3話 無くなるもの。

 意識を飛ばされしばらくした後、僕は再び意識を取り戻す。

 しかしその意識は朦朧としており、考えることもままならない。


 目も開けられない、力も入らない。

 そんな状況の中で、突如胸の内側から、ジンワリとした生温かい感触がしてくる。

 その感触は胸から全身へと広がり、身体が熱くなっていく。

 そして脳までその感触が達した時だった。


「ぃ、っ!?」


 全身に痛みが押し寄せ、声にならない悲鳴が出る。


「ぁ……ぇ、ぃっ、はっあ゙……」


 まるで何かに植え付けられるようなわけの分からない感覚に頭が追いつかず、僕は必死にもがく。

 長く苦しみ続けていると、その感覚は全身から胸に向かうように引いていき、やがて胸からも完全に引く。


 しばらくした頃には痛みも完全に消え、気づけば生温かい感触も消えていた。


 そしてゆっくりと目を開けると、視界にはいつもの家の景色が映っていた。


 僕は床に寝転がった体勢になっており、ゆっくりと起き上がると、意識が飛ぶ前に見ていた、腐り果てたテーブルと溶けて固まった黒い鉄がそのままになっているのが見えた。


 次に僕は身体が動くかどうか確かめるが、先ほどの体験が嘘のようにキビキビと動く。

 あの触手の塊もいつの間にかいなくなっており、胸の内にあった恐怖も今ではすっかり無くなっている。


「タッタッタッ……」


 僕は身の回りを理解し始めている時、不意に外から足音が聞こえる。


「ユウ!?大丈夫……?!」


 僕の家の近くに住んでいる女性が、大声を出しながら家に入っていき、僕の安否を心配する。

 その女性は焦った表情をするも、僕をみるなり段々と血の気を失っていき、やがて震えながら一歩、また一歩と下がっていく。


「ユウ……その左の首のあざは?」

「痣?」


 僕は首に痣なんてあったかと思い、左の首を擦るが何の違和感も感じない。


「大変、村長さんに相談しなくちゃ。ここで待っててね、ユウ」


 後ろを振り向きながら僕を見つめ、手を広げて僕に突き出し、僕にここに居るように伝える。

 そして女性は慌てて駆け出していき、その場を去った。


 指示に従って大人しくしていると、足音と共に先ほどの女性がやって来る。


「ユウ、着いてきて頂戴。村長さんの所に行くわ」

「分かった」


 僕は、何故痣一つでそこまで大事になるのか分からないまま、村長の家へと歩みを進める。

 普段なら人声が聞こえるような通り道も、今日だけは閑散としていた。


 なぜ、なに、どうして。

 自分の置かれている状況が理解できないまま、やがて白のレンガで出来た小綺麗な建物が見えてくる。


「さ、入りなさい。村長は二階で待っているわ。」


 女性は僕に声を掛けて、後ろに下がる。


「あ……どうしよ」


 僕は、こういった畏まった場での作法を習っておらず、言葉に詰まる。


「し……失礼します」


 僕は考えうる限り一番丁寧そうな断りを入れて中へと入る。


 村長の家の内装は、白を基調とした気品のある内装で、家具は少しお高いだけの物から、王都で見るような高級品までチラホラと見える。

 管理も行き届いているようで、見る限りではホコリ一つすら無い。


 僕は家の高級さに圧倒されながら、二階への階段を上がり一つの扉の前に着く。


「来たか。どうぞ入って」


 村長の呼び声が掛かり、僕は部屋の中へと入る。

 中は応接室になっており、テーブルを挟んだ向かい側に村長らしき人物が座っていた。


「えっと……失礼します」

「はは。そう固くならなくてもいいよ」


 僕は緊張のあまり固い態度を取ってしまうが、対照的に村長らしき人はとても柔らかい態度を取っている。

 僕がイスに座ると、村長らしき人は自己紹介を始めた。


「初めましてかな。レクルーズ村の村長、ミラビルだ。こうして対面して村民と会うことって、少ないんだよね〜」

「そ……そうですか」


 最初は軽い雑談から始まっていった。村長はどうやら外の事に詳しいようで、僕に色んな事を教えてくれた。他の村や街の名産品とか、お店とか、宿とか。


 その間、村長はちょくちょく水だったりお茶だったりを出してくれた。

 本来は沢山の労力がかかる筈の水やお茶を、村長は気軽に出してくれる。


 やがて僕の態度がほぐれた後、村長はこう言った。


「さてと、ほんとは君ともっとお話がしたいんだけど、生憎用事があってね」

「用事?」


「そ。用事。とはいっても、伝承に記されている事で、あんまり信用性は低いんだけどね」


 そうして村長はその伝承を語り始める。大まかな内容はこうだった。


 鉄の箱に近寄った者は特徴的な痣を出し、その者の生まれ故郷に災いをもたらす。助かる方法は一つ。その者を故郷の民では無くす事。


「信じ難い話ではあるけれど、実はこの伝承に似た事例もあるんだ。だから簡単に嘘偽りだと切り離す事は出来ない」

「つまり……?」

「うん。僕達は君を追放しなくちゃならない。そして君の家も、物も、この村から消し去らなくちゃならない」


 そう言い放った村長は、僕を力強く見つめ、悲しさと決意が入り混じった表情を顔に浮かべる。


「そうですか、そうしなくちゃ……行けないんですか」

「うん。残念な話だよ」


 僕は何か別の方法が無いのか、足りない頭で必死に考えるが、何の解決策も思い浮かばない。


「いつ、出発すれば良いですか?」


 僕は諦めて、旅の支度をする事にした。

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