第5話:化け物サソリと砂漠の関係



「クソ、進路を変えたのに追ってきやがる。馬鹿な、砂海返しが人間を襲うなんて……エドナイルの砂漠で何が起こっているんだ……ワシらは、ここで終わりなのか……」


「あのサソリ、とんでもないデカさだ。それも五匹……あれが複数死んでしまったらそれだけで、砂漠の生態系が狂うだろうな。おっちゃん、あのサソリは何をしてくる? 砂海返しって、名前になるだけのことをするんだろ? あれは」


「説明するまでもねぇ……やつら、やってくるぜ」


「え?」



 砂海返しのこちらを追いかけるスピードが一瞬落ちた。脚に踏ん張りをきかせるように、体を上空へと反らし、そのまま凶悪な顎を俺達の方へと、振り下ろすように向けた。



 ──ジャシャアアアアアアアアアア!! ゴゴゴゴゴ!!



 砂海返しの口から大量の砂が放たれた。風と土の魔力が入り乱れる砂のブレス。まともに喰らえば体をズタズタに引き裂かれることだろう。



「っく……なんとか一発目は外れたか。でも……あとの四匹のブレスが、来る!!」



 砂海返しとは、文字通り砂の海をひっくり返すかのような砂のブレスを意味していた。ブレスは外れたものの、ブレスが着弾した場所は巨大なクレーターができてしまっている。しかもブレスに巻き込まれた生物の体はカラカラに干からびている。命中した対象の水分を飛ばす効果まであるのか……



「お兄ちゃん!」


「ディア? 行けるのか? 殺すなよ。アレを殺したら、きっとこの砂漠は荒れる」


「おいおい、ジャン何言ってんだ? 殺すなよって、砂海返しをか? 戦うつもりか? 戦いになんかなりゃしねぇ、ありゃ正真正銘のばけも──」



 ──ドンッ。



 ディアが砂船から跳んだ。一瞬で空高くまで跳んだ彼女は太陽を隠し、砂漠に大きな影を作った。ディアの作る影が、彼女の降下と共に小さくなっていく。



 ──チュドオオオオオン!!


 砂海返しの顎が砂漠に打ち付けられる。ディアの上空からの踵落としで、砂海返しの頭の殻にはヒビが入っている。



「え? ええええええええええ!? は? 嘘だろ? あの嬢ちゃん、とんでもないやつだとは思ってたけど……これじゃあまるで、神話の英雄や神様だぜ」


「ジャンダルームさん! ディアさんは、一体何者なんだ!?」


「いやぁ、俺もよく分からないんだけど。おそらく超古代文明の作った人型ゴーレムだ。どうやら砂海返しは引いてくみたいだな。賢い奴らで良かった……」



 砂海返しの一匹がディアの踵落としで負傷したことで、砂海返し達はディアと戦うのは分が悪いと判断したらしい。負傷した砂海返しもそそくさと去っていく。あの攻撃を受けて脚を引きずることもないのか……丈夫だな。



「──よっと」



 ディアは再び大きく跳躍して、俺の乗る砂船まで戻ってきた。俺はもう慣れたが、かなり目立つ光景だ。みんな目を見開き、口をあんぐりと開けている。



「お疲れ様ディア、ありがとうな。ディア、あいつらの様子はどうだった? お前はどう感じた?」


「砂海返しは賢いね。わたしが踵落としをする瞬間に魔力を流して硬化してた。だからダメージは殆どないよ。何層かある殻の一枚がひび割れただけ。人間よりも高度な知性体と戦ってるみたいだった」


「人間よりも高度な知性体? 高位の魔物やドラゴン、エルフと同等の存在ってことか……? けどディアが感じた通り、高度な知性を持っているとすれば、俺達を襲おうとしたのは何故だ? おっさんが言うには、普段砂海返しは人間を襲わないんだろ?」


「うーん、それはわたしにもよく分からないなぁ。けど、お腹が空いてる感じには見えなかったな。そもそもあの巨体をあんなに動かしつつ大きな魔力を使える生物なんて違和感しかないよ。わたしの遺跡のゴーレムと同じ存在って言われた方がしっくりくる」


「何者かが生み出した、砂漠を管理するための存在、そう言いたいのか? でもそうか、高度なゴーレムのように身体に動力炉が搭載されているなら、エネルギー補給の為に大量の餌を必要とすることもない。動力源……か。おっちゃん、砂海返しがブレスを吐いたところまで移動してくれないか? あそこを調べておきたいんだ」


「あ、ああ、それはいいけどよ。ジャン、お前は学者かなんかか?」



 砂漠の漁師達、そして砂魔石採りの若者達と共に砂海返しが砂のブレスで作ったクレーターを調査する。俺が調査している間、みんなは砂海返しのブレスによって死んだ生物達の死骸を回収していた。いい感じに水分の抜けた乾物状態だからな、食べたら美味そう。売れるかは謎だが、自分たちで食べるには良さそうだ。



「これは……淡い水色の発光現象、他よりも反応が激しい……砂の中の砂魔石の含有量が増えたのか? そうか、砂海返しの吐いた砂のブレスには大量の砂魔石が含まれていたんだ。ブレスを撃つために込められた魔力は砂魔石に残留して、着弾すると同時に、周囲の砂と混ざりあった。これはまるで……大地に足りなくなった砂魔石を、砂海返しが戻しているようだ」


「おいおい、あの化け物サソリがそんなことを? ホントかよ……ジャン、お前の言い方、それじゃまるで砂海返しがエドナイル砂漠の環境を調整してる見てぇじゃねーか」


「多分そうなんだろう。ディアの言う通りなら、人よりも賢いゴレームのような存在みたいだし。見た目からは想像もできないが……けれど俺達を襲おうとした理由も分かったな。奴らはセピア達が採った砂魔石を奪い、砂漠に戻すつもりだったんだろう。さらに言えば、砂魔石を採る存在を殺すことで、砂魔石採りという行為そのものをやめさせようと……いや、見せしめを行おうとしたのかもしれない」


「……じゃあ、おれ達が、国が砂魔石を採りすぎたせいで砂海返しが怒ったっていうのか……? っ……クソ、否定したい。否定したいけど……そうなのかもな……さっき、漁師経験のある仲間と話した。昔と獲れる獲物の種類が変わったし、その量も明らかに減ってるって。昔はトカゲが多かったけど、今じゃカニサソリばかり……砂海返しは砂魔石を運んでるんだろ? だったら同じサソリなカニサソリも、砂魔石を運んでたんじゃないかって、今ならそう思える」


「セピア……」



 セピアや他の砂魔石採りの若者達は罪悪感からか落ち込んでいる。無理もない、けれど彼らを責めるつもりにもなれない。知らなかった事だ、いや……もしかすると上は知っていたのに、やめなかった可能性だってある。結局のところ、セピア達は金によって動かされた、利用されただけだ。



「なぁ元気出せって。お前らまだ若いんだからさ、これからがある。ワシだって知らなかった事だ、仕方がねぇこともある。っと、そうだ! それより飯にしようぜ! なぁジャン、お前さんがワシらに奢ってくれるんだろ?」



 漁師のおっちゃん達が落ち込むセピア達に同情し、元気付けようとしている。はは、すっかり仲間だな、みんな。



「ああ! 美味い店を教えてくれよ! 俺はこれでも冒険者としてそこそこ仕事をこなしているからな。金には余裕がある」



 完全な夕暮れとなる前に、俺達はエドナイルの首都、エドナの街へと帰っていった。



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