第3話:潤いの砂漠と余所者
「うーん、一応下調べして、暑さ対策はいらないのは知ってたけど不思議だな。砂漠だし、日差しだって強いのに、エドナイルは暑くない……乾燥しているはずだが、喉が渇くこともない」
「確かに不思議だね~。結構過酷そうに見える環境だけど……やっぱりこの土地自体に付与されている魔法の力のせいなのかなぁ」
俺とディアはエドナイルの砂漠へとフィールドワークをしに移動。しかし……これは。
「砂漠というよりまるで海だな。細かい砂が水のように流動している……砂に含まれる魔石と太陽光が反応して、砂が振動して動くのか」
実際に砂を手で掬って観察してみると、細かく振動している。意識を集中、魔力を流してみる。すると、砂は魔力の流れに従い、誘導された。
しかしマジで見渡す限り砂ばかりだな。時々バカでかい石柱が建っているのを見かけるものの、砂とサボテンしか見かけない。
「大地にある大きな魔力の流れ、地脈がこの砂を動かし、砂が溜め込んだ魔力が循環する……魔物や生物が死ねば、その魔力は砂に宿り、また循環する……砂漠の上で生物が繁栄すれば、生物が死んだ時に得られる魔力も増える……だとすれば」
「そっか! お兄ちゃん! この砂漠は成長してるんだ! 本当に、大きな生き物みたいに! じゃあこの土地の生物とエドナイル砂漠は共生関係ってやつなのかな?」
「うん、おそらくそうじゃないかな。砂漠にも関わらず、暑さもなく喉も渇かず快適……砂漠が生物が繁栄しやすいように恩恵を与えているんだろう。これは人為的な魔法ではないだろう。この砂漠自体がその特性を持っているか、あるいは、この土地の神の意志か」
「あー! 見て見てお兄ちゃん! ほらあそこ! サボテンがぷかぷか砂の上で浮いてるー! かわいいー、あれってさっき食べた蜜サボテンじゃない?」
「はは、まるでクラゲか浮き輪だな。ん……? なんだ、砂が巻き上がって……あれは、船? そういや、砂の上の走る砂船ってのが、エドナイルにはあるんだっけか!! エドナイルに来る道中じゃ見られなかったヤツ!」
俺たちの方へと7メートルほどのヨットのような船が風に乗って向かってくる。結構なスピードだ、この世界の一般的な馬と同等……砂漠では馬は走れない。なるほど、この船を使える者が、砂漠を支配するわけだ。
砂船は俺達の少し前を通り過ぎていった。彼らは槍、いや銛と網を使って砂漠の生き物を獲っているようだ。カニのようなサソリ、サメのようなトカゲ、砂を噴射する大きな貝、それらがメインの獲物のようだ。
「ん? なんだ……? あいつら船を降りた……あっちにも人がいたのか。なんか喧嘩してる……? ちょっと様子を見に行こうか」
「えっ!? お兄ちゃん、揉めてるなら関わらない方が……」
「喧嘩してるってことは、問題が起きてるってことだろ? 普通に調べてたんじゃ分からない情報が得られるかもしれない。危なくなったら全力で逃げればいいさ」
「いやいやお兄ちゃん、砂船のスピード見たでしょ? 流石にわたしでも、砂漠でお兄ちゃんを背負ってあれを振り切るのは無理だよ?」
「大丈夫大丈夫! 対策はある! 俺を信じろディア!」
不安そうなディア、しかし俺は彼らが何でどう困っているのかが知りたいんだ。もしかすると、それには歴史的な背景があったり、信仰、神話と繋がる話かもしれないから。
歩みを進め、喧嘩をしている彼らへの距離が近づくと、話し声が聞こえてきた。
「テメェら砂漠のクリスタルを取るんじゃねーよ!! 大地の力が枯れるだろうが!!」
「あぁ? 金にもならねぇ漁なんて古臭いんだよ。砂漠のクリスタルを売って大金を手に入れればその方がエドナイルも豊かになんだろ? 文句あんなら、王家に言ったらどうだ? 王家はおれ等の方を支持してる」
「っち、どうかしてるぜ……最近砂の流れが変わった。嵐が起きるぞ、砂漠の生き物も数が減ってる……ここらから逃げてんだ。絶対やべーぜこれは、こんなことは初めてだ。ワシは漁師を40年やってるが、初めてのことだ」
砂船で漁をしていた砂漠の漁師達のグループ。それに対する大きな袋とザルのような網を持った謎のグループ。
見た所、謎のグループは砂をザルのようなものでふるいにかけているようだ。砂がザルの網目を抜けていくと、ザルの上には美しく水色に輝くクリスタル、魔石の粒が現れた。そうして取れた魔石の粒を大きな袋に入れて……これはつまり、砂金採りならぬ砂魔石採りか。
「おい、そこのよそ者!! なに見てんだ! 見世物じゃねーぞ!!」
俺達が見ていることに気がついた砂漠の漁師がブチギレる。
「あーごめんごめん、怒らせるつもりはなかったんだ。なんで喧嘩してるんだろうと思って。真面目に知りたかっただけなんだ」
俺とディアは小走りで近づきながら釈明をする。
「はぁ? 結局野次馬ってことじゃねーか!!」
「勘違いしないでほしいな漁師さん。俺は!! 喧嘩するあんたらを見て楽しんでるわけじゃない。俺はこのエドナイルを調べている、だから問題があるのなら、それを知っておきたかった」
「え……? はぁ……? なんなんだこの小僧は。けど真っ直ぐな目だ、嘘じゃないんだろうが、わけがわからん」
どうやら漁師のおっさんに俺の真剣さが伝わったようだ。困惑しつつも俺に対する警戒心が消えた。
「皆は砂漠の魔石を取る取らないで揉めてるってことでいいんだよな? 魔石取りってそんなに金になるのかい?」
「え? おれに聞いてんの? あ、あぁ、金になるぞ。エドナイルの砂魔石は精錬すると高品質な魔石になる。最近は魔導兵器の需要が高まってるから、その素材になる砂魔石は、売れば売るほど売れる」
砂魔石採り業者の若者が困惑しつつも答えてくれた。そうか、魔導兵器の材料か……この世界には魔法はあるが、基本的に人は魔法を使えない。すべての生物は魔力を持つが、魔力を流して身体的特徴を底上げできるだけで、それは魔法ではない。
魔法を使えるのは魔法使いという特別な人間と一部の魔物、魔族やエルフ、神だけだ。けれど……人は魔導器を開発した。それは魔法や魔術が使えないはずの人間でも、魔力を流せば魔術や魔法が扱える道具。そんな魔導器の兵器としての形が魔導兵器だ。
「魔導兵器の需要が高まっている、か……戦争が近いのか? じゃあエドナイルでも魔導兵器を作ってるの?」
「いや、エドナイルじゃ今風の銃だとか大砲みたいな魔導兵器を作る技術はあんま発達してない。だから王家は魔石を安く売る代わりに、他国から魔導兵器を安く買ったり技術を教えてもらったりしてるって話だ。たしかジーネドレ帝国が最大の取引先だって聞いたな」
「はん、なーにが近代魔導兵器だ。ワシらの使う銛、それに槍の方がよっぽど使い物になるぜ。なんせ手に馴染む、ワシらの体には先祖の戦いの記憶が刻まれている。銃よりも槍、槍最強だぜ!!」
「ほう、先祖の戦いの記憶が体に刻まれている。俺好みないい表現だ! 古代のエドナイルの人々の営みが目に浮かぶ。砂の大海原を、船で縦横無尽に走り抜け、外敵を退け、魔物を倒し、糧を得る。槍と船はエドナイルの人々にとって体の一部だったことは想像に難くない!! うおおおおおお!! 俺も体験してみたい! 漁師のおっさん! 俺は余所者だが、漁を手伝わせてくれないか!! そうだ! 砂魔石採りの君たち! 君たちも一緒にやらないか!?」
「は!? なんでおれ達まで!?」
「おいおい! 今の話を聞いて、エドナイルの血が騒がないのか!? 余所者の俺がこんなにも奮い立っているのに!! なぁ頼むぜ! 酒も晩飯も奢るからさ! な!?」
「え、酒、それに飯も!?」
「ああ! あんたらエドナイルのうまいもんを知ってるんだろ? 俺に教えてくれよ」
ということで、みんなで一緒に砂漠の漁師体験をすることになった。最初は嫌そうだった砂魔石採りの若者達だったが、俺は見逃さなかった。彼らの体が奮い立っていることを。彼らの体は求めている。砂漠で漁をすること、砂漠で船を走らせることを。
「ふふ、全くお兄ちゃんたら強引なんだから。でも、みんな喧嘩してることなんて忘れちゃったみたい」
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