無能の王と覇道の軍団

大間九郎

第一章

第1話目を覚ますと若返っていた

 

 朝、さあ会社に行かなくてはと、いつものように目を開くと、もう二十年は帰っていない実家の天井だった。


 たいして広くない子供部屋、高校を出て、大学に入って独り暮らしするまで使っていたこの部屋。夢なのかと思った。

 俺がこの家を出た後、不審火で燃え、跡形もなくなくなったこの家の、この部屋は、今は存在しない。


「タカシちゃん、朝ご飯、食べてね」


 ドアの向こうから、母親の声が聞こえる。

 コツンと部屋のドアと、食器かお盆がぶつかる音。

 コト、食事が床に置かれる音。


 ドア前から去ろうとする母親の気配がする。

 火事と共に死んだはずの母親の声、二十年ぶりにきいた声にたまらず手を伸ばし、声をかけようとして、止まる。


 なんかこの部屋汚くないか?


 なんか臭いし。


 窓を閉め切って空気が澱んでいる室内に、大量のスナック菓子の空袋、大量の空ペットボトル、大量のゴミ、ゴミ、ゴミ!

 顔にかかる伸びきった前髪もうざい! いつから着替えてないのか分からない元は白だったのかもしれないが泥みたいな色になったティーシャツも気持ち悪い! 頭がかゆい! 口の中も気持ち悪い! 顔がベタついて気持ち悪い! 

 

 俺は我慢できず部屋のドアをけ破り外に出ると服を脱ぎながら風呂場に向かい、風呂のドアをあけると湯船につかっていた父親が驚いた顔で俺を見上げているが、あまりの体の不快感が先立つため無視しシャワーを浴び、シャンプーでクソ長い髪を洗い、掻きむしるようにネットタオルで体を洗う。


「タ、タカシくんが、部屋を、出た…、部屋を出たぞー!」


 呆然としていた父親がいきなり立ちあがり風呂から駆け出して行った。


 全体的に洗い終わった後、風呂場の中にあった父親の髭剃りを使い、風呂の中で立ったまま髭を剃る。髪の毛同様伸びるだけ伸びた髭は全て剃り切れないので、口の周りと頬だけ剃り、顎下は残す。全部剃るのは面倒すぎる。

 風呂から出て、脱衣所の洗面台をあさり、まだ未使用の歯ブラシを見つけ、これでもかと歯を磨く。


 体からと口からドブみたいな臭いを感じなくなり、やっと一息付けた。


 母親が使っているのだろう髪ゴムで髪を総髪に結び、顎髭をラッパーのように結ぶ。


 ここで自分のあまりの若さに気がつく。二十代前半くらいか? いや十代かもしれん。

 両親が生きていて、この家がまだ燃えていないってことは、俺はまだ十八歳以下ってことになるが、確かに十八と言われればそれくらいに見える。

 それにやけに引き締まった体、若いころそれなりの体はしていたが、ここまでシャープでソリッドな体じゃなかった。腹筋の下、血管が浮き出る下腹部を見るに、体脂肪率は五パーセントを切っているのではなかろうか?


 計量寸前のボクサーのような体に驚いていると、人の気配を感じ横を向くと、母親と父親が洗面所兼脱衣室のドアからじっと中にいる俺を見ていた。


「なに?」


「タカシくん!!」「タカシちゃん!!」


 母親と父親がすごい勢いで俺に向かいダイブして、抱き着いてきた。

 素っ裸のまま母親と父親を受けとめ、抱きしめる。


「よかった! よかったよ!」


 グシャグシャに泣きながら遮二無二俺を抱きしめる父親。

 過呼吸気味で、それでも俺を離すまいと、力いっぱい胸に頭を押し付け俺を抱きしめる母親。


 二十年前、地方の大学に行く俺を東京駅のホームで抱きしめてくれた両親の感触を、それより数倍力強く必死だが、それでもあふれ出る体温と香りに、俺も二人を抱きしめ泣いた。


 夢でもいい、あの火事で死んだ両親にもう一度会えたこの幸運に、俺は声を上げて泣いた。



◇◇◇◇



 なぜ若返ったのか、なぜ俺は二十年前の世界にいるのか、それは全く分からない。だが分かったこともある。


 この世界の俺は三年間引きこもっていたらしい。


 そりゃあれだけ臭いし、両親だって俺が自主的に部屋を出れば号泣だってするだろう。両親にはすまない気持ちでいっぱいである。


 そして、この世界は俺が知っている世界ではないらしい。

 まずこの世界にはダンジョンがあり、そこに潜る探索者と呼ばれる花形職業がある。そして神秘の能力スキルというものがあるらしい。

 全国民は十五歳になると病院で血液と遺伝子情報を採取され、特殊な機械でスキルチェックが行われる。

 そこでスキルが一つでも発現していたら、国から探索者となることを推奨される。一応職業選択の自由はあるので、拒否できるらしいが、拒否すると世間から白い目で見られ、大変らしい。

 まあほとんどの人類はスキルが現れず、十万人に一人、この国の全人口が一億二千万人だとすると一万二千人ほどがスキル発現者となる。


 平均スキル取得数は十七個。


 多い人は二十三十と取得し、三十を超えるスキルを取得すると、将来有望であり、探索者のエリートコースに乗ることになる。

 逆に十個以下のスキルしか持ったない人間は落ちこぼれとされ、スキル発現者全体の四十分の一、三百人ほどで、こいつらは特別職能訓練施設に送られ、足手まといにならないようみっちり鍛えられ、ダンジョンアタック時は荷物運びなどの雑用として養成される。


 俺は十五歳のスキルチェックで、スキルが発現した。


 たった一個だけ。


 平均スキル取得数十七個の世界でたった一個。

 だが俺はすぐ国に囲われることになる。なぜなら、このたった一個のスキルがあまりに特殊だったからだ。

 俺の得たスキルは『万願成就』。満願成就ではなく万願成就。

 ダンジョンが出現し、人間がスキルを得るようになってから百年を超える歴史上はじめて現れたスキル。

 俺はすぐさまエリートが通う探索者養成高等学校に入学するように手配され、そこで実験動物のように扱われていたようだ。

 しかし、俺のスキルは全く発動せず、効果が分からないため、かなり肩身が狭かったらしい。


 俺が引きこもっていた理由は、これか?

 こう言っちゃなんだが、俺にしては、弱すぎる気がする。


 ここまでの話を悲しそうな顔をしながら話してくれた両親。

 あまりに俺が頓珍漢に色々きくので、長期間の引きこもりで記憶の混濁があるのだと思ったのだろう。懇切丁寧に、嫌な顔せず質問に答えてくれた。顔は今にも泣きそうだったけど。


「タカシくん、ゆみちゃんを覚えてるかね?」


「お父さん!!」


 おずおずと質問してくる父親に、母親は強い口調で咎める。


 ゆみ? ああ、実家の近くに住んでいた同級生だ。小学校の頃は一緒に登校とかしていたが、中学ぐらいから疎遠になり、東京を出てから一度も会っていない。


「ゆみがどうしたの? 結婚でもした?」


 俺の質問返しに両親ともさっと目をそらす。


「今日はお父さんお寿司取っちゃうぞ!!」


「そうね! タカシちゃんが出てきてくれた記念日よ! お寿司取っちゃいましょう!」


 話をそらすためにいきなりテンションマックスになった両親は「お寿司! お寿司!」と大声を張り上げながらリビングに消えていく。

 なんだ? もしかして、俺の引きこもりの原因はゆみなのか?


 もう三十年近い古い記憶過ぎて、顔もうっすらとしか思い出せないんだが。

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