雪を踏みしめる

 私は、熊本から旭川に嫁いできた。旭川での最初の冬は、巨大な冷凍庫が外にあるようで、恐ろしくて外出できなかった。でも、そのうちに友達もできて、おっかなびっくり出かけているうちに、なんとか慣れた。若かったのだ。

 

 数年前に、膝を痛めて整形外科に通った。このとき、私は北海道の冬の本当の怖さを知った。


 交差点に、ツルツルに凍った道ができる。雪の上を車が通り、ツルツル、ピカピカに磨き上げていく。それが連日続くと、氷に小さなコブができて、デコボコになる。ツルツルでデコボコの道の上を、膝の痛みを抱えて歩こうとすると、恐ろしさで腰が引ける。身体が後ろにさがると、思うように前に進めなくなる。


 そのころの私を見て、友人は「とんでもなく変な歩き方をしている」。と言った。解ってはいるが、どうしても足を前に出すことができない。

 

 私は、買い物に行くことを諦めた。今の世の中、インターネットがあれば何でも買える。買い物は配達してもらうものと決め、冬は極力外に出なくなった。

 

 ところが、昨年、さらに腰が悪くなり、また整形外科に通い始めた。先生の話では、まずは痩せること。つぎに筋肉をつけること。これ以外に治す方法はないとのことだった。

 

 食事にも気を配り、とにかく外に出て歩くことにした。ジム通いも再開して、トレーニングに励んだ。体重が少し減り、努力の結果が出始めたころ、無情にも冬が訪れた。 

 

 例年なら、家に引き籠るところだが、今回は歩き続けた。不格好でもいい。転んでもいい。歩けなくなることがいちばん恐かった。

 

 毎朝、買い物に出かける。路面はツルツルになったり、翌日には膝まで雪に埋もれたり、違うゲームをしているように日々、変化する。それを攻略すべく頭を使いながら、何とか歩ききる。

 

 そうやって、無心に歩いているうちに、歩き方が変わってきた。腰が引けたような歩き方ではなくなって、まっすぐ立って歩けるようになっていった。

 

 雪をまっすぐ踏みしめる。そうすると、どんどん前に進める。視界が広くなり、少しだけ余裕を持って歩けるようになった。その結果、転ぶことも少なくなった。

 

 先日、節分の豆を撒いた。それでも、相変わらずの銀世界。暖かくなっても、雪が溶けてはまた凍り、雪の季節は五月まで続く。

 

 しかし、このごろ、うっかり鼻歌を歌いそうになるくらい、リラックスして歩ける日がたまにある。そういう日は、道路の雪に朝日がさして、キラキラと光る。光を見つめながら歩くのも悪くないと思うようになった。




  
















 



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ルンバ みねみね @mineminesd5

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