●11裏_悪役令嬢は追跡者をごまかした!


 イザラが修道院の暮らしに慣れ(?)始めたころ。

 役人風の男が二人、修道院近くの宿場を訪れていた。

 宿場で机を挟み、年長の男の方が資料を広げて、話を始める。


「今回の仕事だが、スラム街のど真ん中にある修道院の捜索だ。

 貴族のお嬢様が匿われた可能性があるという事で、探し出してこいってとこだな」

「修道院の癖に人身売買のマネたぁ許せませんな。

 任せてくだせぇ、先輩。俺は敬虔な信者なんだ。片っ端からとっ捕まえてやらぁ」

「あー、盛り上がってるトコ悪いがな、別に修道院は悪くねぇ。

 むしろ、追われてるお嬢様を、危険をかえりみず匿ったって話だ」

「はい? じゃあ、なんで修道院にガサ入れするんですかい?」

「なんでも、お嬢様を追ってるのが国のお偉い様らしい。

 お嬢様ってのは王子様の元婚約者で、無理やり婚約を破棄されたと思ったら、今度は別のお偉いさんから婚約を迫られた。で、嫌気が差したお嬢様は修道院で神に仕える道を選んだが、諦めきれなかったお偉いさんが連れ戻そうとしてるって話だ」


 この二人、イザラを追ってきた下っ端の役人たちである。

 微妙に情報が誤って伝わっているようだが、下っ端の役人にはよくあることだ。

 憤慨する後輩。


「なんですかい、それ。やる気なくしますなぁ」

「まあ、宮仕えのキツイところだと思って諦めろ

 それに、これから探る修道院にお嬢様がいるとは限らねぇ。お偉いさんが掴んでるのは、修道院にいるってトコだけだからな。国中の修道院を片っ端から探り入れてるんだと。今回の調査も、適当に言い訳が付く形で終わらせりゃいいさ」


 資料を束ねて立ち上がる先輩に、後輩は慌てて立ち上がる。

 二人は宿場を出ると、修道院の位置するスラム街へと歩き始めた。



 # # # #



「スラムで聞いた話だと、教会の評判は上々。

 炊き出しから孤児の面倒、病人に薬まで配ってる。

 今、メビウス王子が掃除しまくってるゴミと違って、まっとうな教会だ。

 お嬢様をリスク覚悟で匿ってる可能性が増えたな」

「俺のやる気は減りましたけどね」


 教会の前、街の住人に聞いた話を軽くまとめる役人に、後輩が悪態をつく。

 役人はそれを適当になだめながら、玄関前で掃除に勤しむ修道女に目を向けた。


「シスター、少し良いかな?」

「はい? どちら様でしょうか?」


 後ろ姿では分からなかったが、随分な美人である。

 手入れされた金髪に、気品に満ちた所作。職業柄、様々な人間を見てきたが、何処かの貴族のお嬢様と言われても納得するくらいだ。

 これは、いきなり当たりかもしれない。

 嫌な予感を覚えながらも、役人は質問を続けた。


「いや、役人をやってるんだが、国の調査でね。人を探してるんだが……」


 が、最後まで言い切る前に、修道院の扉が開いた。


「イザベラちゃぁん、掃除手伝いに来たよぉ?

 ……ちょっとぉ、誰ぇ、その人ぉ?」


 妙に間延びした声とともに出てきたのは、まだ年若い、というより、幼くすら見える修道女。小さな身体に水いっぱいのバケツと雑巾を抱えながら、しっかりと役人に不審の目を向けている。


「いや、俺は……」

「ローザ、どうしたの……って、ぎゃーっ! また変態っ!?」


 そして、次いで出てきた騒がしいシスターに、頭から水をぶっかけられた。



 # # # #



「この度は当修道院のシスターが無礼を働き、誠に申し訳ありません。ちょうど先日、不審者の侵入がありましたので、皆、気が立っているものですから」

「いえ、修道院長。不審者なら仕方ありません」

「そうでさぁ。官吏の癖にいい加減な格好してる先輩が悪いんでっ!」


 騒ぎを聞きつけた修道院長に通された修道院の一室。

 後輩の足を踏んづけながら、役人はようやく仕事の話を進めていた。


「改めてお聞きしますが、このとこ、新しく赴任してきたシスターや事務員はいらっしゃいますか?」

「ええ、一名、最近になって、余所の修道院から受け入れました。

 先程、ご迷惑をおかけしたイザベラがそうです」

「なるほど、彼女の身元は分かりますか?」

「はい、受け入れにあたって、紹介状を頂いていますから、それを見れば。

 確か、王都の教会の出のはずです」

「拝見しても?」

「ええ、少々お待ちください」


 修道院長は棚から真っ白な封筒を取り出すと、役人に差し出した。

 開くと、大仰な書式の書簡に、偉そうな王都の修道院の署名が入っている。


(相変わらず、王都の宗教屋の連中のやることは貴族ばりだな。

 だがまあ、王都の大聖堂の聖人様なら、あの気品もあり、か。

 なぜこんなスラムのど真ん中のボロ教会に飛ばされたかは疑問だが……まあ、紹介状があったといやあ、上も納得すんだろう)


 役人は素早く頭を回し、仕事を終わらせる言い訳を見つけだすと、丁寧に書簡を封筒に戻す。

 そのまま、修道院長に差し返した。


「ありがとうございます。

 いや、疑って申し訳ねぇ。こちらもシスターに聞き込みやっただけじゃあ、ガキの使いじゃねぇんだぞって、上に怒鳴られるモンで」

「いえ。こちらとしてもお探しの人が早く見つかるよう祈っています」

「あー、最後に全員に聞いている質問ですが、こちらの似顔絵に近い方を……」


 が、紙資料を取り出そうとして手が止まる。

 先程、ぶっかけられた水のせいで、似顔絵が崩れてしまっていたのである。


「……似顔絵はダメになってしまったので、名前だけ。

 イザラ、という女性に心当たりはありますか?」


 横で笑いを噛み殺してる部下の足をもう一度踏んづける。

 しかし、どうせ否定されるのだろうな、と思いながらの問いかけには、


「ありますよ。当修道院のシスターです。お会いになりますか?」


 意外な返事が返ってきた。



 # # # #



「私がイザラですが、どちら様ですか?」

「あー、中央からやってきた役人です。こっちは部下。この度はご協力誠にありがとうございました。

 おい、次に行くぞ」


 出会った瞬間、おざなりな挨拶と共に、部下に声をかけて出ていこうとする役人。

 それはそうだろう。

 出てきたのは、今年で齢八十八だという老女だったのだから。


「あらまあ、王都のお役人さんですか。

 私も昔は王都で暮らしていたものです。

 あの時は戦争もあって……」


 しかし、脱出不能。

 老女は長々と話を始めた。


 過去に過ごした王都の景色がどうだっただの、

 当時は王都の貴族も修道院に送られることも多かっただの、

 かくいう自分も元は貴族名門だっただの、


 聞いてもいない上に、誇大な話が延々と続く。

 これだから年寄りの相手はイヤなんだよ!

 そう心の中で悪態をつくと、役人は立ち上がって叫んだ。


「ああ、もう時間だ! 色々と話をどうも! 我々はこれで!」

「まあそうかい? これからが面白いところなのよ?」


 後ろから何か聞こえるが、無視して扉を閉める。

 同時、後輩が吹き出した。


「いやー、初めは酷ぇ仕事だと思ったが、なかなか、楽しいっすね」

「テメーはホント笑ってばっかで何もしねぇな!

 もう一回、あのバアさんの聞き込みに行かせてやろうか?」

「冗談じゃねぇ、俺は敬虔な信者なんでさぁ。

 シスターを疑って天罰くらうのは、先輩ひとりで十分ですぜ」


 役人は一言多い部下の足を踏んづけると、修道院の外へと歩いていった。



 # # # #



「……行ったかい。おい、もういいよ」


 役人が出て行ってからしばらく後、老イザラはクローゼットへと声をかけた。

 出てきたのは、イザベラ。


「すみません、匿っていただいて」

「構わないさ。

 アンタが見つかってたら、根掘り葉掘りまた質問攻めにするだろうからね。

 そっちこそ、せっかく年寄りの世話をしに来たっていうのに、こんなことになって、災難だったね」


 そう、役人が老イザラをたずねた際、イザベラも運悪く、部屋を訪れていたのだ。

 修道院最高齢のシスターの部屋の掃除を手伝うために。


「そういえば、今年、八十八なんですね。おめでとうございます」

「ありがとう。

 でもまあ、結局年を取ったってだけで、あまりめでたくもないがねぇ」

「ですが、東洋では、長寿の節目に当たる、おめでたい年齢だと聞きました」

「お前さんは、本当にいろんな知識を持ってるねぇ。

 修道女にしとくには、もったいない」


 イザベラは苦笑しながら、老シスターの部屋の掃除を再開する。

 本来なら自分の部屋は自分でが原則なのだが、老イザラは高齢ということもあり、他のシスターが交代で掃除の手伝いに来ていた。それでも嫌な噂ひとつ流れないあたり、この老シスターは人格者なのだろう。


「そういえば、シスター・イザラ。先ほどの話って、本当ですか?」

「うん? さっきの話っていうのは、どれのことだい?」

「ほら、お役人様におっしゃっていた、昔は王都にいたとか、元貴族だったとか」

「さて、どうだろうね。ただ、似たような話はいくらでも聞くよ。

 婚約者を置いて、他の女に走る愚かな王子様の話はね。

 アンタも、似たような経験はあるんじゃないかい?」

「いえ、そんな、私は、そのようなことは、ありませんよ?」

「ふふふ。まあ、そういうことにしておくよ。

 でも、否定したいのなら、もう少し表情を隠せるようにした方がいい。

 窓から見てたけど、役人に声をかけられた時、顔がこわばってたよ?

 ローザ達が駆け付けなけりゃ、ちょっと危なかっただろう」


 困ったような顔を浮かべるイザベラ。

 そんなイザベラに、老イザラは楽しそうに笑った。


「まあ、私は、お前さんが『幸せな結末』にたどり着けることを祈ってるよ。

 私のようにね」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る