第15話 古海栄徳・2-1


 コンビニ店内は学生達でごった返している。

 ホットスナックを買い食いし、駐車場で踊り狂って馬鹿騒ぎ。人目を気にせず迷惑極まりない連中だ。腹立たしくて仕方ない。理由はもちろん邪魔で喧しいから。そして何より、当時の俺と正反対に青春を謳歌しているからだ。

 どこからともなく湧いてきやがって。害虫に遭遇したような不快感に苛まれる。営業スマイルをしようにも、怨念で眉間みけんに皺が寄ってしまう。殺虫剤で一網打尽にできたら気分爽快だろう。なんて、学生を駆逐する様子を思い浮かべるも、単に虚しいだけだ。切なる願いは叶う兆しもない。


 そんなこんなで、害虫御一行は飛び去り台風一過。客が粗方けたので商品棚の整理を始める。案の定、お菓子コーナーの被害は著しい。列は乱れて場所はバラバラ。菓子袋の間には、悪戯いたずらのつもりか、コンドームの箱が挟まっている。センス皆無のディスプレイだ。復興には幾分時間を要するだろう。

 頭痛を覚えながら、黙々と原状復帰に努める。何故あんな奴らの尻を拭わないといけないのか。散々虐げられてきたのだ、むしろこっちが尽くしてほしいくらいである。だなんて、以前なら悪態をつく余裕すらなかった。死人のように思考停止で職務遂行していただろう。有り難いことに、「殺したい」という憎悪がくすぶる程度には回復したらしい。それもこれも、無戯星ルゥラのおかげだろう。


「うわぁ。凄い荒れっぷりですね。私も手伝います」


 隣にしゃがみ込んできたのは、バイト仲間の塔村咲だ。ちょうど出勤したばかりらしい。学校の制服を着たまま商品を並べ替えている。

 彼女は高校二年生なのだが、同年代と比べて豊かな肉付きをしている。かといって、決して太っている訳ではなく、実に健康的な体格だ。丸っこい童顔も相まりとても愛らしい。浮かべる笑顔は格別だ。口元より覗く八重歯がキラリと光る。

 世の学生が皆、彼女のような子なら良かったのに。先ほどの害虫達とは大違いだ。荒んだ心が徐々に潤いを取り戻していく。


「そういえば、古海さん。この前より雰囲気が明るくなりましたね」

「うぇっ!?」


 不意の問いかけに素っ頓狂な声が漏れてしまう。

 返事をするだけなら容易なはず。それなのに、金魚みたいに口をパクパクするばかり。言葉をさっぱり紡げない。

 彼女の笑顔を前にするといつもこうだ。心臓がバクバク暴れ出し、耳の先までかっかと熱くなってしまう。普段通りではいられない。


「あ、ごめんなさい。急に変なこと聞いちゃって、失礼ですよね」

「そ、そそ、そんなこと。ちょっと、び、びっくりしただけで」


 返答が遅れたせいで、彼女に気を遣わせてしまった。

 もはや何度目の失敗だろうか。同じてつを繰り返し踏んでいる。コミュニケーション能力の欠如はいつになっても治らない。


「えっと、その。明るくなったように見えるのは、多分だけど、新しい趣味を始めたから、かな」

「へぇ、いいですね。良かったら、どんな趣味なのか教えてくれませんか?」

「た、大した趣味じゃないよ。推したくなる動画投稿者に、出会えたってだけだから」


 とあるVTuberに心を奪われてしまったから、だなんて正直に言えるはずがない。

 虚構の存在に一目惚れしたと伝えたら、十中八九軽蔑されそうだ。美少女キャラに入れ込む男なんて気持ち悪いと拒否されること必至。そのため、婉曲えんきょく的に説明せざるを得なかった。

 だが、その相手が無戯星ルゥラと伝えたらどうだろう。

 都市伝説として語られるVTuber。どんなに検索しても辿り着けず、偶然の遭遇でのみ彼女の動画を視聴可能。動画はいつも文字化けしており、ストイックにお悩み相談のみを配信する。

 まさにミステリアス。謎に好奇心をくすぐられるのが人間だ。

 もし、無戯星ルゥラとの繋がりを話せば、塔村はどんな反応を示してくれるだろう。もっと知りたい、教えてほしいと話題に食いつくかもしれない。それをきっかけに、俺自身にも興味を持ってくれて、ゆくゆくは――――いやいや、何を考えているんだ。ふざけるのも大概にしろ。現役高校生に好意を向けてほしいなんて、一歩間違えれば犯罪だ。存在価値がマイナスに振り切ってしまう。


「でもよかったです。古海さん、ここのところずっと暗い顔をしていましたから」

「そ、そうだったかな」

「そうですよ。久谷さんと同じシフトの時なんてもう真っ青。ううん、群青です。次の日になってもゾンビみたいで、足取りもフラフラだったんですよ?」


 見ていられないほど酷い有様だったらしい。

 彼女に心配されて嬉しい反面、申し訳なさが胸中で渦巻いてしまう。

 久谷主水とは反りが合わない。仕事中はまさに針のむしろ。一分一秒が永遠に引き延ばされたと錯覚してしまう。無間むげん地獄だ。かち合った日は「早く退勤時刻になれ」とか、「隕石で店が吹き飛べばいいのに」とか、無意味に念ずるばかりだった。

 同じバイトという立場でも、塔村とは雲泥の差だ。月とスッポン、天国と地獄。比べるのも烏滸おこがましいだろう。


「ほら、久谷さんって、結構グイグイ来るところあるじゃないですか。だから、古海さんとはちょっと、相性が悪いのかなって」

「やっぱり、そう見えるよね」

「あ、そうそう。グイグイといえばなんですけど。実は久谷さんから、この夏は一緒に海へ行こう、って何度も誘われているんですよ」

「え、行くつもりなの」

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