Prophet ーヨゲンシャー

『—―××××!!』



暗闇の中、俺は目を覚ました。


今、誰か俺の名前を読んだ……?



『—―××××!!!!』



また聞こえた。

だ、誰だ、呼んでいるのは。


俺はハッとした。

今俺は、黒い炎に包まれている、と。

マントは焦げ、汗が止まらない。

手に力が入らない。


何が起きているんだ。

ここはどこだ。


煙のせいであたりは何も見えない。

目が痛い。



グオオオオオオォォォォォォ!!!


グアアァァァァァ!!!



どこからか低い、雄たけびのような声。

……かなり近くにいる。

何かそこにいるのか……!?!?



『—―××××!!』



さっきとは違う声。

今のは……老人ぽい声だった。


すると、今目の前に起きたことに目を疑った。

いつの間にか俺の前に老人がいたからだ。


木でできた杖を持ち、ところどころ破れた黒いマントを羽織っている。

風でマントが揺れていて、黒い炎がマントをさらに焦がしている。


「あ、あんた、一体……」


老人は振り向いた。

不思議にも顔が見えない。


「早く逃げろ。ここはわしが」


「え、な、何で、」



グオオオォォォォォ!!!!



また雄たけびが聞こえた。

それもさっきよりさらに近いところから。


「次から次へと……なんてしつこい」


老人はぼそりとつぶやいた。

そして、周りを見渡す。


俺は血の気が引いた。


いつの間にか、囲まれていた。

恐ろしい容貌を持った化け物たちに。


血のように赤い目で俺たちを見ている。

禍々しいオーラが溢れ出ている。



ど、どうしたら良いんだ……!?!?



老人は意を決したように杖を高く持ち上げる。

杖の先には透明な石が埋め込まれており、眩しい光を放っている。

まさか、これも魔石なのか……!


光はだんだん強くなり、目を開けることが難しくなってきた。



「……すまんな。××、」



老人は一瞬だけこちらを見て言った。


「い、今、何て、」


バーン!と爆発したような音。

音と共に光はさらに眩しくなり、俺はぎゅっと目を閉じた。



「……っ!?!?」


目を覚ますと、いつもの部屋だった。

まだ真夜中だ。


心臓はバクバク跳ね、息苦しい。

汗も少しかいている。


「ゆ、夢、か……?」


夢にしてはリアルだったような気がする。


あの声は一体誰だったんだ……?

何と俺を呼んでいたんだ……?

あの恐ろしい怪物は一体……?


夢で良かった。

あんな恐ろしい化け物がいなくて良かった。


「レン!レン!」


「ん?」


今の、ミカゼさんの声か?


階段を急いで登る音と、声が聞こえた。

何をそんなに焦っているんだ。


部屋の戸が乱暴に開いた。


「レン!早く家を出るぞ!!」


「え、な、何でですか?」


「都のすぐ近くに魔物がいるんだ!早くしないとやられるぞ!」


「ま、魔物……!?」


そういえば、この前図書館の本で見た。


昔、この世界には魔物がいて、人々は魔物に脅かされながら過ごしていた、と。

でも、魔物は100年前に絶滅したからもういないはずだ。


「そうだ、魔物だ。南の方から来ているから北の門から都を出るぞ」


「魔物は倒さないんですか?」


「今、都の風使いを呼んでいる。ひとまず彼らに任せるつもりだ」


……風使い。

彼らはただ単に風を操る。

どうやって魔物を倒すというのだろう。


たしか本には、『魔物を倒すには自然魔法のみが通用する。物理魔法は効果がない』とあった。

もしかしたら、全員やられるのでは?

風使いだけでなく、都まで潰されるのでは?


「……ミカゼさんはたみ達の避難誘導を。俺は風使いたちを手伝います」


そう言って俺は部屋着からいつもの動きやすい服に着替え、黒いマントを羽織る。


「な、何を言っているんだ、レン!お前はまだ子供だ」


「魔物に物理魔法は効きません。自然魔法でしか倒せないんですよ」


机の引き出しから小さな箱を取り出す。

ふたを開けると、小さな宝石が埋め込まれた指輪、ブレスレット等いろいろなアクセサリーが入っている。


「だ、だがな、」


「この都に自然魔法を使えるのは俺しかいません。だから魔物を倒せるのも俺だけです」


何個かアクセサリーを手に取って指にはめ、手首を通す。

そして、ミカゼさんを見る。


「行ってきます」


「れ、レン!!」


俺は急いで階段を降り、家を出た。


風使いや都が潰されることよりも、心配なことがあった。


「ほら、急いで!!」


「すぐそこまで来ています!!」


逃げる民とは逆方向の北の門に駆ける。

都庁関係者が民を誘導している。


北の門には数人の風使いがいた。

そして、その先には見たことのない生物がこちらに迫っていた。


「な、何だあれ……!!」


1、2、3……10匹はいる。

全身から禍々しい邪気を放ち、目は赤く光っている。

俺はハッとした。


「……もし、かして」


さっき夢に出て来た怪物と似ている。

邪気に、赤い目。

まるで、予知夢みたいだな。


「おい、君、ここは危ないから早く逃げなさい」


風使いの一人がこちらを見て言った。

風鈴花と同じ色のマントを羽織っている風使い達はどこか勇敢に見える。


「いえ。そういうわけにもいきません」


俺は風使いの横を通り過ぎ、北の門を出る。

指にはめた指輪を見る。


記憶を失う前はきっと使っていたこの指輪。

宝石は透明で、輝きはあまりなく、濁っているように見える。



グゥアアアアァァァァァ!!!



夢と同じ、魔物の雄たけび。

あと数メートル。


「早く逃げないか!!子供が出る幕じゃない!!」


風使いが俺に怒鳴る。

けど、今はそんなのどうだっていい。


俺はこぶしを握る。

……少しだけ震えている。

ここで逃げたらダメだ。



今やるべきことはあの魔物を倒すこと。



俺はマントを翻し、目に力を込めた。

指輪の宝石が少しだけ光った。


魔物は5メートルほど離れたところで止まり、俺を睨む。

生ぬるい向かい風が髪とマントを揺らす。



グゥアアァァァァァァ!!!


グガアアァァァァァァ!!!



また魔物は雄たけびをあげ、こっちに突進する。

意外と速い。

でも、だからって負けるわけにはいかない。


俺はさらに目に力を込め、手をかざした。 



「—―さあ、来い」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る