第二章

第14話 無戯星ルゥラ・2


 ベッドの上でスマホが震えている。

 おもむろに拾い上げてみると、着信画面には【辟。謌ッ譏溘Ν繧・繝ゥ】と記されていた。


「ひぇっ」


 突然の文字化けに拒否反応。思わずのけぞってしまう。だが、その文字の羅列には見覚えがあった。

 そうだ。つい春先のこと、推しの動画に初めて出会った時と同じだ。

 文字化けした題名とダークなサムネイル画像に惹かれて思わずタップ。気付けばどっぷりハマってしまい、今では立派に迷える星々の一人となった。ライブ配信は欠かさず視聴するし、何度もコメントを読み上げてもらっている。

 着信画面の文字列は、推しの動画にそっくりだ。

 とすると、もしかして。

 淡い期待を胸に通話ボタンをタップすると、画面が瞬時に切り替わる。


『こんばんは、Re:ロイⅡ世さん』


 果たしてそこには、推しの姿があった。

 無戯星ルゥラ。

 どん底だった自分に生きる希望を与えてくれたVTuberだ。小さな長方形いっぱいに、彼女の電脳的なデザインが躍動している。

 でも、どうして。

 一ファンに過ぎぬ相手に何故連絡を取ったのだろうか。いずれかのSNSにDMダイレクトメッセージを送るならまだしも、いきなり通話を試みるなんて。それに、電話番号は伝えていないはずだ。どこかから個人情報が漏洩ろうえいしたのだろうか。心当たりはそこそこある。

 更に妙なのは、自身の3Dモデルを高画質で映していることだ。一体どんな技術を用いたのか。新手のアプリケーションソフトかと勘繰るも、インストールした覚えはない。では何故か。駄目だ、さっぱり見当がつかない。

 いや、そんなのはこの際どうでもいい。

 もっと大事なのは、推しが連絡を取ってきたという事実。そして、直接話ができるという状況ではないか。二の足を踏んでいる場合じゃない。


「あ、あの。ルル、ルゥラさん。えっと、あのその」


 だというのに、言葉が喉元で渋滞を起こしている。詰まり気味のぶつ切りで、あたふたおろおろ右往左往。無意味に部屋の中を歩き回ってしまう。


『大丈夫、焦らなくていいよ』


 それでも、無戯星ルゥラは待ってくれている。

 早鐘は未だ鳴り続けるも、彼女の微笑みが染み渡り、徐々に落ち着きを取り戻していく。


『今だけはボクと君、二人っきりの時間だよ』

「じゃ、じゃあ、他の迷える星々の人達は」

『もちろんいないよ。だって、に与えられた特別なんだから』

「と、特別」


 甘美な響きが鼓膜を撫で、ごくりと喉が大きく鳴る。

 数多いるチャンネル登録者の中で、たった一人自分だけが選ばれた。この世でたった一つの資格だ。降って湧いた幸運に歓喜の震えが止まらない。


『いつもはコメントに返すばかりだけど、これなら直接君の相談に応えられるね』

「それってつまり」

『例えば、そう。誰にも言えない、チャット欄にも載せられない、重い悩みも打ち明けていいんだよ』


 胸を射貫く言葉に息が詰まってしまう。

 まさか、未だ打ち明けてない悩みがあると、彼女は気付いているのか。だから、こうして直接電話をかけてきたのか。

 でも、どうして、どうやって。

 などと考えたところで意味はないし、それよりも大切なことがあるのは先述の通り。かぶりを振って疑問符をき消す。

 話すなら今しかない。


「この前の配信で、学校でいじめられているって書き込んだのは、覚えていますか?」

『もちろんだよ。だからこそ、こうして君の元にやってきたんだ』


 やっぱりだ。

 無戯星ルゥラは自分の悩みを見抜いている。


「その、実はなんですけど。僕をいじめているのは、クラスメイトの女子達なんです。だから、両親に助けを求めても、男らしくないって逆に怒られて」


 やり返すくらいの気概を見せろ、情けない。

 それが相談に対する答えだった。


「でも、勝てるはずないんです。いじめのリーダー格は、地元企業の社長令嬢で。だから、クラスメイトはみんな言いなり。担任の先生も見て見ぬ振りだし、他の教師も知らぬ存ぜぬ我関せずってかんじで」


 きっと、教育委員会に訴えても同じ結果だろう。

 四面楚歌の八方塞がり。己の弱さを悔いて諦めるしかない。


「悪口なんて可愛い方で、寄ってたかって殴られるのは日常茶飯事。それどころか、無理矢理服を脱がされたり、人前で自慰行為オナニーするように言われたり。その様子を撮影されるんです。映像はSNSのグループで共有されて、いつでもネットに放流できるぞって、デジタルタトゥーになるぞって脅されて」


 打ち明けたら止まらなかった。

 決壊した途端、溜め込んだ分が滂沱ぼうだの涙になって溢れ出る。無様に嗚咽おえつを漏らすしかない。


「全部、弱い僕が悪いんだ。いじめたくなるような人間だから」

『ううん、自分を責める必要なんてないよ』


 それでも、無戯星ルゥラは受け入れてくれる。

 こんな醜い自分にも、最後まで寄り添い導こうとしてくれるのだ。


『責められるべきはいじめる人間の方さ。君に罪はない。全面的にその女子が悪い。だからこそ、このままじゃ駄目なんだ』


 赤と青の双眸そうぼうが、毅然とした光を放っている。

 ドレス上を走る虹色の線、その奔流ほんりゅうがより一層激しくなっていく。


『我慢するばかりじゃいけない。理不尽を振りかざす人達は己の行いを省みず、その悪逆非道さを増していく。現にいじめは悪化する一方だよね』


 その通りだ。

 どんなに「やめて」と意思表示をしても、余計に面白がって過激になるばかり。わずかな抵抗すらいじめの燃料になっていた。


『彼女達は暇潰し程度の軽い気持ちでやっている。君が苦しむ姿に快楽を覚えるような人間だ。もはや矯正しようがない』


 改善は望めない。

 残された選択肢は、諦めて現状を受け入れるか、この世に見切りをつけるか程度だろう。

 しかし、無戯星ルゥラは首を横に振る。


『自殺だけはいけない。君が死んだところでその手のやからは反省しないし、次の標的を見つけて同じことを繰り返すだけ。遺書でいじめを告発しても、大人達は加害者を庇ってもみ消すだろう。果てにはいじめをやんちゃと語り、自殺者を出したと武勇伝にするかもしれない』


 それなら、諦める以外選択肢がないじゃないか。

 死して尚、弱者の尊厳は踏みにじられる。どう足掻いても結末が変わらないなんて、人生は史上最悪のクソゲーだ。


『好き放題いじめられ、遊びで使い潰されるために生まれてきた。そんな一生、絶対に嫌だよね』


 当然だ。

 他人の養分になるだけなんてまっぴら御免。生まれてきた意味がない。

 それなら、どうすれば良いと言うのか。

 無戯星ルゥラは口元で三日月を描く。天使の微笑みだ。迷える星々を導こうと、ブロックノイズ混じりの手を差し伸べてくれる。


『心配しないでほしい。耳を傾けてさえいれば大丈夫。そうすれば、おのずと道は切り拓けるんだから』

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