◎09裏の裏-1_攻略対象その2は激怒した!


「――それで、襲ってきた魔物というのが、ソイツか」

「いや、間違えるのも分かるがそれは違う。

 こっちの筋肉は従者のセバスチャン。

 下手人はあっちの錬金術師だな」


 辺境伯領の領主館。

 その館の跡継ぎであるタイタスは、玄関前で筋肉の塊と怪しげな錬金術師を連れてきたラバンに、こめかみを抑えた。


 タイタスは辺境伯の息子である。

 辺境、すなわち国境付近の領土を任され、国防を担ってきた家系。

 タイタス自身も幼い頃から武芸や用兵学を学び、騎士団にも入っている。

 王族だの政治だのとの関わり合いはさほど強くはないが、それでも上級貴族。クラウスやラバン、公爵家のイザラとは付き合いがあり、それなりに親しい関係を築いている。つい先ほども、駆け込んできたイザラから、ラバンが正体不明の怪物から襲われていると聞き、配下の騎士達に出撃の準備をさせていたところだ。

 だが、その最中。

 いかにも貴族が乗っていますという立派な馬車が止まり、レッドカーペットが伸びたかと思うと、中から半裸の筋肉の怪物が出てきた。

 これには警戒していた騎士団が剣を抜き、番犬が吠え、イザラが絶句する程。

 すぐ後からラバンが出てこなければ、戦闘になっていたことだろう。


「いや、やはり無駄に豪華な馬車や絨毯はしょせん無駄なだけだったな。

 君が従者と示すことすらできない」

「左様でございますな、ラバン様」

「やはり服が破損したのが問題だったな」

「左様でございますな、ラバン様」

「というわけで、服を貸してくれないか、タイタス?

 ついでに、この錬金術師の女を放り込む牢屋も頼む。

 本当にすまないとは思うのだが、きちんとした監獄があって、かつ村から近いのはここだからね」


 まったくすまなそうでない笑顔で言うラバンに、タイタスは自分の額に青筋が浮かぶのを感じた。



 # # # #



 領主館にある円卓の間。

 緊急時には騎士団の会議室にも使われるそこに、タイタスはラバンとイザラ、そしてその従者であるセバスチャンとブルネットを通していた。

 貴族の館らしい装飾は最低限で、脱出用の隠し通路に飾り物でない武器が並ぶ中、ラバンの無駄に明るい声が響く。


「いやぁ、タイタス、今回は助かったよ」

「ラバン、何があった?」

「ああ、我が従者は服さえあれば人間に戻れるんだ。いや本当に助かった。何せ全裸マッスルモンスターのままイザラ嬢と会わせるわけにもいかないからね。それにしても、よくズラまであったな。もしかして君もハ――」

「俺 は !

 な ぜ !

 襲 わ れ て !

 こ の 館 に 来 た か と !

 聞 い て る ん だ !」


 苛立ちが抑えきれなくなりつつあるタイタス。

 が、ラバンは貴族パーティ向けのさわやかな笑顔で返してくる。

 こちらも無言で威圧を向けてやると、ようやくラバンは肩をすくめて話し始めた。


「そう怒らないでくれ。私も感情の整理がついていないんだ。

 地下牢に放り込んだ錬金術師だが、名前はナイア。学園の留学生だな」

「拘束するだけの理由があったんだろうな?」

「もちろん。ナイアの研究対象は怪しい寄生生物でね。

 実験のため、リヴァンク村の住民に寄生生物を取りつかせていたんだ」

「取りつかれた被害者は?」

「大部分は即死。

 運良く死を免れても、筋肉が膨大に膨れ上がり、暴れまわるだけの怪物になる。

 私たちが襲われたのはそれだな。返り討ちにして、念のため他に怪物が残ってないかと探したが、問題なかった。村には生き残りも多いから、詳しく事件の調査をするなら直接聞くといい。ナイアは本当に実験がしたかっただけのようだ。

 ……思い返すと腹が立ってきたな」

「分かった。尋問後、速やかに処分する」

「そうしてくれ」

「では、この話は終わりだ。

 部屋へ案内させるから、さっさと休め」


 必要な事だけ聞くと、隣にいた衛兵に声をかける。

 タイタスなりに、ラバンを気遣ってのことだ。

 普段と同じように見えるが、言葉や表情から疲労が見える。

 余裕のある態度で弱みを覆い隠そうとするのは、王位継承者の末端として、どんな貴族ともそれなりの関係を持つように過ごしてきた弊害なのだろう。

 そしてラバンは、そんなタイタスの不器用な気遣いに気づく数少ない友人だった。


「助かったよ、タイタス。今回は本当にね」

「はじめから素直にそう言えないのか?」

「バカをいいたまえ。このくらいでないと王子の予備はやってられないよ」


 それじゃあ、と、軽く告げると円卓を出ようとするラバン。

 が、その前に慌ただしく扉が開いた。

 入ってきたのは、伝令役の衛兵。


「失礼します! クラウス王子と、アリス様が参られました!」


「 は ? 」


 固まるラバン。

 タイタスは首を傾げた。


「どうした?」

「……なぜクラウスがここに来る?」

「聖女になったという噂の、確かアリスだったか? その付き添いだろう」

「…………それが、なぜここに来ることに繋がる?」

「聖女伝説の文献が一番充実しているのが我が領の教会だからだ。

 この辺境伯領は国境に近いせいで、聖女が悪魔とやらを追い詰めた場所ということになっているらしい。少し前に、学園長から新たな聖女とその従者がこちらに尋ねてくるからよろしくと、依頼を受けていたところだ」

「………………そうじゃない。クラウスの方だ」

「さっき言っただろう、付き添いだと。

 俺は政治のことはよく分からんが、王族も聖女という存在を完全に無視はできなかったということじゃないのか?」

「…………………………いや、そうじゃない。

 ヤツはいろいろと危険、じゃなく、流行病だったから、部屋に監禁して、いや、外出禁止にしていたはずだ」

「………………………………ラバン、いったい何をした?」

「……………………………………私は何もしていないとも。

 ただ流行病に倒れたと聞いたので、見舞いに行っただけだ」


 らしくもなく固まるラバン。

 ちらりと横を見ると、イザラもクラウスの名前が出て戸惑っている。

 ただでさえ魔物の一件で疲労が溜まっているイザラに、王子と聖女など余計なストレスでしかないだろう。

 ラバンに声をかけようとするタイタス。

 が、その前に、ラバンは意識を切り替えたようで、伝令役の衛兵へと向き直った。


「衛兵! クラウスはなにか言っていなかったか?」

「はっ! 『病気はもう治った! 早く誤解を解かなければ!』とおっしゃっていました!」

「頭痛がしてきたな……クラウスに私がここにいると告げていないだろうな?」

「はいっ! クラウス様お付きの衛兵からの連絡もありまして、ひとまず、『タイタス様はお取込み中です。お呼びしますのでお待ちください』とだけ伝えています!」

「うん、素晴らしい仕事だ。

 クラウスのところの衛兵といい、これなら私は、いや、我が国は安泰だ!

 タイタス! 私は逃げ、じゃない、帰るから、すまないが後はよろしく頼むよ!」

「なに? おい、ちょっと待て!」

「すまないが、一刻の猶予もない。

 事件の報告書をまとめたから、後はこれで何とかしてくれ」


 止める間もない。

 紙束をタイタスに押し付けると、ラバンとセバスチャンは、さっさと隠し通路から出て行ってしまった。


「まったくあいつは……すまんな、イザラ」

「いえ。タイタス様が謝られることでは……」

「いや。ヤツには抗議と文句を入れておく。

 それより、部屋に案内させるから、休んでいてくれ。

 俺はクラウスたちの相手をしてくる」

「いえ、それでしたら私もご一緒しますが?」

「ダメだ。休め」


 イザラの顔色は、どう見ても悪い。

 タイタスは医者ではないが、騎士の仕事で何回か荒事を経験している。

 初陣の騎士が慣れぬ現場にショックを受けた時に似ていた。

 こんな顔を婚約者や聖女に向けさせるわけにはいかない。


「いえ、しかし……」


 が、そんなタイタスの内心はイザラには伝わらなかったようだ。

 無理をしているという自覚がないのだろう。

 初陣を経験した騎士に似ている。

 そして、タイタス自身も、自分が言葉足らずだという自覚があった。

 なにせ理由を言わず「ダメだ。休め」である。

 我ながら、これで察しろという方がおかしい。


「……」


 が、タイタスには続く言葉が出てこない。

 ラバンやクラウスなら気の利いたセリフも言えるのだろうが、タイタスは幼い頃から簡潔に要件を伝え、無駄口をたたかないよう教育を受けている。

 自然と、無言で睨み合うような形になった。


「恐れながら申し上げます。

 タイタス様、イザラ様がお困りのようです」


 そこに割って入ったのは、伝令役の衛兵。

 タイタスは目で続きを促す。


「まず、タイタス様におかれましては、視線や簡潔すぎる言葉で伝わるのは我々のような身内の騎士か、ラバン様くらいだということをご理解ください。

 いえ、それ以前に、公爵令嬢であらせられるイザラ様に『ダメだ。休め』の一言しかないとは何事でしょう。自分でも情けないとお思いなのでしたら、早急にそのボッチをこじらせたミドルスクールの学生ようなコミュニケーションは改めてください」


 そして怒られた。

 目を見開くタイタス。

 が、衛兵はそれを無視してイザラの方へ向き直る。


「イザラ様。ご自身では気づかれていないようですが、ずいぶん顔色がすぐれないご様子です。タイタス様はそのあたりを考慮し、『顔色が悪いので、今は休むといい。王子や聖女への面倒な挨拶は自分でやっておく。二人の挨拶が終わった後、改めて様子を伺いに行かせる』と、こう言いたいのです。

 我が主が大変失礼しました」

「い、いえ。ありがとう。でも、私は大丈夫よ?

 クラウス様とは婚約者同士でもあるし……」


 イザラはどこか引きつった様子だが、それでも優しい笑みを浮かべ、貴族らしくやんわりと断ろうとする。

 が、イザラの後ろから声が上がった。ブルネットである。


「なりません!

 恐れながら、お嬢様はタイタス様やそちらの衛兵の方が言う通り、大変お疲れの様子です。先日は聖女とお茶会に学園長と交渉、クラウス様のお見舞いという名の気を張りつめた会合。そして本日はリヴァンク村で事件に会い、そのまま辺境伯領への強行軍。ご自身の身は大切にすべきです。

 第一、いつものお嬢様であれば、タイタス様の言葉の裏に気づき、好意を受け取っていたはずです。

 にもかかわらず、公爵令嬢であらせられるお嬢様が、タイタス様を睨み返そうとするなど何事でしょうか! この間も申し上げましたが、エレメンタリースクールの子どものようなコミュニケーションは即刻お止めください!」


 イザラも怒られた。

 苦笑を交わすタイタスとイザラ。


「すまない」

「いえ。私も、少し頭を冷やしてきます」


 タイタスは今度こそ、衛兵へイザラへの案内を命じた。

 連れだって出ていく一行。

 ようやく静かになった円卓で、軽く息を吐きだす。


 この後、クラウスやら聖女やらの相手をせねばならない。

 学園長から依頼を受けたときから面倒ごとだとは思っていたが、ラバンやイザラの様子を見るに、ただの面倒ごとではないのだろう。

 まったく、この手の付き合いは苦手だというのに。

 だが、逃げてばかりはいられない。

 応接室へ向かおうとするタイタス。

 が、そこへイザラの案内へ出た衛兵とは別の衛兵が駆け込んで来た。


「失礼します! タイタス様!

 クラウス様と聖女様の護衛の方が、乱闘を始めました!」


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