



 いまこの時より、彼は真に緊張地の守護者となり、その咆哮は地の果てまでも行き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る