黒炎を纏いし魔王

「燃えろ」

 俺たち(・・)に向かって魔法を放った。

「まずいっ!?」

 メアリーの手のひらから吹き荒れる炎は、俺だけでなく、後ろにいるアンまでをも燃やそうとしていた。だが、その炎が届く前に、避けようともしないアンに抱き着き、思い切り跳んだ。

「ぐっっ!」

 多少の熱さを感じつつもローブのおかげで燃えることはなく、アンとともに地面に転がった。炎の直撃を免れたのがいいが、爆風でかなり吹き飛ばされてしまった。

「立ち向かう気がないなら、下がってろ!」

 俺は全てを受け入れて諦めたように何もしないアンに怒りをぶつけつつ、焦る。だが、焦ったところで俺には何もできない。アンをかばってしまった時点ですでに手遅れだった。

メアリーにとってこの一撃は、時間稼ぎ。最強の一手を放つための、そして俺が最も危惧していたことをするための時間稼ぎだった。

そして、視界を赤く染めていた炎が消え、メアリーの姿があらわになった。

「なるほど、これが魔王(・・)の力か」

そう言ったメアリーは、黒い鎧を身に纏い、全身から黒炎をほとばしらせていた。

右手で顔を覆って立ちふさがるその姿は、全身黒ずくめなのも相まって魔王と呼ぶにふさわしい風格を醸し出しているのだが、なぜだろう。

 なぜか恥ずかしい。俺の体で格好つけるようなポーズをしているからだろうか。脳裏に浮かんできたのは、かつて封印されし中二病、そしてそれによって引き起こされる共感性羞______

「おいおい、時間稼ぎとは卑怯なことをしてくれるじゃないか!!」

 俺はアンを後ろに下がらせ、先ほど感じていた恥ずかしさを忘れるように叫んだ。

 どうも頬のあたりが熱い。やはり、先ほどの炎が熱かったからだろう。そうに違いない。

「お前に言われる筋合いはない」

 メアリーはあきれながら顔を覆っていた手をどかすとそこには______黒。

 ただ黒いだけの仮面があった。

 先ほどまでの、まぶしいとさえ感じていた白さは何処へ行ったのだろう。仮面が白ければ勇者、黒ければ魔王ということなのだろうか。

「…………まあいい。それで、何か遺言はあるか?それとも、無様に命乞いでもしてみるか?」

 よほど自信があるのか、まだ俺を見逃してくれるらしい。

 遺言は前の世界で書いたばかりだし、とりあえずここは命乞いをしてみますかね。

「俺が負けても殺さないでほしいです」

「…………断る」

「…………………ですよね」

 最初の間は何だったのだろう。少しでも迷ってくれたのか、それとも単にあきれ返っていただけなのか。

 まあ、ここで冗談を言う俺も俺だ。

 魔王を前にして、いまだにLv.1で神話再臨も使えないというのに、俺は十分な余裕を持っていた。まだ魔王が若いのが原因か、それとも奴の強さの秘密がなんとなくわかってしまったからか。それに、奴からは前の世界の魔王のような強さを感じられなかった。

 願いを叶えるとか神器だとか言われ、警戒しすぎていたのかもしれない。

 メアリーと入れ替わる前、ステータスには炎、闇魔法があった。先ほど時間稼ぎで炎魔法を使っていたことから推測するに、炎魔法はともかく闇魔法も習得しているだろう。今纏っている黒い炎は闇魔法と炎魔法を複合させたものである可能性が高い。

 あの仮面は願いを叶えるものではなく、願いを叶えるために自身の持っている力を限界までに引き上げるものなのではないか。俺はそう結論付けた。

 となれば、まだ勝てる域にとどまっていると余裕を持つことができる。だからと言って油断はできない。ただ、勝てるはずのない敵が勝てるかもしれない敵になっただけだからだ。

「じゃあ、あと一つだけ聞きたいんだけどさ」

「……………何だ?」

 また俺がふざけた質問をすると思っているのか、メアリーは面倒くさそうにしながらも聞き返した。

 よくわかったじゃないか、正解だよ。

 俺はメアリーがかぶっている仮面を指さし、口を開く。

「その仮面、目の所に穴が開いてないけど、前見えてるの?」

 一瞬の隙。

 メアリーが警戒していたとはいえ、ほんの少しでも隙を作ることができた。

「隙ありっ!!」

 最初の不意打ち同様、魔力を足に集中させて飛び出す。満点と言って差し支えのないほど完璧な不意打ちだったが、どんなに不意を打っていようが二度目では不意を打てない。無論、メアリーに通用するはずがない。

 だが、それも計算の内。

「む?」

 俺はメアリーに近付いた瞬間、着ていたローブをメアリーにかぶせるように投げつけた。これは相手の視界を遮ると同時に、炎を少しでも抑えて一撃を入れるための布石でもある。

 これぞ、不意打ちの二段構え。

 勇者としてあるまじき行為。悪鬼羅刹の所業?極悪非道?なんとでも言いたまえ。

 奴の弱点は、顔。仮面に攻撃を集中すれば、攻撃は当たらなくとも相手の動きを制限できるはず。

「シッッ!!」

 俺は右足にほとんどの魔力を込め、メアリーの頭に、仮面に向かって蹴りを放った。

 うなりを上げ、目にもとまらぬ速さで蹴りがメアリーへと迫る。

 だが、蹴りがローブに届きそうになった瞬間、ローブが消えた。そして、遮るものがなくなり、メアリーがローブに触れるように手を伸ばしているのが見えた。

 ローブは消えたのではなく、一瞬の内に燃やされたのか。

そう思った時にはすでに手遅れだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る