第8話 対話

 異界探査部門、部室——。その室内で、デスクに拳を叩きつける鈍い音が響いた。

一連の出来事があったその後、カッキスタから事後的に連絡を受けた部門員一同は、部室内で苛立ちと困惑が混ざったような感情を露わにしていた。


 ドンワーズが失踪した日から既に一日が経過しており、それを報告された時には全てが終わっていた。

四人はそれぞれ席に着いたまま何か会話をするでもなく、静寂を守っていた。

 今朝、四人が部室に集ったタイミングでその報告を受け、かれこれ三十分はこの状態が続いていた。しかし、いい加減この空気に耐えかねたテルルが泥のような静寂を破るようにようやく口を開いた。


「………皆、いつまでもこうして固まっていても仕方ありません。一旦、本日の業務に移りましょう。カッキスタ統首には進展があり次第、報せをくださると承諾して頂きましたし、僕たちがこうして行動不能になってしまっては、元も子もないでしょう」


 数十分前————


「………この番号は……?」


 一日経ち、調査局はドンワーズの不在を受けてから、依然として慌ただしい雰囲気に包まれていた。しかし、まもなく局長代理が政統府より派遣されるという報せがあり、その混乱も一旦は沈静化するだろう。


 そんな中、ドンワーズの不在を最も不安視していたテルルは、出勤から少ししたタイミングで突然鳴った、部門室に備え付けられていた固定電話の着信音に、思わず背筋を振るわせた。

 直接的な虫の知らせかのようにも思えたそれを、彼は僅かに震える手で応えた。


「………はい。こちら中央調査局、異界探査部門、テルル・ハリーファッツです」


『あぁ、君か。よかった、私だ。カッキスタだ』


「………!せ、政統首様………!? 申し訳ございません、失礼を——」


『構わない、こんな時に形式的なやり取りは時間の無駄だ。——いいかいテルル君、君たち異界探査部門も、突然ドンワーズ君がいなくなって混乱していると思うが………うん。先に結論だけ述べよう』


「………け、結論? そ、それにどうして局長のことを・・・」


『彼は、一昨日私に会いに来てね。まぁ、その話は今はいいだろう。……落ち着いて聞くんだ。ドンワーズ君は………ある敵と交戦して、結果として異界へと消えた』


「……は、はい? い、異界ですか………?」


『あぁ。掻い摘んで話すが、ドンワーズ君は先の襲撃犯の元凶である、とある男から話しを持ち掛けられていたんだ。その結果、対話による解決は失敗に終わり、私はドンワーズ君からの要請を受け戦闘部隊を動員し、その男に攻撃を仕掛けた。しかしそれも失敗に終わり、最終的にドンワーズ君が身を挺して奴を異界へと送り返すことに成功したんだが………その時に、彼も同時に異界へと消えてしまったんだ』


「………………」


 テルルは言葉が出なかった。ましてや、ドンワーズが姿を消してから三日と経っていないのに、その間にそんなことがあったということ自体信じられないことだった。


『この件については私の責任でもある。………電話越しで言うことでは無いが、謝罪させて欲しい。すまなかった…———』


「政統首様………」


 機械越しに聞こえるその声は、深い後悔の念と、歯を食いしばるような自戒が込められているように聞こえた。


「それで…僕たちはどうすれば………?」


『今、そこに居るのは君だけかい?』


「はい、もうじきに皆出勤が完了するかと思いますが……」


『そうか、なら君が後でこの件を皆に伝えておいてくれ。それと、この件をどこまで公開するかはまだ検討中でね。とにかく君たちには報せる責があると判断したゆえ、こうして伝えているんだ。そこは理解して欲しい』


「分かりました……」


『頼んだよ。緊急時とはいえ落ち着きを失ってはならないからね………最後に、ドンワーズ君から言伝を頼まれている。それをそのまま伝えよう』


「………はい」


カッキスタはより落ち着いた口調で、彼が残した言葉を厳かに読み上げた。


〝皆には心配かけるかもしれないが、安心してくれ。用事を片付けたらすぐに帰って来る。だからいつも通りに過ごしてくれ。部長代理はテルルに任せるから、皆を頼んだぞ〟


『これが、彼の残した言葉だ。もちろん、我々はこのまま座して待つようなことはしない。とはいえ、今は色々と調べることが多くてね……実際に動き出せるようになるにはまだ少し時間がかかるんだ。だからそれまでは彼の言う通り、いつも通りに過ごして欲しい。進展があったら、真っ先に君たちには報せよう』


——時間は現在に戻る。


 彼らはそれをテルルから聞いた時、皆一様に硬直し、情報を上手く飲み込めないといった様子だった。テルルから〝落ち着いて〟と念を押されてはいたが、あまりに急な事態に冷静でいられる道理はなかった。

 特に、トルスタは焦燥に駆られるように息が荒くなり、冷や汗が浮かんでいる。

ドンワーズさんは、自分のせいでこのような目に遭ったのではないか。と、そんな漠然とした責任感を一人感じ、押しつぶされそうになっていた。


「やっぱり、局長を助けに行こう………」


 そんな淀んだ空気の中、不意に口を開いたのはカーラだった。何か決心したような眼差しで目の前に座っていたテルルを見つめる。


「カーラ、気持ちは分かりますが、局長があのように伝言を残している以上、それに従うのが局長の為です」


 彼の言葉は、今のカーラにとっては正論でしかなかった。ドンワーズが何を思ってそのような伝言を残したのか。考えずとも分かることだが、しかし故に、それに甘んじるような選択をするのが許せなかった。


「それに、仮に助けに行くにしても、どうやって? カッキスタ統首は、僕たちが無茶なことをしないようにと、それに関する情報は敢えて伝えませんでした。今出来ることはありませんよ。悔しいですが」


「でもっ………! だったら、何のための異界探索部門なの? 今まさに異界に関することが起きてるのに、このまま何もせずまた待つの!? 今度は、帰ってくる保証もないのに!」


「落ち着いてくださいカーラ。局長を助けに行きたいという貴方の気持ちは理解できます。しかし、大した実績も戦闘能力もない我々が我を通して、一体何が出来るというのですか? それに異界探査とは、異界を理解しそれを既知に変えることです。決して敵地に無謀に飛び込むことではありませんよ」


「そんなこと…分かってる! でも………このまま指示通り待ち続けて、それで、局長が帰ってこなかったら……? これが局長との最後の別れになったらどうしたらいいの!?」


「それは……——」


「アドノだって、局長を追うべきだと思うでしょ!?」


「アタシは……正直わかんない………。二人の意見は両方正しいと思う。アタシらが無理に突っ込んだとしても何が出来るか分からないし、だからって局長の指示通りここでただ待ってるだけっていうのも釈然としない……分からないよ………」


 三人が言い合う中、トルスタは一人狼狽えるしかなかった。この中で口を挟む権利すらないような気がしていた。


「……たとえ皆が行かなくても、最悪、私一人でも行くから……!」


「行くって何処に——っ、カーラ………!」


 テルルは慌てて強引に場を離れようとするカーラの腕を掴んで制止しようとするが、カーラも意地になり、振りほどこうと腕に力が入る。


「ドンワーズ局長はっ…この世界を守る為に一人犠牲になろうとしてるんだよ!? あの時だって、数年間『クヴェルア』で一人奮闘してくれたから今の私たちがあるのに! それを放っておけないでしょ!?」


「——カーラ」


その時、アドノが落ち着いた声音で不意にカーラの名前を呼んだ。


「っ………なに? アドノ…」


「さっきからアタシたちだけでどうこうしようって話に聞こえるけどさ、別にアタシたちだって頼れる人間が居ないわけじゃないでしょ?」


「………というと?」


テルルは何か感づいたように聞き返した。


「…確かにアタシたちだけじゃ何の役にも立たないかもしれない。局長がいないと、結局何も上手くいかないんだよ」


アドノは俯き、消え入るような声で続けた。


「でもさ……ダメ元でもさ、頼んでみようよ。局長が頼ったみたいに」



——同時刻、ダッカニア国、政統府内会議場にて


 その場では、郊外で発生した一連の出来事についての追及や、質疑応答がなされていた。

 顔を出しているのは、調査局統括責任者である大臣カウン・メィア。そして先の戦いに参加していた特殊鎮圧部隊の所属組織である、政督防衛局の包括大臣、ユレイン・ライカーマース。その他、当該組織に属する長官や諸責任者らによって多数の席が埋められていた。


 また議題にはドンワーズの救助が掲げられており、それに伴う様々な要因についての議論が眉間にしわを寄せる大人たちによって繰り広げられている。


 当時の様子は、戦闘が起こる前にあらかじめ飛ばされていたドローンによって記録されており、それを見た彼らからは次々と驚愕の声が上がった。


「……映像で見ても、尚信じられんな。出来の悪いSF映画でも見ているようだ」


 灰色の無精ひげ。整えられた短い白髪に年齢を感じさせるしわが僅かに刻まれた顔。これまで有数の軍事機密と関わってきた熟練の軍事指揮官であるユレインでさえ苦い声を上げる。

 彼からすれば、一つの目標に対してここまで一方的に攻撃を加えるということ自体ある種馬鹿げたことだったが、このような荒唐無稽な攻撃を経てなお、ほぼ無傷で行動する相手に対してもはや呆れ声すら出る。


「カッキスタよ、悪いがこんな物は我々の世界で対処するのは不可能に近いぞ。これを一人殺すのにどれだけのコストを掛ける気だ」


「分かっているよユレイン。私は実際にこの目で見て限界を感じざるを得なかった。悔しいがね、異界という途方もない存在を目の当たりにした気分だ」


「ならどうする。ドンワーズ・ハウを救助する過程で、これとまた対峙することになれば、我々の敗北は必至だぞ。勝算も無しに人員を割くのはあまりにも理に適っていないのではないかね」


「だが、今後の事を考慮するなら必要なことだ。我々には情報がないんだユレイン。確かに、彼がこの『クヴェルア』から帰還した際に作成したレポートには、その世界のことが詳細に書かれているが、これだけを頼りに邁進するのは些か心許ないだろう」


 カッキスタは事前に各位に配布した、ドンワーズが作成したレポートを元に必要箇所だけ吸い上げた資料を手に取り眺めた。

 彼が実際に見たであろうその光景を可能な限り載せたそれは、敵地をそのまま記した手紙でもある。一部だけとはいえ、これに初めて目を通す人間はこの場では多数だった。


「それに彼も言っていた事だが、奴はまた機を見て必ず戻って来るだろう。その時に再び相まみえることになれば、その時は本格的にこちらが死ぬ番だ」


「だから、先手を打つしかないと?」


「……私は命に責任を負うことは出来ない。しかし、最善の策はそれしかないと思っている。ドンワーズ君が命を懸けて遺してくれたあの装置……。初めて異界という言葉を耳にしてから幾度となくその存在を疑ったが、その門戸がようやく開かれているんだ。この千載一遇の機会を自ら放棄するのは、私は賢明とは言えないと思っているよ」


「異界……」


「私は政統首に賛成だ」


二人の会話を拝聴していたカウンが僅かに声を上げた。


「調査局の統括者として、ドンワーズの行動には私も責を負う必要があると思っている。それに、パルフォル氏が望んだ結果がこうして目に見るところまで来ているんだ。ここで退くのは世界への裏切りに等しいのではないかね、ユレイン」


「そんなことは分かってる。問題なのは、人的被害を抑えられるのかどうかだ。あの映像を見れば差は一目瞭然だろう。無論あちらの全てがあの領域に達しているとは思わんが、少なくとも『ダッカニア』に存在する国家のどの技術力と比較しても根本から圧倒的に優れていると言わざるを得ない」


「………ならば、まずは偵察用に小型無人機を送るというのはどうかね。最初から無理に人を送る必要はない」


「そうだ、それならばユレインも異存はないだろう。人的被害を抑えるという点に関してはクリアしているはずだ」


「………分かった。ひとまずはその方針で進めよう」


「はぁ。最初から人を送る体で話が進むからおかしくなるんだ。我々が頼れるのは人だけではないだろう。少し冷静になれユレイン」


「む………すまなかった。あの映像を見て気が気でなかったのだ」


「いや、謝る必要はない。君の心配は至極的を射ているよ。仮に偵察機を送り込んで向こうの様子がある程度判明したところで、対抗策は無いんだからね。そもそも、どこに繋がっているのかも不明だ。ドンワーズ君が迷いなく飛び込んだところを見るに、転移していきなり命を落とすという可能性は低いはずだが……。前もって彼に聞いておくんだったな……」


「課題は山積みだな………。しかし、良いのか? これは我々、ダッカニア国のみで背負える範疇に無いだろう。他国とも連携を取るべきではないのか、カッキスタ。今まではまだ事が起きていなかったから内輪だけの話に留めておくことが出来たが、実害が出ている以上、伏せておくのは色々とマズいのではないかね」


「………あぁ、そのことについては頭を悩ませている最中だよ」


 ドンワーズが帰還してからというもの、その情報を国内の——それも政府内でも極秘も極秘として異界に関する情報は例え書面上のものであろうと、ドンワーズが個人的に異界探査部門内で共有した場合を除き厳重に伏せられていた。

 カッキスタや、それに連なる情報開示者がこれについて触れまわったりしなかったのは単に信憑性の問題もあるが、それ以外にも理由があった。

 

 それが他国との情報共有である。友好国であろうとも、この情報はおいそれと開示するべきではないという決断はカッキスタを始め、ドンワーズや政府高官の暗黙の了解となった。

 理由は様々あったが、最も懸念された理由は、ドンワーズが最初に提唱したもので、他国がそれを知ることで異界という概念に直に触れ、目指し、下心を持って接触しようとすれば二次的な被害を発生させかねない。というものであった。


 彼曰く、『クヴェルア』の危険を及ぼす産物を『ダッカニア』側が享受する可能性を一つでも多く断ちたい、という思いからだった。

 確かに、異界という概念についてはこと『ダッカニア』でも研究されているテーマであるが故に、その解答に一気に近づくことが出来るドンワーズの経験は、禁断の果実でもあった。だからこそ、彼は恐れたのである。


「……以前聞いた彼の話は、筋が通っていた。確かに、そのような未知の技術を知れば触れたくなるのが人類というものだろう。しかし、それが触れれば身を滅ぼすような悪魔の果実であるならば遠ざけて然るべきだ」


 この点に関してはユレインも納得が出来ていた。最も、数多くいる政府高官の中でも特にそういった技術分野に触れる彼だからこそより共感はできたのだろう。


「——だが、それは事態が沈静化している状態での話だろう。事が起きてしまった今、以前のまま対応を続けるのは得策とは言えんな。仮に、我々がこれを伏せ続け、他国に何らかの被害が出た場合、それに関する追及にどう対処する。『クヴェルア』側と結託していたなどとあらぬ疑いをかけられる可能性もあるだろう」


「………もしその段階まで事態が悪化しているとすれば————我々は既に死んでいるだろうね…——」


 カッキスタは少し自嘲気味に息を吐いた。


「しかし、今はそのような先の事まで懸念する必要はないさ、ユレイン。なにせまだスタート位置にすら立っていないのだからね。未来予知でも出来るというのなら話は別だが」


「慎重になるのは良い事だが、それで足を止めてしまっては本末転倒だ、ユレイン」


「……では、最終的にあちらに送り込む人員は、どのようにして決める?望んで行きたい者がいると思うか、カウン」


「………必要があれば、私が出張っても構わない」


「っ……本気で言っているのか……?」


「私は、異界という概念についてずっと懐疑的な立場に居たんだ。彼が六年前、異界から帰還を果たした時も、完全に信用は出来なかった。彼が話す異界の知識や経験を聞いても、どこか小馬鹿にする態度を取っていた。今になって後悔しているよ。そして私は、彼の——局長という立場からすれば上司に当たる。だから、調査局大臣として彼を信用しなければならないんだ」


 カウンが話している最中、カッキスタは不意に震え出した携帯端末を手に取り、離席していった。カウンからはその姿は見えていたが、ユレインは気づいていないようだった。


「——だから直接、その眼で見ようというわけか?」


「そうだ。私個人としても、異界に行ける機会があるのならばその機会を活かしたい。そして、改めてドンワーズ君に謝罪したいと思っている。君の発言、経験は正しかったと………」


「それは…責任感の強い素敵な大臣様だな」


「それに、どの道定年間近の私が最後に体を張れるチャンスでもある。最後くらいは何か成してから死にたいものだよ、ユレイン」


「はっ、お互いそう年は変わらんだろう。なぁカッキスタ……? ん?カッキスタはどこに行った?」


「彼女なら、今さっき電話をしに外に出て行ったぞ」


「なんだ、せっかくカウンの格好いいセリフを聞き逃したか」


「取るに足らない老人の嘶きだ。鼓膜の汚れにしかならんよ」


「ふん………」


 会議場に集った各々は三人の議論を拝聴していることが精一杯かのようで、その間口を挟もうとする人間は現れなかった。

 カッキスタも席に戻り、計画に向けて人員手配の算段が打ち立てられている最中、調査局側と防衛局側、双方の陣営から唐突に声が上がった。

 

「政統首様……!発言、よろしいでしょうか」


「うん?……あぁ、許可しよう」


 声を上げた彼の周囲はにわかにざわつき、まるでその発言を恐れているかのような空気感があった。


「……恐れながら、わ、私は今回においてのドンワーズの救出は…断念するべきかと存じます………!」


「……ほう?何故だね」


「先ほどから、政統首様を始めとしてユレイン大臣、カウン大臣のみで話が進められています。我々は、この議論について場に参加してはいますが根本的に踏み入っていける話ではありません。我々の立場からすれば、異界というもの自体、真面目に取り合うに値しない……触れるべきではないものだと感じています」


 疑念、不安、不信。そのような感情が彼や周囲にいる人間から見て取れた。統率の取れていない感情は毒ガスのように噴出し、やがて蝕み始める。


「この話が本格的に持ち上がった時から、いえ、もっと早い段階で言えばドンワーズが異界から帰ってきた時から、多かれ少なかれそれを知った人物は疑念を感じていたはずです。この場にいる人たちの中にも同様の疑念を抱いた者はいるでしょう!」


その声を聞き、僅かに同調するように聴衆は頷く。


「この疑念は、同志たちの間で密かに肥大化していました。ドンワーズが再び姿を現わしてから、今に至るまでの約一年の間に異界に関する出来事はほぼありませんでしたが、つい最近事件が起きました。ほとんど表沙汰にはなっていませんが、政府組織内で密かに情報を取得している者は少なくありません。政統首様方が意図して隠している情報をです」


「………」


「政統首様、正直に答えていただきたい。我々にまだ隠していることがあるのであれば、この場ではっきりと。今回郊外で起きた出来事も、その原因は恐らく同様に伏せられているのでしょう。我々にも知る権利があるはずです。でなければ、このような荒唐無稽な計画のどこに賛同できる理由があるのでしょうか………!?」


『そうだ!』『政統首は説明責任を果たせ!』『隠し事をするな!』と、彼の演説が契機となり、周囲からはカッキスタらを糾弾する声が反響するように次第に大きくなる。

 一度芽を出した疑念はそう簡単に摘み取ることは出来ない。


「何か仰ってください、政統首様。我々に、義を見せてください………!」


「………カッキスタ、一から百までとは言わんが、俺もこいつらにある程度は説明するべきだと思うぞ。………遺物のことを」


 あの時ドンワーズの遺物についての説明を共に聞いていたユレインも僅かに頷き、彼の言葉に賛同する。


「……確かに、些か不誠実が過ぎたかね。しかし、こんな話をこの場でして良いものか…」


「減るもんじゃないだろう。このまま不信感を募らせて計画に支障が出るよりは、説明して双方すっきりした方がいいだろう」


「政統首、もはや隠し通すのは無理ではないかと………」


 カウンも諦めたように腕を組み押し黙る。ユレインも一刻も早く場を鎮めたいようで、カッキスタに目配せをした。


「お前たち……分かった。……君、名前と所属を言いたまえ」


「っ……はい、コルモー・デイン。政督防衛局、国境防衛部門所属です」


「そうか、ありがとう。……いいかい、よく聞くんだコルモー君。そしてこの場にいる全ての人間たちよ」


 カッキスタはいつもよりドスの聞いた声音を広々とした会議場に響かせた。それまで一方的にカッキスタらを責めていたコルモーや、その周囲で同調していた彼らは少し怯んだように及び腰になる。


「……確かに、秘密を抱えたまま君たちを計画に参加させるのは誠意に欠いていた。この点については素直に謝罪する——すまなかった」


 カッキスタは彼の方向に深々と頭を下げ、またゆっくりと頭を上げた。場に動揺の声が広がるがそれを気にせず続ける。


「……何故、我々——知っている側がひたすらにそれを隠すのか。その理由は至極単純で、危険であると、情報開示者であるドンワーズ・ハウを含めて判断したからに他ならない。が——しかし、ドンワーズ・ハウ自身もこの情報に関しては、一年以上も政統首である私に詳細を打ち明けなかった」


 再び辺りがざわつく。一介の局長であるドンワーズ・ハウが政統首であるカッキスタにすら伏せていた情報がある。これだけで十分混乱の種となり得た。


「本来であれば明かすにしても、もう少し色々と判明してから開示したかったが、私も無責任なことはしたくはない。君たちが望むのであれば、私は義を見せようと思う」


彼——コルモー・デインはカッキスタの目を見据えたまま生唾を飲みこんだ。


「聞かせよう。全ての元凶である、遺物について——」



 ——相変わらず博士と連絡が取れず、研究所側でも出来ることが無い中、ディクターは暇を埋めるように資料整理に励んでいた。しかし、その余暇を破壊するように、彼が身に着けている端末からアラートが鳴った。


「…………!?」


 研究所の各所の装置と紐づいているそれは何処かで異常が発生した場合、直ちに知らせてくれる物だったが、端末が指し示す場所はこともあろうか転移装置が鎮座する部屋だった。


 急いで駆けつけた先には、予想外の光景が広がっていた。広くも狭くもないその空間の中心に聳え立つ転移装置の足元には、傷だらけ男と、その男に覆いかぶさるような形で、腕が異様な形になっている老人が倒れ込んでいた。


「一体、何が………」


 動かない二人の影に慎重に近づき、息を確かめる。片方は体を少し上下させているが、もう一方は絶命しているかのようにぐったりとしていてピクリとも動いていない。


「まさか……博士………?」


 その腕に見覚えはないが、頭を見る限りは確かによく知るあの博士の物だった。

慎重に博士の体——正確には人形のボディを持ち上げ横に移動させる。その首元には複数の弾痕のようなものが見られ、これが致命傷となったのだろうと推測する。


「っ………!?これは………」


 覆いかぶさっていた博士を退かし、下敷きになっていた人物を見た瞬間、僅かに心臓が跳ねた。


「ド、ドンワーズ……!?」


 『ダッカニア』へと向かったはずの博士が、あろうことかドンワーズと共に帰還するなど、ディクターにとって完全に想定外だった。とにかくこの状況を他の人間に見られると厄介なことになることだけは明白だった。

 思考停止しそうな脳を必死に働かせ、近くに人が居ない事を念入りに確認してから、とにかく二人の体を警戒しながら運びだすことにした。



「—————————う……」


 ——ゆっくりと瞼を開いた。生きている。怪しく光る緑色のランプが間接照明のように部屋の半分ほどを淡く照らし、半ば廃墟のような室内がぼんやりと視認出来る。

 どこか病室のように見えるその空間。彼の視界の端には、伏しているドンワーズを隠すように煤けたパーテーションが無造作に置かれている。


「……どう、なった………」


 少し首を動かして辺りを見渡そうとする。しかし激痛が走り、それ以上は動かせなかった。ただ、何故か自分がベッドの上で横になっているということだけは確かだった。


 バッセルに掴まれた首が痛む。もう少しで折れるところだった。バッセルをボイドホール押し込むと同時に、奴の首筋に拳銃を押し付け、何発も発射して機能停止に追い込んでいなければどうなっていたか分からない。

 その時の記憶は確かにあったが、それ以降の記憶は曖昧だった。途中で意識がプッツリと途切れ、混濁している。


「ぐっ———————」


 首を動かず体を起き上がらせようとするが、そこかしこから痛みが走り、思わず倒れ込んだ。どうやら骨折もしているようだった。


「………ぐ、うっ……! はぁ……参ったな…………」


 ここはドンワーズですら見覚えのない場所だった。転移先からして、恐らく研究所の何処かであることは間違いないはずだが、誰がここに運んだのか。

 僅かに思案した時、不意に遠くから足音が聞こえた。何か焦りや動揺を孕んだ足音。それは次第に大きくなり、部屋の入口まで到達した。


「っ………」


 ドンワーズからは死角となっていたが、確実に誰かが近づいてきていた。息を潜め、目覚めたことを悟られないように姿勢を直し気絶しているふりをする。

 しかし、それは杞憂だった。


「…………!?」


 足音はすぐ隣まで近づく。彼は警戒心を保ったまま薄っすらと眼を開け、すぐそこに立っているであろう人物を見ようとする。その正体は予想だにしない人物だった。


「…………ドンワーズ、寝たふりをする必要はない」


「っ…………」


 何か端末を見ていた彼はドンワーズがとうに覚醒していることに気づいたようで、その狸寝入りを看破して見せた。恐らくドンワーズが目覚めたタイミングで気付いて戻ってきたのだろう。


「ディクター………………」


「……………久しぶりだな。ドンワーズ」


彼はドンワーズの顔を見ることなく淡々と続けた。お前自体に興味はないといった様子で。


「…………丸一日はそのままだったぞ」


「これは…お前がやったのか…?」


「あぁ。あのまま放置するわけにはいかないからな」


「…すまない」


「勘違いするなよ。お前が、我々を裏切った敵であるという事実に、なんら変わりはない。………まさか、こうして戻って来るとは思わなかったがな」


 彼の声音は何処か不信感と安堵がせめぎ合うかのようで、ドンワーズに対して冷徹な態度を一貫しきれていない印象があった。


「………………」


「…お前の重い体をベッドまでわざわざ運んだのは善意じゃない。聞きたいことがあるからだ」


「あぁ、そう…だろうな…」


「ここしばらくの間、博士と連絡が取れてなくてな。転移装置までもが使用を制限されていた中、俺たちに博士の動向を探る手立てがなかったんだ。そしたら、都合よくお前が博士を——人形を抱えて倒れていたもんだから、何かこちらのあずかり知らぬところでとんでもないことが起きてるんじゃないかと思ったんだ」


「………本来なら、お前がこんな場所にいる時点で処分しなければならないが、あいにくこっちも困っててな…」


そこまで言って、彼はようやくドンワーズの顔を見据えた。


「………博士は——何をしようとしているんだ?」

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