物語の結末
魔王を倒した俺は、暗い城の廊下を、壁に手をつきながら歩いていた。
魔王を倒してからどれくらいの時間が経っただろうか。それほど時間が経っていないはずだが、鈍る思考の中で俺はその判断すらできなくなっていた。
今はただ、なじみのあるこの城の廊下が、思ったよりも長かったことにうんざりすることしかできない。
「げほっ…げほっ…はぁ…はぁ…」
冷たく重い支えを得てもなおふらつく体を無理やり動かし、時折血の混ざった咳をしつつ、目的の場所へと進んでいく。
「っっ!!」
遠くで何か大きなものが崩れるような音とともに、城が揺れた。
この城が崩れるのも時間の問題だろう。そう思った俺は、痛みに鈍っていた足を急かし、目的地へと急いだ。
「はぁ…はぁ…やっと着いた」
両開きの大きな石扉。恐らくこの向こうに彼女がいるはずだ。
扉に手をかけ、怪我で力の入らない体に鞭打って重い扉を押す。ほんの少しだけ開いた隙間に体を滑り込ませ部屋を見渡すと、天蓋のついた豪華なベッドの上で眠っている幼女が目に入った。
彼女の透き通るようなピンク色の短めの髪が、蝋燭の光を反射して輝いている光景はとても幻想的で、先ほどまで戦いが起きていたとは思えない光景に、思わず目を奪われてしまう。
「おっと」
だが、再び轟音をたてながら城が揺れたことで我に返り、時間がないことに気が付いた。
ベッドに近付いて彼女の様子を見る。あれだけの轟音がしたにもかかわらず起きないのは、魔法によって眠らされているからだろうか。
とりあえずの無事が確認できたので、ひとまず安心した。こんな幼い見た目でも、彼女はこの世界を創った神なのだ。魔王を倒しても彼女がいなければこの世界は終わってしまう。
魔王に捕まり眠らされてしまった彼女を魔法で起こそうと手をかざすが、思いとどまる。この類の魔法は時間で解けるので、このまま城の外に送ってしまえばいいと思ったからだ。
俺は首にかけていたペンダントを取って、ついていた血を綺麗にふき取っていく。
勇者の称号とともに彼女に渡された神器。勇者の証であるとともに神の力を封印することができるものだ。
こうして首から外すと肩が軽くなった気がした。言葉の通り、肩の荷が下りた、ということなのだろう。だがそれと同時に、彼女と俺とのつながりが絶たれてしまったような寂しさを感じる。
ペンダントが本来の輝きを取り戻したのを確認したあと、俺はメモを残すために机の上にあった紙とペンを手に取った。幼女神ではなく元パーティーメンバーへの伝言だ。
内容は、幼女神が目を覚ましたら俺が元の世界に帰ったことを伝えてほしいといった簡単なものだ。震える手で書いた字は汚く、血が滲んでしまっているが書き直す時間はない。紙を雑にたたんでペンダントとともに幼女神に握らせる。
「はぁ…………」
彼女の手に少し触れてしまったが、起きる気配は全くない。もともと起こすつまりはなかったのだが、本心ではこのような形で別れたくはないと思っていたのだろう。うっかり起きてしまうことを心のどこかで期待している自分がいた。
そんなもやもやした気持ちを振り払うように、転移魔法を発動させる。彼女が魔法陣の青い光に包まれ、ゆっくりと消えていくのを見届けた後、壁を背に座り込んだ。
「はぁ…はぁ……」
いや、これは倒れこんでしまったと言うのが正しいだろう。
「けほっ……かひゅっっ……」
上手く呼吸ができない。
「かはっ……ぁ……」
力が、抜ける____。
頭が勝手に下がってしまい、ぼやけていく視界の中に逃れられない現実が映し出される。
俺の脇腹に、明らかに致命傷であろう程の大きな穴が開いていたのだ。
ここまで動けたのは、ひとえに今までの戦いで鍛えられた俺の気力のおかげとしか言いようがない。傷を治す手段を一通り試したのだが、魔王による傷には全く効果がなかった。
破壊という概念を相手に押し付けることができる最強にして最弱(・・)の魔法。それが、魔王の使った破壊魔法だ。まさか、使い勝手の悪すぎるこの魔法を奴が使ってくるとは思いもしなかった。魔王がどういった目的で破壊魔法を使ったのか分からないが、傷を治そうとしても治せないこの状況を奴は狙っていたのかもしれない。
俺は幼女神よりも圧倒的に強い。それなのに、相討ちを狙わなければ勝てない状況に追い込まれたのだから、奴は魔王どころか、魔神と名乗ってもおかしくない程だった。
「………………!」
そんなことを考えていると、今までにないほどの揺れが城を襲った。その割に音が小さく聞こえるのは、俺の意識が朦朧としているからだろうか。
俺はその揺れに身を任せ、床に倒れこむ。すると、向かいの壁にかかっていた肖像画がぼんやりと目に入ってきた。
その絵には、中心に立つ幼女神とその周りにいる俺と元パーティーメンバーの姿があった。みんないい笑顔をしていた。パーティーメンバーも、幼女神も、そして、俺も。いつからだろう、俺が笑えなくなってしまったのは。幼女神と笑いあって、いつか魔王を倒し、世界が平和になったらこの世界中を旅してまわろうと約束したあの時のように。
俺が幼女神を起こさずに外に送ったのは、ただ俺が幼女神の悲しそうな顔を見たくなかったからだった。そして俺が元の世界に帰ったという嘘も、少しでも幼女神の悲しみを紛らわせようとした結果なのだ。だが、これが最善の方法なのだと思っていても、彼女に嘘をついてしまったことを後悔している自分がいる。
すまない幼女神、約束は守れそうもない。せめて、君の未来が明るく、幸せであることを______
薄れゆく意識の中、俺はただ、彼女の幸せを祈ることしかできなかった。
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