○12表_悪役令嬢はお祭りに繰り出した!


(探しに来た、ということは、何かあったのでしょうか?)


 老イザラとの会話を終えたイザラは、すぐに思考を回し始めた。

 イザラを追いかけてくるとなると、すぐに思いつくのはナイアだが、追手が官吏となると、その可能性は低いだろう。

 では、他に誰が?


(駄目ね、修道院からでは、情報が得られないわ。

 今までブルネットに頼っていたけど、今はもうそういうわけにもいかないし。

 それに――)


 あの「声」も、聞こえなくなった。

 修道院に入ってから、ぱったりと消えた「未来」。

 もう、悩まされることはないが、頼ることもできない。


(と、とりあえず、ラバン様に手紙を出してみよう。

 まずは情報を集めないと。

 いつか、修道院から戻ったら――)


 戻ったら、どうなるのだろう。


 あの日、鏡を割った時に見た「未来」と同じように修道院送りになったが、状況は大きく異なる。あくまで、イザラが修道院にとどまっているのは、ナイアの捜査が落ち着くまで。表向きの理由も、「流行り病の薬の普及を助けるため」となっている。

 だが、クラウスとの婚約破棄は、現実となった。


 ――お前さんが「幸せな結末」にたどり着けることを祈ってるよ。


 ふと、老イザラの言葉が思い浮かぶ。


 イザラの幸福といえば、王子の婚約者として過ごし、やがては王妃となり、この国のために生きる事だった。

 自分よりも国を優先しなければならないのは、確かに辛いかもしれないが、きっと、愛する王子を支え、同時に支えられ、次の世代を護るのは、確かな幸せもあるだろう。それが公爵家に生まれたイザラが夢見る「ことができる」幸せであり、公爵令嬢として成長するうちに受け入れた「現実的な」幸せだった。

 しかし、その幸せは、もう、あり得ない。


(私は、きっと、幸せを見失ってしまったのでしょうね)


 自室の扉を開く。

 修道院の朝は早い。

 明日も、祈りをささげて、奉仕を続けなければならない。

 それが、シスター・イザベラとなったイザラの「幸せ」なのだから。


 急に疲労を感じたイザラは、そのままベッドへ入り、目を閉じた。



 # # # #



「ねぇ、イザベラちゃん、これから、お祭り行かなぁい?」


 イザベラが、ローザからそんなふうに話しかけられたのは、それから数日後。

 夕食が終わった直後だった。


「お祭り? そんなものがあるの?」

「あれ、知らないのぉ? いつもこの時期に、お祭りがあるんだよぉ?

 何のお祭りか知らないんだけどぉ、修道院のシスターも、一緒にお祝いしてもいいお祭りなんだってぇ」


 幼い見た目に違わず、舌足らずな話し方に、いかにも期待に満ちた目で見上げてくるローザ。よほどお祭りに行きたいらしい。

 微笑ましいものを感じるイザベラ。

 が、マギアからはしっかりと注意が飛んできた。


「行くのは構いませんが、あまりハメを外さないように。

 それと、このお祭りは聖女様を祀ったものです。何度も説明したでしょう?」

「そうでしたっけぇ?

 それより、リサちゃん知りませんかぁ?

 一緒に行こうと思ったんですけどぉ、見当たらなくてぇ」

「はあ、この子は……シスター・リサなら、もうお祭りに走っていきましたよ?

『噂の屋台に突撃してきます!』と、それはもう元気なものでした」

「そっかぁ、じゃあ、私達も突撃してきまぁす」


 ローザに手を引かれ、食堂を後にする。


「ローザッ! 帰ったらお勉強ですからね!」

「はぁい! 帰ってから頑張りますぅ!」


 後ろから追いかけてくるマギアの声と、前へと引っ張るローザの声に挟まれながら、修道院の外へ。

 遠くから聞こえる喧騒のせいだろうか。

 優しい夕日に包まれた街は、スラムの埃っぽい空気をたたえながらも、どこかいつもより浮かれているような気がした。

 ローザに手を引かれるまま、小走りについていくと、そんな賑やかさが、次第に近づいて来る。


「うーん、リサちゃんは……いないなぁ。

 まいっかぁ。おじさーん、焼き鳥、三本くださぁい!」


 そして、お祭りの入り口。

 ローザから、焼き鳥を差し出された。


「え、えっと? ローザ、これは……?」

「ん~? もしかしてぇ、ご飯食べちゃったからぁ、お腹いっぱいぃ?」

「いえ、そういうわけでは……」


 口ごもったまま、じっと焼き鳥を見つめるイザベラ。

 焼き鳥を小さな口で頬張りながら、首を傾げるローザ。


「串焼きにしたお肉を外で食べるのは、ここでは普通なのですか?」

「ふぐぅ? もしかして、イザベラちゃん、焼き鳥、知らないのぉ?」


 うなずくイザベラ。

 ローザは口の中の焼き鳥を飲み込んで、更に首をかしげた。


「うーん、そういえば私も、マザーに連れてってもらったお祭りで、初めて食べたんだっけぇ? よくわかんないけどぉ、トーヨーのお料理なんだってぇ。おいしいから、食べてみればぁ?」


 言われて、恐る恐る口をつける。

 肉汁とたれの味が、口の中に広がった。


「……おいしい」

「そっかぁ、よかったぁ。

 イザベラちゃんは、お祭りとか行ったことないのぉ?」

「いえ、何度か、王都で見たことはあるわ。

 けど、こうして歩きながら食べたりとかは、初めてね」

「そういえばぁ、マザーも、歩きながら食べるのは、はしたないからやめなさいって言ってたっけぇ?

 イザベラちゃんのお家って、お薬屋さんだよね?

 貴族様が使ってるイメージがあるけどぉ、やっぱり厳しいのぉ?」

「ええ、まあ……」


 あいまいに笑ってごまかすイザベラ。

 まさか、お薬屋さんはお薬屋さんでも、薬そのものを開発する方で、お祭りは主にもてなす側でしたとは言えない。

 イザラにとって、お祭りやパーティは貴族同士のやり取りの場で、こんな風に楽しむものでは――


「う~ん、じゃあ、あっち、広場にベンチがあるから、座って食べよ!

 歩きながらじゃなくなるから、大丈夫だよぉ!」


 思い出しかけたところで、ローザに手を引かれる。

 向かった先は、広場。

 空いているベンチに、腰を下ろす。


「じゃ、ここで食べちゃおう。冷めるとおいしくなくなっちゃうしぃ。

 三本目はリサちゃんの分だったけどぉ、こっちも冷めちゃおうといけないからぁ、一緒に食べちゃおう。うん、そうしよう」

「ふーん、じゃあ、このジュースはいらないんだ」


 その途端、後ろから、頬に冷たいグラスが引っ付いた。

 おどろいて振り向くと、にやにやと笑うリサ。

 器用に三つのグラスを指でつかんで、得意げに揺らして見せる。


「もう、冗談だよぉ。広場に入ったときぃ、リサちゃんが見えたから、ちょっと呼んでみただけじゃなぁい」

「え? 私そんな呼ばれ方で来ると思われてるの!?」


 自然にグラスに手を伸ばすローザ。

 リサも自然にグラスを渡す。


「仲が、いいんですね」


 自然と、イザベラの口から、言葉がこぼれた。


「そだよぉ? リサちゃんと私、仲良しだよぉ?」

「おお、心の友よ!」


 ローザが言うと、リサがローザの頭をぐりぐりとなでる。


「でも、イザベラちゃんとリサちゃんも、私とイザベラちゃんも、私たちと同じくらい、仲いいでしょぉ?」

「そうそう、ほら、焼き鳥だけじゃ、のど渇いたでしょ?」


 そして、差し出されたグラスを、イザラも自然に受け取った。


「あ、イザベラちゃん、やっと笑った」


 気が付けば、頬が緩んでいたらしい。

 驚いて見返すと、ローザも、楽しそうに笑っていた。


「最近さぁ、イザベラちゃんって、なんか怖い顔してたからぁ、お祭りで気分転換になればいいなって。リサちゃんと一緒にぃ、いろいろ考えたんだよぉ?」

「ちょっとローザ、それ言ったら意味ないんじゃないの!?」

「どうせ後でバレるから大丈夫だよぉ?」


 どうやら、気を使わせてしまったらしい。


「ありがとう、いい気分転換になったわ。ちょっと悩み事もあったし」

「いーのいーの。それよりぃ、イザベラちゃんって、何に悩んでたのぉ」

「ちょっと、ローザ!? 折角の気分転換が台無しだよ!?」

「えー、でもぉ、悩み聞くのもシスターの仕事だって、マザーが言ってたしぃ?」


 相変わらず、子どもらしい遠慮のなさを見せるローザと、振り回されるリサ。

 イザベラはもう見慣れてしまった光景に、もう少しだけ頬を緩め、


「じゃあ、二人とも、将来は何になりたいとか、どうしたいとか、何か考えていることはある?」


 自然と、そう問いかけていた。


「う~ん、考えたことなかったなぁ。

 ずっと修道院にいるんじゃないのぉ? 今でも十分楽しいし」

「私もそうかな?

 ほら、マザーも、幸せなあなたたちを見るのが、私の幸せですって言ってたし」


 焼き鳥をほおばりながら、当たり前の小さな幸せに浸る二人。

 きっとローザとリサは、修道院に入ることで、老イザラが言うような「幸せ」を掴んだのだろう。でも、それは、婚約破棄がなかった時のイザラのように、シスターである二人の「現実的な」幸せで――


(いえ、そういえば、近くのお店のお手伝いもしている、といっていたかしら?)


 少し前、ローザとリサが初めてイザラの部屋に尋ねてきた時、確か、ローザが「リサちゃんも実家……じゃないけど、近くのお店のお手伝いとかしてる」と言っていた気がする。あるいは、二人にも別の「幸せ」があったのかもしれない。

 気になったイザラ、遠慮がちに問いかけた。


「じゃあ……二人はどうして修道院に入ったの?」

「う~ん、少し前までぇ、このあたりってスラムだったのぉ、知ってるぅ?」

「あ、今もスラムだけど、前はもっと危ないトコだったの!

 こんな大きな広場もなくて、怖い人がいっぱいいるトコで!」


 答えるローザを、リサが補いながら話しはじめる。


「私はお父さんもお母さんもいないからぁ、初めから修道院の子だったけどぉ、リサちゃんは怖い人の子だったからぁ、スラムの怖いお店とか、スリの手伝いとか、いろいろやっててぇ」

「あ、今、手伝ってるのは普通のお店だからね! マザーにも相談して、大丈夫って言われてるし!」

「う~ん、でもぉ、その時はリサちゃんも何回も捕まりそうになってぇ、私も一緒に捕まってぇ、修道院の子っていうより、スラムの子って感じだったかなぁ?」


 しかし、それは思いもよらない傷で。


「でもでもぉ、ここの領主様がスラムを綺麗にするってなってぇ、お役人の人が修道院に来てぇ、リサちゃんの家のお店についていくか、修道院に入るか、どっちがいいかって聞かれてぇ」

「修道院に入りますって答えたんだよね!」


 イザラは、後悔とともに謝った。


「そ、そう、ごめんなさいね。辛いことを思い出させて」

「えぇ? 別に辛くはないよぉ?」

「うーん、そうだね、あの時はあの時で楽しかったし!」


 だが、ローザとリサから返ってきたのは、思いがけない答えで。


「あの時の私たちにとってはぁ、スラムの修道院もぉ、スラムの怖いお店もぉ、あんまり変わらなかったんだよねぇ」

「そうそう! でも! その前に、道に迷ったお兄さんがいてね!」

「怖い人がいるところに間違って入っていきそうだったから、スラムの外までを案内してあげたのぉ。そしたらぁ、私たちに、『このまま逃げればいいだろ?』って聞いてきたんだよねぇ」

「で、ローザが、『逃げるってぇ、ドコへ?』って聞いたら!」

「『ないなら、作るんだよ』だってぇ」

「それで! せっかくだし、新しい居場所、作っちゃおうかって、ローザと決めて!

 修道院に入ることに決めたんだよね!」


(私も――未来を護るばかりで、作ろうとしていなかったのかもしれませんね)


 そう思った途端、


「あ、イザベラちゃんがぁ、また難しい顔してるぅ!」

「はい、お祭りで考え事禁止!」


 二人に腕を掴まれた。

 いつの間にか、焼き鳥は食べ終えたらしい。


「じゃ、向こうに噂の屋台があるから、そっち行こうか!」

「うん、行こう。そろそろマザーに怒られそうな時間だけどぉ。

 リサちゃんとイザベラちゃんのためだしぃ、行っちゃおう。うん、そうしよう」

「ちょっと、ローザ! 人のせいにするのはどうかと思うよ!?」


 イザラは引っ張る二人に応えるように立ち上がると、


「大丈夫よ? いざとなったら、私も一緒に怒られるから」


 夕暮れのお祭りへと歩き始めた。



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