@09裏の裏の裏-1_攻略対象その3は実家に帰った!


「そうか。ラバンは実家に帰ってしまったか」

「はっ! 学園寮に戻られるのは、休暇の後になるかと」


 王族用にあつらえられた学園寮。

 タイタス領から戻ったクラウスは、ラバンを訪ねようとしていたところを、衛兵に止められていた。クラウス以上にラバンと仲がいいこの衛兵は、クラウスよりはるかにラバンのことをよく知っている。


「ラバン様はクラウス様とあまりお会いしたくないご様子。

 何があったかは予想が付きますが、しばらくは王族の務めに精をお出しになられてはいかがでしょう?」


 そして割と慇懃無礼である。

 そういえば、ラバンやタイタス、イザラの従者も慇懃無礼だった。

 貴族に仕えるものは、みんなこうなのだろうか。

 浮かんだ疑問を心の奥へ押しやりながら、聞くべきことを聞く。


「では、王族らしく内憂外患に対応するとしよう。

 ラバンが捕まえたという、錬金術師について、何か分かったことは?」


 タイタスの館から戻る途中、先行していた衛兵に調べさせていた報告を聞く。

 さすが王族に仕える従者というべきか、衛兵はよどみなく答えた。


「はっ! 申し上げます!

 容疑者ナイアは、フラネイル領リヴァンク村で新しく開発した飼料の実験を行っていた模様です。

 ですが、それは名目で、実際は寄生生物の実験でした。

 寄生生物に憑りつかれた人間は、理性を失い、怪力を振り回すモンスターとなりますが、特殊な音色の笛で操ることが出来るようで、容疑者は兵器として売りに出そうとしていた、とのことです。

 なお、領主のフラネイルは場所と資金を提供しただけで、寄生生物については知らなかった様子です。

 また、教会系の貴族の一部が、出資および広報活動に協力しています」

「分かった、ありがとう。

 しかし、教会系の貴族が一枚かんでいるのか……」


 気分の悪くなる内容だったが、表情を動かさず聞ききったクラウス。

 その中でも、聞き返したのは一点。「教会系の貴族」の存在だった。


「確か、教会系の貴族については、メビウスが手綱を握る予定だったな」

「はっ! メビウス様もラバン様経由で事態を知り、止めようとされたようですが、有象無象を御しきれなかったご様子です!」


 まあ、そうだろうな。

 メビウスはクラウスの弟である。

 王位継承順位も二位ではあるが、まだ学生にもなっていない年齢だ。

 教会との交渉は、少し難しいだろう。

 いや、それ以前に、メビウス本人もさほどやる気に満ちたタイプではない。

 いつだったか、継承順位の法律について話した時、「譲ってやろうか?」と冗談交じりに聞くと、


「冗談じゃありませんよ!

 何が悲しくて王宮の魑魅魍魎の相手をしなきゃならないんですか!

 僕は教会の権益で得た資金を転がすのが好きなのであって、人を転がすのは嫌いなんです!」


 と、すさまじい勢いで拒絶されてしまった。

 幼い頃から、第二王子として育てられた結果なのだろう。

 今回ばかりは、それが悪い方へ働いたらしい。

 このままでは、学園入学後、与し易しと、教会系の貴族に利用される虞がある。

 一度、メビウスと話をした方がいいかもしれない。

 休みが終わる前に、王宮へ戻ってみるか。

 そう考えたとき、別の衛兵が駆け込んで来た。


「失礼します! クラウス様! 錬金術師ナイア容疑者の件で、追加で報告が!」

「発言を許可する」

「はっ! それでは申し上げます!

 ナイアの一件を聞いた公爵家から抗議がありました!

 公爵様は、怪物を作り出し、国家転覆を企む錬金術師を辺境で処分するのは納得いかない、王都に護送の上、背後関係を洗い、しかる後、極刑に処すべきである、とお考えのようです!」

「タイタスが怒りそうだな。

 それにしても、貴族の噂はあっという間に広まる」


 いつの間にか、ナイアは国家転覆を企んでいることになったらしい。

 おそらく、ナイアが隣国出身というところから、憶測が広まった結果だろう。

 背後関係を洗い、というのは、教会系の貴族がこれに一枚噛んでいる、きちんと明らかにして王族としてけじめをつけろ、と言いたいのだろう。あるいは、このスキャンダルの種を処理しなければ、イザラとの婚約を認めない、との意味もあるのかもしれない。


「父上は、この件については何か言っているか?」

「はっ! 公爵家の要請を受け、容疑者ナイアを王都で裁くとのことです!」


 まあそうだろうな。

 ここでメビウスの派閥が落ち着けば、メビウスを王座に、という声も小さくなり、クラウスの王位継承も盤石となる。王位継承の争いを避けたいメビウス本人や王家にとってもプラスとなるだろう。公爵家の機嫌を損ねるのもよろしくない。

 そうした王家の内情を抜きにしても、国家転覆の噂のあるものを放置するという選択肢はあり得ない。


「分かった。私の方でも、一度、父上と話をしてみよう。

 出来れば、メビウスや教会系の貴族とも話をしたいものだが」

「はっ! 承知しました! 陛下のご予定をうかがっておきます!

 しかし、メビウス様につきましては、過剰に圧力をかけることにもつながります!

 現在は捜査も行われておりますので、慎重に行動された方がよろしいかと!」

「分かっているさ。私も、解決しかけの事件に横やりを入れて、これ以上タイタスを怒らせる気はないよ」


 今頃、タイタスはさぞ不機嫌になっていることだろう。

 何せ、タイタスが苦手としている政治が原因で、せっかく終わりかかっている事件に横やりを入れられた挙句、容疑者を王都へ護送までしなければならなくなったのだから。

 メビウスに会いに王都へ戻るついでに、予定が合えば、タイタスにも一言声をかけておこう。タイタス領では、いろいろと相談に乗ってくれたことだし。

 久々の王宮に予定を組みながら、クラウスは衛兵を下がらせた。



 # # # #



 王宮は、見慣れた壮麗さをたたえ、同時に、醜い貴族の争いに満ちていた。

 挨拶という名のご機嫌うかがいを立ててくる貴族達をかわし、自室に戻るまで。

 策謀に満ちた視線は、決してとどまることがない。

 クラウスがようやく緊張を解いたのは、城の中でも、王族が普段の生活に入っている区画――両親の待つ部屋へ入ってからだ。


「お帰りなさい、クラウス!

 よく帰ってきてくれたわ!」


 真っ先に出迎えたのは、クラウスの母、アイリス。

 クラウスが挨拶を返す前に、抱擁が飛んでくる。

 下級貴族から大恋愛の末に父、アルゼウスと結婚した母は、王族としての気品に欠けている代わりに、しっかりとクラウスに分かる形で愛情を伝えてくれる。

 クラウスは、そんな母が嫌いではなかった。


「ただいま、母上。父上も。

 今日はイザラのことで相談があってきました」

「まあ、イザラちゃんのことで?

 政治の話かしら?」

「はい。

 私も母上と話をしたいのですが、先に面倒ごとを片付けておこうと思いまして」


 困ったように母を引き離しながら父へ視線を送るクラウス。

 王族として育ってきた父は、再開の笑みを浮かべながらも、静かにうなずいた。


「ちょうど、公爵家から訴えがあったところだ。

 いいだろう。クラウス、執務室の方で話を聞こう。

 アイリス、お前は、もう少し部屋で待っていてくれ」

「分かりました。

 クラウス、くれぐれも、政治ばかりにかまけて、怖い人にならないでね?」


 名残惜しそうにクラウスから離れる母をおいて、父の後に続き執務室へ入る。

 何度か王子教育の一環で入ったことのあるそこは、相変わらず整理された書類が、政務の重圧を訴えていた。


「人払いは済ませてある。

 手短に報告してくれ」


 もう、王としての顔に切り替えたのだろう。

 先程、母と一緒にいた時の笑顔を消して問いかけてくる父に、クラウスも王子として話し始めた。


 辺境で起こった事件。

 それを解決した幼馴染たち。

 その容疑者ナイアとメビウスの関係。

 そして、イザラとの婚約解消を考えていること――


 言うべきことを言い終えた後、クラウスの中で緊張と不安が渦を巻いた。

 やはり婚約の解消は難しいと言われるのか。

 それとも、解消するならそれだけの交渉をやって見せろと言われるのだろうか。


「そうか、分かった。

 辺境での事件については、こちらが把握している情報と同じだ。

 婚約者も、公爵家に話を通さねばならんな」


 しかし、意外にも、王の反応は静かだった。

 それなりの覚悟をもって話を切り出したクラウス。

 思わず聞き返す。


「錬金術師の一件はともかく、イザラの方はよいのですか?」

「ん? ああ、お前は知らないんだったな。

 我が王家にとって、公爵家との婚約を破棄するのは伝統のようなものだ。

 私も昔はな――」


 昔話を始める父。

 母との大恋愛の話――上級貴族のいじめをはねのけ、王子と結ばれるまで――は、母から何度も聞かされてきたが、そこに出てきた「意地悪な上級貴族」が公爵令嬢というのは初耳だ。

 父によると、先代も、先々代も、その前の王も、どういうわけか公爵家からの婚約を断り、優秀な下級貴族や平民と結婚しているという。


「私とアイリスの間で、お前がいつ婚約破棄の話を持ってくるかと賭けになっていたところだ。アイリスは卒業式で突然行動を起こすと踏んでいたようだが、私は人間関係に臆病なお前なら、そろそろ話を持ってくると思っていた。

 どうやら賭けは私の勝ちのようだな」

「そのようなことを賭け事にしないでいただきたい!」


 思わず言い返すクラウス。

 すっかり父の顔に戻った王は、実に楽しそうに続けた。


「そう怒るな。

 まあ、公爵家については問題ない。またか、で済まされるだろうし、イザラ嬢には王家のまつりごとより薬師の方が相応しい事くらい、公爵も分かっているだろうよ。

 それで、イザラ嬢を婚約者から外すとして、代わりの相手は誰だ?

 学園の下級貴族か? それとも、商家か? 村民か?

 お前がバイセクシャルとは知っているが、現在の法律上、正妻に迎えるなら女性が条件だぞ? どうしてもというなら、本命の恋人は小姓に据えて、妻には理解ある女性を迎えることだ」

「分かっていますよ! まったく!

 それと、まだそういう相手とは出会っていません!」

「ううむ、やはり難しいか。

 まあ、そのうち、平和ボケが進めば平等ボケも進み、そのあたりへの認識と常識も変わるであろうよ。そこまで王家が続いているか知らんがね」

「父上っ!」

「ああ、すまんすまん。

 しかし、相手が見つかっていないのに婚約破棄というのも前例がないな。

 我が家系は、王子が真実の愛を見つけて、それに嫉妬した公爵家の娘がいろいろやらかして、卒業式で盛大に追い詰めるのがパターンなのだが。

 そういえば、イザラ嬢の功績は聴けど罪過は聞こえてこぬな。

 よほどよくできた娘なのだろう」

「ええ、イザラは本当に素晴らしい貴族です。それだけに――」

「まあ、待て、クラウス」


 もう一度、イザラとの関係を告げようとしたクラウスに、父が目を合わせる。


「お前は少し硬く考えすぎだ。

 なるほど、貴族同士の結婚など、政治の延長かもしれぬ。

 学園で見栄の張り合いなどやっているうちは、特にそう見えるであろう。

 しかしな、所詮、人間は歯車になり続けることなど出来ぬ。

 いかに都合がよい相手がいたとしても、当人の意思に沿わぬ関係など、長続きはせぬものだ。お前もいろいろと理由をつけているが、結局、自分ではイザラ嬢を愛せず、イザラ嬢からも愛されぬと悟ったのではないか?」

「それは――そうかもしれませんが……」


 言葉をつづけようとするクラウス。

 が、出てこなかったらしく、結局は黙り込む。

 父は、そんなクラウスにうっすらと笑みを浮かべた。


「ならば、それでいいではないか。

 アイリスが怖い人になるな、と言ったのは、つまりはそういうことなのだろうよ。

 それとも、感情のまま動く自分に抵抗があるか?」

「……そうですね。私も、少し頭を冷やした方がいいかもしれません」


 ようやく、苦笑が漏れたクラウス。

 父も安心したのだろう。


「まあ、相手がおらぬというなら、こちらから見合いの相手を見繕っておく。

 確か、隣国から姫君を、という話があったな。

 今回の一件も隣国出身の錬金術師が騒ぎの原因となると、血筋での関係補強も選択肢の一つになるやもしれん」

「父上? さっそく政治の話に戻っていますよ?」

「仕方なかろう。余が紹介できる女など政治がらみくらいだ。

 余を頼るなら、政略結婚に親愛の情が伴うことを期待するんだな」

「でしょうね。まあ、そちらは期待せずに待っていますよ」


 笑い合う父子。

 しかし、やはり王族というべきか、すぐに話を変える。


「それより、その錬金術師です。

 この一見に、メビウスや教会系の貴族も絡んでいるようですが?」

「うむ。ナイアなる者は、なかなかに曲者のようだな。

 とりあえずメビウスには、学園の長期休暇が終わり次第、見学の名目で学園に入り、教会系の貴族を抑えるよう命じてある」

「メビウスに? 大丈夫なのですか?」

「大丈夫だろう。まだ年齢的には少し早いが、アレは政治から逃げる事にかけては、なかなかに爆発力がある。

 それに、王族として生きる以上、貴族の相手は避けられぬ。

 仮に失敗するにしても、それなりの経験にはなるだろう。

 念のため、ラバンにもお目付け役を頼んでいる」

「ラバンに? では安心ですね」

「ああ。メビウスはそちらに任せて、お前はナイアの尋問の様子でも見ておけ。

 明日には辺境伯領から護送されてくるはずだ。

 私も報告書には目を通しておく」


 うなずくクラウス。

 しかし、王はしっかりと釘を刺してきた。


「クラウス。これは余の勘だが、どうも嫌な予感がする。

 報告書では、ナイアは銀の深学会とつながりがあるとあった。

 お前は知らんだろうが、かの学会の歴史は古い。昔、戦争のあった時代は、生物兵器やら毒やらの研究を行っていたらしい。もはや語り継がれている話でしかないが、勝つために、いや、当時は生き残るためにか? とにかくも、倫理を捨てた実験も行っていたそうだ。それこそ、倫理は生き残ってから議論する、というのが日常で、研究者の方も、何人も心を病んだと聞くほどにな。

 ゆめ、油断する出ないぞ?」

「ありがとうございます。父上、私も気を付けて事に当たります」

「頼むぞ?

 特に、我が王家は婚約が絡むと必ず事件が起こるという伝統があるからな。お前の性癖を知った時は、事件は事件でも喜劇の方だと思い、むしろ安心していたのだが」

「父上?」

「余の場合は公爵令嬢の自爆というまだ単純な話で済んだが、まさか、こんな複雑な陰謀が動くとは。決して、ラバンやタイタスにうつつを抜かして、足元をすくわれぬようにな?」

「あの、父上?」

「法を無視して男と駆け落ちなど、アイリスが泣く――いや、喜ぶか?

 アイリスもそっちのアレが好みだしな。

 そういえば、アイリスは薬草辞典に偽装したエロ本を一冊、間違ってお前に貸していたな。後でこっそり返しておけよ?」

「父上――っ!?」



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