ふつおた
『ド~ミ~ソ~、RADIO』
無駄にビブラートが効いていて綺麗な発音のジングルが流れると、奏空はニッと笑った。
「改めまして、パーソナリティーのソラ。そして~?」
「アシスタントのリクです」
「いや~、決まったねぇ。私の渾身のジングル」
「そういえば、音楽と英語の授業は毎回評定が5だったな」
「それは私の自慢だね。まあそんなこんなでこのドミソラジオが始まったわけだけど、ここから色々なコーナーが始まっていくよ」
「コーナー……まあ、コーナーがないと困るか」
「それはね。さて、それじゃあ始めていくよ」
奏空からのアイコンタクトに応えて俺はボタンの一つを押す。
『ふつおた!』
「という事でふつおた、戻して普通のオタクのコーナー!」
「普通のおたより、だろ。普通じゃないオタクが逆に見てみたい」
「あれだよ、ライブ会場で暴れたり奇声上げたりするおさ──」
『レント!』
「危ない危ない……その発言は危険すぎるっての」
「あとはね……」
「やめろやめろ。早くふつおたのコーナーに行け」
「はーい」
奏空が素直に返事をし、それに安心していると、奏空は楽しそうにおたよりを見始めた。
「なっにがいいかな~?」
「というか、ふつおたのコーナーなんてちゃんとあるんだな。正直驚いたぞ」
「ラジオといえばふつおたでしょ? ふつおたのコーナーがないラジオなんて……」
「ラジオなんて?」
奏空は少し考えていたが、やがて静かに頷いた。
「……まあ、いいか」
「思い付かなかったんだな。そんなの出汁のない鍋とか中身のないフライみたいなのでいいんだよ」
「おお、いいねぇ。リスナー君、リク君から座布団持っていってー」
「いいのに持ってかれるのか。というか、座ってるの座布団じゃないだろ」
某大喜利番組を彷彿とさせる奏空のボケにツッコミを入れると、コメント欄に動きが見えた。
『サッ (( □ゝ(-_- ) ザブトントリアゲッ』
『これは有能リスナー』
『あ! やせいの や○だくんが とびだしてきた』
「いや、その顔文字あるんかい。思ったより種類あるな、顔文字」
「ウチの有名リスナーの怪人人面
「色々危ない名前だし、読みづらい名前だな。それで、いいおたよりはあったのか?」
「もちのろん♪」
奏空は楽しそうに言うと、おたよりを読み始めた。
「えー……ソラジオネーム、狂いながら歌うさん。ソラさん、リクさん、こんばんは。はい、こんばんは。いつも和気あいあいのお二人を暖かい目と耳で見ております。これからもバカ騒ぎしてください、との事です。ありがとうございます」
「ありがとうございます。想像したらスゴい姿してるな、そのラジオネーム」
「職業は狂歌手かな?」
「狂戦士みたいに言うな。これからもバカ騒ぎしてくださいって事だけど、基本的にバカ騒ぎしてるのはソラだからな。
俺の様子を見て、奏空は嬉しそうに笑う。
「因みに、和気は仲良く睦まじい事で、藹々は和やかな事だね。その語源は中国語で、中国の書家、
「おー、流石は小説家。そういう解説はお手の物ってわけだな」
「まあね。狂いながら歌うさん、ありがとうございます。えーと次はね……あった」
奏空は次のおたよりを見て、クスリと笑ってからキメ顔で読み始めた。
「ソラジオネーム、双葉音子さん。ソラさん、リクさん、こんばんは。2人の結婚式。呼んでくれるよな? 大丈夫だ。費用は俺が全て負担する。との事です。ありがとうございまーす」
「…………」
「どったの? そんな入刀される前のウェディングケーキみたいな顔して」
「どんな顔だ。というか、この人のおたよりはどうなってるんだ?」
なんとなく頭痛がする気がしながら聞くと、奏空は笑みを浮かべながら答えた。
「この人は怪人人面疽さんと同じで古参の名物リスナーさんだね。いつもこんなノリだよ。そして他のリスナーさんイジリにも定評があるね」
「そういうタイプの人か」
「そしてイジリを受けた人は、後日良い事が起きるとか……起きないとか」
「どっちだよ。それにしても、結婚ねぇ……ソラは結婚願望はあるのか?」
「リクとならあるくらいかな」
その瞬間、コメント欄がまた加速した。
『( ‘ω’)ファッ!?』
『エンダアアアァァァ』
『まさかの発言でコメント欄に激震が走る』
『ご祝儀袋どこ……ここ?』
『こ↑こ↓』
コメント欄の様子を奏空は楽しそうに見る。
「おおー、コメント欄がスゴいし、ご祝儀スパチャもえげつない量来てるね」
「来てるね、じゃないって。リスナーも気が早いけど、お前も人気作家なんだから不用意な発言はするな」
安全面を考えて注意すると、奏空は首を傾げた。
「けどさ、冷静に考えても私の事を受け止めてくれるのってリクくらいじゃない? そしたら私が結婚出来る相手はリクしかいないよ?」
「そうやってするもんでもないだろ、結婚は。でもまあ、俺も何だかんだで彼女はいないし、変に異性に近寄られても面倒だからソラと結婚しとけばそれはそれで問題はないのか……」
「でしょー? という事で、二人とも理想の結婚相手は目の前にいました。双葉音子さんは結婚式にご招待しますので、ご住所を何らかの形で教えてくださいね」
「いやいや、リスナーの個人情報を手に入れようとするな」
『DMで送りますね』
「双葉音子さんもノリノリだな。個人情報は大切にしてくれ」
「という事で双葉音子さん、ありがとうございまーす。とりあえず次のおたよりでコーナーは終わりにしようかな」
奏空は送られてきたおたよりを楽しそうに見ると、やがて一つのおたよりを選んだ。
「えー、ソラジオネームはファ──」
『フェローチェ!』
「おい、待て。ラジオネームが危険な場合があるのか」
「この人も古参の名物リスナーだよ。毎回ソラジオネームはギリギリ危ない方向で変えてくるけど、挨拶はほとんど毎回時候の挨拶だし文体も丁寧だからわかりやすいんだよね」
「ヤバイだろ、この人」
「他リスナーからは通称変態紳士として愛されてるね。えーと、ソラさん、リクさん、盛夏の候、厳しい暑さが続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。私も溶けてしまいそうなこの暑さには参っていますが、このラジオを聞く事で元気を頂いております。今回からリクさんがアシスタントとして加わられる事で、このラジオがより賑やかな物になり、リスナーの皆様にもより元気を与えられる物になるよう願っております。これからも暑い日々が続きますが、くれぐれもご自愛ください、との事です。ありがとうございまーす」
奏空は嬉しそうに言っているが、この変態紳士さんのおたよりに俺は頭がどうにかなりそうだった。
「なんだこれ……ラジオネームがヤバイのに上品なご老人が達筆な筆文字で和紙に書いてそうな内容なの色々おかしいだろ……」
「変態紳士さんは毎回こうだよ。だから、初見さんも今のリクみたいになるんだけど、段々に慣れていった結果、配信前の待機所でやってる変態紳士さんのソラジオネーム予想大会に参加するようになるんだよね」
「……因みに、当ててる人はいるのか?」
「たまにいる程度かな」
「当てる人もいるのかよ……それはそれでどうなんだ?」
「ウチはそういうもんだから。さて、次のコーナーに行く前にここで一曲かけようかな」
それを聞いて俺はホッとする。
「よかった、そういうのもあるんだな」
「それはあるよ。それでは、お聞きください。いわ──」
『アッチェレランド!』
「だから、母校の名前を出すな。というか、校歌をかけようとするな」
「ちぇー……それじゃあその代わりにこの曲にしよーっと」
「やれやれ……」
「それでは、お聞きください。“愛しのあなたへ”」
「……は?」
聞き覚えのあるタイトルが聞こえたかと思った次の瞬間、俺の声で歌う曲が流れ始めた。
「待て待て! これ、俺の黒歴史じゃないか!」
「学生時代に弾き語りしてたねぇ、これ。リク作詞作曲の名曲だよ」
「なんでまだCD持ってるんだよ!」
『おおう……これは、また……』
『ど、独特の世界観をお持ちのようで……』
「リスナーも引くな! ああ、もう……」
そして一番が終わるまでの間、俺は悶え続けるしかなかった。
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