第2話:妹の目覚め、古代遺跡とお兄ちゃん



「そうそう、このクリスタルと二本の剣をクロスさせて合体させたのが、王家の紋章なわけ。だから夏至の祭りじゃ、クリスタルと剣をレーラ神の祭壇に捧げるんだ」


「なるほど~、レーラ神がエドナイルだと主神で、確か砂漠と太陽の神でしたっけ。ふーむレーラ神はクリスタルと剣が好きなんですかね? 俺たち人間からすると美味しくなさそうだけど、レーラ神的には美味しい食べ物だったりするのかな?」


「いやにーちゃん! なんで捧げ物を食べる前提なんだよっ!!」



 エドナイル王国の首都であるエドナの宿に滞在している俺とディアは、このエドナのバザーに情報収集にやってきた。俺はエドナイル王国の遺跡や神話、歴史に興味があるのだ。今は丁度、見るからにお喋り好きなおっさんを対象にエドナイルの神話、伝承等の聞き取りを行っている。



「えー? だってほら、相手は神でしょ? だったら俺達人間の常識で考えては駄目だ。神なら剣やクリスタルだってバリバリ美味しくいけちゃうのかもしれない。けどそうだね、おっちゃんの言うことも一理ある。捧げ物が食べる為とは限らないよな。けどそうなると、なんだろう? コレクション目的とか?」


「あー! はいはいはい! お兄ちゃん! わたし、分かったかもです!」


「なにっ!? 分かったのかディア!? 神がクリスタルと剣を求める理由が!」


「ふふ、剣は人々の武勇、クリスタルは宝石だから財力を表す。これは言い換えれば権力の象徴……レーラ神が食べているのは、エドナイル王家の権力だったのです!」


「な、なにーーッ!? そうか、権力、概念的なモノのエネルギー的な何かを食す……その発想はなかった……けれど筋は通っているかもしれない。人々を統治するエドナイル王家は人々にマウントをとっているようなモノ、その王家に権力を捧げさせる。マウントにマウント、権力ピラミッド構造の頂点に神である自身を置くことで、至高の存在として君臨する……これは、有力だな!!」


「いやいや嬢ちゃんも兄ちゃんも、どんだけ神に変なモン食べさせたいんだよ……それにしてもお前ら、見た目全然似てないけど、お兄ちゃんて、兄妹なのか? それとも単なるそういうプレイなのか? にーちゃん人畜無害そうな顔して実はド変態だったりすんのか……?」


「お兄ちゃんは変態じゃないよ! 見た目は似てなくとも、お兄ちゃんは絶対的に、必然的に、魂のお兄ちゃんなんだから! 大体おじさんもお兄ちゃんのことにーちゃんて呼んでるけど、もしかして……おじさん……お兄ちゃんの妹になりたいの……?」


「んなわけねーだろっ!??? ったく、イカれてんのか? ワシは男だ。だからそれを言うのなら妹ではなく弟だろうが? あーん?」



 論点はそこなのだろうか……



「なんだよにーちゃんジロジロ見て。いいのか? このままだとおじさん、お前の弟になっちゃうよ?」


「え!? えええええええええええ!!? まさか本当に弟に!? 流石に年上のおっさんの弟はいらないよ???」


「へへへ、そうか。じゃあワシに弟になられたくなかったら、うちの商品をしっかり買ってくこったなぁ!! はっはっは、情報料よ情報料!」


「あーそういうことね! 勿論言われなくとも、買ってくつもりだったさ。このフルーツ美味しそうだったし」


「これは蜜サボテンだぜ。エドナイルでは一般的な大人気デザートにして旅のお供さ、なんせ腐りづらく、水分補給も同時にできる優れものだからな!」


「じゃあ4つ貰おうかな!」


「おっしゃ毎度ありぃ!!」



 おじさんに情報料を払い、手に入れた蜜サボテンをディアと分けて食べる。みかんのように房で分かれており、キレイに、簡単にパーツを分けることができる。手を汚すことなく、持ちやすく、歩きながら食べられる。


「んー! 結構美味しいね! 蜜っていうぐらいだから甘いのは分かってたけど、思ったよりあっさりめで、くどくないね」


「そうだな、美味いが、なんだか懐かしい味……そうだ! メロンジュース、メロンジュースを薄味にして硬めのゼリーにしたような感じだ……もしかすると、煮詰めて水分を抜けばメロンジュースそのものな味になるかもな」


「水分を抜くの? ふーん、じゃあ夜に試してみるね!」


「なぁディア、そのずっと気になってたんだけど……お前って一応、ゴーレムなんだよな……? 人間の食べ物を食べるゴーレムって見たことないし、それに……ディアは食べてるのに……トイレに行ってるのは見たことがない……大丈夫なのか? 我慢し過ぎて爆発したりしないか?」


「もう! 食べてるときにそういう話しちゃ駄目でしょ! わたしは超超高性能ゴーレムだから、摂取したものが100%完全にエネルギーに転換されて、保存されるの。だからトイレは必要ありません!」


「まじか……凄いなそれ、本当に超超高性能だ……」



 ディアはゴーレム、のはずだ。見た目は人間にしか見えない。いや、人間離れした美しさではあるが、見た目は完全に人間の系統だ。見た目で彼女をゴーレムであると判別できる者はいないだろう。


 けれど、彼女は人間ではない。


 俺はとある古代遺跡の、その最奥でディアに出会った。水晶の棺の中で時を止めたかのように眠っていた彼女は、俺が棺に触れた瞬間、その目を覚ました。蒸気と光が棺から噴き出して、魔力と混ざり合うと虹色に輝いた。


 虹色の輝きの中で目覚めたディアは、俺を見て涙を流した。



「やっと会えた。お兄ちゃん! 会いたかった。おはよう……!」



 そう言って、ディアは俺を抱きしめた。俺は何がなんだか分からないまま、彼女を抱き返した。なぜだかそうしなきゃいけない気がしたから。


 ディアが眠っていた古代遺跡、名をイズミア遺跡。いつからそこにあるのか、何のために存在するのかも分からない謎の遺跡。高度な文明が作り上げたのだろうということだけが分かるその遺跡は、歴史上誰一人として、その内部に入った者はいなかった。


閉ざされた遺跡の入り口を守護する者がいたからだ。古代より現代まで、稼働し続ける超高性能巨大ゴーレム、通称イズミアゴーレム。圧倒的な強さを持つ彼ら、イズミアゴーレムに挑む者たちはその全てが敗北し、逃げ帰った。ある時代の王が、数千の兵を率いてイズミアゴーレムに挑んだが、失敗に終わったという。


イズミアゴーレムは数千もいる王の兵士を一瞬の内に殺さず無力化した。光線で剣を溶かし、鎧を切って外し、遠く彼方から兵士達の討伐報告を待つ王の髭と王冠を光線で焼いて、ついでに光線で地面に立ち去れと書いたとか。王は当然、それで戦意を喪失させた。


相手がどんなに強大でも、どんなに数が多くても、イズミアゴーレムは誰も殺さなかった。圧倒的な彼らからすれば、手加減は容易で、力の差を認識させる事、侵入を諦めさせる事は簡単だった。


 けれど、俺は、そんなイズミア遺跡に、入ることが出来てしまった……俺はまさか入れるなんて思っていなかった。ただイズミアゴーレムが怒らない程度の距離で遺跡を一目見れればいいと思って、観光気分で来ていたのだが……


イズミアゴーレムは遺跡近くにやってきた俺を見ると遺跡の扉を持ち上げて開いた。数十メートルはあるゴーレムが巨大な扉を持ち上げる様は、俺が今まで感じたことがない程に雄大で、神話そのものだった。


眼の前でとんでもないことが起こっている。心臓どころか俺の全身が、全細胞が跳ねてしまうような興奮が、俺を襲った。足が、止まるはずがない。意味不明でも、進む以外の選択肢など俺にはなかった。


誰も入ったことがない遺跡、けれど中にはホコリ一つなく、遺跡を管理しているのだろう、小型のゴーレム達がいた。そんな遺跡の壁には壁画や文字が書いてあった。それは物語、離れ離れになった兄妹が、遠い遠い未来で再び出会う物語。けれど、再び出会ったその先は書かれていなかった。



『ディーアーム式融合型ゴーレム・99.3。会いに来てくれてありがとう、お兄ちゃん』



 ディアの眠る棺にはそう書いてあった。何がなんだか分からないけど、その状況が、棺のメッセージが、俺が彼女のお兄ちゃんであることを示していた。



「俺って、お兄ちゃんだったんだ……君の」



 そんな言葉が、俺の口から溢れた。意味が分からなくとも、流石に納得するしかない。何故ならば、この棺のメッセージはこの子のお兄ちゃんに向けてのものであり、当然それを読むのはお兄ちゃんだからだ。


 誰一人として寄せ付けることのなかった遺跡が……俺が入ることを許した。兄だけが見ることを許された遺跡の内部と言葉。


 ならば俺がやるべきことも自ずと分かる。


 彼女は兄に起こしてもらいたかった。だから──



「──おはよう」



 俺はそう言って、彼女の眠る棺に触れた。



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