第6話 黄瀬蓮凪・1-1
窓の向こう、校庭の桜並木は鮮やかな新緑を揺らしている。
教室はそこここで
観光地で旅を満喫したとか。誰それのライブで盛り上がったとか。笑い声の
どれもこれも、私とは関わりのない話ばかりだ。
窓際の席で一人じっと耐える休み時間。ぱっつん前髪と借りた本で顔を隠し、背景に同化しようと息をひそめる。
目立ちたくない。何事もなく過ごしたい。
早く昼休みにならないかな。
静かな図書室へ逃げ込みたくて仕方なかった。
「うわ。コイツまーたキモい絵ぇ描いてンじゃーん」
「えぇ、何コレ。男同士でエロいことしてるとこ? マジで変態かよ、気持ち
「そんなだから友達が一人もできないんでちゅよー?」
耳障りな騒音に混じり、一層不愉快な言葉が鼓膜を突き刺してきた。
声の主は、クラスでも札付きの女子グループ御一行だ。授業中の私語は標準装備で、時には教師相手にも噛みつく問題児集団。私とは違う学区出身だけど、その悪名は入学当初より耳に届いていた。
絶対に関わりたくないタイプだ。
そんな凶暴無比な猛獣に襲われているのは、これまた別学区出身のクラスメイト。名前は確か――そう、
最も弱い立場にいる者が貧乏くじを引かされる。
それは小学校でも中学校でも、どこであっても変わらない事実みたいだ。
「や、やめてくださ……い」
「はぁ? 声が小さくて、何言ってンのか聞ぃこえーませーん」
「あの、だから……その」
朝音ちゃんは抵抗を試みているけれど、いじめっ子に
他のクラスメイトは案の定見て見ぬ振りだ。
あの女子グループに関わったら最後、今後の学校生活に支障をきたす。だから触らぬ神に祟りなし。朝音ちゃん一人を
みんな談笑しつつ、遠巻きにいじめの様子を伺っている。
誰もが
なんて、私自身批判する資格はないだろう。自分だって席にずっと座ったまま微動だにしない。「助けないと」と思っているだけでは無意味だ。行動に移さないと。でも、恐ろしくて動けない。頭から指の先まで
あんな思い、二度とごめんだった。
「え、何々。このキモい絵ぇ、いらないから捨ててほしいって?」
「そ、そんなこと言ってな……」
「だよねー。気の迷いで描いちゃったんだもんねー。もう、仕方ないなぁ。私達が代わりにポイしてあげるから感謝しなよ」
リーダー格の女子が身勝手な代弁をしている。
「はい、これでよしっと。あ、そうそう。当然だけど、ちゃあんと処分料払ってもらうから。つー訳で一万円ね」
「ゴミ処理だって
「明日までに持ってこいよー」
しかも、ついでのようにカツアゲまで始めている。
もはやいじめなんて生易しい言葉を使っちゃいけない。器物破損に恐喝行為。立派な犯罪だし、学校の外でやれば確実に警察
それでも、誰一人
もう、我慢の限界だった。
私が助けないでどうする。勇気を振り絞るんだ。
深呼吸。溜め込んだ息を一気に吐き出すと、机の天板を思い切り叩いて立ち上がる。バンッと、想像以上に大きな音が響き渡る。両の
再び深呼吸をして、悪意の渦中へと飛び込む。
「朝音ちゃん、絵を見せてほしいんだけど。いいかな?」
周囲のどよめきを無視し、床に散らばった紙を拾い上げていく。
突然の展開に、朝音ちゃんはぽかんと口を開けたまま呆然としている。女子グループ御一行も、他のクラスメイトも同じだ。教室の置物同然だった生徒が突如動き始めた。それだけでもびっくり仰天ものだろう。加えて、いじめの現場にノーを突きつけたとなれば尚更だ。
私自身、驚いている。波風立てないよう過ごしてきたのに。まさか、後先考えない行動に出てしまうとは。
あり得ない。大失態だ。猛省しないと。
でも、黙って知らんぷりをするより、ずっといいはずだ。
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