勝利

 俺は黒龍を切り裂き、銀の腕と神剣が魔力となって消えたのを確認した後、しばらく横になっていた。

すると、そんな俺に手が差し伸べられる。

「おかえりなさい」

 ふとそちらを見ると、太陽のようにまぶしく笑う若葉がいた。

 だが、俺は差し伸べられた手を掴まず、眺めているだけだった。それもそのはず。

「疲れた」

 魔力も気力も体力も、すっからかんになっていたからだ。

それでも最後の力を振り絞って血の翼を纏い、裸になって若葉に怒られる事態だけは回避していた。形がちょっと崩れてしまってるが、そこは何とか許してくれるだろう。

「お疲れ様です」

 そう言って手を差し伸べることを諦めた若葉は、俺のすぐ隣に座った。

「……………………勝ったぞ」

 俺は自分に言い聞かせたのか若葉に言ったのか分からないような呟きを放った。

「………………………えぇ、おめでとうございます」

 そう答えた彼女も、俺に言ったのかただつぶやいただけなのかはっきりしなかった。

「よっと」

 少しだけ体力の回復した俺は、体を起こす。

「あっ」

 だが、すぐによろけてしまい、隣にいた若葉に支えられてしまった。

「少し、いいですか?」

 そして、若葉はそういうと、俺の体を強く抱きしめた。

「「………………………」」

 喜び、そして今までの苦しみ、悲しみ。そのすべてをぶつけるように、若葉は力いっぱい俺を抱きしめた。

 俺はそれに対して、左手だけで彼女の肩をそっと抱いた。

 抱きしめることができたのだ。

「…………………もういいです。ありがとうございます」

「いや、もっとやっててもいいんだぞ?」

 もういいと言いつつも離そうとしない若葉に、俺は遠慮するなと声をかけた。すると、また力いっぱい抱きしめられる。嬉しいんだけど、ちょっと苦しいかも。

 そう感じたとき、急に若葉が俺を引き離した。何があったのかわからないが、顔を赤くした彼女の視線をたどっていくと、ポヨンポヨンと飛び跳ねる二匹のスライムがいた。なるほどね、そういうことか。

「おいで、モモ!」

 俺は二匹を呼んだが、なぜか二匹はこちらに来ようとしない。ただ俺をからかっているかのようなそんな変な動きをするだけだった。

「ちょっ、ば、馬鹿にしないでください!違いますから!!」

 そう叫んだ若葉は、逃げようとする二匹を追いかけていこうとするが、俺を支えているため、追いかけられない。そして、そこをまた馬鹿にされると言った無限ループが始まってしまった。

「~~~~!!ミサキからも何とか言ってください!!」

「ははっ、そうだな。でも、今はいいんじゃないか?」

 俺はそう言って、今度は自分から若葉に抱き着いた。別に、これまでの戦いが怖かったからとかそういうことではない。ただ、彼女を抱きしめたとき、少し安心を感じたからだ。ただ、それだけだ。

「えっ………あぅ……………」

 そして逃げ道を失った若葉は、ただ俺にされるがままになっていた。すると、どこからかお腹の音が鳴った。

あ、もちろん俺のお腹ね。

「そうと決まれば、さっそく食事だ」

 そして俺は勢いよく立ち上がり、黒龍の遺骸のもとへと向かう。

「えっ、食事ってまさか、それを食べるんですか!?」

 驚く若葉を尻目に、俺は左手で黒龍に触れ、魔力を流し込む。

 そして少し時間がかかり、結晶となったそれは______

「いや、でかくね?」

 スイカのような大きさをしていた。最大限まで小さくしたはずなのに、どうしてもここまで小さくしかならない。それに、片手で持つのがちょっときついくらいの重さだった。これでは一気に飲むことはできないが、しょうがない。

「いただきまむっ」

 俺はその巨大なスイカ………じゃなかった結晶に口をつけると、ちょっとずつ液体に戻して吸っていった。

「ん!?」

 少しずつ飲もうと思っていたのに、俺はあまりのおいしさに我を忘れどんどん飲んでしまう。そんなにおいしい血を飲んだのは、初めてだった。もしかすると、今まで食べたどんな食べ物よりもおいしく感じているかもしれない。

「んくっ、んくっ、んくっ、んくっ……………ぷはーー!!」

 一回で飲み切ることができないと思っていたそれは、いつの間にか俺の腹の中へ消えてしまった。

「ごちそうさまでした…………………あれ?」

 満腹感による幸福を実感していると、なぜか地面が揺れているのに気が付く。

 それに、なんだか少し眠いような?

 いつもの眠気とは違う何かに少し危機感を覚えたものの、それに抗えるはずもなく、何かを叫びながらこちらに手を伸ばす若葉が見えたところで、俺の意識は途絶えた。

そして______

「あれ?ここどこだっけ?」

 一度見た覚えがあるような、不思議な真っ白な空間にいた。あぁ、ここは確か___

「いろいろあったみたいだね」

 振り返ると、そこには幼女神かっ……………ん?

 何だが、かなりぼやけていて黒い何かしか見えない。

「あぁ、それはそうだよ。君は今死んだのではなく、神の権能の一部を手に入れたからここに呼べたんだからね」

 だが、声ははっきり聞こえる。

「ごめんね、これは短い時間しか話せないし、ほぼ一方的な会話になってしまうんだ」

 なるほど、道理でさっきから視界だけでなく頭がぼやけているわけだ。

「時間がないから、手短にいこう。まずは、魔王の討伐おめでとう。そして、私の世界の住人がいろいろと迷惑をかけてしまったようだね。申し訳ない」

 ああ、いえいえ。別にこの世界の住人は恨んでいないよ。その代わり、幼女神(黒)、君への恨みは忘れないぞ。

「うっっ、ご、ごめんって。というか、時間がないから本題に移るけど、さっき私は神の権能の一部を手に入れたから君をここに呼んだと言ったよね?」

 あぁ、確かそんなことを言っていたような言っていなかったような。って、え?まさか、黒龍の“絶対防御”手に入れちゃったの?

「そうなんだよ。君がまさか吸血鬼の力を手に入れるなんて思ってなかったから、私もどうしていいかわからないんだ」

 もしかして、まずいことしちゃった?

「いや、神の権能を手に入れることは問題ないんだ。ましてや、勇者である君が持つことは私も大賛成だしね」

 じゃあ何で………?

「それは、神の権能は一人に一つが限界だって言いたかったんだよ」

 なるほど。つまり、神の権能を持った魔王がいても、その血を吸うな、と。

「そういうこと。いやぁ、理解が早くて助かるよ」

 でも、これ以上神の権能を持った奴と戦うのはいやだなぁ。

「ご、ごめんって。あ、もうすぐ切れるかも!」

 え?逃げるの?

「ち、違うって!じゃあ、本当にありがとう__!!そし_____ばって____!」

 声が聞こえなくなると同時に、どんどん白い空間が黒に染まっていき、そして_____

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レーテー川の向こう岸より 上野間二万人 @uenoma-20000

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