死のうとしたら少女と旅に出ることになった

蛹透華

1.気の合う二人

人生の絶頂期はと聞かれたら、真っ先に思い浮かぶのは中学生の頃のことだな。

人気者で友達も多くて、どんな時でも一緒にバカやれる奴が近くにいたんだ。

好きな女の子がいたのもその頃だったっけな。

まぁ選考理由はそんな事じゃないけど。


高校生活が単純につまらな過ぎたんだ。

いつも遊び回ってて、ろくに勉強もしなかった

結果、平均より少ししたぐらいの高校に行くことになった。

中学校で沢山の友達がいて人気者だった俺は慢心してたんだ、

高校でも友達ができて楽しめるってさ。

実際、入学して少しした辺りでは話す人もできて、孤立するなんてことはまったくなかったんだ。


でもとにかくつまらなかった。

ただノリが合わなかっただけだと思う、

話をしてもバカやっても素直に面白いと思えなかったんだ、結構頑張ったつもりなんだけどな。

結局二年生になって少ししたら、誰とも話さずに帰るのが普通になっていた。


学校では一人でも家に帰ってからは中学時代の友達と、通話したりゲームしたりはしてたんだ。

けどあいつらには友達ができて、学校も違うってことからどんどん疎遠になっていってさ、

みんな勉強ができてたから、ほとんどが地元を離れていったんだ。

だから高校を卒業した俺は、本当に一人ぼっちになっちまったんだ。


そんな俺が大学生になって上手くいくはずもなく

一人ぼっちのまま、時間だけが経って言った。

んでもって最近とうとう前々から考えていた

自殺を決行することにしたんだ。

でもただ適当に死ぬのは嫌だった

どんどん落ちぶれていって、孤立して、

楽しくなくなっていった人生だけどさ、

せめて最期くらい、俺が納得するくらいロマンティックな死に方をしたかったんだ。


だから俺は地元の山にある展望台に向かった。

昔、好きな女の子が俺にだけ教えてくれた

秘密の場所。

その展望台は、茂みの中をしばらく進まないと行けない関係上、普通に山を登る分には絶対に辿り着かないようなところにある。

だから思ったんだ、もしかしたら俺は

ここの唯一の死人になれるんじゃないかって。


好きな子が教えてくれた、俺だけの死に場所

そんな素敵な響きが、俺の自殺欲を爆発させた

財布と携帯とタバコ

人生おいて必要な三種の神器とライターだけを

もって俺は展望台へ歩く。

俺が考えうる中で最も素敵で、ロマンティックな最期を迎え、最悪な人生とおさらばできると考えたら嬉しくってさ、多分途中でスキップしてたんじゃないかな。


逸る気持ちを落ち着かせるためにタバコを咥えて

火をつける。

肺いっぱいに紫煙を溜めてゆっくりと吐き出す。

ニコチンを摂取したからなのか、はたまた

深呼吸の要領で落ち着いたのかは分からないが、

とにかくリフレッシュ出来た。

そのままゆっくり歩みを進め、目的地へ向かう

額に汗がじんわり浮き出し始めた頃にはもう

展望台が見えてきた。


思わず咥えてるタバコを落としてしまった。

だって仕方ないだろう

誰もいないと思っていた場所には

制服を着た少女がいて、

しかもその子は落下防止用のフェンスを越えて

展望台の縁に立ってたんだ。

まるで自殺でもしようとするかのように、

俺が一番して欲しくないことを

しようとしてるんだ。


どうしよう、

とにかくあの子を止めなきゃと焦り

棒立ちで固まっているとあの子はこちらに

気付いたようだ。


「タバコ、一本下さいよ」

この場には自分と少女しかいないのに

思わず辺りを見渡してしまった。

突拍子もない発言に脳の処理が追いつかない。


少女は可笑しそうに笑って言う

「あなた以外に誰がいるんですか」


少女の一言ではっとする

ポケットからタバコの箱を取り、

まるで告白前の少年ように深呼吸をする

「君が展望台の中に戻って来たら、

あげないこともないな」


一考して少女は仕方なさそうに柵を跨ぎ

近くのベンチに腰をかける。

「早く渡してくださいよ」

少女は少しの苛立ちを見せながら

手をこちらに出してくる。


「もう少しかわいくお願いしてくれよ」

タバコの箱をポケットから取り出し

その中の一本を手渡す。

少女の艶やかな唇に咥えられたタバコに

ライターでそっと火をつける。


「気が利くじゃないですか」

「まぁね、俺は優しさに定番があるから」

「優しさですか、今のはただのご機嫌取りのよう

に見えましたけど」


なかなか痛いところを突いてくるな、

間違ってはいないから否定はできないが。


「まぁ、あなたのその優しさとやらに免じて

ご機嫌になってあげますよ」

「それはありがたいな」

ついでに俺も一服して緊張をほぐす。


「ところで君は、どうしてあんな危険な真似をし

たんだ」

少女は煙を吐き出して言う

「そんなの分かってるでしょう、

危険な真似じゃなくて危険なことです、

自殺しようとしてたんですよ」

「そうか、なら俺は人としてそれを

止めないとな」

「制服姿の女の子にタバコを渡す人が人としてとか言うんですね」

「そういう所をあげてったら誰だって

キリがないさ、切り替えていこう」

「うるさいです」


お互いにタバコを咥えているおかげで、

言葉を出し尽くしたあとの沈黙も

気まずくならない。

その間に考えてみた、今俺がすべきことは

少女をここで死なせないことだ。

俺が死んだ後に死なれるのも

たまったもんじゃない。

ニコチンのおかげで落ち着きを取り戻した頭で問いかけた。

「なぜ君は死に場所にここを選んだんだ」

「急になんですか、

そんなに私に興味がありますか」

「あぁ興味津々だよ、というかこれから

死のうとしてる人に対して興味が湧かない方が

どうかしてるね」

「確かにそうかもしれませんね」

少女はフっと笑いそう言った

「死ぬ時はここって決めてたんですよ、

最期に見える景色をここにしたいんです。恐らく私はここ以外で死ぬ時、最後の最後にこう考えると思うんです」

少女は遠くを見つめて続ける

「私は死ぬ時ですら自分の中でも特別になれないんだって、別に意味ある死を目指してるわけでもないんです、けど死ぬ時ぐらいは自分が許せるような、納得できるようなそんなキレイな終わりにしたいんですよ。

星空の下、人に忘れ去られたような展望台で、

一人の少女が散るんです。けっこう素敵じゃないですか」

終わりよければすべてよしってやつですよ、と

少女は嘲るように言う。


そんな中俺は絶望する。

このままでは俺はここの唯一の死人になれない。

俺の自殺の理想像が音を立てて崩れていく。

俺は平静を装うため虚勢を張るように言った

「なんで自殺の日を今日にしたんだ」

「思い立ったが吉日ってやつです。

ここで死ぬことは今日思いついたんですよ」


どうやら彼女の自殺の理想像には日にちは割とどうでもいいらしい。

だけどただ今日一日止めることができたって意味が無い。

少し考えて俺は言った。


「なら別に今日無理に死ななくたっていいって

ことだ、時間はあるんだろ、ちょっと俺について

来てくれ」

それなら彼女にはここで死なせないために他にいい場所を見つけたり、そもそも死ぬ気を無くさせるようなことをすればいいんだ。


「嫌ですよ。これから死ぬ予定があるんです、

時間はありません」

「なんでそんなに先を急ぐんだよ」

彼女はムッとして言ってくる

「なんなんですかあなたは、たしかに先に絡んできたのはこちらですが、さすがにしつこいですよ。」

「別に少しくらいはいいじゃないか、タバコの恩だと思ってくれ。」

彼女は黙り込み、長考する。

かなりキツイ提案の仕方だったと思うが、俺にしてはかなり上出来な方だった。

自分を褒めてやりたいさ。

少しして彼女は口を開いた。

「分かりましたよ、ただ少しだけですよ」

どうやらタバコの恩は大きかったらしい。


まさか自殺しようと登った山を、少女を連れて下ることになるとは夢にも見なかったよ。

だが自分が死ぬ前の余興として自分自身が楽しむっていうのも案外悪くないのかもしれないな。

そんな事を考えながら山の麓に止めた車に向かう俺に、彼女は挑発するように言ってきた。

「それじゃあ私をどこに連れていってくれるんですか、誘拐犯さん。」

「なんでいつの間に俺は誘拐犯になってるんだ」

「だって制服を着た女の子をどこかに連れていこうとしてるんですよ。そんなの、誘拐犯以外の何者だって言うんですか。」

「そんなこと言ったら君は誘拐犯にもので釣られた子供じゃないか。」

そんなことを言ってる間に車に着いた。

まったく、死にたがってる男が死にたがってる

少女を死なせないために旅をするなんて、

おかしな話だ。

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