幕間 出演依頼
「はい、という事で今後についてお話をしましょうか」
昼下がりの喫茶店。そこで俺達は席に座っていた。隣にいるのは少しワクワクした顔の奏空で向かい合って座っているのは、奏空の二代目編集者さんの
メガネをかけた穏やかそうな雰囲気を漂わせる辺見さんはとても礼儀正しくて俺も好感を持っている。ただ、こんな奏空の編集者を務められるような人だ。きっと、色々普通ではない人なのだろう。
「さて、改めて自己紹介をさせていただきます。私は辺見秀人、こちらの月神奏空さんの編集者をさせてもらっています」
「先代のへんしゅうさちゃんの後を継いでくれてるんだよ」
「お前、本当に編集者さんって言えないよな。まあ早口言葉とかも苦手だけど」
「んなことないよ! にゃまむににゃまにょめにゃまにゃまも!」
「生麦生米生卵も言えてないじゃんか……にゃーにゃー言ってるし、猫かよ」
不思議そうにする奏空を見ながらため息をついていると、辺見さんは穏やかな笑みを浮かべた。
「なるほど、これならたしかに月神さんのお相手も務められるわけですね」
「悪友でしかないですけどね。さて、今後についてというのは昨晩のドミソラジオの件ですよね?」
辺見さんは静かに頷く。
「はい。月神さんは男女関係なく人気が高い作家さんですし、中にはガチ恋勢らしきファンもいます。なので、昨晩の配信の切り忘れ中のお二人の交際発表というのは本当ならよくない事です。ですが……」
辺見さんはメガネをキラリと輝かせる。
「これはこれで話題になるので編集長も交際させようと考えているようです。お二人もたしかにいいお年ですから」
「ですよねえ~」
「なので、ドミソラジオは今後もお二人でお願いしますし、月神さんの件で何か困った際は陸川さんにお願いすると思いますのでよろしくお願いします」
しれっと辺見さんは奏空の面倒を押し付けてきた。やはり、この人もただ者ではなかった。
「ねえ、晴斗」
「ん、なんだ?」
「晴斗がアシスタントしてくれるにあたって、少しやりたい事があるんだ」
「やりたい事?」
「うん! あのね、ゲスト呼びたい!」
「ゲスト……?」
たしかにラジオ番組にゲストが来るのはよくある事だ。けれど、流石に呼べる相手も限られるだろう。
「因みに誰を呼びたいんだ?」
「狂我弥君。ほら、昨日今日と狂いながら歌うとして色々頑張ってくれたじゃん」
「ああ、アイツか」
「因みに、今は小説家の狂歌先生として頑張ってるよ。だから、その辺も色々話してみたいなと思って」
「話してないのか?」
奏空は首を横に振る。
「前に作家とかへんちゅうしゃちゃんが集まるパーティーで見かけたんだよ。でも、色々な人から話しかけられてたし、私もそんな感じだったから結局話せずじまいだったんだよね」
「けど、狂我弥とは最近まったく会えてなかっただろ。よく気づいたな?」
「面影はあったし、聞き覚えのある声だったから。どう? スゴいっしょ?」
「はいはい、スゴいスゴい。まあそういう事なら俺も狂我弥に会いたいな。今朝も電話で教えてもらったし」
「うん、そのお礼もしっかりと言おう。それじゃあ連絡は……アシスタント君、よーろしくー!」
「言われると思った。とりあえず今から電話してみる」
「あいあいさー」
奏空が答えた後、俺は携帯の電話帳から狂我弥の連絡先を呼び出し、電話をかけた。そして2コールくらい鳴った後、狂我弥が電話に出た。
『もしもし』
「狂我弥か、今朝はありがとうな。最近中々会えてなかったのにドミソラジオも聞いてくれてたし」
『まあ、元々はウチの編集者に教えられたからだったし、今回のを聞くまでお前達の声に気付けなかったんだけどな。だから、最初はソラさんに男が出来たと思って処してやろうかと思ってたぞ』
「いや、怖いな!? 気付いてくれて助かったよ」
『アシスタントのリクがお前だと気づいたからまあお前達ならいいかと思えたしな。それで、何の用だ?』
「それなんだけどさ……狂我弥、ドミソラジオに出てくれないか?」
『……は?』
狂我弥は何を言っているんだという声を出す。それはそうだろう。いきなり出演のオファーをされたのだから。
「奏空がお前をゲストに呼びたいっていうんだ。なんか作家とか編集者が集まるパーティーで前にお前を見かけたらしくて、それで小説家の狂歌だと気づいたんだってさ」
『ソラさんが……まあ断る理由はないけど、初ゲストが本当に俺でいいのか? 小説家とはいっても、最近スランプ気味の奴だぞ?』
「別にそこはいいよ。奏空も小説家としての話を聞きたいって言うし、俺だって久しぶりに会いたい。お礼も直接言いたいしさ」
『陸川……』
狂我弥はコホンと咳払いをしてから答えた。
『わかった。そういう事なら喜んで出させてもらうよ』
「ありがとう、狂我弥。配信場所は奏空の家なんだけど……それは俺がお前を迎えにいくから大丈夫だ。最寄りの駅はどこだ?」
『最寄りは……』
狂我弥から最寄りの駅を聞き、俺は奏空に視線を向ける。
「奏空、次の配信はいつだ?」
「んー……明日にしようかな。狂我弥君も今日って突然言われても困るだろうし、ゲストが来ますって事前の告知もしたいから」
「わかった。狂我弥、明日は大丈夫か?」
『ああ、予定なら空いてるし、何があっても空けとく。どうせ
「原笑さんって?」
『ソラジオを教えてくれた編集者。まあでも、原笑と編集長には言っておいてもいいか。驚くだろうなあ、二人とも……』
狂我弥はクツクツ笑う。その様子から原笑さんとやらや編集長が驚くのが愉快でたまらないんだなというのがハッキリとわかった。
「それじゃあ夜の七時くらいには迎えにいく。そして大体の説明をしてから九時に本番開始。そういう感じでいこう」
『わかった。それじゃあまたな、陸川。明日を楽しみにしてるよ』
「ああ、またな」
俺は狂我弥との電話を終え、奏空に向き直る。
「ほら、これでいいだろ?」
「ありがとう、晴斗。いやあ、アシスタント就任二日目なのにもう貫禄があるね」
「あるわけないだろ。あったとしたら、昨日だけでどんだけ経験値貰ったんだよ?」
「あれじゃない? ほら、メタ──」
「はい、ストップ。お前な、ここにはボタンないんだから止めろよな」
「はーい。そういえばあのボタンにも名前ほしいね。何がいいかな?」
「え? うーん……音楽ボタン、とか?」
その瞬間、奏空は苦笑いを浮かべる。
「あ、相変わらずだよね。そのネーミング」
「そうか?」
「あはは……辺見さん、何かないですか?」
「私ですか? そうですね……私はたいしていいアイデアは出せませんが、それをリスナーから募集するのはどうですか? それもまた一つの企画のように出来ますし」
「お、いいですね! 晴斗もそれでいい?」
「ああ。それなら事前告知の時にそれについてのコメントやおたよりを募集しておくか。その方がやりやすいだろ?」
奏空は嬉しそうに笑う。
「うん! 流石は晴斗、大好き!」
「はいはい、俺も大好きだよ。さて、そうと決まれば色々話し合いたいな。せっかく今日は予定もない日だしな」
「だね。よーし、それじゃあ話し合い開始だー!」
奏空の嬉しそうな様子に頷いた後、俺と奏空は辺見さんも交えて話し合いを始めた。
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