●09裏-4_攻略対象その1は証拠を隠滅した!


 宿屋の一階は、予想通り荒れ果てていた。

 ラバンは顔をしかめながら、周囲を見渡し、


「ひっ……!」


 カウンターの奥に隠れるようにうずくまる、受付嬢を見つけた。


「君、大丈夫かね?」

「は、ははは、はい!? だ、大丈夫、大丈夫です!?」

「あまり大丈夫ではないようだね。

 この飴を舐めるといい。ハーブ入りだ。精神を落ち着ける効果がある」


 言われるまま、素直に口へ飴を放り込む受付嬢。

 面識のほとんどない相手を差し出しされたものを警戒するという基本すら忘れているのだろう。

 ラバンは受付嬢が落ち着くのを待ってから、問いかけた。


「ところで――この村に教会はあるかな?」



 # # # #



 リヴァンク村にある、唯一の教会。

 フラネイルとナイアのやり取りが正しければ、「神の種」はここを拠点に売り出されたはずだ。

 軽くセバスチャンに目配せしてから、そっと協会の扉を開く。

 

「――こうして埋め込まれた神の種は!

 土の人形の中で育ち、その実は心臓に、張り巡らされた根は血管となりマシタ!

 まさに、この神の種は、諸君ら人間の生命力でアリマス!」


 聖堂の中心に立つのは、声を張り上げるナイア。

 隣には、神の種が市場の果物のように積み上げられている。

 そのひとつを手に取るナイア。


「先程、劇場で配る菓子がごとく、神の説法の間にお召し上がり頂いたこの種!

 これこそが! まさしく! 神話の中に登場する果実ナノデス!」


 ナイアの手に取った種から、根が、いや、触手が吹き出した。

 グロテスクな触手の塊うごめくそれを、聴衆に放り投げる。

 だが、聴衆からの悲鳴はない。

 ただ、地響きのようなうめき声が響き、


 身体を破裂させた。


 どこにでもいそうな農夫が、平凡な作業着の男が、村娘が、まるで風船のように膨らんだかと思うと、真っ赤な血を撒き散らしながら弾け飛んだのである。

 後に残ったのは、血まみれの触手。

 だが、その触手も、数秒ほどのたうつと力尽きた様に動かなくなった。


「フム。これだけいて、適合したのはひとりデスカ」


 肉と血の海の中心から、ナイアの声が響く。

 視線の先には、うずくまる男。

 その身体は、破裂した村人たちと違い、筋肉だけが異様に膨張している。


「これがキミの研究の成果かね、ナイア」


 凄惨な光景を、ラバンの声が、冷たく遮る。


「その通りデス」


 ナイアのあざ笑う声が、応えた。


「ワタクシは、この神の種――いや、面倒な呼び方はやめまショウ!

 気づいているであろう貴方には、この寄生生物、狩人ゴ号、ペットネームはいよるくんの名をお教えシマス!

 このはいよるくんハ!

 種子状の卵を飲み込んだ人間の身体中に触手を張り巡らせ、筋肉を増強させた上で脳を支配するトイウ、素晴らしい性能を持ってイマス! 命令にも非常に従順! この特殊な笛を使えば、ご覧の通りデス!」


 構えた横笛が、不調和音のような音を奏でる。

 うずくまっていた男が、まるで糸で吊られた人形の様に立ち上がった。

 だが、不自然な動きもそこまで。

 男は異様な筋肉を誇示するように両腕を広げると、雄叫びを上げた。


「この暑苦しい中、こんな暑苦しい筋肉の塊を作って、何をする気かね、ナイア?」


 あくまで冷静な声を浴びせかけるラバン。

 対するナイアも、嘲る声を続けた。


「おや、分かりマセンカ? 貴方ともあろう方ガ?

 では、お教えシマショウ!

 戦力として売り出すためでス!

 今まで以上の力を持っタ、何でも言うことを聞く兵士ハ!

 治安維持かラ犯罪、戦争まデ!

 様々な役な立つでしょウ!

 ……などというのはおまけデ!

 ワタクシの作った技術ガ!

 圧倒的な暴力デ!

 蹂躙する景色を見てみたいのデス!」

「何かと思えば愉快犯かね? 狂人の発想は理解しかねるな!」

「そうですカ?

 心の中で気に入らない人間を殴り、おとしめ、罵倒した事くらいあるでショウ?

 上手くいかぬ現実の中で、何もかも上手く行く幻想を抱いた事もあるでショウ?

 誰もが『蹂躙する願望』を隠し持ってイル!

 ワタクシは! ただ望み願うだけではなく!

 実現しようとしているだけなのデス!」

「実現するなら誰にも迷惑がかからないところでやりたまえ!

 少なくとも、私を巻き込むんじゃ――っ!」


 ナイアの嘲る声へ言い返す間もなく、男が殴りかかってきた。

 大きく飛び退いて、サーベルを引き抜くラバン。

 しかし、男は再び雄叫びを上げると、そのまま突っ込んできた。

 完全に理性を失っているのだろう。

 迫る筋肉の塊を寸でのところでかわし、すれ違いざまに斬りつける。

 肉を断つ手応え。

 だが、返り血はない。

 見ると、小さくうごめく触手が傷口を再生していた。


「どうでス? 素晴らしいでショウ! ワタクシの与えた力は!」


 ナイアの嘲笑するかのような声。

 それに答える様に、叫ぶ男。

 やはり、理性は感じられない。

 だが、苦痛も見られない。

 むしろ、快楽が混じっている様に思えた。

 まるで、ナイアの言う「蹂躙する願望」が叶ったかのように。


「おや、貴方も楽しいのデスカ?

 サスガ、適合するだけのコトハアル!

 では早速、力を振るうノデス!」


 耳障りな不調和音が煌めく。

 ラバンはサーベルを確かめながら、相手を見据える。

 もし、この剣で対処できなければ――撤退だろう。

 狂人が嬉しそうに語った情報を、国に持ち帰らなくてはならない。


「セバスチャン、悪いが念のため脱出経路を――」

「……与えられた……これは……偽物……冒涜……」

「セバスチャン?」


 が、せっかく方針を決めたというのに、付き人から返ってきたのは、なにやらぶつぶつとつぶやく声。

 戸惑いを向けようとするも、目の前には筋肉の怪物が迫っている。

 やむを得ない。

 ラバンはサーベルを構え、


「ドーピングなど許さんぞ貴様ぁぁぁああああ!」


 同時、セバスチャンが男に組み付いた!

 猛烈な勢いで突っ込んできた肉の塊を、そのまま受け止める!


「ナント!」「馬鹿な!」


 ラバンとナイアの声が重なった!

 が、セバスチャンはこの程度で終わらない!


「ふぅんならばぁっ!」


 気合とともに、筋肉がパンプアップ!


 弾け飛ぶ衣服!

 滑り落ちるズラ!


 一瞬にしてパンツ一丁ムキムキハゲマッチョにクラスチェンジしたセバスチャンは、あろう事か怪物と化した男を投げ飛ばした!


 教会の床を破壊しながら、地面に叩きつけられる怪物!

 床に下ろしていたバックパックから巨大なハンマーを取り出すセバスチャン!


 おいおい、そんなもの調査に必要ないだろう?

 というか、よくバックパックが破けなかったな!?


 ラバンの心の声をよそに、セバスは超重量を容赦なく振り下ろした!


 轟音!


 古びた教会に撒き散らされた血と肉を吹き飛ばすように、砂埃が舞い散る!


 後に残ったのは、ハンマーの下敷きになって動かなくなった怪物と、マッスルポーズを決めるハゲマッチョ!


「良質なプロテインとっ!

 厳しいトレーニングを乗り越える魂があればっ!!

 ドーピングなどっ!!

 不要っ!!!」


 いや、それはおかしいだろう、セバスチャン!?

 医学を志す者としては異議しかないぞ、セバスチャン!?

 というか、君、さようでございます以外も喋れたのかね?


 疑問渦巻くラバン。

 だが、疑問程度で済まないものが、この場にはいた。


「うわぁァアアあああアア?!」


 ナイアである。

 あまりにもあんまりな光景に、頭を抱えて叫んでいる。


 それはまあ、努力の結晶たる研究成果が、知性とは程遠い黒パンツ一丁のハゲマッチョに粉砕されたら発狂もしよう。

 いや、コイツは元々狂っていたか。

 一周まわって常識人になってくれないだろうか。

 ならないだろうな。

 なったところで罪状が消える訳でもない。


 ラバンは哀れみながらも、サーベルの峰(みね)をナイアに振り下ろした。


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