第4話 護衛(1)

 研修後の休日が終わると、清那は正式に執行人として任務を任されるようになった。執行人の任務は基本的に二人一組で行うため、清那は研修から組んでいたレイとペアになっている。

 レイは一番歴が長く任務の処理が早いため、宵もどんどん任務を割り振っている。処刑対象の霊に対して、執行人の人数は決して多くはない。レイがいるからという理由で清那も担当する任務量が研修時の倍以上に増えたときには、レイと組んだことへの若干の後悔が胸中に浮かんだほどだ。泣き言を言っても仕方がないと割り切り、ひたすら任務をこなす日々を過ごしていた。

 そんな生活にも慣れてきた頃。珍しく惣介とともに呼び出された清那は、宵から説明された任務内容を聞いて首を傾げた。

「護衛、ですか?」

「ええ。今日は事故でたくさんの方が亡くなられる予定なんです。そこで魂が問題なくこちらへ来られるように護衛をしていただきます」

「事故で?事件性でもあるんですか?」

「さすが元警察官ですね。ただ今回は、不慮の事故を発端に起こるものですよ」

 緩く微笑みながら話す宵に、清那は若干居心地悪くなり視線を泳がせる。あえて指摘されるのはなんだか気恥ずかしい。

 宵は任務の資料を二人に渡した。

「今回はレイが出向くほどのものではないでしょうから、お二人でお願いしますね」

「……はい」

「レイとの任務でなくて、不安ですか?」

 そう尋ねる宵はどことなく面白がっているように見えるのは気のせいだろうか。清那は肩をすくめて首を振った。

「まさか。別に誰とペアでも私は構いません。惣介さんの足を引っ張らないよう頑張ります」

 淡々と返す清那に、宵は満足そうに頷き、惣介はいつものようにカラリと笑って見せた。

「おう、よろしくな!瑞樹は休みって聞いてますけど、レイさんもですか?」

「いえ、レイには別の任務に向かってもらっています。帰りに合流してください」

「わかりました」

 惣介はそう返事をすると渡された資料の一点に目を留め、納得したように頷いた。

「今回は近くに墓があるんですね」

「そうです。何も起こらない可能性もありますが、万が一に備えておきたいですからね」

 それだけで事情を飲み込んだらしい惣介と対照的に、清那はよく分からず首を傾げた。

「どういうことですか?」

「お墓には悪霊がたまりやすいのです。その近くで死者が出ると死者の魂へ手を出そうとすることがあるのですよ」

「ただくっついて上に行こうとするならまだいいんだが、墓場にいる悪霊は魂を取り込んで自分の霊力の糧にするほうが多い。んで、どんどん霊力を高めて、生きてる奴らを呪い殺せるようになる」

「この前の、しばらく現世に留まっていたずらをしている霊とは違うものなんですか?」

 清那は最後の研修で出会った男の子を思い浮かべながら問いかけた。あの男の子は現世に留まって遊んでいただけで、度が過ぎて道連れにしかけていたとはいえ悪意は感じられなかった。”悪霊”という表現はあまりしっくりこない。

「ああいう方々は、うっかり道連れにすることはありますが、基本的にわざわざ生きている人の魂を狙うことはありません。悪霊は悪意をもって彷徨う霊を取り込んだり、生者を呪い殺したりするものたちのことです」

「いままで清那が対応してきたなかにも、生きてる奴を殺そうとしてた霊がいただろ?それも悪霊だよ」

 確かに、執行人となってからさまざまな霊を見てきた。ただ浮遊して彷徨うだけの霊もいれば、死んだことに気づかず生前と同じように過ごしている霊もいた。そして、生者を道連れにしようと取り憑いている霊も。

「道連れにしようとしている霊は悪霊に分類されるってことですね」

「そうです。彷徨う霊や生者を脅かす霊はすべて悪霊です。一番多いのは生者に取り憑いて道連れにして上へ行こうとするもの。その次が、現世を彷徨う霊を取り込んで霊力を増し、生者を呪い殺すものです。さらにやっかいなのが、霊力を増して生者の心を支配し操るものですね。取り憑いた相手を心神喪失の状態にしてしまうので、多数の死者を出す凶行につながりやすくなります。そうなる前にあなた方には処刑していただいているのですが、霊の数が多いのでどうしても対処しきれない。ただ、悪霊たちは鼻がいいようで、多くの死者が出る場所にはよく現れるんですよ」

「なるほど。つまり、今回の任務は事故を嗅ぎつけてきた悪霊から死んだばかりの人たちの魂を守って、寄ってきた悪霊は処刑しろってことですね」

「そういうことです。清那さんは研修開けから精力的に働いてもらっていますし、惣介君も最近任務が立て込んでいましたからね。今日は軽めのものを担当していただこうかと」

「軽めの任務、ですか……」

 研修が終わってからの怒濤の日々を思い出し、清那は思わず疑うように宵を見た。この人の”軽め”は信用できない。

「明日は休日ですから、頑張ってきてくださいね」

 宵はにこりと微笑むと、思い出したように付け足した。

「今回は”上”からも一人派遣されるようです」

「”上”?」

「私たちがいるここは常世と現世の狭間ですが、ここよりもさらに上に、常世に渡った魂の終着点があります。今日はそちらの管理をしている方と一緒の任務です」

「げ、まじか」

 宵の言葉に、あからさまに嫌そうな顔をした。珍しい態度に清那が首を傾げていると、惣介はガシガシと髪をかき混ぜて唸った。

「”上”の奴らはちょっとな……まあ、会えばわかる」

「これから末永くお付き合いのある方々ですから、仲良くしてくださいね」

 げんなりとしている惣介とは対照的に、宵はいつもの笑顔で二人を見送った。

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