第5話 たまごボーロは懐かしの味
学食で食事をするために食堂へと向かった。
するとその道中、声を掛けられる。
「ねえ、あなた佐藤さんと仲が良いでしょ」
訊ねてきたのは丸渕眼鏡を掛けた、僕と同じ目線なのできっと高身長(僕は170センチくらい)の女子生徒。
「あなたの噂知ってる。レディースの総長とつるんでいたり、カンニングの常習犯だったり、そんな最低な男と佐藤さんが仲良くしてたら、佐藤さんの株が下がるの。
「あっ、そうかよ。じゃあ僕はこれで」
すたすたとこの場から逃げる。
心臓の慟哭が早まる。体の芯が熱く、
――ああ、苛ついてるんだな。
どうしてこの僕があんな言われようをされなくてはいけないんだ。佐藤が勝手に僕で遊んでいるだけだろ。不本意だ。
食堂に着くと、後ろから肩を誰かに叩かれた。振り返ると、頬に人差し指を突きつけてくる佐藤が立っていた。妖艶な様子は相変わらずなようだった。
「ねぇ、赤ちゃんになってみたくない?」
「赤ちゃんプレイは御免だね」
「そんな変態さは君に求めてないよ。これのことなんだけど……」
そしたらレジ袋からたまごボーロを取り出した。
「赤ん坊のとき、食べたわよね」
「ああ、食べたな。それから物心ついたときに改めて食べると懐かしみもあるんだよな」
佐藤は目元を緩めた。
「これ、食べない? 昼食としてさ」
「いやいや、これだけだったら腹空くわ」
「じゃあ、二つ三つ菓子パンを買ってさ、それと一緒に食べようよ」
僕は嘆息が漏れた。食べるのは確定なんだな。
「分かったよ。じゃあ適当に席に座ろうか」
菓子パンを購入したあとに、隅の方の席に座る。
そしたら彼女は持っていたトートバッグからラムネを持ち出した。一本、僕に渡してくる。
「君ってさ、駄菓子好きだよね。というかお菓子全般か。どういうところが好きなの?」
彼女はたまごボーロの袋を開けて、ひとつ口に入れる。
「私を無条件で甘やかしてくれるところ」
「は?」
すると彼女は伏し目がちに、
「私、すっごく厳しい家庭でさ。だから幼少期から泣いてばかりいたの。そんなときに支えてくれたのが、お菓子たち」
「君は苦労してきたんだね」
そしたら彼女が僕を儚げに見つめてきた。彼女の瞳に映る僕の姿は、酷く滑稽だった。
「それはあなたもでしょ。未成年飲酒にカンニング魔。あなたの嘘かどうか分からない噂は学校中に蔓延っている。正直に言って居心地悪くない?」
そんな彼女の心配する言葉に、僕は肩を竦めた。
「もう慣れたさ。世の中にはどうしても嫌われる奴がいる。しかしな、そういう奴ほど世渡りが上手かったりするんだよ」
格言ね。彼女は微笑んでくれた。
僕はたまごボーロを手に取ってみた。肌色の球体は、まるでどこか未来を覗ける水晶玉を彷彿とさせる。
「なあ、君の夢はなんだい?」
「えっ、唐突になに? まあ、専業主婦だけど」
「昭和な夢だな。津田梅子を見習え」
「津田梅子も古いでしょ!」
すると彼女は頬を膨らまし抗議してきた。
「じゃあ飯島くんの夢はなに!」
僕の夢。彼女に訊ねておきながら何も考えていなかった。
というか、僕は夢を抱けるほどの人間なのか?
価値がない。それから他人と比べて不幸体質によって劣っている。
そんな自分には、未来すらも展望出来ないだろう。
所詮、そういうことだ。
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