コーナー③ リ・クエスト

『ドミソラ~ジ、オー』



 どこぞの隠し腕持ちのロボみたいなジングルが流れた後、奏空は楽しそうにタイトルを口にした。



「リ・クエストー!」

「リクエスト? 何かのリクエストでも来てるのか?」

「ふっふっふ~、ちょーっと違うんだな、これが。このコーナーでは、リクに対してのお題のリクエスト、リ・クエストが来てるからそれをやってもらうよ。要は、リクが来てくれた事で出来る新コーナーだね」

「なんて嬉しくない新コーナーだ……」



 本来、自分がメインのコーナーがもらえたら嬉しいものだろう。だけど、このコーナーをよく考えると、俺がムチャ振りされるコーナーという事になる。そして得するのはソラやリスナーだけなのだ。



「はあ……それで、どんなのが来てるんだ?」

「それなんだけどね……あ、まずはこれだね。ソラジオネーム、リリックさん。ソラさん、リクさん、こんばんは」

「こんばんは」  

「こんばんは。えーと、パーソナリティーのソラさんが小説家さんという事で、アシスタントのリクさんは小説を書くとしたらどんな小説を書くのか見てみたいです」

「小説か……つまり、ここで書けば良いのか?」



 筆記用具と紙を探していた時、奏空はニヤニヤしながら紙束を取り出した。



「実は……ここにもうあったりして」

「え? 書いた記憶なんてまったく……」

「では、読みまーす」



 何がなんだかわからない中、奏空は手に持った紙を見ながら楽しそうな笑みを浮かべた。



「『黒衣ダークローブを纏い、俺は今夜も|闇の中を駆ける』」

「……お、おい」

「『シルフの泣く声が耳に届く。また一人命を散らした民がいるのだろう』」

「ま、待て! それをなんで持ってるんだよ!」

「『この闇は深い。だが、俺の能力ちからの一つ、灯火ライト』を持ってすれば、この程度の暗闇ダークネスの攻略など容易いのだ」

「止めろー!」



 その後も奏空は読み続け、満足した様子で鼻唄を歌う中、俺は死にたい気持ちでいっぱいだった。



「あ、ああ……」

「いやあ、面白かったねぇ。リク先生の名作は」

「どこがだ! アイツか、狂いながら歌うの仕業か!」

「そだよー」

「アイツ、マジでふざけるなよ……!」



 そんな中、狂いながら歌うのコメントがコメント欄に表示される。



『ソラ、また色々話しような。あとリク、お前やらかすなよ? ソラに迷惑かけるなよ? 有名作家Kより』

「やらかしてるのも迷惑かけてるのもソラだっての! というか、色々渡しすぎだろ、お前は!」

『黒歴史メーカーリク(ノд<。`)ャベー』

『ヤバいのは巻き込まれた上に順調に黒歴史晒されてる事だろjk』

『狂いながら歌う氏もたいがいヤバい』

『ここまで来ると流石にカワウソ過ぎる』

『違う哺乳類になっちゃってるぞ、それ』



 コメント欄にも少しだけ俺を労る物が増えてくれている。そこだけは嬉しくて、涙が出そうだ。



「はあ……」

「お疲れかな?」

「誰のせいだ! とりあえずさっさと他のお題もやるぞ」

「ほいほーい。次は……これだね。ソラジオネーム、たけのこの里にきのこさん」

「さっきのネタを拾うな!」

「ソラさん、リクさん、こんばんは。名曲の『愛しのあなたへ』をリクエストしたいと思います。できれば生歌でお願いします」

「まだそれ引っ張られるのかよ……」



 頭と胃、そして心が痛くなってくる中、奏空はニコニコ笑いながら俺を見た。



「私も聞きたいなー」

「歌わないとダメか?」

「もちろん、強制はしないよ。でも、さっきのもその歌も過去のリクの想いの結晶でしょ? 今のリクからすれば恥ずかしいだろうけど、その再会だけは喜んであげてほしいかな」

「ソラ……」



 正直、あれらはちょっと、いやかなり中二病だった俺の負の遺物に過ぎない。だから、想いの結晶だとかそんな高尚な言葉を使って良いものではない。


 けれど、この恥ずかしさを乗り切ればたぶん大丈夫な気がする。そんな気がするのだ。



「……わかったよ」

「お、やってくれるの?」

「それがリクエストなんだろ? だったら、もうやるしかないだろ」

「さっすがはリク。よっ、カッコいいぞー」



 奏空が見守り、コメント欄が静かになる中、俺は愛しのあなたへを歌い始めた。恥ずかしさで顔は熱を帯び、声を正直震えてばかりだった。だけど、俺はリクエストに応えて出来ている分を全て歌いきり、これ以上ない疲れの中で背もたれに体を預けた。



「はあー……」

「お疲れ様。歌ってる姿、とてもかっこよかったよ」

「……そりゃどうも」



 なんとなくコメント欄に目を向けると、そこには意外なコメントが流れていた。



『( ゚இωஇ゚)ウルウル』

『ヤベェ……目から汗が止まんねぇよ』

『熱い、なんだか目頭が熱いんだ……』

「え、えーと……?」

「ふふっ、みーんなリクの歌声に感動したんだね。よかったじゃない、喜んでもらえて」

「……別の事で喜ばせたかったけどな」



 だけど、気分は悪くなかった。何だかんだで感動してもらえたのなら、やってみて良かったと言えるのかもしれない。


 そんな晴れやかな気分の中、俺は奏空に視線を戻した。



「それで、まだお題は来てるのか?」

「来てるよ。ソラジオネーム、美少女なめ回し隊の隊長、ペロリンチョさん」

「……よし、まだ止めなくていいな。色々ヤバいけど」

「ソラさん、リクさん、こん──」

『セレナーデ!』

「はい、アウトー! ソラジオネームの時点でヤバいのに挨拶でもヤバいのは本当にダメだろ!」



 さっきまでの感動の余韻が吹き飛ぶ程の名前と挨拶に俺は本気でツッコミを入れてしまった。正直、ここのリスナーの頭のぶっ飛び具合をなめていたとしか言いようがない。


 痛みがぶり返してきた気がする中、奏空はニコニコしながら読み続けた。



「リクさんにリ・クエストです。今から十秒以内にソラさんのどこかにキスをお願いします」

「……は!?」

「10、9、8……」

「いやいや! お前もなんで普通にカウントダウンしてるんだよ!?」

「7、6、5、4……」

「ああ、もう……!」



 俺は奏空の腕を掴むと、そこにキスをした。



「おっ?」

「……したぞ。これで良いんだろ?」

「良いけど、そっかあ……ふふ、腕かぁ……」

「なんだよ。唇や頬なんてしづらいし、額とか首もとなんて尚更恥ずかしいからやりやすい腕を選んだだけだぞ?」

「ふふっ、なーいしょ。とりあえずリクはお題を達成したのでこれでよしとしましょう」

「なんだかわからないけど、達成なら良いか」



 とりあえず達成出来たので安心感を抱いていた時、コメント欄がなんでか賑わっていた。



『腕に( *´³(´꒳` *)チュッ』

『腕、腕かぁ……』

『まあ腕にもなりますわな』

『これは楽しい事になってまいりましたねぇ』

「なんだ? 腕にキスすると何かあるのか?」

「それは後で自分で調べてよ。少なくとも、私はリクからキスされて嬉しかったし、それでよしとしてほしいな」

「まあ、いいけどさ」



 何がなんだかわからないが、とりあえず俺は良いことにした。



「他にお題は来てるのか?」

「ううん、今回はここまで。前半はリクの顔が本当に真っ赤になってたね。赤いペンキでも被ったみたいだったよ」

「色々恥ずかしかったからな。あと、狂いながら歌うは後で話があるから、連絡した日は絶対に空けとけ。良いな?」

「狂いながら歌うさんは色々覚悟してた方が良いかもね。でも、今後もリクの色々な物は欲しいからいっぱいくれると嬉しいな」

「欲しがるな! 狂いながら歌うも絶対にソラにやるなよ!」

「それならリクも狂いながら歌うさんのあんなことやこんなことを晒せば良いんじゃない?」



 俺は首を横に振る。



「そういうのはしたくない。たとえ仕返しでもそういう事をするのは俺の信条に反する」

「ひゅー、かっくいー。いっけめーん」

「そりゃどうも」

「という事で、リ・クエストのコーナーでしたー」



 奏空の声を聞きながら俺はようやく終わったという安堵の息を漏らしていた。

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