第5話 古海栄徳・1-4


 いじめと引きこもり。どちらも身に覚えのある相談内容だ。軽々には語れぬ社会の暗部。決して晴れることのない永遠の闇。それでも、無戯星ルゥラは臆さずに向き合っている。

 それなら、俺だって。

 見るだけでは我慢できず、チャットに参加してたぎる思いを打ち込んでいく。


〇バットエイト

 初めまして。チャンネル登録させてもらいました。私もかつていじめられ、引きこもりだった時期があります。今でも社会に適応できないまま、死にたい気持ちで過ごしていました。でも、無戯星ルゥラさんに出会えて、こんな私も救われた気がします。生き甲斐がいになりました。これからの配信も楽しみにしています。


『バットエイトさん、コメントありがとう。ボクも君と出会えて嬉しいよ。救済への道はまだ始まったばかりだ。でも、必ず最後まで導いてあげるからね』


 無戯星ルゥラは画面越しに微笑んでくれた。

 新参者の俺を救うために尽力すると誓ってくれた。

 間違いない。

 彼女こそ、命を賭して推すべき偶像アイドルなのだ。


 配信終了後も興奮冷めやらぬまま、俺は布団の上で放心状態だった。

 なんと不思議なVTuberだろう。

 電脳世界の深淵が出身地という設定だが、むしろ舞い降りた天使ではなかろうか。ネット上の報われぬ弱者を救済せんと手を差し伸べる、善意という概念そのものだ。全てを慈しまんとする無償の愛すら覚えてしまう。どんな悪意に晒されようとも、彼女の前では瞬く間に浄化されるだろう。

 そのおかげか、実際チャット欄は平和そのものだった。大抵の場合、冗談交じりに茶化ちゃかしたり、面白おかしくネットミームを撒き散らしたりと、大なり小なり見るにえない文章が流れるものだ。たとえどんな人気者でも、アンチコメントを吐き捨てる粘着アカウントは存在する。それなのに、彼女のチャンネルは至って穏やかで平穏無事。賛同と共感のコメントで埋め尽くされている。配信者である無戯星ルゥラも、ファンである迷える星々も、清く正しく美しい。

 追い求めた癒しの空間が、ここにあったのだ。


 しかし、だ。

 こんなに優れたチャンネルが、どうして日の目を見ないのだろうか。春先に始めたばかりとはいえ、このまま埋もれてしまってはもったいない。

 他に同志はいないかと、試しに“無戯星ルゥラ”と検索してみる。すると、何故かチャンネルページがヒットしない。動画サイト内でも同様だ。自己紹介動画が検索結果に出てこない。

 これは一体どうしたことか。

 検索ワードを追加して絞り込んでいくと、幾つかのネット掲示板が目に留まる。怪談や都市伝説など、主にオカルト関係の話題を扱うスレッドだ。

 散見される書き込みを総合すると、無戯星ルゥラは幻のVTuberとして噂されているらしい。検索では辿り着かず、偶然表示される以外の視聴方法は存在しない。また、URLをコピーしてもエラー、スクリーンショット画像も何故か歪んでしまう。そのため、目撃証言だけが一人歩きしているとのこと。

 何らかのプロモーションでは、という意見もあるが、エラー発生の説明がつかない。宣伝としては致命的な欠陥であり、機器の不具合は往年の心霊現象を彷彿とさせる。恐らくそれが、オカルトスレッドにて名前が挙がる原因なのだろう。


「無戯星ルゥラが実在しないなんて、そんな馬鹿な」


 といぶかしみ、動画サイトの登録チャンネル一覧を覗いてみる。すると、アイコンの横に表示される名前が、“辟。謌ッ譏溘Ν繧・繝ゥ繝√Ε繝ウ繝阪Ν”と盛大に文字化けしていた。物は試しとURLのコピーをするが、こちらもやはりエラーだ。スクリーンショット画像はマーブル模様で原形を留めていない。ネット民の言う通りだ。あながち、与太話よたばなしという訳でもないらしい。

 だが、そんなのは些末事さまつごと

 彼女は俺の天使だ。正体が何であろうと関係ない。

 それより問題なのは、迷える星々の一人として如何いかに報いるか、である。

 与えられてばかりでは収まりが悪い。恩返しの一つもできないならファン失格と言えるだろう。

 故に、推し活街道の邁進まいしん、その方法をどうするかが肝要だ。

 メラメラ、と。

 生命の灯が勢いよく再燃し始める。

 全身が燃えるように熱くなっていくのをひしひしと感じていた。

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