指切り
「じゃあ、黒龍の所に連れて行ってもらおうかな」
「え?」
しばらく握手をしていたが、手を放すタイミングが分からなくなって沈黙がだんだん気まずくなってきたころ、俺はそう切り出した。
「いや、俺も結構レベルがあがったし、もしかしたらいいところまではいけるんじゃないかと思ってさ」
俺は今の時点で黒龍に勝てるところまでレベルが上がったと確信している。
そもそもこのレベル上げは、神話再臨(イミテーション・ゴッズ)を使うために自身の魔力の保有量を増やすためのものから、神話再臨を使わなくてもいいようにするためのものへと変わっていた。神話再臨を使えば勝利は絶対。もしかしたら使わなくてもいいかも、というところまで来ている。
そして、幼女神(黒)から聞いたことから推測するに、五百年前の黒龍のレベルは最高でも五百。最古の魔王だということもあり五百は超えている可能性が一番高い魔王だということもなんとなくわかる。だが、そこから五百年たった今でもせいぜいレベル六百くらいまでしか上がっていない可能性が高い。それに、俺は今までの戦いの経験から、相手がどんなに強くてもレベルの差が二倍までなら絶対に勝てるという確信を持っていた。
そして勝てると思った大きな理由の一つとして、黒龍が封印されている、ということが挙げられる。封印されているということは、恐らくレベル上げという行動がしにくい環境にあると考えている。そのため、レベル五百というただでさえレベルが上がらなくなっているのに、レベル上げをする環境すらないのだ。それは黒龍のレベルが六百程度までしか上がっていないと確信している理由の一つでもある。
「覚悟は、あるんですか?」
「なかったらそんなことは言わないよ。あと、敬語」
「あ…………ごめんなさい」
そう言って力なく笑う彼女は、先ほどとは打って変わってとても悲しそうに見えた。
「あ、ちなみに黒龍のレベルとかっていくつだかわかる?」
「…………いえ、わかりません。あまりあそこには近づきたくもないので」
だから、敬語。とい言おうとしたが、言葉が出なかった。それほどまでに彼女は落ちこんでいて、どこか諦めたような顔をしていた。
「………………案内しますね」
若葉は嫌がっていたが、案内することを拒むことはなかった。
今までの会話から察するに、二百年前の日本人が関係しているのではないかと考えている。やはり、彼女の立場は多くの人の犠牲を目にしてきたのだろう。だが、それでもなお職務を全うするのはやはり______
「本心では、断りたいんだろ?でも、神から与えられた仕事だから、断れない」
「………………よくわかりますね。でも、断ろうと思えば、断れるんです」
彼女は森の中、俺の前を歩いていた。
表情は見えない。
「少し、昔話をしてもいいですか?」
「……………………」
「あぁ、勿論簡潔にしますので、安心してください」
そう言って少し振り返った彼女の表情が見えた。
だが、その顔には何の感情も張り付いていなかった。
「いや、やめよう」
だからかもしれない。彼女のそんな表情を見たくなかったから、悲しい話になることが分かり切っているからこそ、話を遮った。
「それと、敬語に戻ってるぞ」
そして、俺はついにこの言葉を言うことができた。
「あ……………すみません」
それを聞いた若葉は謝り、少し笑ったが、その表情には感情がこもっていないように感じた。
この性格の急激な変わり様は、仕事とそれ以外で感情をコントロールしているからだろうか。ここまでの完全なコントロールは、五百年という年月と、今まで傷ついてきた回数の多さからきているものだろうか。
「私、少しうれしかったんですよ?黒龍と戦うという目的以外で私に会いに来てくれた人がいて」
俺が彼女とどう接するべきなのかを考えていると、それを遮るように若葉がそう言い放った。再び彼女は笑っていたが、今回はその笑顔の裏に悲しみが隠れているように見えた。
あの時スライムたちを撫でていた時のあのほほえみはそういうことだったのか。
俺は選択を誤ってしまったことに後悔した。
そして、これをどうにかするには恐らく、黒龍を倒すこと以外にないことも分かってしまった。
「「……………………」」
ただ黙って歩き続け、ようやく少し開けた場所に出た。
そこにあったのは、巨大なクレーター。そして、中心に佇む、黒く輝く巨大な龍。
「黒龍だ………………」
俺は今まであった暗い考えが吹き飛んでしまうほど、目の前の光景に感動をしていた。
端から端まで見渡すことのできない巨大なクレーターの中にいるのは、俺の十倍ほどの大きさの黒龍。思っていたよりも黒龍のサイズが小さかったものの、大きな翼、鋭い牙、鋭い爪……どれをとっても、生物の枠組みから外れたような幾何学的なフォルムは、俺の心を惹きつけるのに十分なほどのかっこよさを持っていた。
鱗というよりも、鱗一枚一枚が大きすぎてもはや鎧のようになっており、それが全身を覆う姿は傷一つ付けられないような印象を俺に与える。そして、全身を覆うその鎧は、まるで龍が甲冑を着ているかの如く、爪の先やしっぽの先まで黒に染めていた。
極めつけは顔で、大雑把にいえば三角形の形をした鋭さを持ったそれは、トカゲとは全くかけ離れた、どちらかというと機械のような形をしていた。そして牙などは、普通の生物とは違い、顎と同化して真っ黒で、口を閉じるとギザギザがかみ合ってぴったり閉じるような、これまた生物とは思えないような形をしていた。だが、その口からちらりと見える舌と、生命力に満ち溢れた輝く黄金色の瞳が、あれは黒龍という生物なのだと訴えかけてくる。
そして、あぁ。全部かっこいい。かっこいいよ、黒龍______
「あの、起きてますか?」
「はっっ………………」
黒龍の観察から戻ると、隣で無表情だが少し困った様子の若葉がいた。
「いや、起きてる。それと、すぐに戦いに行くから」
「………………わかりました。
それと、一応忠告です。今まで何百人と黒龍の討伐に挑戦してきましたが、あれに傷をつけられたものは誰一人いません」
「……………忠告ありがとう」
本当に忠告だな。もう少し励ましの言葉をくれてもいいのでは?
俺はすぐに血の翼の形を変え、装甲を薄くしつつ、触手状態にして操ることができるようにした。
「そうだ、黒龍って封印されてるの?」
「はい。ここから黒龍は出ることができません」
なら、もしだめでも逃げられるのか。
一度目は様子見。そして、二度目は絶対に勝利する。俺はそのつもりで戦うことにした。
「じゃ、絶対勝つから。行ってきます」
「………………みんなそう言うんですよ」
若葉を安心させようとしてそう言ったのだが、彼女は悲しそうにそうつぶやいた。
「嘘だよ、負けそうになったら逃げてくるから」
「……………………本当ですか?」
言い方が悪かったか?
「じゃあ、絶対に死なないから。約束な」
俺はそう言って、小指を突き立てた右手を彼女の前に出した。
「何ですか?それ」
「……………………」
やはり、件の日本人はこれをしなかったらしい。
黒龍に挑むとき、もしかしたらそいつは死ぬことが分かってて______
「指切り。小指出して」
俺がそういうと、若葉は俺と同じように手の形を変えて、手を出した。
「あー、そっちじゃなくて逆の手」
俺はぎこちなく動く彼女の手を無理やり掴み、小指を絡めた。
「これも、日本の文化ですか?」
俺は迷った。ここで「はい」と答えるべきなのか。
「これは、約束をするときに絶対に破ることができないおまじないみたいなものだ。
だから、この約束は絶対に守る」
結局、俺はその問いに答えることはなくただ彼女を見つめ、そのまま指を放し、黒龍のもとへと向かった。少し名残惜しそうな視線を感じたが、俺はそれを無視して走っていった。
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