Ice User ーコオリノツカイテー

「壱の氷術 垂氷アドストリクタサジッタ



魔物に向けてかざした手から出た魔法陣からつららでできた矢が3つ、魔物に向けて射られた。


あ、そうだ、今は向かい風だ……

ここは風をしっかり読まないとダメだ。


しかし、3つの矢は風に負けることなく先頭を突進していた3匹の魔物に命中した。

……この弱さなら何とかなりそうだ。


残り7匹。

仲間がやられたのか、残りの魔物が続けて突進する。


「壱の氷術 垂氷アドストリクタサジッタ


さっきと同じように氷の矢を3つ繰り出す。


すると、強い向かい風が吹いた。


「し、しまった……!」


矢の威力が落ちていく。

今の俺の力では矢の威力はコントロールできない。


減速した矢はそのまま地に落ちて消えてしまった。


いや、まだだ。

まだ俺は戦える。


「壱の氷術 垂氷アドストリクタサジッタ!」


こんなところで負けるわけにはいかない。


しかし、視界が一瞬眩んだ。

な、何だ今の。


また吹いた向かい風にハッとして魔物の方を見ると、ちょうど矢が魔物に命中したところだった。


「な、何で……?」


今、向かい風だったはずだ。

なぜ矢は減速しなかったんだ。


また強い風が吹いてマントが揺れた。

……いや、違う、これは向かい風じゃない。

だ。


同時にもう一つ気がついた。

この都には風を操る人間が山ほどいる。


振り向くと、風使いたちも両手をかざしていた。

風向きを逆にしてくれていたのだ。


「あと4匹だ!頑張ってくれ!」


「俺たちもフォローする!」


風使い達が俺に言った。

俺はハッと息を飲んだ。


今まで、俺のことを異国者と呼び、扱ってきたのに。

冷たい目で俺を見ていたのに。


それなのに、今は俺を……俺を、「仲間」を見るような目で……


俺は目に力を入れ、魔物を睨む。

魔物がちょうど突進し始めた時だった。


……ここ、風の都は記憶のない俺を引き取ってくれた場所なんだ。

ミカゼさんと出会った場所。

ミカゼさんがレン、と名付けてくれた場所。


そんな大事な場所を魔物なんかに潰されるわけにはいかないんだ!


「壱の氷術 垂氷アドストリクタサジッタ!!」


呪文と同時に追い風が吹いた。

矢の威力は先ほどよりずっと大きく、勢いよく魔物に命中した。


よし、残り1匹だ。



残った魔物はゆっくり俺に近づく。


「……うっ」


視界だけでなく、今度は全身からふらっと目眩がした。

額に手を当てる。

そういえば体が重いし、頭も痛い。

息も苦しい。



もう、魔力切れ、なのか……!?



残り1匹、なのに。

これを倒したら終わりなのに。

ここで負けるわけにはいかないのに。


「クソっ……」


魔物の足音が聞こえた。


我に返って魔物を見る。

さっきまで倒した魔物より一回り大きい気がする。

それならさっきの攻撃じゃ効かない可能性がある。

向かい風を利用しても、だ。


「うっ……」


また目眩。

片膝をついて、しゃがみこむ。


どうしたら良いんだ。

こんな時に限って……!!



『—―××××。魔石の役割はなんだと思う?』



どこからか聞こえた声。


「だ、誰、だ……?」


近くには誰もいない。



『—―魔石はただ魔力が注ぎ込まれた石ではない。お前がすぐに魔力切れにならないようにサポートし、お前の魔力をさらに強くする、1だ』



もう、1人の自分……


この優しくて、強い声は誰だったっけ……



『—―けど、だからって誰でも使いこなせるわけではない。魔石は持ち主の強い心に応じて持ち主を強くする。魔石を使いこなすには強い心が何より必要なんだよ、××××……』



強い心。

そう言われるの、初めてではない気がする。


顔も姿も真っ白な光に覆われていて何も見えないが、どこかで会ったことのある気がする。

それも、何だか懐かしい微笑みで俺を見ている気がする。



俺は今、何のために戦っている?



『「—―都を守るために決まってる、だろう?」』


声と同じことを言った。


それしかない。

そのために俺は戦っているんだ。



『――大丈夫。お前ならやれる』



本当に、この声は一体……


俺はゆっくり立ち上がる。

目をカッと開き、すぐに力を込める。


魔物がぎょっとしたようにその場にとどまる。


魔物の後ろ。

光に覆われた誰かがふっと笑い、風と共に消えた。


誰だか思い出せないけれど……ありがとう。

おかげで何かを取り戻した気がする。

何かを思い出せた気がするんだ。



「壱の氷術 垂氷アドストリクタサジッタイプソム



かざした片手から自分の手の何倍もののサイズの魔法陣が出る。

魔法陣から冷気が出ているのか、涼しいどころか寒いと感じてしまう。

でも、今はそれぐらいが良い。


そして、間もなくさっきよりずっと大きい一本のつららの矢が出て、そのまま魔物一直線に飛んで行く。


雪や氷の破片を落としながら突っ切る矢。

背後から突風が吹いた。


……風使いだ。


矢はさらに加速し、魔物に直撃した。

急所だ。


魔物は矢を抜こうとするが、そのまま力尽きて倒れ、灰のように消えた。


手をおろすと魔法陣は消え、今にも凍りそうだった周りの空気はぬるくなる。

その瞬間、全身にだるさや疲れ、痛みが一気に乗っかってきた。

そして、視界が傾き、真っ暗になった。


「おい、やったな!って、大丈夫か!?!?」


「しっかりしろ!!」


風使い達の声や意識がどんどん遠くなる。

体を動かせない。

力が入らない。



そのまま意識がなくなってしまった。

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