しゅうどういん!~断罪(バッドエンド)のその後で

○10表_悪役令嬢は修道院送りになった!


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 【イザラ】

  主人公のことを目の敵にする、クラウスの婚約者。

  一番の見せ場は、もちろん断罪シーン。

  散々嫌がらせをしてきた彼女が、錬金術師に騙され、

  クラウスとその他イケメンから総攻撃、

  実家からも見捨てられて修道院送りとなるのは、

  誰もがカタルシスを覚えるシーンだろう。

  しかし、このゲームの恐ろしいところは、

  こんな悪役令嬢すら攻略できてしまうところである。

  イザラルートに分岐するには、まず――

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 悪夢の声をさえぎるように、イザラは飛び起きた。

 激しく鳴り響く心臓を抑えながら、周囲を見渡す。

 どこまでも清潔な白い壁に、薬剤の匂い。

 どうやら、学園の医務室のようだ。


(ああ、私は、あの予言の通り、クラウス様に否定されたのですね……)


 ずっと響き続けてきた、あざ笑う声。

 今も時折、「攻略うぃき」だと言って語りかけてくるそれは、イザラには理解できない狂った単語を交えながら、不吉な「予言」を読み上げる。

 そんな得体の知れぬ声に屈さぬよう、イザラは努力してきたつもりだった。


 しかし、「断罪」は起こった。


 夏休み、病に倒れたクラウスのため、リヴァンク村へ薬草を取りに行ったはずが、事件に巻き込まれ、辺境伯領へ。

 そこで偶然にも聞いてしまった、婚約破棄の話。

 慌ててクラウスを追いかけるも、すれ違ってばかりで。

 ようやく会えたと思ったら、禁薬が部屋から出てきたと言われ。


 気がつけば、逃げ出していて――

 そして、目の前が真っ暗になった。


 それにしても、言葉にしたら予言通りなのに、何か思っていたのと違う気がするのはなぜかしら?


 やめよう、深く考えるとまた意識が遠くなりそうだ。


 思考を切り替えるように、改めて周囲を見渡す。


(あの後、どなたか、私を運んでくれたのでしょうか?)


 医務室にいるということは、誰か自分を助けようとしてくれる人がいるということだろうか。それとも、冤罪が真実と断定され、逃げられないよう、監禁でもされているのだろうか。


(駄目ね、思考がうまくまとまらないわ)


 静かに深呼吸して、自分を落ち着ける。

 考えたところで、答えが出るはずもない。


 何とか、情報を集めなければ――


 ベッドから立ち上がって、医務室の外へ向かおうとするイザラ。

 しかし、ドアノブに手をかける直前、扉が開いた。

 入ってきたのは、ラバン。


「おや、イザラ嬢、もう立ち上がって大丈夫なのかね?」

「ええ。ラバン様が、私をここまで運んでくださったのですか?」

「いや、キミを運んだのは、騒ぎを聞きつけた衛兵だ。

 私は様子を見に来ただけだよ」


 ラバンは小さな花束を取り出し、窓際の花瓶に植えた。

 かすかだが、落ち着いた花の香りが広がっていく。


「ラベンダーだ。

 香りに精神を落ち着かせる効果があるのだが、苦手ではないかね?」

「いえ、とても気に入りましたわ。ありがとうございます、ラバン様」


 貴族らしく、優雅な礼で返すイザラ。

 自分でも驚くほど普段どおりの返礼に、ラバンは小さく笑みを浮かべると、医務室の椅子を進めた。


「かけたまえ。あの後、何が起こったのか説明しよう」

「はい、よろしくお願いします」


 ラバンに向き合うイザラ。

 本当はもう少し整理する時間が欲しいところだったが、いつまでも逃げ回ってはいられない。


「君にかかっていた違法薬物所持の容疑だが、結論から言えば晴れた。

 まずは安心してほしい」

「そうですか、ありがとうございます」


 自分でもわかるほど、安堵の息が漏れた。

 ラバンは軽く微笑むと、手元の調書らしきものを見ながら続ける。


「さて、君に容疑がかかった理由だが。

 隣国の錬金術師――前のパーティで騒ぎを起こしたナイアだが、君に一度、接触を図り、ぬいぐるみを渡そうとした。それで間違いないね?」

「ええ、間違いありません。

 でも、そのぬいぐるみは私が預かる前に、ラティが処分をしたと聞いています」

「うん、その通り。ぬいぐるみは、確かに処分されたのだが――」


 事件の概要を語るラバン。

 ぬいぐるみの中には、禁薬が入っていたこと。

 禁薬はナイアがノグラから盗んだもので、危険な寄生生物の開発に使われたこと。

 その余りを、処分に困ったナイアがイザラに押し付けようとしたこと。

 そんなことを知らないラティは、ゴミ箱にぬいぐるみごと放り込んだこと。

 一方のナイアはイザラにぬいぐるみを押し付けたと思い込み、禁薬の出所はイザラだと供述したこと。

 ナイアのスポンサーになっていた教会の貴族が、それを利用しようとイザラの研究室に潜入したこと。

 研究室の防衛をしていた触手生物が、禁薬を回収していたこと。


「その触手生物、テケちゃんだが、君のところの従者――確か、ブルネットだったかな? 彼女がノグラ教諭から借り受け、君の研究室に設置したらしい。なんでも、『お嬢様がご不安の様子だったので、鉄壁の布陣を実現しようと思いまして』という事だが、まあ、ともかく、そういったわけで、禁薬が結果的に君の研究室から出てきたという訳だ」


 ああ、そういえば、ブルネットに警戒を頼んだ気がします。

 (「06表_悪役令嬢は頭痛の原因と出会った!」参照)

 まさか、あのテケちゃんを使うなんて……!


 意識が遠くなりそうになるイザラ。

 が、ラバンの視線に気付き、慌てて礼を言う。


「ラバン様、わざわざ調べてくださり、ありがとうございました」

「いや、この件については私は何もしていないよ。

 礼ならタイタスに言い給え。

 色々の調査に加え、あの後、混迷極まる現場でアーティアを抑え、私を含めた関係者から事情を聴取し、ここまで文書にまとめたのは、彼の功績だからね」


 手元の調書をひらひらさせながら、笑みを浮かべるラバン。

 が、その笑みは次いで聞こえてきた声にひきつった。


 ――ああっ! クラウス様! なんでここに!

 ――アーティアか! 私はラバンの誤解を解こうと追って来たんだ! 君は?

 ――私は、お姉さまがこっちに連れていかれたと聞いて!

 ――ちょっと、二人ともいい加減にしなさい!

 ――アリス! 退いてよっ!

 ――いや、退くのはお前たちの方だ。

 ――タイタス! いくらキミでも、ここは通してもらうぞ!


「うん、タイタスとアリス君には、私も後で礼を言っておこう」

「あの、ラバン様、逃げ、いえ、場所を移した方がよろしければ、いつでもおっしゃってくださいね?」


 イザラも引きつった声で返す。

 が、ラバンは何とか持ち直したらしく、そのまま続けた。


「ありがとう。だが、もうひとつ、君に伝えなければならないことがあってね。

 クラウスは、君の容疑にかかわらず、君との婚約を破棄しようとしているようだ」


 そして、どこか言い難そうにしながらも、はっきりと告げた。

 イザラは、必死に感情を押さえつけながら、空白になった思考と格闘していたが、やがて、静かに、問いかけた。


「その、なぜ、とお聞きしても?」

「そうだな、これはタイタスから聞いた話だが、クラウスはイザラ嬢が自分と釣り合わない、研究者としても優れているから、王族に迎えるより、公爵家として王権を補佐してもらう方が国益になる、と考えているようだ。

 あまりヤツを擁護する気はないが、ただ性癖で暴走したというだけじゃないということだな」

「そう、ですか」


 無情な返事に、目を伏せるイザラ。

 つまり、未来を変えようと必死にあがいた結果、クラウスの評価が高くなりすぎ、望む結果を通り過ぎてしまった、ということなのだろう。

 直面した厳しい現実に、今度こそ心が折れそうになる。

 だが、ついで響いてきた声に、思わず顔を上げた。


 ――アリス! でも! イザラお姉さまは!

   逃げたナイアに狙われてるんだよ!

   聖女の私が守らないとっ!

 ――そうだ! ラバンがナイアとひとり戦うなど、放ってはおけない!

 ――そういうのは衛兵の役目だから!

   むしろ、聖女と王子も守られる側だから!


「逃げ出したのですか? あのナイアが!?」

「どうもそうらしい。

 先ほどの婚約破棄についても、本来なら私ではなく、直接クラウスが話すのが筋なのだが、それどころではなくなってね。

 ゆっくりと考える時間を与えることもできず申し訳ないのだが」


 ――アリス!

   私、ずっとアリスやアーティアに守られてばかりだったけど!

   それじゃだめだと思うんだ!

 ――うむ、確かに、私もラバンに甘えてきてばかりだったからな!

 ――ダメだからね?

   ちょっといいこと言ってる風に叫んでもダメなものはダメだからね!

   だいたい! なんでそこまで追いかけようとしてるのよ!

 ――そんなもの、好きだからに決まってる!


「ナイア以外にも脅威が迫っているようでね。

 公爵様や学園長の意向もあり、君のことはしばらく、修道院に匿ってもらおうという話になったんだ」

「……やはり、そうなるのですね」


 ――好きな相手ならなおのこと!

   無理やり禁止! 思い込み禁止!

   相手に嫌われないようにするのが最低限のマナー!

   ちゃんとした推し活ってものを学びなさい!

   ああもう! タイタス様も何とか言ってください!

 ――無理だ。口で言っても無駄な者は存在する。

   それと、オシカツとはなんだ?

 ――それ、いま聞く必要あります?


「すまない。このような追放されたかのような真似はしたくないのだが、どうもあの二人は君という存在が近くにいると暴走する性質のようだ。いったん家の事情――そうだな、流行り病の薬の普及を助けるため、とでも言って、学園から離れているということにしていた方がいいだろう。

 もちろん、君の名誉と家名が傷つけられないよう、最大限協力させてもらう。

 既に学園長には許可を取り、協力も取り付けた。

 なに、もともと3年生は授業などオマケのようなものだし、君の学力と成績なら問題なく卒業証書は貰えるだろう」

「お気遣い、恐れ入ります」


 ――タイタス! そう思うのなら通してくれ!

 ――通すわけがないだろう?

   それに、ここで暴れてどうする?

   騒ぎを聞きつけた容疑者がやって来るぞ?


「こっちに、脱出用の隠し通路がある。

 本来は戦時用で、このような使い方は避けたいのだが、仕方がない。

 抜けた先に馬車を用意してあるから、早く乗り込みたまえ。

 ああ、荷物は後でまとめて届けさせよう」

「分かりました。ラバン様も、どうかご無事で……」


 ――で、でも……

 ――し、しかし……

 ――でもも、しかしもない。

   俺はオシカツとやらは知らんが、お前たちのやっていることは迷惑行為だ。

   さっさと戻ってそこのアリスにでもオシカツについて教えてもらえ。

 ――ええ? ここで私?


「しばらく学園には戻れないが、何か心残りはあるかね? 可能な限り力になろう」

「そうですね、では、ひとつ、お聞きしたいことが」

「何かな?」

「オ シ カ ツ っ て 何 で す か ! ?」


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