魔王
「で。結局、祭壇って何?」
声真似をしていたことを謝った十数分後、俺は眠気と戦いながら祭壇へ向かう馬車に乗っていた。
「魔王を封印している建物の俗称です」
そう質問に答えたアンの表情は暗かった。そんなアンの表情を見て、執事さんは声真似に気づかなかったことで不機嫌になったと思ったのか、申し訳なさそうに馬車の隅で身を縮こませる。こんな暗い雰囲気では、短いドライブではあるがまったく楽しくない。しりとりか何かしないと、俺寝ちゃうよ?
しょうがない。ここは俺の特技である声真似で場を和ませてやるとするか。
「私はアン、今日のお昼はハンバーグが食べたいわ!」
「ちょっ……!やめてください、そんな子どもじみた真似!!」
俺の声真似にアンは顔を赤くしたが、執事さんは顔を曇らせたままだった。これ以上やっても執事さんに追い打ちをかけるだけだろうから、もうやめたほうがいいのかなあ。
というか、子どもじみた真似って言った?普通に俺の願望だったんだけど。
「祭壇の封印が解けると、何が起きるんだ?」
「とりあえず、私の声真似を辞めていただけませんか?」
「あ、ごめん。無意識でやってた。ゔうん、ん“ん”!………うん?」
あれ?地声ってどんなだったっけ?
「祭壇の中には、魔王が封印されています」
「うん、本で読んだから知ってる」
よかった、声が戻った。
「ん?待てよ。魔王が(・・・)封印されている?」
「はい。魔王(・・)です」
「まじか………。倒されてないのかよ」
魔王の一体を封印するのが精一杯だったなんて。あの時窓の外を見てたそがれていたのは何だったんだ。この世界でも苦労が絶えないことに俺は再び窓の外を見てたそがれることとなった。
はぁ。
「いえ、すでに倒されていますが、あの“仮面”がかなり特殊なだけです」
すでに倒されている?仮面?
「その名前から察するに、仮面が本体ってことか?」
「はい、その通りです」
それはずいぶん厄介な魔王だ。前の世界にも寄生して生き残る奴もいたが、そいつに似たようなものだろう。だが奴は細菌型で、繁殖するわ倒し切ったと思ったら生き残っているわで討伐にかなり時間がかかった。それと比べれば、仮面を壊せばすむはず。なぜ封印するだけにとどまったのだろうか。
そんな悩んでいる俺の心中を察してか、アンは説明を続けた。
「ですが、あの仮面は魔王であって魔王ではないのです」
「?」
「これはセイラムの領主にだけ伝えられている歴史なのですが。あの仮面が魔王となる前は、《純白》の二つ名を持った勇者がかぶっていたものだそうです」
「??」
「その勇者は魔王を圧倒するほどの力を持っていましたが、戦いで受けた傷によって引退することとなり、その仮面を信頼していた弟子のひとりに引き継ぐことになりました」
「???」
待て、情報量が多すぎて全く頭に入ってこない。仮面の持ち主が勇者だった?なら、仮面が本体なんかではなく、かぶった人に恩恵を授ける神器に近いものなのでは??
「察しがいいですね」
いや、察しがいいですねって。俺の表情で考えていることが分かるアンの方が察しがいいのでは?
「その仮面はかぶった人の願いを叶えてくれるものだそうです。ですが、心の奥底に眠る本当の願望を引き出してしまうらしく。そのせいで引き継いだ弟子は欲望に負けて魔王になってしまいました。ここまでくると、もはや神器というよりも呪いの品に近いですね」
いや、そんなにあっけなく弟子が魔王になっちゃったって言われても。
だが、なるほど。アンの説明を聞いてなんとなくわかった。
今まで仮面が壊されてこなかったのは、壊せなかったのではなく、勇者が使っていたものだったからか。いくら魔王が使っていたと言っても、本来は勇者が使っていたとなれば、さすがに壊すことはできないだろう。今回はそれが裏目に出てしまったが、領主だけに伝えられていた話と言っていたとおり、仮面の存在が秘匿されていれば問題はないはず。この城の文献ですら仮面をかぶっていた魔王のことが載っていなかったのだ。かなりこの仮面の存在は秘匿されていたのだろう。
だが、それだと一つ疑問が残る。
「その仮面の存在を知ってるのはアンのほかに誰がいるんだ?」
「私と隣にいる副領主だけのはずです。メアリーと親しかった頃はこのことを知りもしなかったので、どこからこの情報が漏れたのか、私も頭を悩ませています」
「そうか………って、え?副領主?俺ずっと執事さんかと思ってた」
未だに隅っこで縮こまっている執事さん改め副領主さんに視線を送る。うん。見る感じまだ立ち直れてないっぽいな。
「しかし、心の奥底に眠る願望ねぇ………」
その仮面を手に入れてメアリーはいったい何を願うというのだろう。やはり、復讐できるほどの力を得るつもりなのか。それとも、もっと別の______
「どうしたのですか?」
俺の表情がすぐれなかったことに気づいたのか、アンは俺の顔を覗き込んできた。
「いや、純白の勇者って本当にいたのかなー、と思って」
「それは………?」
「ほら、仮面は心の奥底に眠る願望をかなえてくれるんだろ?それでも純白の勇者は、心の底から勇者でいることを願った。人は誰しも、表に出ない暗い願望を持っているはずだからな。それもとびっきり強い、何よりも優先されるような願いが、さ。もしそいつが本当に存在していたのだとしたら、そいつはもはや人じゃない。人として、大切な何かが壊れてるよ」
「………………………………」
アンは俺の言葉をかみしめているようだった。何か思うところがあるのかもしれない。しばらくした後、彼女は決心したような雰囲気で俺に聞いた。
「それは、あなたもですか?」
質問の域が広すぎて何を聞きたいのかよくわからないが、答えは決まっている。
「俺は言ったはずだぞ。そんな人間など存在しないと」
アンはそれきり黙って一言もしゃべらなくなってしまった。彼女の顔には影が差していたが、どこか悩みがなくなったような、晴れ晴れとした表情をしていた。彼女が何を考えているのかは分からないが、先ほどの質問でこの先で起こることへの覚悟が決まったらしい。
暗い表情をした二人を尻目に、流れていく景色を眺める。目的地である祭壇が、近づくにつれてどんどん大きくなっていく。
大きいから近いように見えただけで、意外と遠いんだなあ。
現実逃避がてらそんなことを考えた俺の顔も、彼らと同じような表情をしていたのかもしれない。
俺は自分の正体がばれないようにと出発前に渡されたローブのフードを目深にかぶり、迫る決戦に向けて瞑想を始めた。
そう。これは瞑想である。決して眠かったからなどという理由で目をつぶったわけではないのだ。
眠るわけでは、ないのだ________
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