若葉の過去
俺の魔力が回復して血の翼で服を纏うことができるようになった時、俺と若葉は封印のそばで座っていた。
若葉に案内された場所には、背もたれのない丸太を横にしたようなベンチが置いてあった。目の前に黒龍がいるのになぜこんなところにベンチがあるのだろうと少し不思議な気持ちになる。
「「…………………」」
かなり昔に作ったものなのだろう。そのベンチのほとんどを苔が埋め尽くしていた。
そしてその近くにあるのは、墓標のような石。苔むしたベンチくらい古そうだったが、手入れをしているのか汚れ一つなく、周りから浮いてしまっていた。
墓標には文字のようなものが刻まれているが、読むことはできない。それほどまでに文字は薄れてしまっていた。
直接本人には聞けないが、二百年前の日本人との思い出の地なのだろう。
「指切りってさ、約束を破ったら小指を切らないといけないから指切りなんだ」
「………………は、はぁ」
「だけどさ、見てよこれ」
俺は肘から下のない右腕を、ちょうど右側に座っていた若葉に見せる。
「約束は守ったのに、腕ごといかれたんだけど!!」
「……………………」
期間限定の渾身のギャグは、どうやらお気に召さなかったらしい。なんというか、身を切ってるのにこれ以上身を切るネタはもうやらない方が身のためなのかもしれない。
「…………………………最初は絶対に勝つって言ってました」
「うっっ………………」
それを言われると、ちょっときついかも。
俺は若葉に文句を言われたことに傷つくも、以前のような影がないことに少し安心した。
「でも、帰ってきてくれて本当にありがとうございます」
「…………………あぁ」
俺はここにきてようやく見せてくれた心からの笑顔を見て、先ほど黒龍に負けたことがどうでもいいような気持になった。だがそれと同時に、彼女の心の闇が完全に晴れていないことに少し不安を覚えた。
恐らく、俺がもう一度黒龍と戦うと言ったら、彼女は止めてくるだろう。そして、ひどく悲しんでしまう。そして、黒龍に勝ったとしてもその闇は残ったままになってしまう。
だからこそ、ここで何とかしなくてはならないのだが______
「もう一度、戦いたいんですよね?」
「!!」
俺はその先を考えようとしたが、すでに俺の考えを読まれていたため、その考えは中断させられてしまった。
「私は止めませんよ。ただ、ここで見送るだけです」
そういう彼女の顔は笑っていたが、どこか諦めているような、ある意味晴れ晴れとした表情をしていた。
雲が多く残っているけど、なんとなく晴れだというようなそんな空模様。
多分俺の力では、彼女の心をこれ以上明るくすることはできないだろう。
諦めないことで定評のある勇者ミサキですら簡単にあきらめてしまうほど難しいことだった。
だから______
「…………………知ってる?この仮面」
俺の言葉ではどうにもならないことが分かっていたから、若葉に本心を語ってもらうことにした。
「……………………いえ」
「五百年生きてたんだから、知ってると思ったんだけどな。
これ、《純白》っていう勇者がかぶってたものなんだって」
「!?」
若葉は驚いて、立ち上がってしまった。やっぱり知っていたか。
「あぁ、安心して。黒いけど俺が魔王になったわけじゃないし、そもそもこれは____」
壊れている。そう続けようとしたが、やめておいた。
「これを被ると、心の底からの願いが分かるんだって」
本当は願いを叶えるものだが、ここではそれをごまかした。
別に嘘をついたというわけでもない。実際、この仮面を被ったメアリーは本当の願いを知ることができ。叶えることもできていた。
今必要なのは、若葉に本心を話すきっかけを与えること。
そして、俺が仮面の代わりに願いを叶えることだ。
「俺の今の心からの願いは、黒龍を倒して君をここから救い出すこと」
「え?」
俺は仮面に手をかけ、ゆっくりと外す。そして_____
「君の本当の願いは?」
仮面を若葉に差し出した。
「………………!!」
俺の右目がないことに驚いたのか、俺の行動に驚いたのかどうかは分からない。だが、彼女は驚きはしたものの、すぐに仮面に目を移し、それを手に取った。
だが、それをつけようとはしない。ただ、手に持っているだけだった。
「……………………俺はいつでも待つよ。つけるかどうかを決めるのは君だ」
「…………………………私には、これをつける勇気がありません。
_________だから、つけてもらえませんか?」
「わかった」
そう言って俺は彼女の手を取り、一緒にゆっくりと彼女の顔に仮面をつけた。
彼女はそれに抵抗することはなかった。それに、自分でもつけようとすらしていたようにも感じた。
「「…………………………」」
しばらく、静かな時間が過ぎていった。若葉とのこんな時間は何度目かわからないが、今回だけはいつまでも待つつもりだった。
「……………………私は辛かったんです」
彼女が話し始めたのは洋装していたよりも早かった。
「別に、自分で覚悟をして戦って死ぬのならよかったんです」
彼女の言葉はとぎれとぎれだが、確実に、彼女は本心を話し始めた。
「でも、みんな、必ず勝って帰ってるからって言うんです」
仮面があるからか、彼女はここにきて初めて、仮面が顔の半分を隠していてもわかるほど表情を崩して辛そうな顔をしていた。
「みんなは絶対に死ぬことが分かってて、それでも笑って戦いに行くんです」
だが、その時の情景をなつかしむように、一言一言をかみしめながら彼女は話した。
「どうせ死ぬってわかってるなら、これでお別れってわかってるなら_____
__________せめて最後くらい、さよならを言わせてよ」
彼女は仮面の下で、泣いていた。目元が隠れていてもわかるくらい、とめどない涙を流していた。
「…………………」
若葉はつらかったのだろう。戦いに行く者たちが「絶対に帰ってくる」と言って自分たちだけで別れの挨拶をして、それをただ応援して見送るしかできないことが。見送られる側は死ぬ覚悟をしているのでいいが、見送る側は違う。永遠の別れだと知っていても、帰ってくるのを信じて見送らなければならない。
だから、彼女だけが別れの挨拶をすることができなかった。
彼女だけが、ただ取り残されていった。
「「………………」」
俺は前世で幼女神との別れで嘘をついてしまっている。あれは本当に正しかったのだろうか。彼女を悲しませないと言っても、彼女は俺の死をなんとなく察して、さらに悲しませてしまっているだけなのではないだろうか。
いや、違う。俺は正しいことをしたはずだ。俺はあの時、本当に正しい選択ができていたはずなんだ。
「「……………………………」」
俺は境遇が似ていた若葉といるせいで、幼女神との最後を思い出してしまう。そして、その考えを振り払うように、俺は若葉を置いていった奴らとは違うとただ自分に言い聞かせていた。
だが、それならなぜ俺は動けないのだろうか。
なぜ、彼女の肩を抱いて慰めることができないのだろうか。
なぜ_______________
「「……………………………………………」」
俺はただ、静かに涙を流す若葉をただ見ていることしかできなかった。
俺が右隣で泣いている彼女の肩を抱いて慰められないのは、今の俺には抱き寄せる手がないからだと、自分の心に言い聞かせ続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます