ミサキ、死す
俺がクレーターの中に入って言った瞬間、黒龍が動いた。静かに、立ち上がっただけだが、ひどく重圧を感じた。
そしてそれを見た俺は、解析魔法を黒龍に使った。
黒龍
Lv.1596
種族:龍
称号:魔王 絶対防御
スキル:ブレス クロー
「!?」
俺はそれを見て、足を止めた。
その理由はただ一つ。
レベルが高すぎることに驚いたから。ただそれだけだった。
急に止まった俺を見ても、立ち上がった状態の黒龍は動かない。
ただ、時だけが過ぎていく。
「まずいな………………」
俺が黒龍に勝てる可能性が一気に少なくなってしまった。
そもそもこいつはどうやってここまでレベルを______
勝てる確率はどれくらいだ?
ここはもう逃げたほうがいいのでは?
考えが上手くまとまらず、俺は動くことができない。
だが、そんな俺を黒龍はただ見ているだけだった。圧倒的なレベルの差を盾に、ただ立ちはだかっていた。
だが、希望はないわけでもない。
奴の称号にある絶対防御は今まで傷がつけられなかった原因だろうが、恐らくそれは物理的なダメージに対してだろう。もちろんそれには魔法によるダメージも含まれているが、破壊魔法だけはそれを突破できるだろう。
破壊魔法は触れた対象を破壊するというただの事象のため、防御など無意味。だからこそ最強の魔法と言われているのだ。
「だけど……………」
破壊魔法が同時に最弱と呼ばれる理由は、対象に触れなければならないこと。今回ばかりはその最弱さを認めなければならない。
圧倒的なレベル差の前には恐らく、近づくこともままならないだろう。それに、近づけたはいいものの、致命傷を与えられるまで壊すことができるかが問題だ。こっちはほぼすべての魔力を使ったのに、相手の魔力が多すぎて鱗の一枚を砕くことしかできませんでした。という結果になるのが一番まずい。
だからこそ、俺が狙うべきは、顔。どうにかそこに潜り込んで破壊魔法を放つしかない。
俺は覚悟を決めて、黒龍をにらみつけた。
だが、それでも黒龍は動くことなく、ただ俺を見下すだけだった。
「なら、こっちから行かしてもらうぞ!」
俺は魔力を足に込め、血の翼と併用して黒龍へとまっすぐに向かっていく。
メアリーの時とは大違いの速度。光速______とまではいかないが、音速は間違いなく超えているはずだ。
その証拠に、俺のいた場所には衝撃波が巻き起こり、かなり離れていたはずの黒龍との距離が一瞬で縮まった。
だが、それでも安心できない。黒龍はここまで肉薄されていたにもかかわらず、微動だにしなかったが、奴は俺のことをずっと目で追っていたのだ。
「っ!」
そして、ぎりぎり目で捉えるくらいのスピードで腕を上げ、それを振り下ろした。
俺はそれを空中に飛んで躱し、爪の被害の跡を見る。
えぐられてというよりも、かなりの範囲を切り裂いたその一撃は、食らっていたら間違いなく絶命していただろう。
こっちは少ししかダメージを与えることができないのに、向こうの攻撃はたったの少しでも致命傷になる。もはや俺の日常の一コマとなりつつあるそれには、もううんざりするしかなかった。
そして、黒龍は空中に逃げた俺の方へと顔を向け、口を開き______
「!?」
閃光が見えた瞬間、世界が震えた。
俺はすでに黒龍の背後に回って回避していたが、逆にそれのせいで絶望を見せられてしまった。
閃光からタイムラグなしで放たれたそれは、空の彼方へ届く一本の塔のような神秘的なものであったが、世界が割れてしまうと錯覚するほどの衝撃波はもはや絶望そのものだった。
だが、俺は希望を失うどころか、うまくいきすぎて少し不安にすらなっていた。
これまで何度も放たれた攻撃は、一度も当たっていない。それどころか、避けるのは結構余裕ですらあった。
実際に今も、こちらを振り返る黒龍の動きは遅い。
もしかして、称号にある“絶対防御”には移動速度を遅くすると言ったデメリットもあるのではないか?
近くにいて、今もなお詰めを振り下ろされようとしているにもかかわらず、そんな考えができてしまうほど、避けるのが簡単だった。
もう少し様子見をしたかったが、これはチャンスだ。
俺は奴が爪を振り下ろす寸前、紙一重で回避し、がら空きだった黒龍の下顎に触れた。
黒龍が俺の姿を見失っているのを確認すると、俺はほぼすべての魔力を右腕に込め、今出せる全力の破壊魔法を放った。
そして破壊魔法を食らった下あごは、粉々に砕け_______ない!?
「なっ!!!???」
それどころか、ヒビの一つすら入らなかった。
確かに破壊魔法は発動したはず、そして、“絶対防御”すら貫けるほどの魔力がこもっていたはずだった。
なのに______
なぜ_____
唯一の希望を失い絶望する俺の頭に、幼女神(黒)の言っていた言葉が思い返される。
『私は創造以外の権能を捨て______』
まさか_____
______まさか!!!
俺の頭の中にとある考えが浮かんだ。
その考えがあっていれば、黒龍の異常なまでのレベルと、魔法を絶対に受け付けない“絶対防御”の本来の力の謎が解ける。すべてのつじつまが合う。
“絶対防御”は恐らく、神の権能である“誰も神を傷つけることはできない”というものだ。
まさか、幼女神(黒)の捨てたはずの神の権能の一部が、黒龍に直接渡っていたなんて____
一瞬の隙だった。
俺がたった一瞬、思考にふけっていたわずかな間が俺にとって致命的なものになってしまった。
「っっ!!!」
もう避けようとしたときには、既に目の前に爪があった。
それはうなりを上げ、俺を切り裂こうと、迫ってくる。
もはやそれを避けることはできないだろう。
さっきの幼女神(黒)の言葉は走馬灯だったのだろうか。
やけにゆっくりと感じる時間を経て、俺の意識は消えてしまった。
若葉はクレーターの外から爪の一撃を食らって霧散してしまった俺をずっと見ていた。
目をそらさず、黒龍が中心の定位置に座り込むまで、ずっとそこを眺めていた。
そして彼女が泣きそうになった時、俺は彼女の肩をたたいた。
「ごめん、負けちゃったわ」
そう軽くいった俺の方を勢いよく振り返った彼女の目からは、涙がこぼれていた。
少し遅かったかと俺は反省をするが、これ以上早く体を元に戻すことができなかったのだ。これくらい許してほしい。
「……………っっ!!!」
そして若葉は、力なく笑う俺に無言で抱き着いてきた。
「今回は、裸なのに怒らないのか?」
「………………今回は、特別です」
そう言った彼女の声は少しくぐもっていた。
俺は戦って負けそうになっても逃げきれるように、保険をかけておいた。
おれの“真祖”の能力は、血を操ることができ、そして、殺した相手の体を血の結晶にしたり血に変換したりすることができる。今回はそれを俺の体に応用した。
俺は爪の一撃を食らった瞬間、全身を血の霧に変えて難を逃れ、ここで再び体を形成して生き延びた、というからくりだ。血の霧になっているときは思考ができないため、あらかじめ体を再生する場所には自身の血を置いておく必要があり、今回も血の翼の形を変えているときに血を少し置いておいた。この力は無敵のようにも見えるが、血の霧になっているときは意識が飛び、言葉通り霧散してしまうこともあり得るためあまり使いたくなかったが、今回はそれに命を助けられた。
だが、完全に無事というわけでもない。
俺は、肘から下を失ってしまった右腕を見た。
今は血を操る能力で出血を止めて血の霧が返ってくるのを待っていたが、右手はもう帰ってきそうもなかった。あの爪の一撃で文字通り霧散してしまったらしい。
「…………お帰りなさい」
「……………あぁ、ただいま」
そう言って顔を上げた彼女の顔にはもう涙は残ってなかった。そして、少し笑った彼女の表情に影はあったが、少しだけ薄れているように見えた。
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