◎09裏の裏-2_攻略対象その2は巻き込まれた!


「悪いが、もう一度言ってくれ」


 廊下を駆けながら、タイタスは衛兵に問い返した。


「はッ! クラウス様と聖女様の護衛の方が乱闘を始めました!

 クラウス王子の訪問目的がラバン様であり、イザラ様でなかったことに、護衛の方がお立腹のようです!」


 意味不明。

 タイタスの率直な感想である。先程、コミュニケーションについて怒られたばかりだが、この衛兵にも問題があるのだろうか。


「分からんのだが?」

「申し訳ありません! 私にも意味不明な状況です!

 とにかく緊急事態とのことで、ご報告に上がった次第でして!」


 原因が分からなくとも、緊急時に報告を入れておくのは正しい判断だ。

 この衛兵に問題はないらしい。

 問題なのは、緊急事態を引き起こしたクラウスと聖女の連れの方なのだろう。


(クラウスめ、今度は何をやった!?)


 走りながら、心の中で文句を言うタイタス。

 タイタスにとって、クラウスは「王子になり切れていない王子」。幼い頃から受けてきた帝王学のおかげで、一級品の気品と知識と力を持つものの、同時に王族らしく振舞おうとしてよく暴走する。

 冬に開かれたイザラの誕生パーティでは、模擬裁判をやったとか。

 タイタス自身は、春に備える辺境伯領の見回りに出たり、衛兵の指揮をとっていたりしていたため、パーティに出席していないが、出席した父から聞いた話では、それはもう酷かったらしい。

 誰か止めるヤツはいなかったのだろうか?

 いなかったんだろうな。

 普通ならラバンあたりが静止役になるのだろうが、ヤツは意図的に王族らしく振舞おうとしない男。面白がって助長することはあっても、止めようとはしないだろう。口では「はあ、なんで私が……」などと言いながら、嬉々として参加する光景が目に浮かぶ。


――この間のパーティでも……裁判なんて……クラウス様は!

  どうしてイザラお姉様と……!

――あの時は……! ラバンが……!


 廊下の先から聞こえてくる怒号に、頭痛が走った。

 が、それを押さえつけ、隣を駆ける衛兵に告げる。


「正面から征く!」

「はっ! ご武運を!」


 勢いよく、応接間の扉を開け放つタイタス!

 その先には、クラウスと二人の女生徒!

 直前まで言い争っていたのだろう、三人とも立ち上がったまま、口を開いて固まっている。


「……何があった?」


 威圧とともに、低い声で言い放ってやる。

 いろんな意味に取れる短い言葉ではあったが、効果は抜群。


「い、いや、何でもない。

 少しばかり、イザラの扱いについて聖女様と認識の相違があっただけだ」

「は、はい! その通りです! 申し訳ありません! ほら! アンタも謝る!」

「ご、ごめんなさい……」


 上から、クラウス、下級貴族らしいごく普通の女生徒、筋肉な女生徒である。

 女生徒二人とは初対面だが、地味な方がおそらく聖女と噂のアリス、筋肉の方がその護衛と噂のアーティアだろう。

 気まずそうに、ソファーに座りなおす三人。

 とりあえず収まったらしい。

 逆に言えば、一喝で収まる程度の下らぬ理由だったのだろう。


 敵地での駆け引きはできるのに、普段のコミュニケーションができないのはなぜですか、タイタス様?


 つい先ほどイザラの前で受けた説教の続きが聞こえてきた気もするが、タイタスはそれを無視して三人へ声をかける。


「学園長から話は聞いている。

 聖女として、教会に用があるんだったな?

 確か、聖女と従者二人で来ると聞いているが?」

「は、はい! もう一人は他の教会系の貴族を抑えるために学園寮に残ることになりましたので、私たち二人だけです!

 ええっと、その、それで、伝説について調べるなら、タイタス様が詳しいと、ノグラ先生が……」


 答えたのは、アリス。

 この中で比較的まともに会話できるのは彼女だけのようだ。

 もっとも、比較的、と書いた通り、声には緊張が含まれている。

 今でこそ聖女と持ち上げられているが、つい最近まで下級貴族の学生をやっていたのだから当然と言えば当然だろう。

 それに加え、冒頭の失態である。

 先ほどの衛兵の説教を思い浮かべながら、できるだけ威圧しないよう声をかける。


「いや、俺自身は聖女伝説についてはさして詳しくはない。

 明日、教会の者に案内させる手筈になっている。

 部屋を用意したから、今日はこの館に泊まってくれ」

「はい、ありがとうございます!」


 少しは調子を取り戻したのか、アリスの返事に震えはない。

 近くに控えていた女騎士へ目を向けるタイタス。

 女騎士はうなずくと、アリスへ声をかけた。


「では、聖女様、ご案内しますのでこちらへ。従者の方も、どうぞ」


 聖女様と呼ばれ戸惑った様子だったが、アリスはアーティアを連れ、女騎士に着いていく。部屋に残ったのは、衛兵を除けばタイタスとクラウスのみ。


「それで、何があった?」

「ああ、いや、私がイザラではなくラバンを追いかけて来たと言ったら、アーティアが怒ってだな」

「……それはもういい。

 この辺境伯領にやってきた理由を聞いている。

 聖女の付き添いだというのなら、部屋を用意させるが?」

「いや、実はラバンとイザラがリヴァンク村に向かったと聞いてな。

 追いかけたんだが、村人にこちらへ向かった、と」

「……そうか。リヴァンク村の住人からは何か聞かれなかったか?」

「いや? 急いでいたから、立派な馬車に乗った貴族が辺境伯領へ向かったとだけ聞いて、すぐにこっちへ飛んで来たんだ。何かあったのか?」

「ああ、リヴァンク村で事件があってな。

 ラバンとイザラが襲われ――」


「それ! 本当ですかッ!」


 タイタスが言い切る前に、開け放たれる扉!

 入ってきたのは、出ていったはずのアーティア!


「タイタス! ラバンが襲われたとはどういうことだ!」


 同時にクラウスも立ち上がる。

 お前達はさっきまで乱闘してたんじゃなかったのか?


「落ち着け! 二人とも無事だ!

 イザラはラバンに逃がされて、ラバンは自力で我が領へ脱出している!

 下手人も捕獲済みだ!」


 勢いを押しとどめるように叫ぶタイタス。


「! では、ラバンがここにいるのか! 案内してくれ!」

「! 私も! イザラお姉さまのところへ!」


 が、今後は一喝では止まらなかった。

 やむを得ず、暴徒鎮圧のごとく叫び返す!


「落ち着けと言っているだろう!

 ラバンなら忌々しいことに下手人を俺へ押し付けて帰っていった!

 イザラはいま休んでいるところだ!

 彼女のことを思うならそっとしておいてやれ!」


 ようやく沈黙する二人。

 そこへ、アリスがびくびくしながら戻ってきた。


「あ、あの! この度はこの子が申し訳ありません!」

「……構わん。それより、イザラ自身もクラウスや聖女と会うことは望んでいた。

 明日の朝、教会へ案内する前に時間を作るよう衛兵に言っておくから、今日は大人しくしていてくれ」

「は、はい! ご迷惑をおかけしました!」


 アーティアの手を引いて出ていくアリス。

 そのまま、廊下の奥の女騎士の下へと速足で去っていく。

 すっかり怯えられてしまったようだ。

 タイタスは嘆息しながら、聖女の姿が完全に見えなくなるのを待って、クラウスへ向き直った。


「それで、ラバンに何の用だ」

「む? それは……」


 が、クラウスは言いよどむ。

 何か王族間の面倒な話なのだろうか。

 そうであれば、ぜひとも詳しく聞くのは避けたいところだ。


「言い難ければ言わなくていい。

 だが、イザラが会いたいといっていたのは事実だ。

 時間も遅い。今日は泊まっていったらどうだ?」

「そうだな……いや、タイタス、そういえばキミは、将来は王宮の騎士に?」


 が、クラウスの方は話がしたいようだ。

 やむを得ず聞く姿勢に入る。


「いや、俺はまつりごとが絡む王宮騎士は性に合わん。

 このまま、辺境でやっていくつもりだ」

「そ、うか。うらやましい、と言ってはいけないんだろうな……」

「ああ。もう来年には学園を卒業する。

 俺たちも、自分の進路は自分で決めなければならん」


 クラウスにも色々あるのだろう。

 王子とはいえ、決してその未来は一つではない。

 王位や弟のメビウスに譲って、自ら王宮を離れるという選択もある。

 現王やメビウス本人を含めた周囲の説得という極めて高い壁はあるが、政況を掴めば決して不可能ではない。

 不況になれば、商人系の貴族に支持のあるメビウスに王位を押し付ける陰謀を進めることも、現実性のない話ではないのだ。

 もっとも、このあたりはラバンに聞いた話。

 タイタスとしては「やはり王宮には近づかぬ方がいいな」と思った程度である。


「タイタス、私は、このまま王家の後継者になるのだと思う」

「そうか」

「しかし、イザラがな。私には相応しくないのではないか、と思ったのだ」


 そっちか。

 思わず突っ込みそうになったところを何とか押しとどめる。

 貴族である以上、結婚とは政治の延長にあるものであり、先程の進路のごとく、避けて通れず、かつ、選択肢は少ない。クラウスの場合、イザラがそれだ。

 が、決して確定した未来というわけではない。

 イザラの何が不満なのか知らないが、やはり政況を利用して陰謀を企てれば、相手を変えることもできるのだ。

 もっとも、このあたりもラバンに聞いた話。

 タイタスとしては「俺は辺境で純朴な女でも探すか」と思った程度である。


「私が王位につけば、イザラは王妃ということになるが……優秀過ぎてな。

 私の方が釣り合わないのではないか、と思ったのだ」


 そっちか。

 再び突っ込みそうになったところを何とか押しとどめる。

 確かに、イザラは優秀である。

 この辺境にも、流行り病の治療法を確立した才媛との声が聞こえてくるくらいだ。

 プレッシャーに耐え兼ね暴走する王子とは、確かに釣り合わぬかもしれぬ。

 しかしである。


「それがどうした。

 釣り合わなければ、釣り合うようになればいいだろう」


 騎士団で育ったタイタスの、正直な感想である。

 タイタス自身、自分が決して優秀な騎士団長とは思っていない。

 初めは教えられたことしかできなかったし、つい先ほども衛兵に怒られたばかり。

 それでも、徐々に騎士団の中で自分の役割を見つけ、何とかそれをこなしている。

 おそらく、他の騎士達も同じだろう。

 クラウスにしても、能力的についていけないのならば、主要なことはイザラに任せ、補佐に回ればいい。だから、知識だけで自らに見切りをつけることはない、そう言ったつもりだったのだが、


「むう、簡単に言ってくれるな」


 帝王学で生きてきたクラウスには、響かなかったようだ。

 まあそうだろうな。

 タイタスも、自分が言葉足らずなのはよく理解している。


「すまない。俺には、他にいい言葉が浮かばない」

「あ、ああ。

 いや、きっとそれが、タイタスのいいところなのだろう。

 私の方こそすまなかった」


 謝られた。

 これはこれで刺さるものがあるが、とりあえず王子の相談は終わったようだ。

 まったく、こういう話はラバンにでもしてくれ。

 いや、もともとラバンに話そうとしていたんだったか。

 なるほど、ヤツならば面倒くさがって逃げそうだ。


「イザラの話だが、やはり婚約破棄を考えようと思う。

 彼女の薬学の知識は素晴らしい。王家に迎えて政治に携わるより、公爵家で研究者として働いてもらった方が、国益になるだろう。

 それに、聖女などというものも出てきた。

 王家としても、私の扱いを考え直さなくてはならないだろう」

「そうか。

 必要なら、明日、聖女とは別に時間を取るよう、イザラに声をかけるが?」

「いや、私がイザラと話してどうなるものではない。

 まずは、周囲の説得から始めようと思う」

「そうか? イザラの意思も確認した方がいいのではないか?」

「いや、イザラもさして私のことを気にしてはいなかった。

 イザラが気にしているのは、私という人間そのものではなく、貴族としての義務や公爵家の意思だろう」

「そう、なのか?」

「そうだ。私とて、無為にイザラと交際をしていたわけではない。イザラは、結婚を義務や利害から捉えている。私もそうだし、他の多くの貴族もそうだ。だから、別の選択肢で、義務をこなしつつ、より多くの利益を得られることを示す方がいい」

「そ、うか?

 まあ、俺は二人の関係は分からんが、当事者のお前が言うならそうなのだろう」

「ああ、そうだ。

 だが、私一人で周囲の説得はなかなか難しくてな。

 ラバンに知恵と力を借りようと思っていたのだ。

 見舞いに来てくれた時にでも頼もうと思ったのだが、誤解を受けてしまってな」


 なるほど、ラバンが逃げ出しそうな理由だ。

 しかし、


「誤解とはなんだ?」

「いや、すまない、こちらの話だ。

 とにかく、私はラバンを追いかけなければならない。

 早くしないと、婚約破棄もできなくなるからな。

 というわけで、私はこれで失礼させてもらう」


 立ち上がると、そのまま応接室の奥――隠し通路へと向かうクラウス。


「では、タイタス。

 話を聞いてくれてありがとう。

 キミと友人でよかった。

 婚約破棄についても、吉報を期待していてくれ」


 そのまま、さわやかな笑みと共に去っていく。


 吉報って何だ。

 確かに否定はしていないが、婚約破棄を期待してもいない。

 俺が賛成したみたいに言うのはやめろ。

 というか、当たり前のように隠し通路を使うんじゃない。

 どいつもこいつも、騎士が国難を乗り越えるための通路を学園の裏口みたいに使いやがって。

 今度、衛兵に脱出経路の見直しを考えてもらおう。


 ふつふつと湧き上がる文句。が、それが怒りに代わる前に、応接室の扉――もちろん、普通の出入り口――が開いた。


「婚約破棄というのは、本当なのですか!?」


 入ってきたのは、顔を真っ青にしたイザラ。

 どうやら、聞いていたらしい。

 最悪のタイミングだ。

 一緒に入ってきた衛兵に「なんで連れてきたんだ」という目を向けると、


「申し訳ありません。

 イザラ様が、やはり一言でも挨拶をしたいとおっしゃいまして」


 ちっとも申し訳なさそうにない様子で謝られた。

 相変わらず刺さる衛兵である。


「タ、タイタス様、そのっ! 婚約破棄というのは……!」


 が、刺されたままではいられないのが辛いところだ。


「ああ。すまない。

 どこから聞いていたかは分からんが、クラウスは本気のようだ。

 これからラバンの協力を取り付けて、各所に働きかけると言っていた。

 だが――」


 ラバンのことだから面倒くさがって協力などしないだろう。それどころか、子どもじゃないんだからと、一笑に付して終わらせる可能性が高い。

 そう言おうとしたのだが。


「っ! タイタス様!

 申し訳ありませんが、私もクラウス様を追いかけさせていただきます!」

「お嬢様。すでに馬車の準備も、出発の準備もできております」

「ありがとう、ブルネット! すぐにお願い!」


 血相を変えて出て行ってしまった。

 流石に止めようとするタイタス。


「今の話! 本当ですか!?」


 が、今度はアーティアが入ってきた。

 一緒に入ってきた女騎士に「お前これどうするんだ」という目を向けるタイタス。


「申し訳ありません。イザラ様の声を聴いて、聖女様が……」


 涙目で謝られた。

 気持ちはとてつもなくよく分かるだけに、刺さるものがある。

 今日は刺されっぱなしだ。


「どこから聞いていたか知らんが、確かにイザラはクラウスを追って――」

「じゃあ! 私! 追いかけます!

 あんなお姉さまを! 放っておけません!」


 何か言う間もない。

 筋肉に恥じぬスピードで去っていくアーティア。

 絶句するタイタスの前に、アリスがびくびくしながら顔を出す。


「あ、あの、すみません。

 そ、その、あの子が心配なので、私も戻っていいでしょうか?」


 もはや何も言えなくなったタイタス、女騎士に「頼む」という目を向ける。


「承知しました。馬車を用意します。

 さあ、聖女様、こちらへ……」


 アリスの手を引いて去っていく女騎士。

 残ったのは、タイタスと衛兵。


「タイタス様。

 先程も申し上げましたが、視線だけで命令するのは……いえ、何でもありません」


 ちっとも何でもなさそうに言う衛兵。

 わざわざ言うのを止めるあたり刺しに来ている。


 だが、思うのだ。


 これはどうしようもなかったのではないか、と。

 むしろ、自分は健闘した方ではなかったか、と。


「聖女の教会への案内は延期だと、教会に伝えておいてくれ。

 学園長には、俺の方から言っておく」

「承知しました」


 ため息をついて、事後処理を衛兵に指示する。

 やはり、王宮だの聖女だのは、性に合わない。

 二度とかかわらぬようにしよう。


 そう再認識したタイタス。


 しかし、数日後。


「失礼いたします! タイタス様!

 容疑者ナイアの引き渡しについて、中央から要請が届きました!」


 陰謀が絡んでいそうな事件に巻き込まれた。

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