第2章 黒と白
森での生活
流れる川の水を、つま先でそっと触れる。
「…………………冷たっっ」
だが、足先を襲う冷たさに無意識に足を引っ込めてしまい、その先に進むことができない。
そして再び、つま先を伸ばし_____
「冷たっっ………………」
またひっこめる。
そしてまた____
「冷たっっ」
そして____
「冷た…………いけど、そうでもないな」
何度も挑戦した結果、水温がちょうどいいくらいの冷たさだと気づくのに、三十秒くらいかかった。この森に入ってから一カ月くらい経っており、ほぼ毎日これをやっているのだが、なぜかこの冷たさには慣れることができない。
「うーん、昨日と同じくらいの水温か」
そして水温がいつもと変わらないことを確認すると、俺は裸のまま川へと飛び込む。
川の幅は、五メートルほどで、深さはまばらだが、深いところでも二メートルほど。それなのに、水の流れはかなり緩やかと、少し自然の摂理とかけ離れているような不思議な川だった。
それもそのはず。
「うーん。やっぱりこの川、繋がってるんだよなぁ」
一週間くらいかけて調べてみたのだが、この森で最初に見つけたこの川は何かを中心に輪になっているのが判明したからだ。
「なーんでそれで川になってるのかねぇ?」
一周回ってみたもののやはりどこにも傾斜はなく、緩やかながら流れている理由が全く分からない。
俺は仰向けになって川の流れに身を任せ、空を覆うほどの高さの木がゆっくりと視界を流れていくのを見ながら、この水がどのようにして流れているのかを考えていた。
魔力、それともそれ以外の力が働いているのか、それすらも感じることができない。
「それに、もっと気になることもブクブク………………」
しばらく流された後、俺は足の着くところまで泳いでいった。
「ふぅ……………あ」
そして顔をぬぐおうとすると、いまだに仮面をつけたままだったことを思いだす。もともと片目しかないということもあるが、視界が良好すぎて仮面をしていたことを忘れてしまっていた。
「……………………変態仮面」
それによくよく考えたら全裸でいることはともかく、全裸で仮面をつけているのは結構やばかったことに気づく。
ここには誰も俺のことを見る人はいないが、それでも仮面を外さないといけない気がしてきた。
そして俺はすぐに仮面に手をかけ外そうとするが、外れない。
「ということは、敵か」
この森に入ってから気づいた、俺が敵に気が付いていない状態でも敵が俺を見ていることが分かる裏ワザ。今回はそれを意識していなかったのに、それがうまく働いてくれたようだ。
俺は腰から上が出るような水位まで岸に近付き、魔物を探す。すると。
「…………………でかいな」
河原と森の境目に、俺の体の十倍ほどもある真っ黒なオオカミのような生き物がいた。
図体が大きいのにここまで近づかれていること、そして足音が全く聞こえなかったこと、そして気配が全く感じ取れなかったことから隠密型の、それも強力な魔物だということが分かる。見た感じこいつは恐らく、この森で出会った魔物の中で五本の指に入るくらいの強さを持っているだろう。
特に、赤く爛々と光っている何十個あるか分からない目はとても強そうだった。というか、正直キモイ。
俺に気づかれても気にせず俺を襲おうとゆっくり近づいているが、それでも足音は聞こえなかった。
獲物を正面から狩っても負けない程の力を持っているのに、なぜ隠密行動に特化しているのかが理解できない。弱かったころから隠密行動をしてきた末に、ここまでの強さにたどり着いたのだろうか。
だが、それなら今目の前にいる俺の方が自分より強いことが分かるはず。
まさかここまで強くなったことで、自身の強さに慢心しているわけじゃないよな?
「……………………」
口を大きく開けてこちらにとびかかってくるオオカミ。その動きすら音がなかったが、その速度は突風を巻き起こすほど素早いものだった。
俺はそれに対して、腰から血の色をした触手とも棘とも呼べるような一対の翼を出した。そして、それを伸ばして空中にいるオオカミをからめとり_____
「ッッ!!ッッ!?」
絞め殺した。
オオカミはそれに少しの間抵抗していたものの、絶命する瞬間まで一切音を出すことはなかった。
「ま、弱かったけど、最後まで何も音を出さなかったことはほめてやるよ」
それに、殺す瞬間に悲鳴とかを上げられるとちょっと心が痛むしね。
「おっも………!」
俺は死んだオオカミをよろけないように浮かしたまま血の翼を使って目の前まで持ってくる。
そしてそいつに触れ______ようとしたが、たくさんある目と目があってしまった気がして手を引っ込めた。少し角度を変えてみても、顔についているどれかの目と合っているような気がしてそいつのことを見ることができない。
前世にいた、魚と目が合ってるような気がする……と言って頭のついている魚を食べることができなかったパーティーメンバーの気持ちが分かった気がする。
「南無三………!」
少しの間試行錯誤した末、顔を反対側に向けて合唱をしてから触る、といった万全な対策をとることでこの問題は解決した。
「よ、よし」
俺は覚悟を決めると、やけにふわふわな体毛に触れ、手に魔力を集中させた。
すると、魔力の込められた腕には血管のような赤く輝く紋章が現れ、それが更にオオカミの方へと伸びて体全体を包み込んだ。
その瞬間、オオカミの全身が血の色に変わり、みるみる小さくなっていく。そして最終的に、俺の手のひらの上には血の色をした小さな飴玉サイズの結晶が転がっていた。
「お、結構大きい」
やはりオオカミのレベルはかなり高かったのか、普通の魔物の数十倍くらいの結晶が出来上がった。
俺は紋章の消えた手で、飴玉のようにも見える結晶をつまみ、口に入れた。
「ムグムグ……………んくっ………………」
あ、ちなみに俺は小さくなった飴玉はかみ砕いて食べる派です。
飴玉……じゃなかった、結晶をかみ砕いて飲み込むと、自身の魔力が大幅に上昇したのを感じた。そして、ステータスを見る。
「おっ、レベルが一も(・)上がってる!」
ミサキ
Lv.340
種族:亜人(吸血鬼)
称号:世界を■■者 悲■の勇者 真祖 賢者
スキル:
俺は三日ぶりくらいのレベルアップに少しうれしい気持ちになった。というのも、森に入ってからたったの一カ月でここまでレベルを上げることができたものの、高くなるにつれてレベルが上がりにくくなっていたからだ。
結構魔物を倒してきたはずなのに、この調子だと次のレベルアップはいつになるのだろうか。
それでも幼女神(黒)曰く、本来であればここまで上げようとすると何百年という月日が必要になるのだが、俺は短期間で、それも結構楽にレベルを上げることができていた。
それはすべて“真祖”という称号のおかげと言っても過言ではない。この体になってしまったのはいろいろと辛いが、この点に関してはメアリーに感謝している。それほどまでにこの体はレベル上げに効率的な体だった。ここまでレベルを上げてしまえば、もしかしたら神話再臨(イミテーション・ゴッズ)を使わなくてもいいかもしれない。
この体になった辛さよりも、この体になって良かった一番の理由がそれだ。
「ここにくるまでが長かったなぁ…………」
久々のレベルアップにどこか懐かしさを感じ、今までの道のりを思い返した。
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