悲劇

「到着いたしました」

 御者の声で目を開く。どうやら瞑想している間に着いてしまったらしい。祭壇へと続く道には森が広がっており、馬車がぎりぎり通れない細い道となっていた。

ここからは徒歩で行く必要があるのだろう。そう予想したが、当たってほしくない。というか歩きたくない。まだ寝足りな______瞑想の途中だったのだ。

真相を確かめるためアンに聞こうとするが、すでにアンは馬車から降りたのかいなかった。ついでに副領主さんもいない。いったいどこに行ったのだろうか。

 そう思ってあたりを見渡してみると、馬車からかなり離れたところにいるのを見つけた。二人のほかにも騎士や神官たちがおり、二人はそれらに囲まれて何やら話をしてるようだった。

 彼らの話に聞き耳を立てると、どうやら仮面が封印されている施設へは勇者ミサキ(メアリー)だけで行ったらしく、彼らはここで待機しているように言われたらしい。

「お手をどうぞ」

 起きても馬車から降りようとしない俺を降りられないと勘違いした御者さんが、手を差し伸べてくる。俺は一人で降りられるのだが、彼の送ってくる優しげな、ほほえましいものを見ているような視線を感じ、断ることができなかった。

「どうも」

 俺はそっけなく感謝の言葉を口にし、彼の厚意に甘えて手を借りて地に足をついた。

「お目覚めになられましたか。こちらです」

 俺が馬車から降りたのを目ざとく見つけた副領主さんがこちらにやってきて、俺を人込みから遠ざけるように離れた場所へと案内した。副領主さん曰く、俺の存在が騎士や神官にばれるとまずいことになる、とのことだった。特に、神官たちに自分が亜人だとばれれば、たとえ領主の口添えがあったとしてもかなりもめてしまうらしい。

「じゃあ、ここで話が終わるまで待機ってこと?」

「はい」

「ついでに言うと、寝てなかったから。瞑想してただけだから」

「……………承知しております」

 俺は隣に立った彼の顔をフードの陰から覗き見る。先ほど馬車で見たときよりもかなりやつれているような気がする。俺が瞑想している間、なにかあったのだろうか。

「お待たせしました」

 ついうっかり瞑想してしまったことを後悔していると、アンが話を終えてこちらにやってきた。

「この付近の人払いをさせました。ミサキ様、もう準備はよろしいですか?」

 いつの間にかたくさんいたはずの騎士や神官たちが消えている。俺たちが通ってきた道を見ると、離れていく馬車と人々の集団が見えた。

「ん、多分大丈夫」

 とりあえずうなずいちゃったけど、え?もしかして、俺たち三人だけでいくの?

「では、後のことはよろしくお願いします、サム」

 と思ったら一人減っちゃったんだけど。あと、副領主さんの名前、サムっていうんだ。

「はい、かしこまりました。領主様」

「………先代のころから、あなたには迷惑をかけてばかりでしたね」

「いえいえ、これからも(・・・・・)あなたを支えていくつもりですよ」

噛み合っている様でどこかずれた会話をして、しばらく見つめあう二人。なんだか今生の別れみたいな雰囲気だった。いや、もしかしたら、本当に______

「いやいや、準備はいいですかって聞いた割に、アンのほうが準備できてないじゃないか」

 頭に浮かんだ悪い予感を振り払うように、そして、この暗い空気を吹き飛ばすように、アンを急かした。

「すみません、ではいきましょうか」

 そう言って先を歩き始めたアンの顔は見えなかったが、彼女のさらに小さくなってしまった背中がすべてを物語っていた。

「ミサキ様、お嬢様のことをよろしくお願いします」

 俺がアンの後を追おうとする直前、副領主さんがアンに聞こえないような声量で俺にそうつぶやいた。

振り返ってみると、副領主さんが深々とお辞儀をしているのが見える。

「言われなくても」

 そう小さくつぶやいた俺の言葉が彼に届いたのかわからない。だが、顔を上げたときに俺の姿を見ればわかるはずだ。この覚悟に満ちた背中を見れば、きっと。

「どうしたのですか?」

 小走りでアンに追いつくと、遅れた理由を聞かれた。

「いや、男は背中で語るっていうけど、あれって男限定なのかね?」

「知りませんよ、そんなこと」

 今の俺は女だからな。上手く背中で語れたかわからない。

 こうか?それともこうなのか?

 俺は覚悟に満ちた背中を造りだすために試行錯誤を繰り返す。

「……何ですか、その庇護欲を掻き立てるようなポーズは?」

「…………」

 どうやら男限定だったらしい。

 いや待てよ。そもそもアンは俺の背中を見ていないじゃないか。前から背中は見えないんだぞ。

「あの、どこ行こうとしてるんですか?」

「…………」

 背中を見せようと先を歩いたら、道が違ったらしい。なんでやねん。ここ一本道やぞ。

「幻惑魔法がかかっているんですよ。侵入者防止のために、初代領主がかけたものらしいです」

「…………」

 ほーん。幻惑魔法ねぇ。知ってたし?よく見たらなんか違和感あるの分かったし?ってかこの魔法すごくね?言われなければ分からなかったぞ。

 アン曰く、ここから先を行くには魔法を無効化するアイテムが必要らしい。メアリーがどうやってこの森を抜けることができたのか謎だったが、神官がそのアイテムを渡してしまったから通れたようだ。アンはアイテムを持っていないが、領主であるアンは幻惑魔法を受け継いでおり、幻惑魔法を無効化できるらしい。

「こちらです。はぐれないように、手をつなぎましょうか」

 俺は目の前に差し伸べられた手をじっと見つめる。あれ、馬車から降りるときもこんなことあったような______

「いや、そんな子どもみたいに………」

「ですが、一度はぐれてしまうと私でも見つけることは難しいですし………」

 そう言いながら俺から目を逸らすアン。その視線の先には、小動物らしき生物の骨が転がっていた。

「…………どうも」

 俺はそっけなく感謝の言葉を口にし、アンの手を強く握った。

「……………」

 アンはつないだ手をじっと見つめ、無言のまま道なき道を歩き始める。彼女の手はまるで、壊れやすいものを扱うようにそっと俺の手を握りしめ、震えていた。

「メアリーとのことを思い出したのか?」

 悲しそうな彼女を元気づけようとしたのに、口から出たのは彼女をさらに追い詰めるような残酷な言葉だった。

「…………はい。昔はよくこうやっていろいろな場所に出かけたものです」

 どこか遠い目をしたアンが力なく笑う。

この体とアンの背の高さにはかなりの差があるが、昔は同じくらいの高さだったのだろう。彼女は俺の方を見ていたが、明らかに目線の高さが違った。

時の流れとは残酷なものである。

 俺が本物だったのなら、どれだけ彼女のことを救えたのだろうか。

 俺は頭半分くらい高いところにある彼女の顔を見つめ、救いようのないこの悲劇を呪った。

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