二人の問題

「10年前、私とメアリーは種族の壁を越えた親友だったのです」

 彼女の声は小さかったが、その言葉はだけはやけに大きく聞こえた。



 曰く、幼いころにアンとメアリーは出会い、親友と呼べるほど仲が良かったのだそうだ。そのころも亜人差別は続いていたが、メアリーはアンを亜人だと知りつつも一人の友人としてよく遊んでいたらしい。まさに、彼女の言っていた通りの種族の壁を越えた友情ってやつだ。だが、5年前に起きたある事件によりその仲は引き裂かれてしまう。その事件とはアンの母親が何者かに殺されてしまったことらしい。そして、その犯人として疑われたのが亜人だった。アンの母親の遺体を発見した侍女の証言からそう判断したのだそうだ。

 アンは悩んだ。亜人という身分を隠して生活していたメアリーのことを父に話してしまうべきか。もちろんアンはメアリーが母を殺したなどとは思っていない。だが、母を殺されて冷静な判断ができなかったのか、メアリーが無実だと証明するために父に話してしまったのだ。結局メアリーは捕まってしまい、アンの弁明むなしく処刑されることになってしまったのだが、そこに思わぬところから横やりが入った。

 メアリーの姉が自首したのだ。

その結果、メアリーの容疑は晴れ、彼女の代わりに姉が処刑された。晴れて自由の身となったメアリーは行方不明に。それ以来メアリーとアンは一度も会っていなかったらしい。

「それで、俺が捕まったのを聞きつけて迎えに来たと」

「はい…………」

「その時には俺と入れ替わっていたことに気づいていなかったんだよな?」

「はい。ですが、ミサキ様からそのことを聞くよりも前にメアリーから手紙が届いて、それで…………」

 時折嗚咽を漏らしながら、俺をここにとどめておくように言われたこと。そして、メアリーの目的が告げ口をした自分への復讐なのではないか、と続けて話した。

「ふむ…………………」

 アンの説明で一連の事件はなんとなく理解できたが、一つだけまだわからないことがある。俺と入れ替わった理由だ。

復讐するだけなら俺と入れ替わる必要もないし5年も待つ必要がない。どう考えても復讐以外の目的があるようにしか思えなかった。アンなら何かわかるだろうと思って聞いてみるも首を振るばかりで答えを得られず、一つの謎を残したままこの部屋は再び沈黙に包まれてしまった。

 とにかく、メアリーの狙いが復讐である限りここに来ることは間違いない。喚魂の魔眼ももうすぐ戻ってくるし、そうすれば元の体に戻れるだろう。それなら、俺はただその時が来るまで気長に待っていればいい。

それに、本格的に眠くなってきたので、うつむいているアンを慰めてさっさとおやすみなさいしたい。古の偉人も言っていたではないか。果報は寝て待てと。

あれ?メアリーが来ることは果報ではないな。じゃあ訃報か?いや、訃報は寝て(天国に)舞っちゃってるしなぁ。

 眠すぎてどこかに逝きかけている思考を無理やり戻し、窓のふちに顎を載せて脱力していた体を起こす。ぼやけた目をこすって窓を見ると、頬をつけていたあたりが曇っていた。

 よかった、よだれは垂らしていなかったようだ。

「これに関しては俺がとやかく言う筋合いはないと思うが、そういうことはメアリーと会ってから考えればいいだろ。今考えすぎても答えは出ないぞ。ちょっと早いけど、寝よう。一晩経てばなんかいい考えも浮かぶって。」

 俺の慰めの甲斐むなしく、アンはうつむいたまま動こうとしない。

 もしかして、寝てる?

「なんだ、眠いならそう言ってくればいいのに。大丈夫だって、まだ昼前だけど俺も寝るからさ。ほら、赤信号、みんなで渡れば怖くないっていうだろ?この世界に赤信号あるか知らんけど」

 何か言いたげにゆっくりと顔を上げてこちらを見るアンの目の周りは赤くはれていた。冗談を言ってアンの暗い気持ちをぬぐおうとしたが、やはり俺がメアリーの姿だからいろいろと複雑なのだろう。張本人(体のみ)がここにいるのだ。自分を責めるなといわれても無理がある。

もしかすると、メアリーはこうなるのを狙っていたのかもしれない。

直接復讐するまでこの顔を見せ、過去の罪を思い出させるようにするために。

彼女に罪悪感を抱かせ、より苦しめるために______

 アンにつられて暗い方向に思考が誘導された時、ノックとともに年老いた執事さんらしき人がやってきた。

「領主様、少しよろしいでしょうか」

「…………」

「こほん………いいでしょう」

 泣いていたところを見られたくないのか、そっぽを向いてしまったアンの代わりに俺が答えた。腹話術みたいに声真似で返事をしてみたのだが、ばれてないだろうか。

「先ほど、教会の者たちが祭壇を訪れたのですが」

 何か言いたげにこちらをじっと見てくる執事さん。俺がいると話せないことがあるのだろうか。ばれてない、よね?

 今度はさりげなく口元を隠して、先ほどよりも声真似の質を上げて続きを促す。

「続けて」

「ですが…………」

 長年ここに仕えているだけあって、違和感を感じ取ったのか渋る執事さん。今度は後ろを向きながら、何やら信じられないものを見たような顔をしているアンに近付き、ばれやすいため避けていた長文を使った。

「いいから、続けて」

「かしこまりました。先ほど、見回りをしていた祭壇付きの騎士に報告を受けたのですが。

 教会の者たちが“勇者ミサキ”とともに祭壇の封印を解いたようです」

「「なんですって!?」」

 アンも驚いて声が出てしまったのか、声真似をしていた俺とハモってしまった。

「え?領主様の声が2つ?」

 俺が声真似をしていたことに気づいていなかったのか、首をかしげて不思議がる執事さん。俺も声真似が通用したことに驚いたが、俺よりも衝撃を受けた人がいたらしく。

「え?気づいていなかったの?」

 長年築いてきた信頼関係にひびを入れてしまったのかもしれない。そう思うほどショックを受けたような表情でアンは執事さんを見ていた。

「「…………」」

しばらく見つめあった二人は、示し合わせたかのように同じタイミングで俺のほうを見た。

「え?俺が悪いの?」

 場を和ませるというか、話せないアンの代わりに話そうという親切心というか。そのつもりでやっていたのに。それどころじゃない状況なのにそれどころじゃなくなってしまった原因は、どうやら俺にあるようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る