○09表_悪役令嬢は痛いところを突かれた!


 とりあえず、良好な関係は築けたのかしら?


 店を出て、馬車の中。

 アーティアとのお茶会を終えたイザラは、そっと息を吐き出した。


 それにしてもすさまじいお茶会だった。

 ブルネットは意味不明な手紙を読み始めるは、

 アーティアはマッスルになるは、

 怪しい錬金術師は出るは、

 こんな恐ろしいお茶会は進級祝いでクラウス王子が裁判を始めたお茶会以来だ。

 アーティアの手前、堂々としていたが、もう心が折れそうだった。


 は!? いけないわ、こんな事では!

 とにかく、一応、問題は処理できているのですから!


 奮起するための無理やりな理由のようだが、冷静に考えても状況は悪くはない。

 聖女アーティアとの仲は良好であり、ラティとも派閥は継続、死亡フラグの錬金術師も拘束された。

 折れかけた心を補修できる程度には、明るい材料ではある。

 ちょっとお茶会で意味不明な体験をしただけだ。

 夏休み前に、これだけのことをこなせたのは幸いといえよう。


 ですが、ここで立ち止まっていてはいけません!

 念には念を入れておかなければ!


 なにせ、破滅の未来が回避されたという確約はない。

 一つ間違えれば、アーティアの剛脚で蹴り殺されるのは自分なのだ。

 イザラは御者の横に座るブルネットに声をかけた。


「ブルネット、このまま、クラウス様のお見舞いに行きます。

 その前に、お見舞いの品を買いに行くので、本屋さんへ、お願い。

 ああ、でも、本屋さんの後は、いったん学園へ向かって。

 学園長に会わないといけないから」



 # # # #



 すっかり静かになった廊下の奥、まだ明かりがついている学園長室。

 ノックとともに、来訪を告げる。


「失礼いたします。イザラです」

「あら、ちょうどよかったわ。入って」


 イザラの行動を読んでいたように出迎える学園長。

 半ば、この反応はイザラも予測はしていた。

 仮にも学園の生徒であるナイアが逮捕されたのだ。

 現場に居合わせたイザラが駆け込んでくることくらい、分かっていただろう。


「ちょうどよかったというのは、錬金術師――ナイアさんのことですか?」

「ええ。話が早くて助かるわ。

 ついさっき、衛兵を通じて、お店から連絡があったばかりなのよ?」


 衛兵を通じて、というあたり、きちんとナイアは店からしかるべきところに引き渡されたようだ。

 今度こそ、本物の裁判を受けることになるのだろう。

 そこでは、禁制の薬の所持についても争われるはずだ。

 学生の身分とはいえ、ただでは済まない。


「それで、処遇の方だけど、ちょっとお願いして、子どものいたずらで通してもらうことにしました」

「……はい?」


 が、学園長はとんでもないことを言い出した。

 思わず聞き返すイザラ。

 学園長は、相変わらず内心を覆い隠すような笑みを浮かべたまま。

 やむを得ず、イザラは声に出して聞き返した。


「なぜ、とお聞きしても?」

「そうね。『必要だから』で納得できるかしら?」


 拘束「しない」必要がある、つまりは、他に何かを企んでいるので、泳がして様子を見たいということなのだろう。

 イザラとしては意外な回答だ。

 ナイアは「前回」の記憶を持つイザラからすれば自らを陥れる危険な存在だが、学園長からすれば生徒の一人に過ぎない。

 てっきり、ナイアの危険性など分かっていないと思っていた。


「意外かしら?」

「はい。いろいろと問題を起こしているようですが、そこまで危険視されていると思いませんでしたから」

「でも、貴女はあの娘を危険だと思っている、そうでしょう?」


 軽く笑みを作って答えるイザラ。

 無言の肯定である。

 内心ではどうしてバレたのか焦りまくっているが、その説明はすぐに返ってきた。


「少し前に、学園で保管している聖剣について、ノグラ先生から事情を聴取する機会があったの。

 はじめは歴史的資料の無断持ち出しと器物破損について聴取するだけのつもりだけだったけど、他にもいろいろあって。

 いろいろ使っていろいろ調べてみたら、貴女がいろいろと侍女に調べさせていることと、調べさせるだけの理由が分かったのよ。学園としてもいろいろと無視できないものだったから、私の方でもいろいろと動こうと思って」


 問題あるかしら?


 そう問いかけるように、笑みを浮かべる学園長。

 イザラとしては味方が増えるのはありがたい。

 いろいろを連発しているあたりいろいろと問題なわけだが、そこは強権を頼る代償というものだろう。


「そうでしたか。では、時期が来たら詳細をお願いします」

「ええ、もちろんよ」


 そう悟ったイザラ、小さく釘を刺して退出する。

 もちろん、本来の要件も忘れない。


「ああ、それと、もう一つ。

 クラウス様のお見舞いに行こうと思うのですが、寮への立ち入りの許可をお願いできますか?」



 # # # #



 王族用の特別寮。

 普通の男子寮とは違い、いつも衛兵の目に監視されているそこは、貴族同士の付き合いの関係からか、許可を取れば女子でも訪ねることができる。

 イザラがクラウスをこうして訪ねるのも、初めてではない。

 顔見知りの衛兵に、来訪の目的と学園長からの許可書を見せる。

 衛兵はイザラに丁寧なあいさつを返すと、ノックを響かせた。


「失礼します!

 イザラ公爵令嬢が、お見舞いに参られました!」

「! ああ、少し待ってくれ」


 少しだけ焦ったような声の後、案内してくれ、という声が響く。

 何かあったのだろうか?

 わずかな疑問を抱くものの、扉を開いた衛兵に促されるまま、部屋に入る。


「失礼します。

 クラウス様、お見舞いに参りました」

「ああ、わざわざすまない」


 普段と変わらない、外交向けの笑顔で迎えるクラウス。

 ベッドで寝ているわけでもなく、イザラに来客用のソファへ座るよう勧めてくる。

 先程の間は「何でもない」ということなのだろう。

 イザラは貴族らしく抱いた疑問を封印し、お見舞いの言葉を口にする。


「お加減はよろしいのですか?」

「ああ、もともと大した症状じゃないし、キミの作った薬もあったしね」

「まあ。あの薬は我が領の研究者が開発したものですから、私は大したことはしていませんわ」

「しかし、開発に大きく貢献したと聞いている。大したものだろう」

「いえ、そんな。こちら、お見舞いの品です」

「これは……薬学の本か?」

「ええ、以前、ラバン様とのお話を気にされていたようですので」

「ああ、ありがとう。助かるよ」


 本を丁寧に本棚へとしまうクラウス。

 顔には出さないが、それなりに喜んでくれてはいるようだ。

 よく見ると、ベッド近くの机にも薬草の事典が置いてある。


「クラウス様も、薬草の勉強を始めたのですね?」

「! あ、ああ、いや、それは――いや、まあ、そういうわけだ」


 少し慌てたようにしながらも、うなずくクラウス。

 努力の跡を見られたのが、気に入らなかったのだろう。

 イザラが部屋に入ったとき慌てていたのも、勉強の片づけをしようとしていたのかもしれない。

 ここは指摘するのではなく、見て見ぬふりをした方がよかったかもしれない。

 イザラは慌てて話を逸らす。


「薬草といえば、流行り病に使った特効薬は、フラネイル領のリヴァンク村に自生する月見草を合わせることで効果が増します。

 今度、採取してお持ちしますね?」

「う、む。それはありがたいが、キミが自ら採りに行くのか?」

「ええ。取り寄せることも多いですけど、まとまったお休みがあれば、気分転換の小旅行を兼ねて出歩いたりもします。中でもフラネイル領は交易路が通っていて訪ねやすいですし、よく行くのですよ?」

「そうか。それは嬉しいな」


 何より、婚約者へのプレゼントである。

 自ら足を運ぶに限る。

 わざわざ口に出さなくても、クラウスには通じたのだろう。

 素直に礼が返ってきた。社交辞令でもないのだろう、クラウスは普段よりも言葉が軽くなった様子で、話を続ける。


「そういえば、あの時、イザラとアーティアの話もしたが、その後、どうかな?」

「ええ。今日、アーティアとも会いまして。

 聖女となった今でも、変わらない様子でしたわ」

「そうか。だがそれは、きっと相手がキミだったからだろう。

 王家としては、君を介して聖女と付き合うのがいいのかもしれないな」


 予想外の評価である。

 まさか、将来クラウスとの仲を引き裂く原因となる聖女が、クラウスとの仲を進展させることとなるとは思わなかった。それだけ、イザラのことを婚約者として見てくれているということだろう。イザラはほんの少しだけ関係が進んだのを感じながら、クラウスとの会話を続けた。



 # # # #



「それで、クラウス様のお見舞いは終わったのですか?」

「ええ。おかげで、有意義な時間を過ごせたわ」


 帰りの馬車の中。

 ブルネットの問いかけに、上機嫌に返すイザラ。

 イザラとしては十分手ごたえのあった一日だった。


「……イザラお嬢様。

 クラウス様にお見舞いの本を渡して、お見舞いの言葉を交わされたのですね?」

「ええ、そうだけど?」


 が、ブルネットから返ってきたのは、淡々とした事実の羅列。

 淡々としているのはいつものことだが、付き合いの長いイザラは、これがブルネットの機嫌の悪い証拠だとすぐに悟る。


「ブルネット? なにかおかしいところがあったかしら?」

「いえまったく。これっぽっちもありません。

 あの非常識な聖女様とのお茶会はうまくこなせましたし、その後、すぐに学園長のところへ向かわれたのも、婚約者の元へ向かわれたのも、公爵令嬢として間違いのない素晴らしい行動です」

「ええっと、ブルネット?

 あの、なにかあるのなら、はっきり言ってもらって構わないのだけど?」


 先程の上機嫌が消え失せ、怪訝そうな顔をするイザラ。

 ブルネットは盛大なため息が聞こえてきそうな声で返した。


「では恐れながら申し上げます。

 イザラ様はクラウス様とご結婚される気があるのですか?」

「ええ、もちろんよ? この間も言ったでしょう?」

「でしたら、なぜエレメンタリースクールのような恋愛をしているのですか?」


 え?


 突き付けられた一言に固まるイザラ。

 が、ブルネットは容赦なく続ける。


「以前、流行り病の治療に行った時もそうでした。イザラお嬢様はクラウス様とそれはもうとてつもなく慎重に関係を続けているご様子で。本日はせっかく二人っきりだったのですから、襲うまではいかなくとも、キスのひとつくらい――」

「ちょっと! ちょっと待ってブルネット!?」


 とんでもないことを言い始めたブルネットを慌てて止めるイザラ。

 しかし、ブルネットはまったくこれっぽっちも恐れていない様子で続けた。


「いえ、恐れながら続けさせていただきます。

 お嬢様の『クラウス様の婚約者』という自覚は大変ご立派なものですが、それは貴族の立場においてのみ発揮されています。異性の心を射止めるという点においてはまったくもって遅れているの一言です。一部の女貴族は平気で房中術も使ってくるというのに、お嬢様ときたらまるで絵本に出てくるような関係を続けて。今時、エレメンタリースクールでも、もう少しマシな恋愛がされています」

「ブルネット!? だから……」

「文句を言う前に、今日という一日をよく思い出してください。

 朝からメビウス第二王子がらみの派閥の話、学園では模範的な生徒、放課後は聖女という非常識な生命体の相手、その後も学園長との交渉。そのいずれもお嬢様は貴族としての立場をまったく崩さず乗り切りました。クラウス様とお会いになる際も、ずっと貴族を続けたまま。果てはプレゼントに薬学の本。いくらクラウス様が欲していたからといっても、あまりにも色気がなさすぎます。まるで聖女や学園長と相対している時のよう。イザラお嬢様くらいの年頃なら、反動で恋人に甘え、恋人の方も喜んで甘やかすくらいの関係でなくてはなりません。だいたい、もうすぐ夏休みですよ? 私に『夏休みはクラウス様と過ごすことになったから準備して』くらいは言えなくてはなりません。どうせ、夏休みのスケジュールなんて話題にすら出なかったのでしょう。まったく、これのどこが恋人同士でしょうか。

 はあ、やはり貴族という立場を叩き込まれ過ぎたのがいけないのでしょうか?

 ああ、かわいそうなお嬢様!

 恋愛もまともにできないなんて!

 このようなことになったのも教育係である私の責任――」

「だから! ちょっと待ってブルネット!?」


 失礼極まりない発言に、声を張り上げるイザラ。

 もちろんブルネットは止まらない。


「いえ、心を鬼にして続けさせていただきます。

 いいですか、お嬢様。先程も申しましたように、他の貴族は房中術、すなわち$#%な行為も行ってきます。その辺の道楽貴族どころか、教会系の神に仕える貴族すら、です。嘘だと思うなら、今度、王都の夜の教会に裏口からお連れします。聖職者のコネを得ようと必死な色狂いを見ることができます。まったく、中央のゴミどもは。貧民街の教会ではまっとうに奉仕活動をしているというのに……いえ、話がそれました。

 お嬢様は先程申し上げた甘い恋人同士の関係を構築すべく! 迅速に! さっさと! クラウス王子に迫るべきなのです!

 そうすればお嬢様もクラウス様の本性――失礼、本心に気づくことができます!

 いつまでもこのような関係をうだうだと続けているようでは、攻略対象を誰ぞに奪われても文句は言えません!」

「こ、攻略って、そんな」

「いえ! お嬢様! 恋は! 戦争なのです!

 攻略対象を戦略と戦術でもって落とす!

 あらゆる武器を使って!」

「ぶ、ぶるねっと? ちょっと落ち着いて!?」

「これは失礼しました。私としたことが、つい。

 とにかく、私といたしましてはですね、お嬢様にはもう少し恋愛と性への耐性と経験をつけていただきたいと思った次第です」


 勢いと内容でタジタジになってしまったが、改めて問われればそんな気もする。

 確かに、クラウス王子との関係は他の貴族同士の関係と変わらない。

 イザラとしては未来知識のせいで慎重に関係を進めてきたつもりだったが、客観的に見れば浅いままの関係を続けているように見えなくもない。

 とはいえ、劇的に関係を進めるにはどうすればいいか、見当もつかない。

 ブルネットに相談すれば、解決できるだろうか?


「まずはさっそく房中術の練習をしましょう!

 お相手は、僭越ながらこの私が!」


 無理そうだ。

 イザラは引きつった笑みと共に、暴走し始めたブルネットを諫め始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る