Amnesiac ーキオクソウシツシャー

「図書館に行ってき、」


午後になり、一階に降りた時だった。

リビングの方からチリンチリン、と涼やかな音が聞こえた。


窓の前にミカゼさんが立っていて、快適そうに外を眺めている。

窓にはガラス玉がぶら下がっていて、風で揺れ、あの音を鳴らしていた。


「風鈴、ですか?」


「ああ。そろそろつけようと思ってな。毎年この音を聞くのが好きなんだよ」


ぶら下がっている風鈴をチラッと見る。

風鈴が青いのは模様である花が青いからだ。


「……俺も、その音好き、です」


どこかで聞いたことがあるような気がする。

だから好きなのかもしれない。

でも思い出せない。

……少しだけ、頭が痛い。


「図書館に行くんだろう。それなら早く行きなさい」


「あ、はい」


玄関の戸を開けると、熱気が立ち上っていて、家の中に入ってきた。


「暑い……」


涼しい家に籠りたいが、「行きたい」という気持ちの方が若干大きいので我慢して行くことにする。


ミカゼさん曰く、風の都の暑さは他の都や街まだマシらしいが。


風の都はここ――魔法界の中では北西の方角に位置し、都の中でも特に風が強い。

暴風までとはいかないが、風のおかげで都中に熱気が籠らない。

その代わり冬は寒い。


天候だけでなく、生活にも風の影響は強い。


どの家にも風車がついており、生ぬるい風がそれを動かしていた。

こんなぬるい風でも回るのか、なんて思いながら坂を下る。

あの風車は発電の役割を持っており、昔からのやり方だそう。

いわゆるシンボル、みたいなものだ。


ミカゼさんの家の風車は特に大きいが、大きさが身分を表しているわけではない。

あくまでも緊急時のため、あえて大きい風車を使うのがご先祖様の習わしだと聞いたことがある。


空を見上げると、今日も飛行機が飛んでいる。

風の都は「パイロットの街」とも呼ばれ、パイロットになる人が多いことからそう呼ばれている。


風の都の住民は「かぜ使つかい」と称され、自然魔法とはまた違った自然を利用した魔法が使える。

彼らは風を自由に操ることができるのである。

そのため、パイロットにも適している。



坂を下っていると、今度は坂の先に青い花が一面に咲いているのが見える。

ここは「風鈴ふうりんの里」と呼ばれる、風の都の観光地の一つ。

ここで風鈴花の研究や栽培がおこなわれている。


風鈴花は風の都にしか咲かない花だ。

初夏に花を開き、夏の終わり頃にしぼむ。

どのケガ・病気にも万すとも言われていて、古草学者の研究によれば、今から1500年以上も前から咲いているらしい。


俺はこの花の色が好きだ。

澄み渡る空のように透明感のある、見ていて涼しげで爽やかな色だからだ。

ミカゼさんの風鈴の花模様は、この風鈴花がモチーフだそう。



坂を下り終え、図書館に着いた。


中に入ると、冷気と共に冷たい視線が俺に刺さった。

まあ慣れていることだが。


図書館の1番奥「歴史関連」コーナーに行き、目当ての本を探す。


「えっと……あ、これだ」


『自然魔法のすべて』。


自然魔法は自然を利用した魔法で、今はほとんど使われない。

けど、俺はなぜか使える。

その理由を俺は知りたい。

だから図書館に行って、調べるようにしている。

……でも、未だ何一つわかっていない。


分かったことと言えば、自然魔法とは何か、だ。


自然魔法と物理魔法の大きな違い、それは、

『自然魔法は「攻」と「防」と「癒」の魔法であること、物理魔法はそれ以外の魔法』だということ。

「攻」は攻撃、「防」は防御、「癒」は「治癒」。

昔は魔物という恐ろしい怪物がいて、それを倒すために使われていたが、100年ほど前に魔物は絶滅し魔物はいなくなったため、使われることも、使う人もいなくなってしまった。


俺が風の都に来てからもう3年は経つ。

3年経ってもそれ以外でわかったことはない。


どうやって習得したのか。

なぜ氷の魔法なのか。

なぜ、『魔石』無しで使えるのか。


「……うっ」


頭が痛い。

考えるだけで痛い。



結局、読んでわかったことは何もなかった。

というのも頭が痛くてあまり集中できなかった。


本を閉じて元の位置に戻す。

歴史コーナーから離れようとすると、視界の端で何かが光った。


視線を走らせると、さらに奥の方で青い何かが光っていた。


「……何だあれ」


導かれるように俺は奥に進む。

進んだ先にある本棚の本はだいぶ古いものが集まっていて、文字も昔のもので読めない。


青い光に近づくと、光の原因は本だった。

茶色のもので、文字は金色。

他の本とは違い、表紙が表向きになっている。


その本を手に取ると、光はおさまった。

光っていたものは本ではなく、表紙に埋め込まれている青い宝石だった。

金色のクローバーのような形で、三つ葉のうち一枚の葉にだけ、宝石が埋め込まれている。


「何の宝石だ……?サファイアとかか?」


宝石だとしたらこれは『魔石』の可能性が高い。


自然魔法が使われなくなった現在、自然魔法を使おうとしたら魔石が必要になる。

魔石は魔力が注ぎ込まれた石。

今はお守りや貴重なものとして大事に保管されていることが多い。


「魔石、初めて見たな……」


そう思って、魔石に触れた。

すると、ズルっと本から取れてしまった。


「ま、まずいっ!」


宝石だけでなく、台座まで外れてしまった。


「ど、どうしよう……って。」


持ってみてわかった。

これはもしかして、耳飾りなのではないかと。

金具がついているし、表紙に置かれていただけのように見える。


ちなみにページをめくると、やはり昔の言語で書かれており、何を書いているのか全く分からない。


「閉館時間5分前でーす」


入口の方から聞こえた。


そうか、もうそんな時間なのか。

本と魔石を元の位置に戻す。

魔石に関してはまた落ちないようにしっかり固定をした。

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