二人の問題と間に挟まる俺

 うっそうとした森を抜け、俺たちの前に巨大な壁が立ちはだかった。目的地の祭壇に着いたようだ。間近に見る祭壇は、森の木々が比べ物にならない程の高さ、そして端が見えない程の広さで、祭壇というよりも監獄と呼ぶのがふさわしいほどの重圧を感じさせた。

 壁を見渡してみると、一つだけある小さな扉が目に入った。どうやらあそこが出入り口になっているらしい。

ここまでメアリーと出会わなかったということは、もうすでに中にいるのだろうか。森で迷っているという可能性もあるのだが_________いや、迷っていてほしい。何かの間違いで、迷っている可能性に賭けたい。

「おや、遅かったじゃないか」

 そんな願いが届いたのか、扉からメアリー(・・・)が出てきた。

 ちくしょう。

「やあ、久しぶりだね、アン。それと、メアリー(・・・)?」

 にたり、と笑いながら話しかけてきたメアリーは、腰に剣を帯び、軽めの鎧を身にまとっていて、かなり物々しい雰囲気が伝わってきた。

そんな臨戦態勢の彼女(・・)の手には、真っ白な仮面らしきものが見えた。らしい、というのも、楕円形をしたそれは白いだけで何の模様もなく、見るための穴すら開いていなかったため、それを仮面と呼んでいいのか分からなかったからだ。だが、見るものを惹きつけるような不思議なオーラを放っているそれは、どう考えても神器の類だろうと簡単に予想がついた。

「ずいぶん仲がよさそうじゃないか。焼いちゃうねえ」

 森を出てからも手をつないだままだった俺たちの方を見て、メアリーは不快そうに眉をひそめた。

なんだ、そういうことなら。

「しょうがない、手は二つあるからな。反対側を譲ってやろう」

「遠慮しておくよ」

「いやいや、遠慮せずに」

「………そういう意味で言ったわけじゃない」

 素直じゃないなぁ。俺はメアリーに呆れつつ、つないだ手を見せびらかしながら続ける。

「はぁ………はいはい。代わってほしかったのか?だったら最初から言いなよ」

「代わってほしいなんて言った覚えはない」

「じゃああれか?間に挟まってサンドイッチ______」

「はぁ…………」

 メアリーはあきれたような目をしてアンに目配せをした。それを受けたアンは諦めてください、とでもいうように首を振る。まさに以心伝心。

「おいおい、月日が経っても劣ることのない友情を見せつけてくれるじゃないか。お兄さん、いや、今はお姉さんか。お姉さん焼いちゃうぞ☆」

「「…………」」

 そう言った途端、冷めきった視線を集中放火される。

「おう、怖い怖い。お、お姉さん、凍っちゃうぞ*(←雪の結晶)」

「「…………………」」

 さらに冷めきる視線、深まる心の溝。そしてそっと離される、つないでいたはずの手。

「「「…………………………」」」

 沈黙がやけに長く感じる。それに、何か胸のあたりで何かが割れたような音が聞こえた気もした。俺のハートは、ダイヤモンドでできているはず。まさかこの程度の逆境で精神が砕けるわけがない。

俺のダイヤモンド(偽物)ハートが砕け散った刹那、そこに一陣の風が吹いた。その風は、木々の葉を揺らし、俺たちの間を通り抜け、この冷たい空気を吹き飛ばし____________てはくれなかった。

おい、吹き飛ばせよ。何なら俺が吹き飛ばそうか?

 やけくそになり、思い切り息を吸い込もうとした時だった。

「はぁ………………」

弱々しいが、この空気を吹き飛ばしてくれる一陣の風が、メアリーの口から吹き出した。その風の名は、ため息。辛いこと、そして幸せすらも吹き飛ばしてしまう諸刃の剣ならぬ諸刃の風。彼女はこの雰囲気を吹き飛ばすため、自身の幸せを代償にため息をついたのだ。

 彼女の犠牲に、敬礼。

「まぁ、流石に、巻き込んじまって申し訳ないとは思ってたけど…………って、何そのポーズ?」

 驚きの新事実!メアリーにも良心が残っていた!!

「思ってたより元気そうで安心しただろ」

「いや………うん、そうだな。安心したよ…………」

 俺の安定の返しにメアリーは相当な精神ダメージを食らったようだ。このまま精神攻撃で何とかなってしまうのでは?

敵の精神を打ち砕き、戦わずして勝つ。ただし、自分の精神はすでに砕け散っているものとする。

 うん、無理だったわ。だけど、それ以前に______

「ま、面倒ごとが少し増えただけか」

 そうつぶやくメアリーの瞳には、どす黒い感情が渦巻いていて。もうすでに、これは止められないことなのだと悟った。

「なぁメアリー、さっきからずっと気になっていたんだが…………」

 ならば、先手を打つまで!!

「後ろのそれは何だ?」

メアリーが振り返ろうとした瞬間、俺は魔力を足に集中させた。すると、足を温かい感覚が包むと同時に、爆発的な力が溢れてきた。

魔力というのは全身に流れるエネルギーみたいなもので、体外に放出する魔法以外にも、魔力の流れを活性化させたり体の一部に集中して流したりすることで普段の何倍もの力を得ることができる______はずだ。そのため、足に魔力を集中させれば、通常ではありえない速度で走ることも可能になる_______________はずなのだ。

 前の世界ではそういう設定(しくみ)だったのだが、この世界ではそれを確かめたことはない。ぶっつけ本番になってしまったが、足に巡る懐かしい感覚をみるにどうやらうまくいったらしい。

 俺はうまくいったことに安堵しつつ、地面を蹴ってメアリーにとびかかった。

「なっ!?」

5メートル以上も離れていたメアリーとの距離を一瞬で縮めるほどの速度。不意打ちは完全に決まったかと思ったが、彼女はそれに反応して見せた。素早い動きで腰にかけていた剣を抜き、躊躇なく振り下ろしてきたのだ。

だがその一撃は、どこかぎこちなかった。仮面を持っているため、片手で剣を扱わなくてはならないからだろう。

俺は両手であれば動きを目で追いかけることができなかったであろう太刀筋を読み、躱す。そして______

「セイっっ!!」

 剣を持っていた腕を掴み、彼女を投げ飛ばした。

俗にいう一本背負いというやつである。

「ぐっっ…………!!」

 地面に背中から叩きつけられて苦悶の声を漏らすメアリー。俺は流れ作業で掴んでいた腕を両足で挟み、寝技で動きを封じた。

 俗にいう腕菱木十字固めというやつである。

「ちっ!こいつっっ!!」

「っっ!?」

 決まった、と思った瞬間。俺の体は勢いよく持ち上がっていた。魔力で力を底上げしていたのだが、体重に依存しているこの技を使うには俺の体重が軽すぎたらしい。あわよくば、ここでメアリーを無力化しておきたかったのだがここは諦めたほうがいいだろう。

 そもそも俺が不意打ちまでしてこんなことをしている理由は、仮面を奪うためである。それさえできれば何の問題はない。俺は腕から手を放し、揺れる視界の中、仮面へと手を伸ばすのだが。

「なっっ!?」

 その手は仮面に届くことなく宙を切り、メアリーに振り飛ばされてしまった。

「なんだ、今のは……………?」

 俺は仮面を掴むことができなかったことに困惑しつつも、空中で体勢を整え、着地と同時に身構えた。

 この感覚、俺は何度か体験したことがある。

そう、あれはたしか、食事中に離れた場所にあったグラスを取ろうとして倒してしまった時。そして、高いところにあった本を取ろうとして空振り、梯子から落ちそうになった時。

 そう、距離感がつかめなかったのだ。

 魔眼を抜き取られてしまった俺は片目しか見えず、距離感を掴みにくい。不安定な体勢で、それもあまりなれないこの体ではうまくいくはずもなかった。

「対策不足は仕方ないか…………それにしても、重いなぁ、これ。使えそうにないな」

 それでも俺はその代わりにと言わんばかりに、メアリーの持っていた剣を奪っていた。だが、この体では剣の重さに振り回されてしまってうまく扱うことができない。

 流石の俺も、踏んだり蹴ったりなこの状況に辟易して、剣を雑に投げ捨てた。

「はぁ……………」

 それでも、メアリーの武器を奪えたのだからいいじゃないか。そう自分に言い聞かせて立ち直る。というか、開き直った。俺の悪い癖である現実逃避は、こういう時に役に立つ。

「チカラ(・・・)だけに頼る勇者だと思ったら、なかなか侮れないじゃないか」

 腕をさすりながら立ち上がったメアリー。最初に出会った時のようなむき出しの敵意はなく、冷静さを取り戻してしまっていた。

 非常にまずい。

 メアリーは俺たちに会っても落ち着いているように見えたが、その実、彼女は怒り狂っていたのだ。最初に冗談交じりで話しかけてきたのも、心を落ち着かせようとしていたのだろう。

 冷静さを欠いた人との戦いほど、簡単なものはない。相手は怒りに身を任せ、こちらは策を練り、罠にはめることができるからだ。先ほどの奇襲が成功したのも、そのおかげというのが大きい。

 彼女は冷静さを取り戻してしまった今、もう仮面を奪うチャンスはなく、アドバンテージを失ってしまった俺では彼女に対抗するすべはない。

だが、それでも俺は諦めるつもりはなかった。

 ならばどうすればいいのか。答えは簡単である。もう一度怒らせれば_______

「今ここで消えれば、見逃してやる」

 俺の思考は、メアリーからの意外な提案に止められてしまった。

「私はそいつみたいに友人を売るような、最低な人間じゃないからね」

 俺の後ろをにらみつけているメアリーの視線の先をたどると、うつむいて唇をかんでいるアンが見えた。友を売った最低な人間と言われても、それが当然の報いだと言わんばかりに言い返さない。

「やり直すことはできないのか?」

 俺はそんな彼女を見て同情したのだろうか、つい思っていることが口に出てしまった。

「じゃあ逆に聞くが、私たちの過去を知って、やり直せるとでも思っているのか?」

 メアリーは冷静だった。他人が口をはさむべきではない時に、不快にさせるであろう言葉を聞いても。

「思わないよ。でも、復讐してどうなる?復讐した後、お前はどうする?」

「………………」

「復讐は、何も生まない。前に進んでいるように見えて、過去にとらわれてただ足踏みをしているだけだ」

 だから、復讐はやめろ。

 そう続けようとした言葉が出てこない。なにせ、俺も復讐で魔王を殺したクチだからだ。俺の場合は、復讐でも、魔王を倒して世界は平和になった。だが、この二人は違う。復讐でアンを殺してしまえば、それでおしまい。

 復讐という一つの目的を達成したところで、目標が一つ減るだけで、後には何も残らない。

 メアリーの姉は、帰ってこない。

 まだやり直せると思った俺は、他人だからだろうか。それとも、復讐をして帰ってこなかったことを。そのむなしさを知っているからだろうか。

「私を止めてお前に何の得がある?私の過去をそいつから聞いて、同情でもしたのか?」

 そう言ったメアリーは、気持ち悪いものを見るような、侮蔑のこもった目で俺のことを見た。

「いや、復讐を止めないと、その体を取り戻すのが面倒になると思ってね」

 そうだ。そもそも俺は、自分を取り戻すためにここに来た。決して復讐を止めるためにここまで来たのではない。自分の体を取り戻すために、復讐を止める。ただそれだけだ。

「これ以上やるつもりなら、俺は止めるよ」

 そう言った瞬間、メアリーの俺を見る目が軽蔑から完全な敵意へと変わった。

「………………そうか。なら、止めてみな」

 そう言ってメアリーは手を伸ばし_________

「燃えろ」

 俺たち(・・)に向かって魔法を放った。

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