早すぎる絶体絶命

「?」

 誰かに話しかけられたような気がして俺は目を開けた。しかし目に入ってきたのは、煉瓦でできた建造物が並ぶ中世風の街並み。そして遠くにそびえ立つ白と黒で対照的な二つの巨大な建造物。

そうだ。幼女神(黒)に呼ばれて異世界に来たんだ。

少し間を開けてその事実に気づいた時、俺は誰かに話しかけられたことなど忘れて目の前に広がる光景に見入ってしまった。

 俺はどうやら広場の高台のような場所に立っているらしく、下を見下ろせばたくさんの人々が俺に注目しているのが見えた。

「ようこそお越しくださいました、勇者様」

 隣を見ると、白いローブに身を包んだ神官っぽい美人さんがいた。風でさらりと揺れる銀色の髪がとてもきれいなスタイルのいい美人さんだ。この美人さんは恰好や状況から見て神官だと予測できるが、間違っていると失礼なので念のため(仮)をつけておくことにしよう。

「どうも、神官(仮)さん。勇者です」

「初めまして勇者様。それと(仮)ではなく、正真正銘の神官ですよ。私の名前はサラと言います。勇者様の名前を伺ってもよろしいでしょうか」

 前言撤回。やっぱり神官さんだった。

「ごめん、本物の神官さんだったか。俺の名前はミサキです。よろしく、サラ(仮)さん」

「こちらこそよろしくお願いします、ミサキ様。それと(仮)はいりません」

 そうか、いらなかったか。

 俺の冗談にいやそうな顔をせず、終始微笑みを崩さないサラさん。少女と見間違えそうなほどの外見なのに、ずいぶんと大人びた雰囲気を感じる。なんというか、お姉さんというよりもお母さんのような雰囲気を感じる。

「聖女様、翻訳の魔道具を忘れてますよ」

 聖女様……?

 サラさんのことを聖女様と呼んだのは、離れたところに控えていた眼鏡をかけているTHE女教師って感じのする神官だった。その女教神官さんはサラさんに金色のアクセサリーのようなものを渡すと、すぐに後ろに下がってしまった。女教神官さんのほかにも神官は4人いるのだが、サラさん以外の神官はローブを羽織っていない。実はサラさんって偉い人だったりして。

「あっ、すみません、忘れてました。」

 サラさんは慣れない手つきでいそいそと耳に魔道具をつけた。

「これで私と話ができますね。…………あら?」

 そして頬に手を当てて首をかしげてしまった。どうやらその魔道具をつけていなくても会話ができていたことに気づいていないらしい。

 前言撤回の前言撤回。サラさんは偉い人じゃなかった。

 言いたいことはたくさんあるが、とりあえず一つだけ。

「その魔道具、イヤリングみたいですね。とても似合っていますよ」

 俺はボケるが突っ込み役にはなるつもりはない。普段から聖女(笑)サラさんのドジっ子属性に振り回されてきたであろう、後ろで眉間にしわを寄せている女教神官さんみたいにはなりたくないのだ。

「ありがとうございます。そんな風に言われると照れちゃいますね…………あら?」

 照れて少し顔を赤くしたものの、やはり違和感を覚えるのか再び悩み始めてしまった。これではいつになっても話が進まない。そう思った俺は後ろにいる女教神官さんに視線で助けを求めた。

「聖女様、勇者様は翻訳の魔道具なしでも会話できるようです」

「えっ?………あぁ、確かにそうね!」

 女教神官さんに言われてやっと気づき、今までにないほどの笑顔を浮かべるサラさん。女教神官さんに非難がましい視線を送られるが、俺は自業自得だろうと言わんばかりにスルーした。

 女教神官さんは俺と会話ができることを、魔道具を渡して遠回しに伝えようとしていたらしいが、そんなのドジっ子聖女(笑)の彼女に通じるわけがない。

「でも何で言葉が通じたのでしょう?もしかしてミサキ様は、前世もこの世界の住人______」

「私もいろいろ気になりますが、今はそれより」

 女教神官さんは話の途中にもかかわらず、サラさんの肩をつかんで広場の群衆のほうへ回転させた。

「あっ、ごめんなさい。また私ったら………」

 ざわついている群衆たちを見て、本来の目的を思い出したようだ。

「これが終わったら、理由を聞かせてくださいね」

 サラさんは俺の耳元でそうささやくと、一歩前に出て、息を大きく吸った。

「皆さん!今日もこの世界に我らの希望である勇者さまがお越しくださいました!!」

 サラさんの大きな声が広場中に響き渡る。どうやら後ろに控えている神官さんたちが声量を上げる魔法を使っているようだ。

「我々は誠心誠意、勇者様の行動をサポートし___」

 いやそれより、今日もって言わなかったか?声の大きさに驚いてつい聞き流すところだった。

 群衆たちの表情をよく見ると、表情が明るく必死さが伝わってこない。こちらを見ずに談笑しているものや、普段通りの生活をしているものまでいる始末。この世界にはたくさんの勇者がいて、もうすでに珍しいものではないとでも言わんばかりの光景だ。

 幼女神(黒)、なりふり構わず勇者たちをこの世界に送っていたのか。どちらかというと、量より質をそろえたほうがよかったのに。

「_____勇者様のご活躍を共に祈りましょう!!」

 群衆たちはサラさんの話を聞かずに周りの人と話をしている。今回の勇者は期待できそうかとか、強そうだ弱そうだとか話している奴はまだいいが、全く関係のない会話をしているものもいた。

後ろの方で見ているお前ら、女じゃなくて残念だとか言ったな、顔覚えたぞ。

「今回の勇者召喚は、通常の周期とは外れ___」

 俺は人間離れした聴力と視力を発揮し、群衆たちの観察を続ける。すると、一番前にいる黒いマントで全身を隠した人物が目に入った。

「!!」

 そいつを見た瞬間、長年(3年ぐらい)培ってきた本能が警鐘を鳴らす。俺は流れるように奴が何者なのかを知るため、解析魔法を発動させた。


 メアリー

 Lv.47

 種族:亜人(吸血鬼)

 称号:真祖 換魂の魔眼

 スキル:魔法(炎、闇)


 自身の魔力をほとんど使い果たすも、何とか黒マント改めメアリーの情報を見ることができた。

レベルが高かったり亜人の吸血鬼でさらに真祖だったり気になることはたくさんあるが、今注目すべき情報は、換魂の魔眼という称号だろう。魔眼というのをよく知らないが、効果はなんとなくわかる。あれだ、中身が入れ替わっちゃうやつだ。

 魔眼の対策を練ろうとしていると、俺が見ていることに気づいたのか、メアリーはフードを取って俺に微笑みかけてきた。

「!!」

 白い肌に、癖のあるボーイッシュな白い髪。そして、幼女神たちに負けず劣らずの美貌。小柄で少女と呼ぶのがふさわしい外見なのにもかかわらず、今見せている微笑みには妖艶さが混じっていた。

そして極めつけは左右で違う瞳の色だ。左の瞳は紫に近い赤色をしていて、髪の色といい、彼女の美しさを引き立てている。だが、魔法陣の刻まれた右の黒い瞳が妖しい雰囲気を醸し出していた。

どうやらあれが換魂の魔眼らしい。やはり俺の長年(2年だったけ)培ってきた感は正しかったようだ。

 換魂の魔眼を発動させたのか、メアリーの瞳の魔法陣が輝く。俺はすぐさま魔法障壁を張ろうとするが、魔眼に効果があるのかわからない。他にも様々な防御方法を模索してみるが、魔眼というものを初めて見たため、対処法が全く思いつかない。

 あぁ、そうそう。そもそもさっきの鑑定魔法で魔力を使いきっちゃったから、対処法を思い付いても何もできないんだよね。最初から諦めてたよ、うん。術式でアンデッドになるどころか、召喚された瞬間にこれとか不運にもほどがある。幼女神(黒)、いつか覚えとけよ………!!

 俺が諦めたとたん、体がメアリーのほうに引っ張られていくのを感じた。いや、これは俺の魂が引っ張られているのか。

 そんな感覚は一瞬で、俺は勇者を見上げる少女になってしまった。魔眼の光に気づいたのか、高台の真下にいたおそろいの鎧を着た騎士たちが俺を取り囲む。こうなる前に止めろよとか、ガタイがよくて囲まれてめっちゃ怖いんだけどとか言いたいことはたくさんあるが、騎士たちに今の状況を説明する。

「落ち着いて聞いてくれ。俺はさっき、この魔眼の効果によって魂が入れ替わってしまったんだ」

 自分で聞いてびっくりするほど高く少女らしい声が出た。そんな少女の言葉を聞いた騎士たちは、怪訝そうな顔をする。

 それもそうだ。急に勇者と入れ替わったと言われてもすぐに理解できるもののほうが少ない。だが解析魔法を使える人が俺のステータスを見れば、すぐに俺の言葉が真実だとわかるはずだ。

とにかく解析魔法を使える人を読んできて欲し_________

「■■、■■■■■■■■?■■■■■■■■■!」

 待って、今なんて??

 騎士の一人が俺に話しかけてくるが、その言葉を理解することができない。そういえば、今まで俺の言葉が通じていたのはワードマスターとかいう称号のおかげだっけ。

 今日何度目かわからない窮地を迎え、乗り越えるにはどうすればよいのかを考えていると、先ほどまで聞こえていたサラの演説が聞こえないことに気づいた。高台の上を見ると、俺に成り代わったメアリーがサラに耳打ちをしているところだった。サラの今まで微笑みから崩れることのなかった表情が驚愕に染まる。そしてこちらを見て何かを叫んだ。

「■■■■■■、■■■■■■■!」

 言葉が通じなくても、なんとなく自分がヤバイってことだけはなんとなくわかった。サラの視線は俺だけでなく騎士たちにも向いているので、どうせ俺を捕まえろとかそんな感じのことを言ったのだろう。

 しかし、素直に捕まる俺ではない。逃走は前の世界で散々してきたのでお手の物だ。

 騎士たちの手が俺のほうに伸びてくる。俺はそれを避けようと一歩を踏み出し、そのまま駆けようとして______

「あうっっ!」

足をもつれさせて転んでしまった。その隙を騎士たちが見逃すはずもなく、たちまち取り押さえられてしまい、動けなくなってしまった。

 どうやら俺とメアリーの対格差がありすぎて、イメージ通りに体を動かすことができなかったらしい。

「ぼ、暴力反対……!!」

俺は必死に抵抗しようと反撃を試みるが、うまく体が動かない。ならば、と一か八か使い方の分からない換魂の魔眼を発動させようとするが、後頭部を思いきり殴られ意識を失ってしまった。

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