●08裏_聖女は悪役令嬢と対面した!
――まあ、聖女様よ?
――あ、手を振り返してくれたわ!
話はさかのぼって、数日前。
登校中のアリスは、周囲からの声に、ぎこちない笑顔で応えていた。
つい数週間前まで、アリスも、パレードで王族や上級貴族の上澄みに、あんな風に手を振っていた。
それが今や、手を振られる側である。
「アリス、すごい人気だね!」
「誰のせいだと思ってるのよ!」
いうまでもなく、アーティアのせいである。
しかも、本来なら、手を振られるのはアーティアであってアリスではない。
せいぜい、聖女の幼馴染として、はれ物に触るかのように扱われる程度のはずだ。
が、アーティアが手にした聖女の力とは 筋 肉 であった。
それはもう、言い訳不要なほどに 筋 肉 であった。
「はい、どいてどいて!」
「通りますヨー」
今日も別の上級貴族に因縁をつけられそうになると、アーティアは聖女としての力を使い、肉体美を超越した筋肉の鎧を身に着けると、周囲を威嚇してアリスを護ろうとする。
どう見ても、アリスが聖女で、アーティアがボディガードである。
実際に、周囲はそう判断した。
もともと、聖女とは百年前の戦争で出現した救国の英雄。
冷静に考えれば、重い鎧を身に着け、剣を軽々と振り回し、敵陣に単騎特攻するのだから、人類を超越した筋肉を持っていても何ら問題ないのだが、筋肉の怪物に迫られれば、誰だってそんな常識などどこかに飛んで行ってしまう。
隣では、ラティが満足げにうなずいている。
「今日も大丈夫そうですわね」
「私はあんまり大丈夫でもないけどね?」
「仕方ないでしょう。
聖女の影武者の方が、聖女そのものになるより楽だと思いなさい」
「分かってるけど、文句くらい言ってもいいでしょ?」
くだらない会話を交わしながら、教室へ。
気が付けば現状に慣れ始めた自分を意識しながら、アリスは授業の準備を始めた。
# # # #
「そういえば、ラティって、イザラお姉さまの取り巻きじゃなかったっけ?」
慣れてきたのはアーティアも同じだったらしい。
昼休み。聖女様用にと学校が用意した空き教室で、毒見された昼食を食べている最中、そんなことを言い出した。
「取り巻きじゃありませんわよ!?
ま、まあ、確かにお姉さまが中心となっている派閥に所属はしていますが……」
取り巻きという単語が気に入らなかったのか、語気を荒げながら答えるラティ。
一方のアリス。なにか嫌な予感を感じ、アーティアに軽くけん制を入れる。
「なに? 会いたいとか言い出すんじゃないでしょうね?」
「うーん、やっぱり私にとっては憧れのお姉さまだし、会いたいことは会いたいんだけど、お姉さまから聖女様なんて言われたりするのはちょっと……」
発想がドルヲタのそれである。
こんなのが聖女だなんて世も末だ。
が、ラティは真面目な顔でそれに答えた。
「あら。その辺りは大丈夫ですわよ?
お姉さまの家系は教会とはうまく付き合っていますし――あの聖剣も、元はお姉さまのところで管理されていましたのよ? 少し前に、学園長の手腕で学校の資料室に移されましたけど。
それに、聖女が教会系貴族の象徴なら、お姉さまは王族系貴族の女性のトップ。
立場が類似している以上、普通に後輩と扱ってくれるでしょう」
「え? そうなの?」
「ええそうですわよ羨ましい」
ああ、そういえばラティもイザラお姉さまのファンだったな。
露骨に羨ましがるラティに、アリスは疑問をぶつける。
「でも、今のまんまじゃ、私が聖女ってことになるんじゃない?」
「そういうわけにもいきませんわ。
未来の王族をだますなんて、禍根でしかありません。
むしろ、変な噂で誤解されないうちに、さっさと説明した方がいいでしょう」
ラティのそんな答えを聞いて、アーティアは嬉しそうな声を出した。
「じゃあじゃあ、お姉さまに会える?」
「会えるでしょうね。
というか、さっさと会ったほうがいいでしょう。
前も言いましたけど、私たちはたったの三人。
体よく利用しようと考える教会系の貴族に対抗するためにも、イザラお姉さまの派閥と仲良くしておいて損はありません。もうすぐ夏季休暇ですし、その前には会っておく必要があるでしょうね。
でもその前に」
アーティアを見つめるラティ。
不思議そうな顔をするアーティア。
「とりあえず、最低限のマナーは覚えましょうか」
ラティはアーティアの口元についたソースを、ナプキンでぬぐった。
# # # #
そして数日後。
アリスはラティとアーティアとともに、やけに高級なカフェに座っていた。
言うまでもなく、イザラと会うためである。
「ね、ねえ、大丈夫かな? へ、変なところないかな?」
「大丈夫だから落ち着きなさい。
付け焼刃とはいえ、今までみっちり練習したマナーの十分の一でも実践できれば、とりあえずは笑って済ませられますわ。くれぐれも、今朝、お姉さまをお誘いしたワタクシが恥をかかないようにしなさい」
「ちょっと、ラティ?! 慰めるか脅すかどっちかにして!?」
ガチガチに緊張したアーティアと、それを解こうとするラティ。
かくいうアリスも、今まで下級貴族のままであれば絶対に入ることのない高級店に気後れしていた。
つい、愚痴とも弱音ともつかない感想がついて出る。
「やっぱり、イザラ様クラスと会うとなると、このくらいになるのね……」
「当り前ですわ。将来の王妃に聖女ですのよ?
単純な格付けだけじゃなくて、会話を盗み聞きして面白おかしく騒ぎ立てるような輩が絶対にいない場所にする必要があります」
ラティから返ってきたのは、無情な返事。
言外に覚悟を決めろ、と言っているのだろう。
「失礼します。イザラ様がいらっしゃいました」
さらに無情な声で店員が告げる。
居住まいをただすラティ。
アリスとアーティアもそれに習う。
同時、扉が開かれ、
「ごきげんよう。また会えてうれしいわ」
鈴のような声が響いた。
入ってきたのは、イザラ。
ただ案内されて入ってきただけだというのに、すでにアリス達にはない気品を漂わせている。ひとりメイドを連れてきているが、こちらは控えるように壁際へと移っていく。
静かに、アーティアの対面に腰掛けるイザラ。
「え、ええっと、私もお会いできて……あっ!?
その、ご、ごきげんようごさいます?
わ、私はこの度聖女となりまして、そのっ!?」
用意していた挨拶を必死に繰り返そうとするアーティア。
が、緊張しているのか上手くいかない。
イザラはしかし、気品のある微笑のまま、やんわりとアーティアに答えた。
「ええ。ずいぶん前に、図書室で会いましたね。
あの時は少し話すくらいだったけど、それが聖女だなんて、少しおかしいわね」
「え? 覚えてくれたんですかっ!? あ……」
「いいのよ、話しやすい言葉で。そのために、このお店を予約したのだから」
緊張が崩れたように、アーティアも笑う。
なるほど、ラティがお姉さまと慕うだけのことはある。
アリスにそう思わせるだけのカリスマを、イザラは持っていた。
「えっと、じゃあ、その……改めまして!
ちょっと前に、聖女になっちゃいまして、今日はご挨拶にうかがいました!」
「ええ。わざわざありがとうございます。
おめでとうって言っていいものかしら?」
「ええっと、その、正直、急に変わって戸惑ってるっていうか、アリスとラティに押し付けちゃってるっていうか……」
堰を切ったように話し出すアーティア。
ラティはこうなることを分かっていたのか、静観を決め込んでいる。
アリスもそうすべきなのだろう。
急な環境の変化でストレスが溜まっているのは、アーティアだって同じ。
いや、ストレスの面でいえば、アリスの比ではないはずだ。
本物の聖女、それも、筋肉という身体の変容もついてきている。
現状に慣れるだけでも、相応のストレスがかかっているはずだ。
「でも、イザラお姉様はよく私が聖女ってわかりましたね?
みんなには、アリスが聖女ってことにしてるのに」
「ええ、事前にノグラ先生から聞いていましたから」
が、楽しそうな会話のさなか、出てきた名前に三人が硬直する。
何せ、ろくでもない先生である。
「どうかしまして?」
「いえ、ちょっと、というか、だいぶ、ノグラ先生には酷い目にあわされまして。
その、ノグラ先生から聞いていたって、どんなことを……?」
「そうね。正しくは聞いたのは私ではなくブルネットなのだけど……」
イザラが壁に控えるメイドに目を向ける。
メイドは小さくうなずくと、イザラの横へと音もなく動いた。
「わたくし、イザラお嬢様の護衛兼メイドを務めさせていただいております、ブルネットと申します。以後、お見知りおきを。
私がノグラ……失礼、シュフ教員に確認した内容ですが、錬金術の授業の際、事故でアリス様に生物兵器が襲い掛かったこと、それをアーティア様が止めたこと、その際、アーティア様が聖女の力に覚醒され、筋肉の増強が確認されたこと、アリス様が聖女様の影武者とされていること、そして、お詫びとしてボーディーガード用に生物兵器をアーティア様へ貸し出したことですね。
ああ、あと、お昼ごろ、別件でシュフ教員を訪ねた際、イザラお嬢様あてに手紙も受け取っています」
手紙。
それを聞いてもう嫌な予感しかしない三人。
が、イザラは何も知らないのだろう、当たり前のようにブルネットへ問いかける。
「あら、手紙は初耳ね。どのようなものかしら?」
「はい。先程申し上げた一連の内容の謝罪文ですね。
大した内容ではありませんが、読み上げますか?」
「ええ、ブルネット。お願い」
「それでは……
『反省文
この度は、私の指導する錬金術の授業で、貴殿の家で管理されていた聖剣が破壊されたこと、心よりお詫びいたします。
さて、今回の事件の原因でございますが、やはり何人にも予見できぬ聖女の出現と思われます。
聖女に覚醒したのはアーティアという生徒ですが、私がキメラ触手開発コード星の精3号、ペットネームてぃびちゃんの制御を行う前に、その怪力で、あろうことか聖剣を破壊してしまいました。
このような事態に陥るなどと、私のような人類最高峰の頭脳をもってしても予測は不可能。つまりは不可抗力であり、この点を考慮しましても穏便な処分をお願いしたく存じます。
なお、本件は非常に興味を惹かれる現象でして、今後はアーティアに研究を協力してもらいながら、さらなる境地の開拓に挑む所存にごさいます』
以上です」
「あ、アハハ。相変わらず言い訳が下手だね、先生」
乾いた笑いを浮かべるアーティア。
が、ラティは顔色を変えた!
アリスも血相変えて叫ぶ!
「あっ、あの! ブルネットさん? それで全部ですか?!」
「ええ、お手紙はこれだけになります」
「ほ、本当ですか?
二枚目とか封筒の裏とかに読み終わったら爆発しますとか書かれてません?」
「ええ、そのような非常識なものは何も」
淡々と答えるブルネット。
アリスとラティはようやく浮かせていた腰をおろした。
ひとりアーティアは苦笑いのまま、
「もう、流石の先生もお姉さま相手に爆発なんて……たぶん使わないと思うよ?」
「断言出来ないんなら擁護するのやめなさいよ」
が、弛緩した空気を、ブルネットが容赦なく切り裂く。
「いえ。爆発物ではありませんが、似たようなものは贈られてきましたよ?」
え?
その場の空気をどう表現すればいいだろうか。
しかし、さすがプロというべきか、ブルネットは淡々と続ける。
「お詫びとして、このようなぬいぐるみが同梱されていました」
取り出したのは、つぎはぎだらけの怪しいぬいぐるみ。
どこかでみたようなそれは、危険物とは認識されているのか、物々しい透明な箱に閉じ込められている。
「物品を整理したところ、中から怪しげな反応が出ましたので、このように隔離しております」
「まあ、ブルネット。こんなところに持ってきて大丈夫だったの?
ラティ達の様子だと、爆発物のようだけど?」
「そのための隔離ボックスです。強力な錬金術で保護されていますので、TNT換算で100メガトンまで耐えることができます。
しかし、恐れ多くもお嬢様に不安を抱かせるとは。
さっさと処分してしまいましょう」
言うが早いか、メイドさんはどこからか巨大な薙刀を取り出すと、物々しい隔離ボックスごと両断。
ぬいぐるみを真っ二つにした。
ええ?
その場の空気をどう表現すればいいだろうか。
しかし、さすがお嬢様というべきか、イザラは淡々と続けた。
「ブルネット? この場で斬ってしまって大丈夫なの?」
「はい。問題ありません。
シュフ教員より内容は聞いています。中には……」
「あぁぁぁぁああア! 死ぬかト! 思いましタ!」
「このように、怪しい錬金術師が一名」
出てきたのは、隣国の民族衣装の上に、制服を羽織った女子生徒――ナイア。
さしものイザラも驚いたらしく、目を見開き口に手を当てている。
ひとり、ブルネットだけが不機嫌そうな声を出す。
「まったく、実物を押し付けてくるとは。
私は規則にのっとって処分するよう言ったというのに」
「いエ! たった今! 処分されかけましたとモ!
ぬいぐるみの中に閉じ込めらレ! 爆破さレ!
先程は両断されかけましタ!
しかシ! 我が師ハ、私の才能を必要としていたのでしょウ!
こうしテ! ぬいぐるみの中デ! 生きていたのでス!」
「ちなみに、ぬいぐるみにはメモが張り付けられていました。
『反省文に書かれた言い訳でご納得いただけない場合、貴女様に仇なす不肖の弟子を捕えましたので、こちらでの取引をご検討ください』
とのことです」
青くなるナイア。
アリスは呆れを越して感心していた。
ここまで徹底的に反省しない言い訳も珍しい。
「お、お待ちくださイ!
この間、そこの三人に渡したぬいぐるみの中にハ」
「 墳 っ ! ! 」
そして、言い訳を始めようとしたナイアを、筋肉の塊となったアーティアが蹴り飛ばした。
轟音とともに壁にめり込むナイア。
えええ?
その場の空気をどう表現すればいいだろうか。
しかし、さすがお嬢様というべきか、イザラは動揺することなく続けた。
「まあ。聖女の力で筋肉が肥大化するというのは、本当だったのですね?」
「え、ええ。その、ちょっと恥ずかしいんですけど……」
「でも、それでお友達を護っているのでしょう? 素晴らしいと思うわ」
どこからか現れた黒服に連行されるナイアと、店員に修復されていく壁を背後に、変わらず話を続けるイザラ。
マッスルアーティアも、照れながらそれに応じる。
アリスはラティにそっと問いかけた。
「ラティ。アンタのお姫様、すごいわね?」
「当り前です。
それより、ちょっと荒事が起こったぐらいで動揺しないようにしなさい」
「うそでしょ? これでちょっとなの?」
「あなたねぇ。
ワタクシにそれを聞く前に、今までの意味不明な体験を思い出しなさい。
聖女なんてものにかかわるのは、つまり、そういうことなんでしょう」
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