ドミソラジオ
九戸政景
第一章
オープニングトーク
「ドー! どんな時もー!」
「ミー、みんなのためにー」
「ソー! それがこのー!」
「ラー、ラジオ番組ー」
「ドミソラジオ、はっじまるよー!」
その瞬間、コミカルな音楽が流れ始め、向かいに座る奏空が楽しそうに拍手をし始めた。
「はいっ! という事で本日も始まりました。ドミソラジオー! パーソナリティーは皆さんお馴染みの私ソラ、そして今回からアシスタントが──」
「おい、ちょっと待て」
奏空は口を尖らせる。
「なんだよぉ、止めるなら渡したボタンを使ってって言ったでしょ?」
「その時はちゃんとやる。そうじゃなくて、これは一体何なんだ?」
「見ての通りだよ。動画サイトを使った生配信のラジオ番組です」
「生配信って……というか、最初のも何なんだよ。最初にこれ読んでって言われたから読んだけどさ」
あいうえお作文のような挨拶が書かれた紙を見ながら言うと、奏空はクスクス笑った。
「タイトルコール前のご挨拶的なものだよ。ほら、お笑いでもつかみって必要じゃない?」
「それは一発目のボケの事だろ。つかみとラジオの最初の挨拶はまったく違うだろ。あんまり詳しくは知らないけどさ」
「声優さんのラジオとかだと寸劇するのもあるみたいだね。その方がよかった?」
「それなら今のがマシだ。そもそも手伝ってほしい事があるって言われたからついてきたらいきなりラジオってのもおかしな話だろ。芸能人のドッキリか何かか」
「はい、という事で色々困惑中だけど、何だかんだで付き合ってくれてるアシスタントのリク君でーす」
「おいって……はあ、まったく……」
奏空の強引さに呆れながら俺はため息をつく。とりあえず気持ちを落ち着けるためにここまでの出来事を思い出しておこう。
俺は
そんな奏空とは学生時代からの付き合いで、今日も突然手伝ってほしい事があると電話が入ったので待ち合わせをしてついていったらこの部屋に着いて、軽い打ち合わせも無しに奏空はラジオ番組を始めたのだ。
そしてこの部屋についても軽く説明しよう。ここは奏空の家の中にある部屋の一つで、俺達は中心に置かれた長机を挟んで向かい合う形で座っている。目の前にはスタンドにセットされたマイクやケーブルで繋がれたオーディオインターフェース、そして二人分のパソコンが置かれていて、パソコンの画面には色々なものが映っている。
左側ではリスナーのコメントが流れて中央にはドミソラジオのロゴが浮かび、右下には奏空が実家で飼っているシベリアンハスキーのムーンを思わせるミニキャラがお座りをしている。そんな画面だ。
「というか、いつからこのラジオ始めたんだよ。たまに飲みに行ってるけど、まったく話したことなかっただろ」
「話さないといけない事でもなかったからね。まあそんなリクにオープニングトーク代わりにこのドミソラジオについて説明するよ。どうやら初見さんもいるようだしね」
「そういやそうみたいだな」
俺達はコメント欄に目を向ける。コメント欄には色々なコメントが流れており、中には投げ銭をくれている人もいた。
「あ、スパチャありがとー」
「ありがとうございます。それで、このラジオっていつからやってたんだ?」
「二十歳の頃からだよ。リクも知ってるけど、私って小説家じゃない?」
「そうだな。ネットでのんびり書いてたら二十歳で賞を貰って、あれよあれよという間に人気小説家様だ。学生時代に俺達を巻き込んでバカ騒ぎしてたお前が今では小説家なんて当時の俺達が聞いたら驚くよ」
「私は面白がるし、自分を出せーって言いそう。あの頃は楽しかったねぇ……教頭のつ──」
『クレッシェンド!』
渡されていたボタンを押してからため息をつく。
「おい、個人名は晒すな。というか、なんでクレッシェンドなんだ」
「ドミソラジオだからね。ピー音の代わりに音楽の用語を使おうかなと。だから、他にもデクレッシェンドとかアダージョ、カンタービレなんかもあるよ」
「因みに、使い分ける必要は?」
「ないね。私達の失言の長さによって使い分けてもらうくらいだよ」
「失言前提かよ……」
コメント欄では俺達のやり取りを面白がるコメントが多く流れていた。
「尚、私の好きな声優さんのラジオでも取ってる方式だね。あっちは別の言葉だけど」
「なるほどな」
「それで、小説家として頑張ってたんだけど、その時に勉強の一環として担当の編集者さんにも相談した上でこのドミソラジオの前身のソラジオをやってたの。その頃から頑張ってたから定期的に聞いてくれるリスナーさんもいるし、何だかんだで収益化も通ってる。だから、アーカイブも残してるよ」
「それで勉強にはなってるのか?」
「なってるね。まあソラジオも無理ない程度にやってたんだけど、リニューアルしてドミソラジオにする際に欲しいと思ったんだよね。しっかりと私を止めてくれるアシスタントが」
「その編集者さんじゃダメなのか?」
奏空は微笑みながら首を横に振る。
「編集さんも悪い人じゃないけど、私が求めてるのはまさしく君だったからね。私がバカやっても呆れながら付き合ってくれて、時には尻拭いまでしてくれるのは君だけだったから」
「奏空……」
「まあとりあえず今回だけは手伝ってよ。次回からも参加してくれるかは君が決めて良いから」
奏空は屈託のない笑顔を見せる。そう、奏空とはこういう奴なのだ。結構明け透けに物を言うし、こちらに心の準備をさせずに色々な事に巻き込んでくる。だから、奏空を問題児扱いする奴は少なからずいた、
けれど、不思議な事にコイツはいつだって最後にはみんなを笑顔にしてしまう。そんなよくわからない奴なのだ。
「やれやれ……手伝ってよも何もこのまま帰るわけにもいかないだろ。番組はもう始まってるんだからな」
「リク……」
「付き合ってやるよ、お前に。これからもな」
その瞬間、コメント欄に多くのコメントが流れた。
『やれやれ系イケメンキター(゚∀゚)ー!』
『イケボな上に優しいのね、キライじゃないわ!』
『ソラタソとりっくんのやり取りで世界がヤバい!!』
「おー、コメント欄がスッゴいねー」
「そうだな。というか、やれやれ系ってなんだ?」
「リクみたいな人だよー。あ、そういえばさ、学生時代から結構モテたのに彼女作らなかったよね? あれは他人事ながらもったいないと思ってたんだけど?」
奏空からの問いかけに俺は首を横に振る。
「別にモテてない。異性からよく声はかけられてたし、困ってるところを助けた事は多いけど、お前に巻き込まれる事が多かったのに話しかけてくる異性が多くてもむしろ困る。それに、そんなモテるような見た目もしてないのにモテてたわけないだろ」
『( ゚∀゚)・;’.、グハッ!』
『こ、これがリアルのやれやれ系の実力……なのか』
『まだ始まって数分なのに死屍累々になってるのはマジで草』
『和気藹々のコメント欄←Before やれやれ系に負けた者達の墓場←After』
「……なんかお前のリスナーってクセ強くないか?」
奏空はクスクス笑いながら頷く。
「キャラの濃さは中々だけど、その分退屈はしないよ。みんなー! みんなの顔はしっかり見えてるからねー!」
「いや、ラジオだから見えないだろ」
『うおぉー! ソラタソー!』
「アリーナー!」
『うおぉー!』
「ラジオのアリーナ席ってなんだ。というか、それについていけるリスナー達も大概だな」
次々と繰り出されるボケの弾丸に俺は受け流すのでいっぱいいっぱいだった。けれど、不思議と楽しいと思っている自分もいた。
「まったく……学生時代を思い出すな、この感覚」
「でしょ? さて、オープニングトークはここまでにして、そろそろコーナーにいこうか。リク、遅れずについてきてね?」
「はいはい」
奏空の言葉に答えていると、奏空は笑みを浮かべながら口を開いた。
「ドミソラジオ、この番組はいわ──」
『デクレッシェンド!』
「──の提供でお送りいたします」
「おい、待て。スポンサーでもない母校の名前を出すな」
俺のツッコミを最後にこの一筋縄ではいかないラジオのオープニングトークが終わりを告げた。
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