現代・魔法界

旅のはじまり

Foreigner ーイコクシャー

この世は退屈だ。

何度そう思っただろう。


授業は簡単すぎる、くだらないことで周りは盛り上がる、上の人間は自分勝手で名誉か利益のことしか考えない。

そんな世界にいても仕方ないじゃないか。



ぺらっと紙の音が聞こえて、我に返った。

開いてすらいなかった教科書が風でめくられていた。


教室を見渡すと、担任はだらだらと教科書を読み上げているのに対し、黒いマントを羽織っている生徒全員は必死にそれを聞いていた。

聞く必要すらないのに。


(……またこの光景か。全く、見ていて疲れる……)


俺—―レンはため息をつき、何となく窓の外に目をやった。

蝉の鳴き声が遠くから聞こえる。

もう、夏なのか。

気づいてはいたが、自覚がない。


暑さが苦手な俺にとっては夏の存在なんて気づきたくないものだ。

外に出たくない。

学校に行くのですら嫌だ。

蝉の声を聞くだけで暑くなる。


まあ幸い、気持ちいい冷房があるからマシなのだけれど。



「—―レン。レン!!おい、レン!!!」



怒鳴り声が聞こえて、偉そうに教卓に立つ先生に視線だけを向けた。


「また話を聞いていないのか!これで何度目だ!毎回言っているだろう!?そういう態度なら授業を受けなくてもいい、と!!」


はあ、とため息をつく。

何でこんなやつの話を聞かなきゃいけないのだろうか。


やけに視線を感じると思ったら教室にいる人全員が俺を見ていた。

俺は自分の瞳に少しだけ力を込めた。

すると、全員身震いをして俺から視線を外した。


「くっ……!!もう、出てい、」


「言われなくとも帰りますよ」


暑い中帰るのは嫌だが、こいつに怒鳴られるよりずっとマシだ。

教科書をしまい、哀れな冷たい視線を浴びながら教室を出る。



『――問題児』


『――不良』


『—―ぼっち』


『—―自然魔法を使えるからって調子乗ってる』


『—―金持ちだから』


『—―記憶喪失だから』


『—―都長に引き取ってもらってるから』


『—―でも目だけは怖い』



何て言う声が視線から聞こえた。


ただ、全員が思っていることはこうだ。



異国フォーリナー



俺は周りより肌が白く、髪は真っ黒。

瞳は青っぽい。

周りは肌はそこまで白くないし、髪・目は茶色。


「異国者」とは、きっとこのことを言っている。


俺は沈黙に包まれた教室を出て行き、学校の敷地外に出た。


蝉が相変わらずうるさい。

風も生ぬるい。


「暑い……」


何より暑いのだ。

さすがにマントは脱ごう。

このままだと倒れる。



本当、疲れる世界だ。



生徒も、先生も、周りの人たち全員が、俺を「異国者」だと思っている。


じゃあ俺は誰なのか。

それは家に着いてから話すとしよう。

こんな暑い中長話をするわけにはいかない。


街は暑いからか人は少ない方だ。

それでも飛行機は高らかに飛んでいて、「自由」だなと俺は感じた。


俺みたいな異国者には自由なんてない。

それが俺がここにきて最初に学んだことだった。


飛行機は遥か彼方遠くの空に吸い込まれるように消えてしまった。




「ただいま戻りました」


「おや、もう帰って来たのかい」


風邪の都の中でも特に大きな風車が目印の、赤い屋根の家。

ここが俺が住んでいる家だ。


「……疲れたので」


「さぼったらいかんぞ。お前が成長できる大事な場所なのだから」


「……そうですか」


奥から出てきたのは白いひげを生やした60代くらいのおじいさん。

彼はミカゼさんと言って、風の都の都長さんだ。

俺を養子と言う形で引き取ってくれた恩人だ。


ここは涼しい。

俺が暑さが苦手ということをミカゼさんは分かってくれている。


「難しいな。せめてお前の出生地さえわかればどうにかなりそうなのだが……」


そう言ってミカゼさんは考え込んだ。



では、あらためて説明をしよう。


俺の名前は「レン」、だがそれは本当の名前ではなく、仮の名前だ。

「レン」というのは、ミカゼさんが名付けてくれたのだ。

「お前の瞳はいつの日か見た水蓮のように清らかで純粋な瞳だから」だと。


本当の名前は分からない。


年齢も今年で17歳だと推定されている。

両親もどこにいるのか分からない。


気づけば俺は風の都にいたのだ。

しかし、風の都の人間ではないということは見た目で確定だった。

民族意識が強いこの世界では見た目で人を判断する、それが普通なのだ。


だから俺は「異国者」。

この都で俺は孤独に生きている。

孤独は悪くはないが、扱いはひどいものだ。



そして、何より不思議なのは「自然魔法」を使えることだ。



自然魔法と言うのは自然の力を使った魔法のこと。

逆に今人々が使う「物理魔法」は自然の力を使うことなく、生活を便利にするために生み出された。


自然魔法は、今では使われることは全くなく、使うにしても「魔石」という道具が必要になる。

しかし、俺は氷の魔法を使うことができる。

そのことから俺は氷の都の人間ではないかと推定されたが、向こうは俺のことを知らないと言い張った。

見た目も俺とは全く異なっていた。



つまり、俺は記憶ロスト喪失メモリーズなのだ。

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