鏡
ローブは消えたのではなく、一瞬の内に燃やされたのか。
そう思った時にはすでに手遅れだった。
メアリーの黒煙に包まれた腕がゆっくりと俺の足を迎え撃つように近付いていく。
そして、俺の足を掴み_________
「くあぁぁぁああ!?」
痛い!!熱い!!痛い!?
メアリーの腕が俺の足を掴んだ瞬間、足に激痛が走った。
何度も死にそうな経験をして、痛みに慣れている俺でさえ怯むほどの激痛。片足を掴まれ、吊り下げられたまま、ただ無我夢中でもがくしかなかった。
「かっっ、……………はぁっっ!!」
視界が回転し、痛みが少し和らいだと思ったら、俺は地面に転がっていた。
「っっ!………かっっ………はっっ………」
呼吸することを忘れていたのか、やけに苦しい。呼吸を整えなければ。それに、動悸も激しい。何とか、しなければ______
あまりの痛みに飛びかけていた意識が戻ってくる。ここでようやく、メアリーに投げ飛ばされたのだと気づいた。
「い………今の、は…………?」
未だぼやける思考の中、俺はすぐに体を起こして足の有無を確認した。
「足は…………ある?」
足が燃えて消えていることを覚悟していたが、その心配はなかった。履いていたロングブーツは燃えてなくなっていたものの、足はきれいに残っていたのだ。
まだ痛みが残ってうまく動かせないが、外傷は全くと言っていいほどない。
意識が飛びそうなほどの痛み。いや、意識が飛ぶことすら許されない程の痛みを感じながら、なぜ無傷なのか。
原因はわからないが、今はとにかく足があることを喜ぶべきだろう。
「おや?随分ちゃんとした装備をしているじゃないか。最初から戦うつもりだったのかな?」
息を切らせてへたり込む俺を少し離れたところから眺め、のんきにメアリーは言い放った。恐らく、俺がローブの下に軽めの鎧を纏っていたことに驚いただけなのだろう。だが、今この時に言う台詞としてはかなり異質だった。
まるで、この状況が普通だというように。私が勝って当然だと、余裕を持っていた。
不意打ちをしたにもかかわらず、それを顔色変えずにいなしたメアリー。彼女に流れを完全に持っていかれてしまった。
「おいおい。質問を質問で返すなんて、礼儀がなってないじゃないか」
「…………もう一度言おう。その装備、最初から戦うつもりだったのか?」
「……………見えてるのか、それ」
時間を稼ぐため、流れを変えるつもりだった発言が裏目に出てしまった。見えていなければできない質問に気が付かないとは、俺もずいぶん余裕がなかったらしい。
「それで、さっきのは何だ?」
俺は痛みをこらえながら、震えそうになる足を無理やり動かして立ち上がった。
「質問に質問で返すなって君が言ったはずだが?」
メアリーはあきれを通り越して俺を見下していた。
だからこそ、俺はその視線に立ち向かうように構えをとる。
「はっ、これが答えだよ」
「…………言うじゃないか」
そう言ったメアリーは、仮面で表情が見えないはずなのに笑っているように見えた。
「それじゃあ、礼儀に則って_____」
おや?言わないと思っていたけど、さっきの炎のことを教えてくれるのか?
「さっさと始めるとしようか」
え???
「俺の質問には答えてくれないのかよ」
「戦えばわかるだろう」
先ほどとは打って変わって、メアリーが仮面の裏で悲しい表情をしたように見えた。本当はやめたいのに、もうあとに戻れないような、そんな悲しい雰囲気。アンと似たようなものを俺は彼女から感じ取った。
「今なら後戻りできる」
「いいや、できない」
俺の言葉を遮るように否定した彼女は、何度もやめるようにしつこい俺に怒っているように感じた。
「それに、いつも迷ってばかりいるその顔を見ているとイライラするんだ」
そういうことか。
彼女が怒っている理由がはっきりと分かった。そして、俺がここまで来て戦うことを阻止しようとする理由も。
俺たちの目には、お互いの姿が映っている。そして、自分自身が映し出されている。
俺たちは今、鏡を見ているのだ。
お互いの過去を、望んでいたものを投影することのできる歪な鏡を。
見たくもない悲しみを映し出してしまう、鏡を。
「そうだな。俺もその後悔ばかりしている顔を見ていると(・・・・・・・)イライラするよ」
だからこそ、俺はこの悲劇の行きつく先を見たくなかった。
恐らくこの場面は、悲劇における最後のターニングポイントだろう。これ以上進めば、後に待つのはどちらも救われない結果だけ。
二人は何処で間違ってしまったのか。もしかしたら俺という部外者が入ってきてしまったことが原因かもしれないが、俺が入ってきた時点で後戻りができない状況になっていたし、俺を巻き込んだのもメアリーだ。俺にはどうすることもできないと思いながらも、俺が入ったことで何かが変わってしまったのではないかと思わずにはいられなかった。
あの時、もう後戻りできないと決めつけていなければ。
あの時、もっと早くやめるように言っていれば。
あの時、無理やり仮面を奪おうとしていなければ。
考えれば考えるほど出てくる、避けることができたかもしれないターニングポイント。それでも俺は1つ前の人生で、後悔しないと決めたのだ。たとえそれを悔やむことがあったとしても、振り返ったままそれを引きずることは絶対にしない。いつか消えてしまう過去を気にするなどという、無駄なことをしている暇はないのだ。
「何度でも言おう。これ以上進むことは俺が許さない」
進もうとする魔王(メアリー)と、それに立ちふさがる勇者(オレ)。
本来の物語であれば全く逆の立場だが、これでいい。
この悲劇が止められるのなら、俺は魔王の真似事でも何でもしてやる。
「なら、力ずくで止めて見せろよ」
そう言ったメアリーの雰囲気が変わった。身に纏う黒炎は妖しく揺らめいているだけだったが、それでも、メアリーは炎のように揺れ動くことのない、いつか消えることのない決意をみなぎらせていた。
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