がくえん・裏!~なぜ悪役令嬢はバッドエンドに至ったのか

●09裏-1_攻略対象その1は悪役令嬢とすれ違った!


 夕暮れの学園寮。

 ラバンは入れ違いで出ていくイザラの馬車を見つめていた。


「あれは……公爵家の馬車か?

 そうか、イザラ嬢も見舞いに来ていたか」


 ラバンも、クラウスの見舞いである。

 だが、単純に見舞いが目的、という訳でもない。


 むしろ、わざわざすぐ直る流行病にかかったクラウスを見舞うつもりはなかった。

 それでも、クラウスの住む学園寮に来たのは、接触してきた錬金術師――ナイアのせいである。


 # # # #


 話はさかのぼる。

 イザラが学園最後の一年をはじめ、アーティア達が学園最初の一年を始めたころ。

 ラバンはフラネイルとともに、ジョーク宗教「星慧教」を立ち上げていた。

 なぜそんな宗教を立ち上げたかというと、学生貴族の間でジョーク宗教が流行っていたからである。

 なぜそんなものが流行っていたかというと、中央の教会が売り出した免罪符のせいである。


 免罪符、といっても、聖典の一節を印刷した粗末な紙切。

 本来なら寄付のオマケ程度の代物だが、資金集めの欲が出たのか、教会は買えば「罪」が軽くなるという謳い文句と共に、商品として一般販売を始めた。ここでいう「罪」とは、聖典に書かれている、労働だの病気だの、人間が生きていく上で付いてまわる「苦痛の原因」のこと。が、教会は「一般大衆にも分かりやすいよう」に、「平易な言葉」で宣伝した。


 曰く、買えば病にかからなくなる。

 曰く、例えかかったとしても、すぐに治る。

 曰く、例え治らなかったとしても、死後は天国へ行ける。


 そんなもの売れるはずがない、と思うかもしれないが、これが売れた。

 理由は流行り病である。

 症状が大したことがないのもあり、医者にかかる金も時間もない大部分の平民は、教会で祈ることとなる。そこへ普段からお世話になっている神父様から、「お困りでしょう、この免罪符を家に張ればいい。病魔が神に恐れをなして逃げていきますよ」などと言われれば、藁にも縋る思いで買う事となる。当然、買ったところで効果は無いのだが、中には、免罪符が精神安定剤的効果を発揮し、実際に病気を克服する敬虔な信者もいた。そういった信者たちは、良かれと思って、愛すべき隣人にも免罪符を勧めていく。

 結果、無垢なる大衆はこぞって免罪符を求める事となった。

 が、話が大きくなったせいで、教会の内部から不満が出た。

 聖典では、「罪」は「神」にしか取り除くことができないとしており、免罪符ごときでどうこうできるものではないハズだ、と一部の真面目な聖職者が声を上げたのである。

 その声は、中央の教会に勤める聖職者たちにはさして届かなかったが、神学を教養として持つ貴族や、貴族の通うような学校に通う学生たちにはしっかりと届いた。

 特に学生たちはそれを聞いて立ち上がった――なんてことはもちろんなく、面白おかしく脚色を始めた。なにせ、事情を知る者からすれば単なる教会内の勢力争い。格好の娯楽でしかない。

 ジョーク宗教「星慧教」も、その一環。

 免罪符で病が治るのなら、病を治す薬こそ免罪符、すなわち神の奇跡とは薬に他ならないという、ツッコミどころ満載の議論を出発点に、最終的には教会は免罪符ではなく、薬を販売すべきだという結論に達する。市民は病気が治り、薬を卸す商家と薬屋も潤う。いいことずくめではないか。教祖が商家出身のフラネイルだったり、参加している部員も実家が薬屋だったりと、信者が何かしら薬物産業と関係しているせいで、微塵も説得力はないが。


 ナイアは、そこにやってきた。


 教会に見立てた部室で、貴族仲間のフラネイルと「信奉すべき神は何がいいか」などという話題で盛り上がっていると、突如、すさまじい勢で扉を開け、見覚えのある女生徒が入って来たのである。


「この時代に科学万能トハ! 感動しマシタ!」


 いい加減に書いた経典を片手に、歪んだ発音で叫ぶ女生徒。

 静まり返る部室。

 乱入者は、にこにこ笑いながら、反応を待っている。


 おい、なんか変なヤツが来たぞ。

 まあ、仮にも宗教だし、いつか来ると思ってたけどね。

 じゃあ、お前、何とかしろよ?

 いや、そっちこそ。


 無言で視線を交わしあう部員たち。

 が、その目は徐々に一点を注視しはじめる。

 すなわち部長、教祖役を引き受けているフラネイルである。


 しまった、商売の顔つなぎだけにして、部長などにならなければよかった。


 そんな嫌そうな顔を営業用スマイルに切り替えたフラネイル。

 手もみしながら女生徒に話しかけた。


「いやぁ、我が星慧教に興味を示すとは、なかなか笑いどころが分かっているな。

 ところで、見ない顔だが、名前と、学年とクラスは?」

「オウ、これは失礼しマシタ!

 ワタシ、お隣のハイボリアから留学してきマシタ、ナイアといいマス!

 正式な手続きは終わっていませんガ、1年P組に配属予定デス!」

「ふむ。Pという事は、専攻は薬学か? となると、ラバンと同じだな」


 余計な事を。

 自然な流れで不審人物を押し付けようとして来るフラネイルに、心の中で舌打ちするラバン。知らぬふりで通そうとする。

 もちろん、ナイアの方は嬉しそうに話しかけてくる。


「おゥ! ラバン第三王子!

 この間のパーチィでは弁護を引き受けていただきありがとうございマシタ!

 学園に入ってからモ、お噂は伺ってマスヨ!」

「それはどうも。ちなみに、どんな噂かな?」

「それはモウ!

 免罪符トイウ、教会の不当な搾取に対抗スル、正義の錬金術師ダト!」

「私は趣味で化学や薬学を学んでいるだけであって、錬金術師ではないのだがね。

 ところで、入部希望とのことだが、薬学を専攻しているだけでは我が星慧教には迎えられないな。少なくとも、薬で直接的な利益を得なければならない。そうでなくては、ジョーク宗教でなくなってしまう」


 ジョーク宗教だというところを強調しながら、できるだけ嫌そうに返すラバン。

 何せ、周囲から「え? 第三王子の知り合い?」などという視線が集まっている。

 ラバンとしては「いや、仲良くはない、むしろ嫌な思いしかないよ」と主張したいところだ。

 が、ナイアにそのような空気を読む能力はないらしく、


「オウ! ご心配にはおよびマセン!

 錬金術師は、薬の調合販売も扱っておりますので、まったく問題ないデス!

 この度は、ぜひとも私の作った薬を販売する機会にと、飛んで来マシタ!」


 嬉々として怪しげな薬ビンを取り出した。

 どうやら、ジョークを真に受けたのではなく、ジョークを利用して薬を売り出そうとしているらしい。ここに集まった商人貴族は大なり小なりそんな野心を抱えているので、本来は歓迎すべきなのだが、ラバンとしてはお断りしたいところだ。単純に信頼がない。

 が、ラバンが断りの文句を考えている間も、ナイアのセールストークは続く。


「コチラはワタシが錬金術で造りだしマシタ、家畜の強化薬デス!

 これを家畜に飲ませるだけで、アッチいう間にチョウ強化!

 農具を引く牛モ、馬車を引く馬モ、いつもの2倍は働いてくれマス!」

「ほう、それは耳寄りな話だな」


 そこへ、フラネイルが食いついた。

 さすが商家と言うべきか、地雷相手でも商売の臭いは見逃さない。


「そうでしょう、そうデショウ!

 なんなら、実験して頂いても構いマセン!

 ワタシの作りだす薬はァ!

 完璧!

 ぱぁあふぇくとデスカラ!」


 おかしかった発音を更におかしくして叫ぶナイア。

 それにひるむことなく、商売用の笑みのまま、実験の準備を始めるフラネイル。

 どうもフラネイルは失恋のショックでおかしくなっているらしい。

 とてつもなく不安だが、持ち込まれた薬を評価しないと追い返せないのも事実。

 ラバンは他の部員と共に、実験を見守った。


 結論から言えば、実験はうまくいった。


 衰弱したラットに、餌と混ぜた薬を与えれば、数秒で元気に走り回るようになったのだ。副作用も認められない。弱った犬や猫に与えても、効果は同様。フラネイル領のリヴァンク村で実際に家畜へ投与してみると、当初のナイアの説明通り、倍近い効率を上げ始めた。


「ナイア、キミの発明は実に素晴らしい!

 あっという間にわが領地の生産量は倍増!

 我が家の収入も倍増だ!」

「そうデショウ!

 ああ、早く、この素晴らしい研究を全世界に知らしメタイ!」

「しかし、よく家畜へ実験できるだけの量を手配できたな?

 結構な金がかかったんじゃないか?」

「そこは心配ありませン!

 ワタシにモ、出資してくれるスポンサーは他にいるのでス!

 しかシ、出資してもらった分ハ、回収しなければなりませン!

 フラネイル先輩! 薬の販売経路は出来上がっているのデスカ?」

「もちろん! 我が領に身を置く商家に、既に話はつけた。

 まずは農村で増えに増えた食料の輸出からだな。

 そうすれば周りも食いつく。すぐ薬も飛ぶように売れるようになるさ」


 もちろん、と言っている割には遠まわしな計画を告げるフラネイル。

 つまり、薬そのものの販売経路は出来ていないのだろう。

 というか、意図的に作っていないのだろう。

 始めは薬を独占して収穫量を増やし、他の領に輸出して利益を上げ、次に薬そのものを販売して稼ぐ。商人としては正しい選択だ。

 が、当然ながら、ナイアからは面白くなさそうな声が上がる。


「ふむ。それでは時間がかかってしまいますネ。

 早く、この『神の種』の力を広めたいのデスガ」

「人が神の力を認めるには、それなりに時間がかかるものなんだ。

 天才的な芸術家の作品が、後世になってようやく評価されたように、信頼と言うものはなかなか育たなくてな……」


 演説で応えるフラネイル。

 大仰な言葉で埋もれてしまっているが、どうやら薬の名前は「神の種」と決めたらしい。まったく、大きく出たものだ。


「宗教家が喜びそうだな」

「ふむ? 宗教デスカ? それは……いや、いい考えかもしれまセンネ!」


 思わずラバンが口に出した言葉に食いつくナイア。

 訂正しようとするラバンだったが、その前にフラネイルが先を促した。


「なんだ? 新しい宣伝文句でも思いついたのか?」

「つまりデスネ、ワタシの素晴らしい発明を、教会に認めてもらうのデスヨ!

 教会の出している公式な聖典には、神は土くれから造りだした人形に生命の種子を埋め込み、人間を作り出したという記述がありマス。我々の薬は、この生命の種子に通じるものがアル! 確か、フラネイルの家は、店を出す際に、教会の許可を取っていマシタね?」

「そうか! 教会に金を握らせて、この薬を生命の種子と認めさせれば……!」


 何やらスケールを広げて興奮しだす二人。


 そんな風に教会が勧めたら、家畜ではなく自分が飲み込むバカが出るぞ?

 キミら、人間が飲み込んだらどんな効果があるのか、きちんと調べたのかね?


 どう考えてもろくな結果にならない。

 とりあえず熱を冷まそうと、ラバンはもっとも重要な話題を振った。


「キミたち、星慧教の活動だという事を忘れてないかね?」

「も、もちろん忘れてないよ?

 あー、これは、その、教会がこの薬を免罪符代わりにすればいいんだ!

 そうすれば、星慧教の主張を、教会が正式に認めたと同じ事!

 つまりは、我々の勝利!」


 が、さすがは詐欺師、もとい、商家出身の貴族と言うべきか、明らかに即興で造りだしたにもかかわらず、それなりに筋が通った返事が返って来た。

 利益と承認欲求で興奮している二人を止めるのは難しそうだ。

 とりあえず、教会には許可を出さないよう働きかけておこう。

 王位継承順位は低いとはいえ、これでも王族の端くれ、多少のパイプはある。

 たまには、地位と権力を有効するのもいいだろう。


 しかしその翌日、


「ナイア! 教会から許可が下りたぞ!」

「オゥ! それは素晴らしいデス!」


 教会は、あっけなく金の力に屈していた。


 早過ぎじゃないかね?

 こちらもそれなりの報酬を積んだつもりなんだが。

 拒否は無理でも、せめて一ヵ月くらいは頑張ってくれたまえよ。


 今度、大司教の帽子の下に家畜用の脱毛剤を仕込んでやろうと心に決めるラバン。

 そんなラバンの内心をよそに、詐欺師と錬金術師は盛り上がり続ける。


「そうそう、広告……じゃなかった、公示はこれだ!

 『これを飲めば神の生命力があなたを助ける!』

 教会公認で、広場の掲示板にも乗せてくれるぞ!」

「いいデスネ! 特に『神の生命力』という文句が素晴ラシイ!」


 どうやら、そろそろ退散した方がよさそうだ。

 逃げようとするラバン。

 が、そこへナイアから声がかかる。


「おや? ラバン様はお帰りデ?」

「ああ、最近、友人のクラウスが風邪をひいてね。

 見舞いのついでに、薬を持って行こうと思ったんだ」

「クラウス第一王子に!? 流石は王族だ! 我々にないパイプを持っている!

 ぜひとも『種』の事を伝えてくれ!」

「ああ、もちろん。よく伝えておこう」


 商魂のこもった叫びを適当にかわし、部室を後にする。

 嘘は言っていない。

 少なくとも、クラウスが風邪、というのは事実だ。

 いや、事実だったからこそ、とっさの言い訳に思いついたのだろう。

 まったくの虚構をその場で造りだす才能はラバンにはない。

 詐欺師ではないのだから。

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