第6話:食堂と狂人?




「へぇ、エドナではテント式の屋外食堂が一般的なんだな。俺達が泊まってる宿とか買い物にいった市場じゃ、こういうのはなかったからさ」



 砂漠の漁師、そして砂魔石採りの若者達と共に、エドナの大衆食堂にやってきた。いくつものテントが連なり、一つの大きなテントのようになっていて、様々な店が一帯になっている感じ。屋台っぽいが、それとも少し感じが違う。


シェフが何人もいて、それぞれ出す料理が違うけど、一緒にやっている感じ。肉料理が得意なシェフとサラダだとか米料理が得意なシェフとかが、それぞれ得意な分野だけやっていて、とんでもないスピードでハイクオリティな料理が量産されている。


それぞれの得意不得意のバランスを補完し、実質的なセット売りのような感じにしてるんだな。屋外店舗だから、近くを歩いていると食べ物の匂いがダイレクトに伝わってくる。これがかなり食欲や好奇心を掻き立てる。腹が減ってしまう。


大衆食堂はかなり人が多いのだが、回転が早いのか待っている人はあまりいない。料理人自体が多いのもあるのかな?



「ここらは労働者が食事する場所だからな。冒険者や外の人間が使うエリアとはあんま被らないんだよ。ワシはもうずーーっと、ここに通い続けてるが、まるで飽きないね。新人の料理人を見ると味を試したくなる。新人の料理人の方も、自分の出す料理が客を喜ばすことができてるか気になるから、感想とか聞いてくるわけ。ワシみたいなおっさんは、そこでアドバイスすんのが好きなんだよなぁ~。その新人料理人が人気者になったら、ワシが育てたって自慢しながら酒を呑むわけ」



 漁師のおっさん、目が輝いている。まだ酒は飲んでいないはずだが、すでに酔っ払っているかのようだ。



「なるほどなぁ、料理人を育てるねぇ。確かに料理人と客の距離が近いから、反応とかは分かりやすいよな。でも喧嘩とかは起こらないの?」


「いやぁ、ジャンダルームさん。料理人に喧嘩を売るような命知らずはエドナにはいないよ。エドナじゃ料理人達だけじゃなく客にも仲間意識があって、料理人に喧嘩なんて売ったらみんなからボコボコにされるよ。不味い料理を出されたって、それは自分が頼んだもんだ。嫌なら次はその料理人に頼まなきゃいいだけ、それも分からないなら、全ての料理人がそいつに料理を作らなくなる」


「ほほぉ、面白い文化だね。料理人を育み守るシステムがあるんだ。仲間意識か、これだけ活気があるのは、ある種の一体感が祭りのようになっているからかもな。お腹があまり空いていなくとも、楽しい雰囲気を感じに来る人もいそうだ。よし! じゃあ漁師のおっちゃん、それにセピア! 君たち一押しの料理人を教えてくれ! 俺はもう腹が空いて仕方がないッ!!」



 ──ぐるるうう。



「はっはっは、ジャンお前腹の虫が凄いぞ!」


「いや腹は減ってるけど、この音は俺のじゃないぞ──ん?」



 腹の虫、音のした方を見てみると。そこには女の子がいた。年は10から12ぐらいか……?



「お嬢ちゃんどうしたの? 迷子? お腹空いてるの?」



 ディアが女の子に話しかける。少し屈んで女の子と同じ目線に立っている。



「迷子じゃないよー。お腹空いてる~。魚! 魚とご飯探してる」


「魚とご飯? 魚を食べたいのかな?」


「ミュシャは別に魚食べたくないよー。でも欲しいから探してる。おねーさんキレイ、女神さまみたい」



 どうやらミュシャというのがこの子の名前らしい。



「あはは、女神様かぁ、ありがとねミュシャちゃん。お腹空いてるならおねーちゃんと一緒にご飯食べる?」


「うん! 食べるー!」



 いいのかな? これ犯罪とかになったりしない? けど、やっぱりディアは優しいな。



「おい……ミュシャって、あのミュシャか……? なぁジャンにディアの嬢ちゃん、その子にはあんま関わらない方が……」



 漁師のおっさん、それに若者達がざわついている。女の子がミュシャと名乗った時からだ。このミュシャという女の子、なにか訳ありなのだろうか?



「え? どうして? 悪い子には見えないけど」



 セピアがヒソヒソ声で俺に耳打ちする。ミュシャには聞こえないように。



「ミュシャは、彼女は罪人なんだ。王家が偽物だと言って、その、不敬罪で。頭がちょっとおかしいって」


「なるほど、そういうことか。それは直接話してセピアが感じたことか?」


「いや、そうじゃないけど……」


「なら俺は彼女と直接話して、彼女がどういう人間か自分で判断するよ。実際に話してみないと分からないこと、多いだろ?」



 俺はそう言って漁師のおっちゃん達の方を見る。セピアも俺と同じように漁師のおっちゃんの方を見て、ため息をついた。それもそうだなと言うかのように。



「よしじゃあワシ一押しの料理人を教えてやろう! ここ、ドナーナの店がワシが一番好きな味を提供してくれる! よぉドナーナ! ワシ達とこの外国人、それとこのガキんちょに、ワシの大好物、いつものやつを頼むぜ!」



 おっちゃんがドナーナと呼んだ料理人。褐色で背の高い女性で、顔や腕に傷があり片目が見えないようだった。筋肉もあるし、これは……もしかして、元兵士だったりするのかな? 怪我で戦えなくなったから料理人に転向みたいな。



「ああ、ゴストン、あんたまた来たのかい? 飽きないねぇ……それじゃいつもの、作るから待ってな」



 漁師のおっちゃんはゴストンて名前だったんだな。それにしてもこのドナーナ、凄い手際の良さだ。みるみるうちに料理が量産されていく。



「ほらできたよ。これがドナーナの一番飯、サメトカゲの油香草焼きさ。熱いうちに食った食った!」



 サメトカゲ、さっき漁をした時に見たサメのようなトカゲだ。サメトカゲの肉は質感としては鶏肉っぽい。それを香草の香りを移した油で焼いている。焼いた後は仕上げに改めてスパイスを振りかけ、サボテンを添える。


「いただきます!」



 料理が届いた瞬間、俺はすぐに一口目を頂いた。う、美味いッ!!? なんだ、これ……全然想像と違うぞ。香草の匂いも漂っていたし、結構スパイシーな、ちょっと癖のある感じを想像していたけれど、まるで癖がない。でも甘辛い、ぞ? 砂糖のようなものは入っていないはずだ……このサメトカゲ自体が甘いのか?


「う、ウマすぎる!! これ、甘いのはなんでなんだ? トカゲが甘いのか?」


「ああ甘いのはね。サメトカゲの油が香草のラーブアと絡むと何故か甘くなるんだよ。あたしも原理はわかんないんだけど。口に合ったみたいでよかったよ」



 ドナーナが四角い形のハーブを手に取り、これこれと教えてくれた。この四角いのがラーブアか。



「うまー! うまーい! あはは、おねーちゃん美味しいねー」


「そーだねミュシャちゃん!」



 ディアとミュシャにも好評のようだった。漁師のゴストン達やセピア達も料理の旨さで顔が蕩けている。



「このサメトカゲの油香草焼きはヤバいな……何がヤバいって食欲が増進されてしまう。いくらでも食いたくなる。油で焼いてるものをこんなに食べたくなるものなのか? 胃もたれもする気がしない……」


「いや胃もたれはするから程々にしな。香草に胃もたれを緩和する効果もあるけど、なんでもやり過ぎは駄目だ。この料理は本来、食欲がない人向けのもんだ。でもあたしが上手く作り過ぎたせいで普通の人だと食べ過ぎちまう感じになっちゃってねぇ。ちょっとした悩みでもあるのさ、売上は上がるけど、その売上も客の健康あってこそだ」


「それはそうですな! いやー、ゴストンのおっちゃんにここへ連れてきて貰ってよかった。あ、そうだ……そのこれって、どうしたらいいと思います? ゴストンのおっちゃんに処理はしてもらってあるんですけど」



 俺とディアが漁で獲った獲物の一部は、漁師のゴストンが袋に詰めて俺達にくれた。その袋の中から俺は一匹を取り出す。



「おっと、それは。鏡魚かい? どうしたらいいってのは、どう料理したらいいのかって聞いてるのか、それとも、誰に料理させたら美味いのかを聞きたいのか」


「まぁ両方ですかね。貴重なものみたいですし」


「魚魚魚ーーー!! おにーさんそれ魚!? ミュシャはそれを探してたの! 魚欲しい、魚が必要なの! ミュシャに頂戴なの!」



 俺が鏡魚を袋から出したことで、ミュシャが興奮している。この子は魚を探していると言っていた。何らかの反応があるとは思っていたが、なんだかかなり必死だ。この子は魚を食べたくないと言っていた……魚が好きってわけじゃないはずだ、そんな子がここまで魚で必死になる……少し異常だ。


セピアはこの子がおかしいと言っていたが……ここまで来ると、俺には何か重大な理由があるとしか思えなくなってくる。勿論、それは個人的な話のレベルかもしれないが、少なくとも彼女にとっては切実な問題なのだろう。



「そうだな。じゃあミュシャ、どうして魚が必要なのか、俺に教えてくれ。俺がそれに納得したら、この魚をミュシャにやる」


「ほんとー!?」


「ああ、勿論だ」



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