第7話:文化の喪失、巫女
「魚を神様に捧げるの。神様はお魚が好きなんだよ!」
「ミュシャ、神様ってレーラ神のことか?」
「うん、レーラ様のことだよ! レーラ様は魚が好き、だから王様はレーラ様にお魚をあげる約束なんだよ」
王様がレーラ神に魚を捧げる約束、ミュシャがそう言った瞬間、屋外食堂の人々がざわつきだした。
「なに言ってんだこのガキ、レーラ神にはクリスタルと剣を捧げるのが習わしだろうが」
「こらッ!! あんた子供が言ってることに、いちいち目くじらを立てるんじゃないよ!」
少し離れた席からミュシャに小言を言う、意地の悪そうな老人に料理人のドナーナが怒る。ミュシャを庇ってくれている。ミュシャは老人に怒られたことが怖いのか少し震えている。
「大丈夫だよミュシャちゃん、お姉ちゃんがついてるからね」
ディアがミュシャの頭を撫で落ち着かせている。ミュシャはディアのことを信用したのか、ディアにぴったりとくっついて、再び口を開いた。
「ほんとだよ? レーラ様は魚が好きで、魚をくれる人が王様なんだよ?」
「そうか、レーラ神は魚が好きなのか。まぁ確かに剣やクリスタルを食べるよりは美味そうだしな。魚は貴重なようだし、王様でないと多くは用意できないかもな。ふーむ、エドナで聞き取り調査をした情報と食い違う部分もあるが……この子が嘘を言っているようにも見えないな。そもそも嘘をつくという発想があるようにも見えない」
「おいおいジャンよ。じゃあミュシャの言ってることが正しいかもって言いたいのか? こいつは罪人だぜ? 外の人間のお前さんがそんなこと言ったら王家に目をつけられるぜ」
漁師のゴストンが心配そうに俺を見る。ミュシャに敵意を向けるわけでもなく、単純に俺の心配をしてくれているようだ。ゴストン以外のやつらも大体同じような表情。王家を馬鹿にしていると怒るような人は殆どいないようだ。
王家の治世がうまくいっていないのか? それとも王家への忠誠心が高い者がいないってことか……? だとすると、ミュシャの言うことが正しいかどうかってより、ミュシャの味方をすると王家の権力が怖いというのが本当の所で……そうか、まぁ普通なら面倒事には関わりたくないか。
「目をつけられるのは嫌だけど、それはミュシャが間違っていることとイコールじゃないはずだ。それはそれ、これはこれだ。なぁミュシャ、神様が、レーラ神が魚が好きなのは分かった。けれど、それをどうやって知ったんだ? 誰から教えてもらった?」
「え? レーラ様が言ってるよ。みんなは聞こえないの?」
ミュシャが周囲の人々の顔を見る。けれど、それと同期するように人々はミュシャから目を逸らす。完全におかしいやつ扱いだ。
「なぁジャン言ったろ? この子はちょっと──」
「──ミュシャは“巫女”かもしれない」
「は……?」
「おいおいこの余所者マジかよ……」
俺がミュシャが巫女かもしれないといった所で、周囲のざわつきは激しくなった。巫女のことを言ってこうなるってことは……
「この様子だと、今のエドナイルには神の声を聞く巫女はいないようだな。他地域では巫女の存在は一般的、都市の神殿には最低一人、多いところだと五人程度はいる。彼女たち巫女は、自身と相性の良い神と繋がり、その声を聴き、意思を汲み取ることができる。なぁ、エドナイルはいつから、いつから巫女がいないんだ?」
「はぁ? 巫女なんて必要ないから居なくなったんじゃろう? もう何百年も巫女なんぞおらんわ。他地域を引き合いに出して、伝統も知らぬ余所者が!」
「もう何百年も巫女がいないのか!? 驚きだな、お答え頂き感謝する。ご老人」
先程の意地の悪そうな老人が答えてくれた。何百年か前に巫女がいなくなったとすると、その時期にエドナイルで何かあったのかもな。
「巫女という存在は実際に神の声を聞く力を持つし、これは実在する力だ。俺は世界を旅しているが、その旅の中で何度も巫女の力を目の当たりにしてきた。巫女の助言によって命を助けられたことだってある。例えば、俺がスロエズ大森林を抜けようとした時、巫女の助言によって底なし沼を避けて抜けることができた。生い茂る蔓草で大地が見えない中では、どこが沼であるかなんて分からない。辺りを見渡せば、沼に囚われ、骸となった冒険者達が何人もいた。だけど、俺は巫女の導きで安全にスロエズ大森林を抜けられた」
ミュシャの持つ雰囲気はどことなく、俺が今までの旅で出会ってきた巫女と似ている。根拠としては薄いかもしれないが、巫女には特有の顔つきがあるのだ。彼女たちの眼差しは真っ直ぐに、魂の底まで見透かすような、深さがある。
ミュシャは、言い方はあれになるが、はっきり言って賢いようには見えない。見た目の年齢より知能レベル、精神年齢は低いように見える。しかし、そんな彼女が深い眼差しを持つからこそ、俺の直感は彼女が巫女なのではないか? と、俺に囁くのだ。
「だけどジャンダルームさん、だからといってミュシャが巫女だとは限らないでしょう……? だってエドナイルには何百年も巫女がいないんだから」
「セピア、それはエドナイル国内で認められた巫女が何百年もいないってだけだ。正式な巫女がいなくとも、その資質を持つ者がいても何もおかしくない。本来は厳しい修行を行うことで、巫女としての能力を開花させる。巫女の文化が失われたエドナイルではちゃんとした修行もできないし、資質を見分ける技法も失われているだろう。しかし、そんなエドナイルで、修行もせずこんなにはっきりと神の声を聞けるとするならば……ミュシャの巫女としての才能は、それこそ数百年に一人レベルのものかもな」
人々のミュシャを見る目が少し変わった。マジか、と半信半疑ではあるものの、思ったよりも俺の言葉に耳を傾けてくれている。
「よしミュシャ、お前に魚をやるよ。魚は王様が神様に捧げるんだろ? じゃあ王様も探さないとだな」
「ほんと!? お魚くれるの!? おにーさんありがとう!」
俺はミュシャに魚を手渡す。ミュシャはかなり嬉しそう……え?
「う、ぐすっ、ひっく……」
ミュシャが泣いてる? そこまで嬉しかったのか?
「おにーさんありがとう。みんなミュシャの言う事信じてくれなかったから、ミュシャはみんなが言うみたいに、おかしいんじゃないかって思ってたの」
「ミュシャちゃん……」
ディアがミュシャを抱きしめる。俺もミュシャの頭を撫でる。そうだよな……彼女が巫女であるのなら、高い感受性を持つ。人々が自分をどう見ているか、分からない訳がない。陰口を叩かれ、誰にも信じてもらえない中でも、この子は人を憎まず、まっすぐであろうとしたのなら……この子は良い子だ。彼女の人生が上向くことを願うばかりだ。
ミュシャを疎ましく思っていた人々も、ミュシャの内心を聞いて、同情しているようだ。ミュシャを信じることはできなくとも、哀れな子供であることは誰にだってわかる。よかった、すれ違いがあるとしても、悪い人ばかりじゃないんだ。
「おーい、ミュシャ~~! どこにいるんだー? そろそろ帰らないとまずいから出てきてくれ~~!」
屋外食堂のある通りに大声が響き渡る。ミュシャを探す、若い男の声だ。
「あ! ハルポンおにーちゃんだ! ミュシャはここだよー!」
「あミュシャ! ここにいたのか! ほらそろそろ戻るよ。ちょっと目を離すとすぐどっか行っちゃうんだから。あれ? もしかしてもう、ここでご飯食べたのか?」
ミュシャを探す声に大声で返事を返したミュシャの元に、軽鎧を纏った青年が走ってやってきた。少し息があがっている。おそらく兵士とか、そういう感じの人物だろう。
「うん! ジャンのおにーちゃんと、ディアのおねーちゃんと、漁師のおじさんと、セピアさんと一緒にサメトカゲのあぶらこーそーやき? 食べた! すごく美味しいんだよ? ハルポンおにーちゃんも食べたらびっくりするよ? 食べたことある?」
「うん? そうか、じゃあ今度僕も食べてみようかな。ミュシャ、今日はご機嫌だな。皆さんありがとうございます。ミュシャがここまで明るい表情をするのは久しぶりだ」
「えっと、あなたはいったい……」
「あ、えっと僕はハルポン、ハルポン・ナイルドッポと言います。王家に仕える兵として、今はミュシャの牢を担当する看守であります」
「え? 看守さん? 牢、牢屋……? ちょっと待って、いやあれ? そういえばミュシャは罪人て……え? じゃあミュシャは牢屋に入ってるのか?」
「うん! そうだよー」
ミュシャが元気よく答える。
「ミュシャはよく脱獄するんですよ。今日も牢を抜け出したんですけど、いつもこうやって僕が牢に彼女を連れ戻してるんです。実は僕とミュシャは元々知り合いでして、僕の言う事は比較的聞いてくれるから、ミュシャを連れ戻す人材として看守を任されたんです」
「え、えぇーー……!?」
ミュシャは元罪人とかではなく、現在進行形の罪人で、牢にぶちこまれていたのか……そりゃあみんなの反応も渋いわけだ……けど、なんだ? このハルポンて看守、なんだか妙に優しいな。ミュシャと元々知り合いらしいが、それにしたって……なんだか看守をしようって気構えが感じられない。
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