第7話 特訓(1)

 護衛任務から数日後、清那は任務後に宵から呼び出された。宵の執務室へ行くと和彦と千代もいた。

「明日からの任務は、和彦君と千代さんと一緒に行ってください」

「レイさんとではなく、お二人とですか?」

「ええ、レイから、清那さんはしばらく和彦君につけたほうが良いと提案をいただいたので」

 清那は先日の護衛任務のことを思い出した。レイが和彦に稽古をつけてもらえと言っていたが、宵にも話を通したようだ。ただ、稽古ではなくいきなり任務を一緒にすることになるとは。

 和彦と千代を見れば、二人ともすでに宵から説明を受けていたのか特に驚いた様子はない。宵はいつもの穏やかな笑みを浮かべたまま言葉を続けた。

「これからしばらくは、一緒に任務へ行っていただきます。二人は早朝からの仕事を担当していただいていますから、その時間にあわせてくださいね」

「分かりました。お二人とも、よろしくお願いします」

 深々と頭を下げる清那に、千代は微笑み、和彦は小さく頷いた。いつもの調子なら和彦から嫌味のひとつでも言われそうだが、それがないので何だか変な感じがする。

「何です、清那君。何か言いたいことでも?」

「いえ、なんでもないです。ただ、稽古じゃないんですね」

 レイが提案していたのは稽古だ。実務に同行するとしても、先に稽古をしてからだと思っていた。

「あなたに足りないのは実戦経験でしょう。稽古も必要でしょうけど、実戦経験を積んだほうが手っ取り早い。それより、ひとつ確認が。今回レイさんは同行するんでしょうか?」

「いえ、レイには別行動してもらう予定ですよ」

「そうですか」

 宵の答えにそっけなく返す和彦からは、これといった感情が読み取れない。執行人はペアで任務にあたるため、清那のパートナーとしてレイも一緒でもおかしくないが、和彦はどことなくレイが同行するのを嫌がっているようにも見えた。

「初めて任務をご一緒しますね。清那さん、よろしくお願いしますね」

 微笑む千代はいつもと変わらない。千代はレイの同行はどちらでも気にしていないようだ。すかさず和彦が釘を刺す。

「足を引っ張らないようにお願いしますね」

「……頑張ります」

「普段と同じようにしていただけたら大丈夫ですよ。ただ、無茶はしないようにしてくださいね」

 若干嫌みったらしい和彦とは対照的な千代の気遣う言葉に、清那の無意識に張り詰めていた気持ちが少し和らいだ。

「明日は早朝から仕事です。三人とも、よろしくお願いしますね」

 宵の言葉に、三人はそれぞれ頷いた。


 翌日、清那が二人とともに向かったのは駅だった。通勤や通学時間のため人が多く、ホームはごった返している。まだ早い時間のため、これからさらに人が増えるだろう。

「今日はひとまず君の実力を見せてもらいましょう。ここでの任務は基本的に任せます」

「ここでの任務は私が担当するってことですか?」

「そうです」

 こともなげに頷く和彦に、清那は若干頬を引きつらせた。任務前に宵からもらった資料にはここでの処刑対象が一覧で書かれていたが、その数は二十人以上だった。一箇所でまとめて処刑したことはこれまでなかったが、二人はよくこうした任務を担当しているようだ。

「二時間ほどかけて行う任務ですから、そんなに気負わず、いつも通りにしてくださったらいいですよ」

「……はい、よろしくお願いします」

 千代の言葉に気を引き締め直す。宵の話によれば、平日のこの時間は霊に取り憑かれている人が多くいるらしい。しかも今日は連休明けの月曜日。憂鬱な気分に霊が引き寄せられるのか、霊が憑いているから憂鬱になるのか、とにかく通勤通学をする人たちと一緒に霊も駅に集まるのだ。

 時間が経つにつれて徐々に人が増え、その分処刑対象の霊に憑かれている人も現れ始めた。腰に下げた拳銃を手に取り、ふっと息を吐き出す。

「じゃあ、始めます」

 ホームに来たばかりの男子学生に取り憑いた霊を見据え、清那は拳銃を構えた。


 そこから一時間、清那は人に取り憑いた霊をひたすら撃ち続けた。その間、千代は時折気遣いと賞賛の言葉を清那にかけるのに対し、和彦は一言も発さず清那の動きを観察していた。

 十人目の霊を処刑し、清那は大きく息を吐いた。次の霊が現れるまでにある程度時間があくとはいえ、撃ち続ければ霊力が削られてしまう。疲労がたまり始め、徐々に射撃精度も落ちてきていた。

「清那さん、少し交代しますか?」

 清那の様子に千代は気遣うように提案した。自分ではあまり出さないようにしていたつもりだが、疲れているのはバレていたらしい。

「いえ、まだ大丈夫––––」

「君、一体ずつに時間も霊力もかけすぎですね」

 それまで黙っていた和彦に遮られ、清那は思わずムッとした。和彦は気にせず清那を見つめる。

「その調子だと長期戦はまず無理ですし、護衛任務にも手間取りそうですね」

「和彦さん、そんな言い方しなくても……」

「事実を伝えないと、これから苦労するのは清那君だよ、千代」

 そう言うと和彦は清那の横に立った。いつの間にか背負っていたライフルを手に持っている。

「型がきれいすぎます。毎回しっかり構えて撃っていたら時間がかかって仕方ない。もっと手早く、効率的にしなさい」

「効率的に?」

「そうです」

 和彦はライフルを構えると間髪入れずに発砲した。その弾はホームの先の階段を下り、見えたばかりの霊を寸分違わず撃ち抜いた。さらに、柱の陰から現れた女性に張り付く霊を撃ち抜く。

 十秒もかからず行われた処刑に、清那は思わず押し黙った。照準をあわせて撃つまでの全てが、自分より段違いに早い。

「このくらいのペースで進めないと時間も労力もかかりますよ」

 淡々と話しながら和彦はホームの時計で時間を確認し、つられて清那も時計を見た。もうすぐ次の対象が現れる時間だった。

「ちょうどいいですね。次の霊が現れたら五秒以内に処刑してください」

「五秒って、そんな早くは––––」

「カウント内に処刑できなかったら私が対応します」

「……分かりました。やります」

 先ほど見た和彦の動きは、銃を構え発砲するまで一切の無駄がなかった。扱い慣れているとはいえ、ライフルは拳銃よりも構えにくいはずだがそんな素振りもない。

 何より、あれだけ早く射撃できるということは霊力の込め方が違うはずだ。先ほどの和彦の動きを思い出しながら、何が違うのかを考える。けれどその答えを見つけるよりも早く、視界の端に処刑対象の霊を見つけた。

「五、四」

 清那が霊へ体を向けたと同時に、和彦のカウントが始まった。

 処刑対象の霊はサラリーマンの左肩に張り付いていた。急いで拳銃を構えると同時に、体がぶれて照準が狂わないよう体勢を整える。

「三、二」

 サラリーマンの動きに照準を合わせながら引き金に指をかける。

「一」

 ゼロ、と和彦が言うよりも早く清那は発砲した。しかし、その弾は霊のすぐ脇を通り抜けてしまった。

「そんな……」

 確実に当たったと思ったのに。呆然としている横で和彦がライフルを構え、霊の頭部を撃ち抜く。

「反応は悪くないですが、構えてから照準を合わせるまでに無駄な動きが多いですね。それと、焦ると相手の動きを読むのが疎かになっている。清那君、片手撃ちはしないんですか?」

「……両手撃ちしか習ってないです」

「そういえば、今は両手が主流でしたね。慣れの問題もありますけど、拳銃なら片手で撃てるようになっていたほうがいい」

 それと、と不意に和彦は清那の腕を掴んだ。拳銃を構えるように両腕を上げさせる。

「霊力を使いすぎです。腕から拳銃へ霊力を伝えるイメージは十分にできていますが、無駄に込めすぎています」

「込めすぎ?」

「今のあなたは、拳銃で十分なのに戦車で撃ってるようなものです。だから霊力の消耗が早い。もっと軽く、少ない霊力で撃つべきです。恐らく今は、無意識に両腕から同じだけ力を流している」

 霊力の流れを示すように、説明しながら片手で拳銃を握る清那の手を支え、もう片方の手で肩から拳銃の先へと撫でるように手を滑らせる。

「片手で撃つだけでも、霊力は節約できると思いますよ。もちろん、慣れていない分射撃精度は落ちるでしょうけど」

 そこまで話し、和彦は清那の顔に視線を向けた。すぐ近くで和彦と目を合わせることになり、清那は反射的に目を逸らす。やたら綺麗な顔が近くにあるのは落ち着かない。

「君、話聞いてました?」

「もちろんです。霊力を使いすぎてるから、片手で撃ったほうがいいってことですね」

 若干早口で答える清那を胡乱な目で見ながら、和彦は握っていた手を離す。そしてまた時計へ目を向けた。

「手本を見せるので、次はひとまず見ていてください」

 手本?和彦が扱うのはライフルでは、と首を傾げる清那を気にせず、和彦が清那から一歩離れる。その直後、ジャケットの中に右手を入れたかと思えば間髪入れずに発砲音が響いた。見れば和彦の右手には黒い拳銃が握られ、その先では女性に憑いていた霊が消え始めていた。

「このくらいの速さを目指してください。では、次の処刑は任せますから、片手で撃ってください」

 ほとんど見えないほどの速さだったのに、あれで見本と言えるのか。無茶振りだ。

 けれどここでもう一度見本をお願いするのも癪だ。清那は頬を引きつらせながら「分かりました」と頷いた。

「……無理はしないでくださいね、清那さん」

 今度は千代が清那の手を取り、いつもの柔らかな笑みを浮かべて労るようにポンポンと撫でる。その様子から目をそらすように和彦が顔を背けたことに、清那は気づかなかった。


「まあ、多少はマシになりましたね」

 最後の一人を処刑し終えると、和彦はそう言って清那を見た。涼しい顔をして隣に立つ和彦を清那は恨めしそうに見返す。構えが悪い、霊力を込めすぎ、今度は込めなさすぎと散々しごき倒し、残りの処刑をすべて清那に担当させた。言っていることは的確なので何も反論できなかったが、もう少し言い方というものがあるだろう。

「清那さん、お疲れ様でした。これから休憩をとりますから、しっかり休んでくださいね」

 千代の労るような言葉に、清那はほっとしながら頷いた。


 休憩のために立ち寄ったのは住宅街にある公園だった。お昼時のためか、それとも蒸し暑い天気のせいか、人はほとんどいない。千代がお弁当を持ってきているということで、三人掛けできそうなベンチに腰を下ろして昼食をとることになった。

「いつもお弁当を持ってきてるんですか?」

「ええ、いつもゆっくりできそうなところで昼食をとってますよ。清那さんは?」

「とったことないですね。もともとお昼をゆっくりとる方でもなかったですし、レイさんも食事をとらないみたいですから」

 執行人が揃って食べている夕食にも顔を出さないレイは、昼食どころか何かを食べているところを見たことがない。先日惣介から晩酌に誘われたときも断っていたから、日頃からまったく食事をしないのだろうと思っている。そのレイと一緒に行動していることもあり、清那は任務中に昼食をとるという考えが浮かんでいなかった。

 千代から渡されたお弁当には、おにぎりや卵焼き、和え物、煮物などが彩りよく詰められている。わざわざ一人分ずつお弁当を詰めてくれたのだ。

「レイさんは食事をとらないわけではないですよ。夕食をご一緒することもありますし、たまに晩酌もされますよ」

「そうなんですか?」

「滅多にないですけどね。それも千代が夕食当番の時だけですし」

 和彦の言葉に清那は納得した。確かに、千代の作る料理は他と比べると段違いで美味しい。普段は食べないレイもたまに食べたくなるということか。

 それにしても、レイの話をした途端どことなく和彦が不機嫌そうなのは見間違いではないだろう。今回レイが同行するのも嫌がっているようだったし、あまりよく思っていないのか。

(千代さんはレイさんとよく話してるっぽいんだよねー。もしかして嫉妬?)

「何か?」

「いえ、何でもないです」

 考えているうちに凝視してしまったらしい。視線に気づいた和彦が面倒くさそうに清那を見返した。もし嫉妬しているならなかなか面白い話だが、からかうとそれこそ面倒なことになりそうだ。そんな清那の考えを見透かしたように、和彦は食べ終えたお弁当をしまいながら釘を刺した。

「おかしな勘ぐりはしないように」

「……はーい」

「分かってるんですかね……。千代、ごちそうさま」

「お粗末様でした。休憩されますか?」

 千代もお弁当を片付けながら尋ねると、和彦はなぜか一瞬清那を見て考えるような素振りを見せた。なぜこっちを見たのだろうと首を傾げている間に、和彦は千代の言葉に頷いた。

「そうするよ。いつも通り五分前に起こしてほしい」

「はい、分かりました」

 千代がそう返すと、和彦は千代の膝に頭を乗せて寝転んだ。その姿に、清那は思わずつまんでいた煮物を取り落とした。

「は、え?」

 千代と和彦を交互に見ると、その仕草がおかしかったのか千代が小さく笑う。唖然としている間に、和彦の寝息が聞こえてきた。なんという寝つきの早さだ。

「和彦さんはいつもこうして仮眠をとるんですよ」

「そうなんですね……あ、あんまり話さない方がいいですか?」

「いえ、大丈夫ですよ。多少話していても気にされないようですから」

 そう言われても、やはり寝ている人のそばで話すのは気が引ける。和彦が千代の膝枕で寝ていることが衝撃なのだが、千代が平然としているのも相まって突っ込むタイミングを逃してしまった。若干の居心地の悪さを抱えつつ、残っていたお弁当をそそくさと食べる。

「……清那さんは、この仕事に慣れましたか?」

 お弁当を食べ終えるのを見計らって、千代が問いかけた。清那が執行人になってから、千代はいつも清那のことを気にかけてくれている。

「そうですね。任務にも、今の生活にも慣れてきたなーと思ってます」

 清那が執行人になってからすでに三ヶ月ほどになり、日々の任務や”家”での生活にも慣れてきた。肉体がないとはいえ、基本的には生きていた頃とあまり変わらない感覚で生活しているのも大きいだろう。ふと、ずっと気になっていたひとつの疑問が浮かんだ。

「あの、千代さんたちって執行人になってからどのくらいになるんですか?」

「そうですねぇ、だいたい八十年くらいでしょうか」

「八十……」

 執行人は死んだときから見た目は変わらないらしい。つまり、千代たちは八十年、今の姿で変わらず過ごしていたということだ。

 それだけの年月を、変わらずに過ごすというのはどんな感覚なのだろう。

「ふふ、すっかりおばあちゃんでしょう」

 千代が冗談めかして笑う。清那はなんと返せばいいか迷い、曖昧に笑い返した。

「惣介さんは私たちよりも二百年くらい前からいらっしゃって、レイさんは千年くらい前らしいので、私たちでもまだまだひよっこですよ」

「千代さんたちでひよっこなら、私はまだ生まれたてで卵の殻がついてますね」

「今はそのくらいの気持ちでいいんですよ、私たちが守りますから。といっても、私は護衛任務のように悪霊と戦うのは苦手なので、そんなに頼りにならないですけどね」

 俯いて、そっと和彦の肩に手をおいた。その横顔には寂しさが滲んでいるようにも見える。

「そんなことないですよ。千代さんが励ましてくださるとやる気がでます!」

「そう思っていただけるなんて光栄です。和彦さんがいつも小言を言うので、一緒にいる私も嫌われないかヒヤヒヤしてるんですよ」

「千代さんを嫌うわけないじゃないですか。というか、なんであんなにいちいち小言が多いんですか?」

「それは……清那さんを気にかけているからですよ、きっと」

「新人いびりをしたいだけなんじゃないかと思ってるんですけど」

「ふふ、違いますよ」

 緩く微笑む千代の表情を見るに、心底そう思っているようだ。清那は納得していないような顔をしながらも口をつぐんだ。千代に愚痴を言っても仕方ない。文句は本人に言ってやろう。

 心の中でそんな決意をしている清那を横目に、千代は懐中時計で時間を確認した。

「あら、そろそろ時間ですね。和彦さん、起きてください」

 千代が肩を軽く叩いて声をかけると、和彦はゆっくりと瞼を開けて二、三度瞬いた。そして少し体をよじって上を向くと、千代の顔へ手を伸ばして頬を撫でた。

「ん、ありがとう、千代」

 柔らかく微笑む和彦に、千代も頬を緩める。二人とも美男美女でとても絵になり、映画やドラマのワンシーンのようだ。普段からは想像できないような二人の表情に清那は固まった。

(私、完全に邪魔してるわ……)

 なんだか、プライベートを一切見せない上司の恋愛模様を見てしまったような気まずさを感じる。固まっている清那を気にせず、二人は立ち上がって次の任務先への行き方を話し始める。どちらもすでにいつも通りということは、二人にとっては日常的なことなのだろう。

「さあ、次の任務先にいきますよ」

 話し合いが終わったのか、和彦が座ったままの清那に声をかける。もたもたするなといわんばかりのいつも通りな態度の和彦に若干の安心感を覚えつつ、清那は次の任務先へ向かうべく立ち上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る